2024年8月2日金曜日

書き手には、読み手が必要

 以下は、いま翻訳している本からの引用です。


学年末が近いある月曜日、熱心な10年生のカリーナが、ティム・オブライエンベトナム戦争に従軍した経験を基にした小説を多く書いていアメリカの小説家のスタイルを真似た、実際に自分に起こったことを物語化した文章について話し合うためにやって来ました。

「よく書けていますか?」 私の多くの生徒がそうするように尋ねてきました。私がタブレットの画面を見て秒もしないうちに、さらに「気に入りましたか?」と追加の質問をしてきました。

悲しいことに、私が最初に気づいたのは、すべての一人称代名詞が小さな小文字の i で書かれていることでした。 年度末が近づいて忍耐が欠け始めていたので、校正をテーマにした数え切れないほどのレッスンをしたのを思い出して、皮肉を言いたい気持ちがわきました。

「カリーナ、これはテキスト・メッセージではありませんよ」と私は言いました。「期末試験の答案のようにしないと。なぜ一人称代名詞を大文字にしないのですか?」

「一人称代名詞?」 彼女は訝しげに尋ねました。

「ええ。 たとえば、I の文字。」

「ああ、それですか! 実はキーボードが自動修正されなくなりました。 それに、これを読むのはあなただけです、ニービー先生」

そのとおり。彼女の作品を読むのは、私だけです。小文字の i を含めて、彼女の文章を見る唯一の人間が私です。私はまた、生徒たちの教室外での社会的差別と積極的に戦った勝利の回想録を読む唯一の人間なのでした。カリーナの言い逃れの一言で、私の関心は課題の大きな落とし穴である作品を読んだり、聞いたり、見たりする対象に向けられました。

発表の対象の重要性

生徒の作品が教師だけを対象にしている場合、質が落ちることを私たちは経験から知っています。しかし、教師に代わる、本物の有意義な対象が用意されると、生徒は普段は見せない力を発揮します。(中略)カリーナには執筆の際に本物の読者がいなかったので、説得力のある議論を構築したり、主題についての信頼性を高めたりするなどの、より重要な問題は言うまでもなく、文法や書くときの約束などの詳細を無視しても彼女は何の影響があるとは思えませんでした。後から考えると、私は一人一台端末実践経験が豊富だったので、教室でICTを活用して、この課題を読んでくれる読者を用意することもできました。カリーナは、教師のためだけに書くのではなく、より広範囲の人々を対象にして書いて、そのフィードバックを「クラウドソーシング」することもできたはずです。

 

 以上、引用した最後の段落のなかに、教師以外の本当の存在する読み手が必要な理由が分かりやすく書かれています。読み手がいれば、生徒の取り組み方は格段に上がり、結果的に最終的にできあがる作品の質もよくなります。逆に、いなければ、引用で紹介したカリーナのような作品であることが約束されています。それが分かっているなら、選択肢は前者しかありません。本当に存在する読み手の候補は、教師(やクラスメイト)以外ですから、身近な学校のなかにはもちろん、学校の外にもたくさんいます。生徒が書いているテーマや、生徒本人がどんな人に読んでほしいのかを踏まえて設定したらよいでしょう。この本のなかには、人権のテーマで勉強をしている高校生が、隣の敷地にある小学校の1年生を対象に絵本をつくって読んでもらうプロジェクトが紹介されています。そして、なんと購入できる形での出版までしてしまいました!

 この出版間近な本のタイトルは、まだ決まっていません。仮題として候補に挙がっているのは、『一人一台端末で授業をパワーアップ!教育の質を飛躍的に向上させるICT活用実践ガイド』です。(写真は、原書の表紙です。)


 この本は、タイトルにあるように、一人一台端末の授業にフォーカスした本ですが、これまで「一人一段端末をタイトルに掲げていた本が達成できなかったサブタイトルにある「教育の質を飛躍的に向上させる」ことができていると思って訳しています。

 その理由は、二人の執筆者たちが「よりよい授業をつくる際の柱」=本の章立てを最初から踏まえて実践していたからです。それは、以下の9つです。

●コミュニケーションとワークフロー

エンゲージメント

コラボレーション(協働)

オーディエンス(発表の対象)

一人ひとりをいかす

フィードバックと評価

創造性とイノベーション

授業時間を考え直す

つながりをもつ教師になる

 カタカナばかりなのは、まだ日本の教育現場に知られていない/定着していない(ましてや、「よりよい授業をつくる際の柱」として位置づけられていない)ことに起因しています。これら9つの柱についても、得るものの多い本ですから、ぜひ参考にしていただければと思います。そのうちの一つとして、オーディエンス(発表の対象)を事前に明確にして子どもたちが取り組めるようにする、が含まれているのです。

 なお、これらの柱は、本ブログと姉妹ブログの「PLC便り」で長年扱ってきたテーマでもありますので、キーワードを各ブログの左上の検索欄に入力してみてください。また、これらのテーマで参考になる文献情報もリストアップしていますので、ご希望の方はpro.workshop@gmail.com宛にリクエストしてください。

 今回のタイトルは「書き手には、読み手が必要」でしたが、「読み手には、書き手は必要」でしょうか?

参考:『一人一台端末で授業をパワーアップ!教育の質を飛躍的に向上させるICT活用実践ガイド』(仮題)ジェン・ロバーツ&ダイアナ・ニービー著、学文社(2024年9月発売予定)およびhttps://www.edutopia.org/article/student-writing-needs-audience

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