させたりしている頃でしょうか。
「先生、できたよ」と提出されたもの、つまり、子どもたちが完成したと思ってい
るものに対して、教師は、もっとその作品がよくなる余地が多く残されていることに
気づくことが、わりとよくあるのはないでしょうか。
教師としては、「さあ、今から修正が始まるよ」と伝えたいものの、それは、完成した、
と思っている子どもの気持ちを思うと、意外に難しいものです(←少なくとも私の場合は)。
いくつか方法を考えてみました。
1) 下書きの段階で修正方法をたくさん教える。
下書きの段階で、修正方法をたくさん教えてしまうのも、一つの手かもしれません。
WW関係で、いい本を何冊も書いているレイ氏は、「最初に書いた下書きが、ちゃん
とできていないから修正するのではない、そうではなくて、修正とは、下書きについ
て、今からどんなことが可能かを考えてみる、いいチャンス」ととらえられるように教えよ
うと言っています。
そしてメンター・テキストからそのアイディアを得るのも一つの方法だと言ってい
ます。教師が自分のメンターテキストを語り、このメンターテキストから学んだ、
書くことについての作家の技を使って、自分の下書きに何ができるのか、
自分の下書きをどう変えたいのかを紹介しています。
(メンターテキストは子どものよく知っている絵本だと、
子どももイメージしやすいと思います)。
2) 下書きのチェックリストや自己評価をしてみる
私は前回のミニ・レッスンで、「いい題のつけ方」を取り上げて、いい題の条件を
書いたものをシールにして、作家ノートに貼る(← 前回のブログの、「作家ノート
は教室の壁」というところをご参照ください)ように言ったにもかかわらず、前回の
授業の終わりに、なんの工夫もない題をつけて提出した生徒もいました。
いくつかミニ・レッスンのポイントをまとめて、例えば、「題の工夫、書き出しの工夫、終
わりかたの工夫、段落の順番(構成)の工夫」などのチェックリストをもって、自分
の下書きを見直すのもいいかもしれません。
また、自己評価的に、自分が、そのチェックリストの項目をどのように工夫したの
か、それはうまくいったのかどうかを書いてもらうというのも、ありかもしれません。
私は前回のミニ・レッスンで、「いい題のつけ方」を取り上げて、いい題の条件を
書いたものをシールにして、作家ノートに貼る(← 前回のブログの、「作家ノート
は教室の壁」というところをご参照ください)ように言ったにもかかわらず、前回の
授業の終わりに、なんの工夫もない題をつけて提出した生徒もいました。
いくつかミニ・レッスンのポイントをまとめて、例えば、「題の工夫、書き出しの工夫、終
わりかたの工夫、段落の順番(構成)の工夫」などのチェックリストをもって、自分
の下書きを見直すのもいいかもしれません。
また、自己評価的に、自分が、そのチェックリストの項目をどのように工夫したの
か、それはうまくいったのかどうかを書いてもらうというのも、ありかもしれません。
ただ、これは、初期だけで、いつかはチェックリストの必要がなくなるほうが、いいと思います。
(3) 完成作品だと思っているものに修正の提案をされて、気を悪くした人の話を
して、気を悪くするのはソンだとわかる例を出す。
生徒から、「完成した」と思って提出されたものに、今から修正を教えるのはちょっと難しいなと
も感じます。
作家ノートについても、WW全般についてもいい本をたくさん書いているフレッチ
ャー氏は、詩の書き方について書いた本のなかで、友達が詩を見せてくれたときのことを書いてい
ます。
フレッチャー氏は、その詩の中のイメージをほめたあとで、その詩を今よりもさらによくする提案をしたとこ
ろ、その友人は、気を悪くして、「変える気はないよ」と言うシーンが出てきます。
これが普通の人の反応なのかもしれません。一度書いたら、完成、これで終わりと
いう反応です。
彼の書いた詩の教え方の本では、「この気を悪くした人が例外でなくて、この人
のように、作家の技をいろいろと使って、自分の詩をよりよくする意識のある人は少
ない」ことが書かれています。
して、気を悪くするのはソンだとわかる例を出す。
生徒から、「完成した」と思って提出されたものに、今から修正を教えるのはちょっと難しいなと
も感じます。
作家ノートについても、WW全般についてもいい本をたくさん書いているフレッチ
ャー氏は、詩の書き方について書いた本のなかで、友達が詩を見せてくれたときのことを書いてい
ます。
フレッチャー氏は、その詩の中のイメージをほめたあとで、その詩を今よりもさらによくする提案をしたとこ
ろ、その友人は、気を悪くして、「変える気はないよ」と言うシーンが出てきます。
これが普通の人の反応なのかもしれません。一度書いたら、完成、これで終わりと
いう反応です。
彼の書いた詩の教え方の本では、「この気を悪くした人が例外でなくて、この人
のように、作家の技をいろいろと使って、自分の詩をよりよくする意識のある人は少
ない」ことが書かれています。
そこで、まずはこんな感じの、よりよくする提案について、気を悪くする人のエピソードを紹介します。
(先生の周囲で実際にあったことだと、より説得力があるとは思います。)
そして、その後、フレッチャー氏は、「でも、実は、よりよくするいろいろな方法が
ある」ことを述べ、そして、具体的な方法を具体例とともにいくつか出してくれています。
そして、その後、フレッチャー氏は、「でも、実は、よりよくするいろいろな方法が
ある」ことを述べ、そして、具体的な方法を具体例とともにいくつか出してくれています。
これにならって、「実は、よりよくする具体的な方法は、いくつもあるんだよ」、と言って、
その具体例がとてもパワフルなので、上の人ように気を悪くするのが、ソンだと思
わせてしまうような感じがします。
かなりパワフルな例をいくつか立て続けに紹介します。
その具体例がとてもパワフルなので、上の人ように気を悪くするのが、ソンだと思
わせてしまうような感じがします。
これは昨年の子どもの例を見せるのと、かなり効果的だと思います。
出典:
レイ氏の修正についての上の箇所は、Katie Wood Ray, What You Know by Heart
(Heinemann, 2002) の64-67ページです。
レイ氏の修正についての上の箇所は、Katie Wood Ray, What You Know by Heart
(Heinemann, 2002) の64-67ページです。
フレッチャー氏の詩の教え方についての本は Ralph Fletcher, Poetry Matters,
(HarperTrophy, 2002) で上のことが載っているのは59-73ページです。
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