2020年11月21日土曜日

読んで、考えることで、生きやすくなる

 

『理解するってどういうこと?』の第6章「理解のルネサンス」には、子どもが読む本の「レベルの多様性」について、「目的に応じてさまざまレベルの本や文章を用いる」ことが大切だと書かれています。そこでエリンさんは「レベル分けされた本や文章」が「表面の認識方法に関するさまざまなスキルを発達させるのにきわめて有効」であると言いつつ、「ひたすら書いたり、読んだりする時間に、子どもたちにとって、難しいかもしれない本や文章」に子どもたちを取り組ませることも提案していて、子どもたちには特に後者を経験してほしいと言って、次のように書いています。 

「興味深くて、子どもたちの関心に応えるもので、刺激的なアイディアを示してくれる本で、子どもたちはさまざまな理解のための方法を使ったり、ブッククラブやその他の共有の形態を通じて他の子どもと話し合ったり、一番関心を持ったところをより深く読んだり、そして、深い認識方法(意味づけ、関連づけそして、優れた読み手・書き手になる)を練習したりできます。子どもたちはテーマやジャンルや文章構造についての背景となる知識をもてた場合には、むずかしい本でも読むことができるようになります。」(『理解するってどういうこと?』223ページ) 

 「興味深くて、子どもたちの関心に応えるもので、刺激的なアイディアを示してくれる本」に出会うことができれば、このようなすばらしいことが起こるのですが、子どもたちとそういう本との出会いのきっかけを使うことは結構むずかしいものです。「子どもの関心に応える」だけの「インタレスト」(桑原武夫『文学入門』岩波新書)や「刺激的なアイディア」のそなわった本が子どもの目に触れるようにしておかなければならないからです。

 岩波ジュニア新書編集部編『答えは本の中に隠れている』(岩波ジュニア新書、2019年)はそういう本を中学生や高校生の手元に届けようとする本です。 

「私は変わっていくことにどちらかというと臆病な人間でした。それでも、少しは変わることができました。また、少数派のままで変わらないでいいと思えるようにもなりました。変わることで、そして変わらないでいいこともあると思えるようになったことで、だいぶ生きやすくなりました。本のおかげです。皆さんにも本を読んでほしいと願います。読んですぐに大きな影響を与えてくれる本はほとんどありません。しかし、いろいろな本を読むことによって少しずつ何かが心の中に貯まってゆきます。現実を忘れ楽しい時間を過ごすだけでも違います。/本を読んでいるときは、現実と違う緩やかな時間がそこには流れていきます。その時間の流れは、私たちが成長するために必要な時間だと思います。」(『答えは本の中に隠れている』16~17ページ) 

と呼びかける、中学校教員の梅棹学さんの「読書コト始め」を皮切りに、梅棹さんを入れて12名の多彩な立場の書き手が、「生きることを楽しみたいとき」「ネガティブ思考に陥ったとき」「将来を考え始めたとき」それぞれに開いてみるといい本を取り上げながら、物語っていきます。とてもいい「読む」ブックトークのような内容で、巻末にはそれぞれの筆者の文章に出てくる本の「セレクトブックリスト」が付されています。

 終章の「本はともだち」と題された、『神様のカルテ』などを書いた作家で医師の夏川草介さんの文章には、新田次郎『聖職の碑』によって「読書で我を忘れるという初めての経験」が書かれていて、私もつい引き込まれしまいました。そして「高校生におすすめの本」として、夏目漱石の『三四郎』、川端康成の『古都』、三島由紀夫の『潮騒』が「読書の入り口」として紹介されたあと「次のハードル」としてドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』、ヘルマン・ヘッセの『デミアン』、サン=テグジュベリの『夜間飛行』を挙げています。ずいぶん高い「入り口」や「ハードル」のように思われますが、夏川さんは「苦し紛れでも、意味が分からなくても、とりあえず読み終えてみれば、ふいにあとから見える世界が変わる瞬間があります。楽しいとか面白いとかいう単純な表現に収まらない。読書の魅力です」と言っています。

エリンさんが言っているように「さまざまな理解のための方法を使」い、「ブッククラブやその他の共有の形態を通じて他の子どもと話し合ったり、一番関心を持ったところをより深く読んだり」「深い認識方法(意味づけ、関連づけそして、優れた読み手・書き手になる)を練習したり」することで、「テーマやジャンルや文章構造についての背景となる知識」をもつことで、夏川さんの言う「ふいにあとから見える世界が変わる瞬間」が訪れることになるのでしょう。夏川さんも「知ること(知識)」「想うこと(想像力)」「語ること(言葉)」の三つが、読むことの効能だと言っています。そしてこの三つに加えて、一番大切なのは「考えること」だとも。確かに、夏川さんが挙げていた本はいずれも高校生にとって少し難しい本だと言えるかもしれませんが、エリンさんが、子どもたちにとって、難しいかもしれない本や文章に子どもたちを取り組ませるという提案をしていたのも、この「考えること」が子どもを成長させるからです。

『答えは本の中に隠れている』というタイトルは、テストの模範解答のようなものが本に抱えているという意味ではなくて、読んで「考える」ことによって「答え」が読者の頭の中にあらわれるという意味です。「考える」ことがなければ「隠れている」「答え」はあらわれないということです。そして「答え」が頭の中にあらわれたときに、梅棹学さんの言葉を借りれば、読者は「変わる」ことができ、「変わらないでいいこともある」と思うことができるようになり、「生きやすく」なるのです。

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