2020年8月14日金曜日

どんな本を授業に持ち込むか

 7月24日の投稿は、作家ノート・プロジェクトについてでしたが、最近、「作家ノート」を彷彿させるような絵本の読み聞かせ動画を見つけました。絵本の題名はThe Word Collector で、著者は『てん』『っぽい』『そらのいろって』の3部作で有名なピーター・レイノルズです。そして、読み聞かせているのが、なんとオバマ前大統領夫妻(以下のリンクでは、読み聞かせをする前に、図書館の説明が1分程度あり、そして、読み聞かせ自体は1分8秒ぐらいから始まって5分ぐらいです)。

https://www.youtube.com/watch?v=U-hTKWCX7hc 

 この読み聞かせ動画は、対面授業ができなく、教室の本のバスケットを使ったり、図書館に行って本を選ぶのが困難な状況となり、オンラインで読めるものを、今までとは違うペースで探している中で見つけました。

 オンラインで読める絵本の読み聞かせ動画やTEDトークなどを紹介していた選択履修のクラスでは、最終回の授業で、上にあげた動画を紹介しました。これからも、言葉の持つ力を楽しみながら、できるだけ楽しく読み続けてほしい、と思ったからです。

 さて、長年の仕事仲間であり、時々、投稿をお願いしてきた吉沢先生は、「どんな絵本を教室に持ち込むか、クラス全体で読む本やブッククラブで使う本を、どのように選ぶかは、私にとって大きな課題です」とおっしゃいます。そして、その際に、以下のような観点から絵本を吟味する、とメールで教えてくれました。以下、吉沢先生の許可を得て抜粋します。

*****(ここから吉沢先生のメールの抜粋)

 どんな絵本を教室に持ち込むか、クラス全体で読む本やブッククラブで使う本をどう選ぶかは、私にとって大きな課題です。自宅の書棚を眺めたり、インターネットで読めそうなものを探したりします。私が読んできた本の量など知れていますが、それでも情報と知識をフルに動員し、生徒の顔を思い浮かべて、本を決めます。
 選んで教室に持ち込んだ本が、うまく生徒にフィットした時は、とてもうれしいものです。そして、教室で使うことによって、「ああ、この本にはこういう側面があったのか」とか「こういう世界って案外いいものだなあ」などの発見があります。それが本の読み手としての私、また、生徒たちを読むことへ導くガイドとしての私の原動力となっています。

 教室に持ち込む絵本を選ぶとき、私は以下のような観点で吟味していきます。

(1)どのような内容、イメージの本にするか。
 ただ単に「質の良い本」「面白い本」「自分の好きな本」という漠然とした基準では、私は選びません。「生徒たちを元気づける内容の本を読ませたい」「深く考えさせる本がいい」「単純に笑えるものを使おう」など、やや具体化された中身をイメージします。その方向に沿って、絵本を探します。

(2)どのようなタイミングで使うつもりなのか。
 「学期初めの授業びらきに使おう」とか、「この本は学習が進んだ2学期くらいがいい」などと考えます。上の(1)と結びついていることが多いです。時には、「『コミュニケーション英語』で○○の内容を勉強しているのなら、私の『英語表現』では、△△を読んだら面白いかもしれない」と考えることもあります。

(3)生徒の興味をひくかどうか。
 自分が面白いと感じるものが、必ずしも生徒とフィットするとは限りません。私が以前勤務していたのは男子校でしたので、「この年頃の男子が面白がって読むかな」というふうに考えました。現在勤務しているのは女子校なので、「女子高校生にフィットするかな」というふうに考えます。

(4)文章の難易度や分量はどうか。
 私は英語の絵本について考えていますので、難易度と分量は大事なファクターです。英文が難しく、解読するだけで多くの時間がかかり、疲れてしまうような本は避けます。まずは楽しんで読めるかどうか、という点から吟味します。この点で、私は英語の読解力を養うために取り組ませる文章とは、区別しています。

(5)どのようなメディアが使えるか。
 以前の勤務校では、1クラスに40人ほどの生徒がいました。そのような大きなクラスでは、実物の絵本を使っての読み聞かせはできません。(図書館サイズという大型の本も出版されていますが、全ての絵本にそれが揃っているわけではありませんし、予算の問題もあります。)
 その場合、本の朗読サイトや読み聞かせの動画がないか探します。私の知人は、絵本の各ページを写真に撮り、その画像をパワーポイントにして提示する方法をとることがある、と言っていました。手間はかかりますが、それも含めて検討します。

(6)どのような使い方をするのがよいか。
 「この本は、何も言わずにまず各自で読ませよう」「この本は読み聞かせしたい」「内容について口頭で簡単な導入をしておくのがいい」「この本はブッククラブで扱いたい」「質問づくりをしたら面白そうだ」など、その時々の授業の目標や時間数に応じて、扱い方を考えます。

 さて、このような吟味をして選んだ本を使ってどうだったか。私の実践からいくつかを紹介します。

◆David Shannon著No, David! (邦訳:デイビッド・シャノン『だめよ、デイビッド!』)
 男子校で教えていたとき、高校1年生(普通クラス)の4月の授業で使いました。ライティング・ワークショップを開始して数回め。プロジェクト・ワークショップ編『作家の時間』に、絵本や本から題材のヒントを探す手法が書かれていました。そこに紹介されていた絵本がこれです★ 。 インターネット上にいくつかの朗読サイトがありましたので、その中の1つを教室で見せました。やんちゃなデイビッドの様子が描かれ、本文中での母親の発するセリフの多くは “No, David!” です。生徒たちはゲラゲラ笑って、おおいに受けました。私が、「ではあなたはどんな子供だったの?」と問いかける前に、「僕なんか幼稚園のときね、・・・」「僕も似たようなことして怒られたことがある」などと言い出す生徒がいました。すごく彼らの幼少年期の記憶を刺激したようでした。
 普通に考えれば、高校生の英語の授業で読む本としては、英語がやさし過ぎます。しかし、この本がきっかけでクラスに活気が生まれ、しかも、題材探しの刺激にもなります。私のライティング・ワークショップの授業では、大事な一冊になりました。

◆Shel Silverstein著The Giving Tree(邦訳:シェル・シルヴァスタイン『おおきな木』)
 これも男子校に勤務していた頃、高校1年生(進学クラス)の授業で使いました。生徒たちにとって英文そのものは難しくありません。
 最後まで一通り読ませた後、内容についての質問づくりをしました。出てきた中から、「深い質問」★★を選び、それについてエッセイを書かせました。
 例えば、こんな質問が出てきました。
「登場する木は she で受けている。なぜ sheなのだろう。女性の木なのか?」
「主人公はthe boy と書かれている。物語が進み、大人になり老人になっても最後まで the boy である。なぜか?」
「何回かThe tree was happy. という文が出てくる。しかし少年について、happy だったか happy でなかったかという文は出てこない。なぜか?」
 このような質問について考えることで、私自身、この物語のテーマを考えることを楽しみました。生徒たちも、よく取り組み、ユニークな感想が出てきました。

◆Uri Shulevitz著 How I Learned Geography(邦訳:ユリ・シュルヴィッツ『おとうさんのちず』)
 男子校の高校2年生(進学クラス)で使いました。Storyline Online のウェブサイトで見つけて、その朗読に感銘を受け、「この本をぜひ使いたい」と思ったことを覚えています。父親に反発していた少年が、最後には父親を尊敬するようになる、という内容です。少年が父親の買ってきた世界地図を見ながら、空想の旅をするところでは、私も旅をしているような気分になりました。
 Storyline Onlineのウェブサイトで何度か視聴させた後、絵の特徴に着目させました。市場に出かけた父親が、パンを手に入れずに世界地図を買って帰ってきます。家族は空腹のまま寝なければなりません。その場面から、ページ全体の絵の色調が暗くなります。そして、父親が壁に貼った世界地図を少年が見て、その地名から空想の旅に飛び出していく辺りから、絵の色調が明るくなるのです。オンラインの素材と、実物の絵本の両方を使うことの面白さを生徒も私も実感しました。

◆Shaun Tan著The Arrival(邦訳:ショーン・タン『アライバル』)
 男子校の総合学習の授業で使った絵本です。少人数の授業でした。本を紹介した後、実物の本をゆっくりページをめくりなら見せていきました。文字のない絵本です。何も前振りをせず、黙って本を見せていきました。
 かなり長い物語です。30分ほどかけて半分ほどしか進みませんでした。家族と別れて見知らぬ土地に渡った男、その土地で出会うさまざまな不思議なもの、その醸し出す世界を生徒たちはじっとみていました。そして、授業の残り時間を使って、場面を1つ選んで、それについての物語を日本語で書いてもらいました。
 本に見入っている時は、一言もしゃべらなかった生徒たちですが、文章に書かせてみると、とても豊かなストーリーが事細かく書かれていました。文字のない絵本なのに、見ている生徒たちの頭の中には、さまざまなコトバが行き交っていたのだということが想像できました。

◆Nancy Carlson著I LKE ME!(邦題:ナンシー・カールソン『わたしとなかよし』)
 現在勤務している女子校で使いました。新型コロナの影響で休校が続き、通常授業が始まったのが6月後半。授業びらきを、この絵本を読むことで始めました。
 主人公は子豚の女の子(?)です。「私の一番の友達は私自身です」というところから物語は始まります。自分のどんなところを好きか、どんなことを心がけているかが語られます。英語もとてもシンプルです。
 原色をふんだんに使った明るくクリアな絵と、どこまでも自分を肯定する言葉がこの絵本の魅力です。
 物語を最後まで読んで内容を把握した後、小グループに分かれて質問づくりを行いました。出てきた質問から1つを選んでグループでその答えを考える。最後に私から本のテーマに関する質問(なぜ、この本の作者は主人公を「子豚の女の子」にしたのか)をについて考える----というふうに授業を進めました。
 本の中に、主人公が鏡を見ている場面があります。「朝起きたら、私は『ハーイ! いい顔してるね』って言うの。」という本文がついています★★★ 。この場面について生徒の一人は、「主人公はこうやって、毎朝練習しているんだと思う。」と書いていました。なるほど、と私は思いました。また、ケーキ作りに失敗してもめげずに作り直す場面については、「私はうまくいかないとすぐに嫌になってしまう。失敗してもなんどもチャレンジしているのは偉いと思う。」と自分に引きつけて考えたり、「この作者は小さい時にいじめられていたのではないだろうか。それで、こんな本を書いたのではないか。」とテーマについて語る生徒がいました。
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 このような絵本の選択を支えてくれているのは、実践を交流している仲間たちです。「こんな本が面白いよ」とか「この本に感動しました」というやり取りに刺激を受けて、まず私自身がその本にふれるという体験を積み重ねてきました。それがベースになっています。
 絵本を紹介する本はいくつも出版されています。しかし、それだけを頼りに、リストアップされている本を順番に教室で試してみる、というふうには私はできないのです。個人的なつながりの中で、私の中に広がる絵本の世界。それを、目の前にいる生徒たちとどう繋げるか。どのようなメディアが使えるか。どんな扱い方ができるか。それを考えることそのものが、私の楽しみです。

 IT機器は苦手で、オンライン上の素材には疎かった私ですが、知人との交流の中で、次第にそちらへも関心が向き始めています。冒頭で紹介されていた、オバマ夫妻による読み聞かせ動画はとても面白く感じました。何よりも、夫妻が仲良く画面から話しかけてくる姿がいいです。読み聞かせをする良いモデルです。The Word Collector の中身も面白いですし、そのアニメーションもなかなか凝っています。少しずつ、私も見る目を養っていきたいと思っています。

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★プロジェクト・ワークショップ編『作家の時間---「書く」ことが好きになる教え方・学び方【実践編】』評論社, 2008年, 106ページおよび209ページ参照。
★★「深い質問」とは、すぐには答えが出なかったり、本の中に直接書かれていないことについての質問、それを考えることで深いレベルの理解を促進するような質問です。吉田新一郎『「読む力」はこうしてつける』新評論, 2010年, 102〜103ページ参照。
★★★「朝起きたら・・」の部分の日本語は、吉沢による翻訳です。

*****(吉沢先生のメールここまで)

 私が今回、オンラインで英語で読めるものを探していた背景には、制限の多い中でも、選書をしたり、読んで良かったと思えそうな本を提供したい、という思いがありました。でも、対面授業ができなくなり、例えば、著者別に本を分けたバスケットを使えないとなると、これまでそれほど苦労せずに行うことができた「作家読み」一つをとっても、これまでのようには導入できず、選書のミニ・レッスンは大ピンチでした。

 それでも、「グリム童話を読んでみたい」という書き込みが学習者からあり、Lit2Go (https://etc.usf.edu/lit2go/)であれば、グリム童話もたくさんあることを思い出し、このサイトを紹介しながら、私も読み直す機会になりました。このLit2Goというサイトは、初版の出版年が比較的古いものはよく揃っています。ただ、ここで紹介されているものは、やや「古い」イメージもあって、このサイトはあまり積極的に使ってきませんでした。今回、このサイトで、O.ヘンリーの短編の魅力を再認識したり、O.ヘンリーであれば Voice of America の American Stories (https://learningenglish.voanews.com/z/1581)にもあり、こちらのサイトの方が読みやすいこと、そしてこのサイトからまた違う作家を知ったりもしました。TED トークもいくつか使いましたが、積極的に自分で「選ぼう」としている受講者も多く、自分では選ばないものも紹介されるので、私の世界も広がりました。7月11日の投稿で紹介した、読み聞かせ動画サイトの一覧リスト★も、あっちを見たりこっちを見たりして、レパートリーが増えました。また、紙の本が大好きな私ですが、職場の図書館に入っているe-bookシリーズも読むようになってきました。

 優れた実践者ナンシー・アトウェル は、学習者の選択について以下のように述べています。

「国語教師としての私の仕事のうちでも、生徒たちが自分で本を選ぶよう誘いかけることは、今でも一番議論を呼ぶところです。しかし、読むことも書くことも、自分で選択できるからこそ、生徒は学びに夢中になれる、私はそう信じています。ですから、国語教師としての私の責任は、すべての生徒が文学に夢中になれるように招き、育て、その状態を維持することに向けられます。そのために面白くて読む価値があると生徒たちが思える本を見つけ、教室の図書コーナーをいっぱいにします。生徒たちは、自分で読む本を選ぶからこそ、むさぼるように読み、優れた読み手になっていくのです。
 リーディング・ワークショップは、生徒がひたすら読み、私は腰かけて時計を見ているような自習時間ではありません。国語の教師は読み手であり、批評家であり、ガイドでもあります。<略> また私自身も、情熱をもって本の紹介をします。」『イン・ザ・ミドル』(三省堂、2018年、45ページ)

 いろいろな制限の中で、今までとは異なるところで選書できるものを探そうとした学期でした。秋学期も、いろいろと制限はありそうですが、その制限の中でも、なんとか、読み手、批評家、ガイドであり続けることができれば、と思っています。

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★絵本動画一覧リストのリンクは以下です。これまで見てきたリンクがだいたい含まれていますので便利です。英語の好きな方はぜひどうぞ!
https://www.indypl.org/blog/for-parents/ebooks-read-alouds-for-kids

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