2024年5月3日金曜日

新刊・澤田英輔著『君の物語が君らしく』(岩波ジュニアスタートブックス)

「時には誰にも見せずに、一人で、自分のために書いてみてください。世界をよく見て、思わぬ美しさを見つけるために。自分が何者なのかを発見するために。(中略)

あなたが、自分の中にある物語を見つけて、それを言葉で紡げますように。

その物語が、あなたらしくのびのびとしていますように」

は、『君の物語が君らしく~自分をつくるライティング入門』の最後のページで、著者の澤田さんが若い読者たちに向けたメッセージです。本書には、それを実現するための方法がご自分の15年以上の「作家の時間」を実践してきた経験を踏まえてまとめられています。なお、直接的な読者は小学校高学年~高校生を対象に書かれていますが、書く指導を従来の学校の作文教育とは違うものにしたいと思っている先生や(保護者を含めた)指導者にも、とても参考になる内容です。

参考になることはたくさんありますが、以下の4点にフォーカスして紹介します。

①厳選されたエクササイズが紹介されています。

「今、あなたから見えるものを、できるだけたくさん書いてください」(17ページ)

は、最初に紹介されているエクササイズですが、これをすることで、私たちは自分が気づけている「もの」がいかに少ないか、いかに観察できていないか(自分の身に周りを見ていないか)を思い知らされると同時に、書く題材はいくらでもあることに気づけます。さらには、書くことは、私たちが見ていない/見えていない「こと」にも気づかせてくれる有効な方法でもあることも。澤田さんは、後者を「発見としての書くこと」「自分との対話を通して書くこと」(18ページ)あるいは、「あなたの『外』にあるものを、本当にあなた自身の『中』に取り入れること」(34ページ)と捉えています。

②本のタイトルであり、第4章のタイトルでもある「自分の物語を書こう」が大切にされています。

「僕たちは、物語の形式を借りることで、目の前の現実を言葉で作り替えて生きているのです。(中略)人は物語を生きている。である以上、僕の中にも、あなたの中にも、必ずそれぞれの物語がある。あなたには書けること、いや、書くべきことがすでにあるのです」(48ページ)

と澤田さんは言い切っています。ここでの「物語」は、創作した物語(フィクション)というよりも、空想ではなく現実にあったことに対して書き手の思い(考え)や解釈や視点等に力点があります。

 エクササイズとしては、「好きなことについて書く」「引っ掛かっている出来事について書く」「真似をする」「視点(立場)を変える」が紹介されています。

③作家ノートの具体的な使い方が、子どもたちの事例豊富に紹介されています。

作家ノートの具体的な使い方は、これまでに「作家の時間」関連の書籍(『ライティング・ワークショップ』『作家の時間』『イン・ザ・ミドル』等)で一番弱かった部分なので、まだ取り組んでいない人にはありがたい情報が満載です(71~79ページ)★。

④「書き手の権利10か条」が詳しく第7章で紹介されています。

これは、澤田さんがイギリス留学中にナショナル・ライティング・プロジェクトUK★★がダニエル・ペルナックの「読者の権利10か条」を書くことに応用する形で作成したポスターを見つけたことに由来しています。https://askoma.info/2016/05/29/3086(日本の国語およびその他の教科指導にも、このようなユーモアのセンスを大切にしてほしいです!)

 ちなみに、「作家の時間」(「読書家の時間」も!)では10か条すべてを満たす形で書くことが実践されています。それが、子どもたちが「作家の時間」と「読書家の時間」を好きになる理由でしょうし、同時に書く力と読む力をつける理由でもあります(その意味で、日本の国語教育をこれら2つの10か条で見直し改善をすることは急務ですし、この10か条で本が書けてしまうとも思いました!)。

 4番目の「信頼できる読み手を得る権利」について、澤田さんは「自分の文章に読者から反応をもらえた経験は、照れくさくもあるものの、書き手として歩き始めたばかりのあなたを、しっかりと後ろから支えてくれます。自分という人間の一部が、誰かに届いたという手応えが、確かにある。その手応えが、あなたの次の足取りを確かにする。書いたものはそうやって読み手に受け取られ、読み手の人生に少しだけ影響し、その反応がまた書き手に届いて書き手の人生を変えていく。その豊かな循環が起きる時、書くことは読むこととつながり、一人の営みから人々のやり取りに変わっていきます」(87~88ページ)と書いています。この機会も、「作家の椅子」、文集、作品発表会、ピア・カンファランスなどを通して頻繁にもたれているのが「作家の時間」です。

 

★子どもが(大人も!)自立した書き手、読み手、考え手、学び手、探究者、問題解決者になるためには、この「作家ノート」だけでなく「読書家ノート」「数学者ノート」「科学者ノート」「市民や歴史家ノート」などの取り方を身につけるほうが、教師が黒板に書いたものを写すノートの取り方や指導よりも何倍も大切です(根底で、これらは同じですから、教科別にノートをもたずに一冊で十分の可能性大です)!

★★このプロジェクトがイギリスではじまったのは、2009年です。本家のアメリカのナショナル・ライティング・プロジェクトは1974年にスタートしており、全米各地に支部をもって書くことの教え方に関するリーダー的な役割を担い続けています。日本で書く指導を常によくし続けるために、参考にすべきは「書き手の権利10か条」以上に、ナショナル・ライティング・プロジェクトUKやアメリカのナショナル・ライティング・プロジェクトの活動の方です! なお、『ナショナル・ストーリー・プロジェクト』(ポール オースター編集、新潮社)は、澤田さんが48ページに書いているのと同じ趣旨で全米の人を対象に物語を募集した企画です。その日本版は、『嘘みたいな本当の話』(内田 樹&高橋 源一郎編集、イースト・プレス)としてすでに出ていますから、ナショナル・ライティング・プロジェクトの日本版をぜひ誰か/どこかが音頭を取って実現してほしいものです。

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