今、特別支援学級の作家の時間の出版準備をしているところです。夏休み前に出版をしておきたかったのですが、いろいろなドタバタで原稿の整理ができず、夏休みが終わってから原稿を整理して、成績処理などの大体を終えてからということで、この時期の印刷になってしまいました。教務主任と兼務しているので、なかなか隙間を見つけるのが大変です。
目の前には、子どもたちの原稿がたくさん積み重なっています。今一度確認すると、やっぱり、名前がなかったり、題名が判読できなかったり、週明けに確認をする必要がある原稿用紙もあり、付箋をつけて置いてあります。子どもたちの作品には、必ず表紙をつけるようにお願いしています。表紙には、題名、作家の名前、作品を表すイラストが描かれています。これは必ずつけるようにいつも言っていますが、それでも忘れてしまう子がいます。(僕もチェックを忘れてしまいます。)
今回は、5・6月の「フィクション編」と7月の「詩・言葉遊び編」の作品が掲載されます。9月はもうすでに「ノンフィクション編」がスタートしていますので、これらの作品は、11月ぐらいの出版を目指しています。
作家の時間の出版原稿
僕の場合は、A4のコピー用紙に表に4枚、裏に4枚の子どもたちのA4の原稿用紙を割り付け印刷します。なので、A4に合計8枚の原稿が載ります。そして、表紙は色上質紙で華やかにし、表紙か、またはその裏に目次を載せるようにしています。ちなみに、ほとんどの号に自分の作品も入れています。この装丁は一般級担任時代から紆余曲折して、今はこの形に落ち着いています。
今、一人一台のタブレットがあるので、もしかしたらPDFにして配信した方が楽なんではないかと何度か思いましたが、やっぱり印刷してホチキスで留めた紙で出版をすることにしています。子どもたちの出版のイメージが、やっぱり「本づくり」としているように紙であることや、手に持ってめくることのできる実物の感覚、お家の方に自分で手渡す情景などを想像すると、やっぱり紙に印刷したものがいいのではないかと考えています。
作家の椅子と出版を主なアウトプットの場にする
今年度は年3回を目標に出版をしています。10年前くらい一般級担任時代には、月に1回のペースで出版をしていたので、相当量の紙を消費していましたが、今は時間がなくてそのペースで印刷をすることができません。現在の特別支援学級の作家の時間では、作家の椅子(原稿をテレビに映し、口頭で読み上げて発表する形式。友達から即コメントがもらえる)を頻繁に使っているので、印刷しての出版はそれほど多くなくてもいいと思っています。
作家の椅子は出来立てほやほやの作品を発表してフィードバックをもらう方法なのに対し、出版は完成原稿ファイルの中からベスト作品を1・2点選んで印刷するアウトプットの方法です。作家の椅子で発表をした作品を出版する子もいますし、口頭での発表が苦手な子は、作家の椅子をしなくても出版を活用すれば、多くのフィードバックがもらえるような仕組みになっています。
作家の椅子の発表をたくさん活用できるということは、たくさんのメリットがあります。即時性があり、自分の学習にすぐにポジティブなフィードバックが返ってくるので、見通しを持つことが苦手なADHD傾向の児童でも成果をすぐに実感することができます。また、文字だけでなく、動画を加えたり、書いていないことを口頭で補うこともでき、複数のメディアを融合して発表することもできます。また、出版作品が厳選されるので、教師にとっても無理のない仕事の仕方にすることができます。
やはり作家の椅子の一番のメリットは、読者(読者や先生)から直接声で笑顔で感想をもらえるということです。子どもの達成感ややる気に直結します。私が「〇〇さんの次の作品は、どんなものを書いて欲しい?」と聞くと、発表者の子どもは読んでくれる相手がいること(自閉的傾向のあるお子さんは相手意識を持ちづらい子どももいます)と、自分も友達の作品の読者であることを意識しますから、お互いに学習を高めあう小さなコミュニティが生まれます。作家の椅子はシンプルですばらしい手法です。
教師も自分の作品を開示して、モデルを示す
教師の作品も出版します。僕の作品も子どもたちと同じように文集に並びます。僕は授業時間の半分くらいはカンファランス、もう半分は自分の作品を子どもたちの前で書くことに時間を使っています。最近では子どもと同じように、紙と鉛筆で書くことが多いです。(最近、特別支援学級の子どもたちの中には、タブレットで作品を作る子もいるので、「同じように」とは言い切れなくなってしまいましたが…)僕の場合は、大型テレビの実物投影機に自分の原稿用紙を映しているので、僕の作品がどうやって描かれていって、どうやって鉛筆が止まって、どうやって悩んで、それでまたどうやってまた鉛筆が動き始めたのかが、リアルタイムに分かるようにしています。
これを『作家の時間』では「モデルを示す」と表現します。教師も書き手の一人であり、子どもたちと一緒に、作品作りを楽しみ、苦悩し、立ち止まって、みんなから意見をもらって進んでいく、同じ空間にいる書き手であることを示します。唯一の違いは、教師の書く姿が、テレビに映っていて、いつでも確認できるということです。子どもたちは、「先生の作品の『しっぽのながいカバ』の続きは終わったの?」と、聞いてくれます。僕が、悩み楽しみ書いている様子を子どもたちが見ることで、書くという学習が、子どもだけが行う「勉強」なのではなく、大人も子どもも取り組んでいて楽しい「遊び」であるというメッセージが込められています。
作家たちの原動力、ファンレターとファンレターへのお返し
作家の時間の作品集と同時に配られるのは保護者用のファンレター用紙です。これが子どもたちの表現する喜びをリアルで確かなものにしてくれる、素晴らしいツールになります。子どもたちの作品を読んだ保護者が、ファンレターを書いて子どもたちに贈ってくれるのです。A4の紙に8人分書くことができるようなメモサイズの用紙になっていて、「〇〇さんへ」と「〇〇より」と記入できる枠を用意しています。これぐらいの大きさの方が、保護者にとっても気軽に書けるサイズのようですし、匿名のファンレターは味気ないですから、お名前を書いてもらっています。中には知っている子どもだけでなく、全員に一言ずつ書いてくれる保護者もいますし、綺麗な便箋に書いてくれる保護者もいます。作家の椅子では、先生や友達から声が届いて、こちらも子どもたちは喜ぶのですが、ファンレターは紙で届くので、何度も読み返すことができます。一般級での実践では、ファンレターは作家ノートに貼り付けて、何度も読み返せるようにしていました。随分前にもらったファンレターを読み返している子もいて、作家というのは、読者がいて初めて仕事ができるのだと私も知ることができました。先生でも友達でもない他者が、自分の作品を読んでメッセージを送ってくれるのですから、喜びもひとしおです。
ファンレターが届いたら、ファンレターを書いてくれた保護者に向けて、お返事を書きます。ファンレターを書いてくれたことへの感謝の気持ちや、「次の作品も楽しみにしてください」などの、次回作への抱負などを書き表す子が多いです。「作家はファンを大切にする」と伝えています。
大介くんへのファンレター
3年生の大介くん(仮名です。学習状況や児童の特性などにも、ある程度の加工を加えています。)は、失敗やうまくいかないことへの不安をとても恐れてしまう子です。うまくいかない自分自身を受け入れることができないですし、友達や先生がそれを見ていることなんてもっと嫌な気持ちになってしまいます。それなら、やらない方がマシ。おしゃべりも得意でないので、先生に助けを求めることも面倒。やりたくないとみんなのいる10m離れたところから見つめるだけの学習になってしまい、先生が誘っても怒り出してしまいます。大介くんは、みんなの前で行う学習に取り組むことが本当に苦手なお子さんです。
そんな大介くんは休み時間にイラストを描くのが大好きなので、僕の勧めで作家の時間にイラストを描くようにしました。最初は誰かがそれを見るのをとても嫌がっていましたが(パーテーションで覆い、人の目を気にしないでいられるようにすることもあります)、同じ教室にいる女性の大橋先生が「ねぇ、大介くんの作品も出版しようよー」としつこく誘うと、渋々一枚の絵を差し出してくれました。それが「大チュウ」のはじまりです。
「大チュウ」は、ピカチュウの顔に、大介くんの名前の「大」の字がついているキャラクターです。大介くんはピカチュウが大好きなので、大好きすぎて自分がピカチュウになった「大チュウ」が生まれたのだと思います。大橋先生が苦心の末に手に入れたその作品(もちろん文字は「大」だけです)を裏表紙の写真に載せて出版することにしました。
刷り上がった本が配られて、大介くんは最初は怒っていましたが(渋々了承したのに)、周りの友達が「大チュウだー」「大チュウがいるー」と喜ぶのを見て、ちょっとだけいい気持ちになり、唇をとんがらせながら振り上げた拳をゆっくりと下ろしました。
その後、保護者の方から何枚かファンレターをいただきました。『かわいいピカチュウですね』『他にはどんな友達がいるのですか?』大介くんは、「ピカチュウじゃねえよ」とツッコミを入れながら、ファンレターのお返しに、普段は文字を書くことを嫌うのに「ファンレター、ありがとうございました」「大チュウと犬チュウがいます」と書きました。
今回の出版にも大介くんの作品が載っています。また、大橋先生がゲットしてくれました。夏野菜が収穫できたときの写真と、野菜の名前をタブレットで描いた日記のようなものです。大介くんは、作家の椅子はできませんでしたが、出版をすることでファンレターが友達、先生、保護者などから届くことがきっと分かっています。僕はこれから、大介くんの交流級の先生などからファンレターを書いてくれるように頼むのだろうと思いますが、そんなことをしなくても、誰かがファンレターを書いてくれるのではないかと考えています。大介くんのとんがり唇をしながらまんざらでもない様子を見るのが、教師としても嬉しい瞬間です。
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