島根県立大学の中井悠加さんが、とても面白い(教師対象のライティング・ワークショップの研修と捉えられる)コースを紹介してくれたので、そのまま以下に掲載します。
イギリスのArvon Foundation(アーヴォン・ファンデーション)は、全ての「書く人」を対象に様々なクリエイティブ・ライティング(例えば、詩、小説、テレビ番組の脚本、コメディー、グラフィックノベル、児童文学、フィクションなど)のワークショップを提供している基金団体です。
アーヴォンでは、4つのライターズ・ハウスと呼ばれるイギリスの伝統家屋を地方にかまえ、毎年5日間の宿泊講座を年間で約100回開いています。アーヴォンと契約したプロの詩人や作家が各ワークショップのチューターを務めていることも特徴的です ★ 。
2011年9月に、デヴォン州に建つTotleigh Barton(トートレイ・バートン)というアーヴォンの中でも最も古いライターズ・ハウスで開かれた「詩を書き始める(STARTING TO WRITE POETRY)」というワークショップに参加しました。
「初心者の書き手や、何か新しいものを試してみたいと思っている人に向いた講座です」という説明に強く惹かれ、その頃はまだ海外に出たことも無いのを忘れて思わず申し込んでしまったのを覚えています。
チューターはAntony Dunn(アントニー・ダン)とCatherine Smith(キャサリン・スミス)という2人の詩人。参加者は私を含めて14人の、高校生から退職後の方々まで様々な年齢層が集まりました。
トートレイ・バートンは、わらぶき屋根の2階建て家屋です。1階には、食卓としても使用するワークショップの作業ホールが1つ、「シッティング・ルーム」と呼ばれる大きな部屋が1つ用意されていました。2階には個人部屋と図書室が設けられており、図書室には詩集や小説などが保管されています。毎日の夕食はグループ当番制で、配られたレシピをもとに相談しながら料理をします。
写真② 入り口の階段
写真③ 2階の図書室
写真④ 食卓でもありワークショップの作業ホールにて
5日間の基本的な日程は全ての講座に共通しており、朝に書く時間、昼に個人指導、夜に朗読の時間が設定されています。下の表に、5日間のおおまかな活動の内容を示しました。1から14の番号を振ったものが書く活動です。
朝は、それぞれの活動につき1つの詩を書くことを中心としながら、【】で示したように詩を読む場面もたくさん設けられています。朝の書く活動については次回以降でもう少し詳しく取り上げます。
お昼の個人指導では、これまでのワークショップの中で書いた詩について、チューターと1対1のカンファランスが20分ずつ行われます。
写真⑤ カンファランスの時間割を決めるメモ。
それぞれが好きなところに自分の名前を書いて決めます
小さな文法の誤り(冠詞や時制など)を訂正したり、翻訳間違いと思われるような箇所に代わりの単語を提案したりはしましたが、その他大きな修正を加えられることはありませんでした。書いたことそのものを尊重してくれながら、その後も再び書き直すことを励ましてくれるような肯定的な声かけをたくさんいただきました。
● あなたは力強い想像力を持っている。このアイディアは他の誰も持っていない、本当に〈あなたの詩〉を書いたんだよ。
● とても美しい。この2行目がとても好きだ。
● あなたの詩には短い言葉を使うという規律があるようだ。それがとても読みやすくしているし、簡単な詩の中に大きなアイディアが詰まっている。
● もっと(言葉の壁に)苦悩しているのではないかと不安だったんだ。ワークショップのアイディアを良い詩にしてくれた。とても嬉しい。よくやった。素晴らしい。
これらの言葉は、私の詩を読んだチューターのアントニーがカンファランス中にかけてくれたものです。Excellent、Brilliant、Great、Good、Beautiful…と、「ほめる言葉」と辞書で引いたら出てきそうなポジティブな言葉を浴びるように受けた20分の間に、詩を書くことに対する不安は「書いて良かった」という心の底からの充実感にすっかり変わっていきました。
夜には、前半は2人のチューターやゲスト詩人によって自作の詩の読み聞かせが行われます。ゲストで作家が来ることも全ての講座の特徴で、この時はJohn MacCllough(ジョン・マカロー)がやって来ました。
写真⑥ ゲスト詩人の朗読会は庭に設置されているテントの中で行われました。
朗読会後の雑談の様子。
後半はシッティング・ルームで参加者自身が詩を朗読する会が開かれます。「詩の朗読会①」では図書室から気に入った詩作品を2編選んで、全員の前で1人ずつ朗読します。
私は日本の詩や俳句を他のメンバーに聞いていただく良い機会だと思い、日本から持参した鈴木寿雄『はいくのえほん』(2009年復刻版、足立美術館)と、まどみちお/美智子訳『THE ANIMALS』(1992年、すえもりブックス)から2編を選んで読みました。
写真⑦と写真⑧ シッティングルームでの朗読会の様子。
朗読会では、それぞれの詩の詳しい解釈について話し合ったりすることはなく、口頭で読まれたものを全員で共有するだけで次々に読んでいきます。この活動によって、自分の好きな詩を紹介できるだけでなく、チューターを含めた他の参加者が選んだ様々な詩にたくさん触れることができました。
金曜日の午後までに、チューターと参加者はワークショップにおいて自分が書いた詩の中から2編選び、それらを一冊の詩集にまとめます。上の表にある「詩の朗読会②」において、それぞれが選んだ詩を朗読するのです。
写真⑨ 詩集のタイトル候補と投票の様子
写真⑩ 完成した詩集「Swallow This」
詩集の作成とその朗読に向けて詩を選んだり書き直したりするために、私たちはたくさんのことを求められました。まとめると、次の3つになると思いますが、5日間で一番苦労した時間だったと感じます。
1 朗読会という場や詩集という、発表の場、読み手や聞き手に対する意識
2 5日間の中で自分が取り組んできたことへの振り返り
3 自分が書いたものに対する自己評価
以上のように、書く時間(詩をうみだす時間)と読む・聞く時間(詩にふれる時間)が交互になるように設定されています。そして最終的に、自分たちの詩集の刊行と朗読という形による発表の場によって締めくくられています。
チューターのアントニーは、初めに全員で顔合わせをした時に、私たちに次のように言いました。
“(講座名の)「書き始める」というのは「読み始める」ということも意味する。読むことを続けること、自分たちの読みを深めること、などにもつながる。とても重要なことは、私たちは書くことと同様に読むことについてもたくさん考えるということだ。読むことや読むことを学ぶことは、確実に書くことに対して不可欠だと思っている。”
この発言からも、うみだす時間・ふれる時間が交互に設けられていることを大切にしていることが分かります。それぞれの時間に行う活動が有機的に作用しあって、参加者の表現する力と読む力が相互に高められるような構成になっています。
次回は、朝の「書く活動」からいくつか取り上げてご紹介します ★★ 。
★ Arvon Foundationのウェブサイトでライターズ・ハウスの様子や今年のワークショップ一覧を見ることができます。講座の予約もウェブ上で可能です。https://www.arvon.org
★★ また、このワークショップについての論文も書いています。中井悠加(2016)「ワークショップ型詩創作指導による学びの形成—Arvon Foundationの取り組みの検討から—」『学校教育実践学研究』第22巻、pp.65-77。
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