最近、3冊の絵本を読みました。『アウシュヴィッツの子どもたち』『かないくん』『ブラック・ドッグ』です。この3冊は、今月末に出版予定の『改訂版 読書家の時間』の資料の中の★「中学生の思考を動かす絵本」という項目で、中学校で教える先生が作成されたリストの中にありました。最初の2冊は、これまで読んだことのないトーンの絵本で、私の狭い読書の幅を広げてくれるものでした。3冊目『ブラック・ドッグ』は、思わず絵をまじまじと見つめてしまいました。
今回の投稿は、「中学生の思考を動かす絵本」のリストを作成してくださった先生にお願いして、そのリストから何冊か選び、それらについての「お薦めの一言」をお願いしました。上記の3冊も以下の紹介に含まれています。また、今回の投稿をお願いした直後に、公共図書館に行かれたということで、元のリストには含まれていない読みたての本も、《おまけ》で追加されています。
では、以下、「それはなぜ? 中学3年生の男子が、仲間と一緒に考え、楽しんだ絵本です」(『オオカミと石のスープ』)など、教室の風景が浮かぶような紹介をお楽しみください。
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『アウシュヴィッツの子どもたち』青木進々、グリンピース出版会、2000年
現代に残されているアウシュヴィッツに関する写真を使って、短い言葉で語りかけてくる本です。道徳ではなく、国語で読んでほしい。構成、筆者の使う表現について、語り合ってほしい。自分に「関連付け」て、思いを語り合ってほしい。そういう本です。紹介という形で多くを語ることはやめたいと思います。でも、この本について、多くの人に知ってほしいと思います。アウシュヴィッツに行って盗掘したり、広島の原爆ドーム前で記念撮影をするような人を生み出さないためにも。
『かないくん』谷川俊太郎/松本大洋絵、ほぼ日、2014年
この本に「かないくん」は出てきません。でもタイトルは「かないくん」。下の名前はわかりません。そして先生がクラスのみんなに言います。「かないくんがなくなりました。」かないくんは、ずっと学校をお休みしていました。…子どもにとって、家族以外の死は、まるで見えないところで片づけられていきます。大変なことが起こっているのに、それを理解するだけの情報も得られず、どうふるまっていいのかもわからず…。この本にかないくんは出てきませんが「ぼく」「うさぎ」「おじいさん」が登場します。時の流れをつかみながら丁寧に読んでいき、人物の関連性を考えていく…「根拠ある推測」を繰り返していく必要があります。また、問いを立てて読み、死について自分に「関連づけ」ながら考えていく。何時間でも向き合える日本発の本だと思います。
『ブラック・ドッグ』レーヴィ・ピンフォールド/片岡しのぶ訳、光村教育図書、2012年
この本は、表紙、中表紙など、全てを読むことをオススメします。特に、本を開いた後、タイトルの登場までに挟まれているページは、映画の始まりを思わせる演出です。内容は、常識的な目線で読むと、本当に不思議な話なのですが表紙などのヒントを「関連付け」ながら読んでいくと、子どもたちは自分の解釈を話したくて仕方がなくなります。
『おにいちゃんとぼく』ローレンス・シメル/フアン・カミ―ロ・マヨルガ絵/宇野和美訳、光村教育図書、2019年
海外の絵本には、一読ではわからない仕掛けがたくさんあります。この本はその代表と言えるでしょう。さらっと読んでしまったら「素敵な兄弟の物語だね」で終わりです。どこが素敵なのか、よ~く読んだ人と、さらっと読んで「わかったつもり」の人とは差がつくことでしょう。勘のいい子が仕掛けを口走ってしまわないように、「何かに気づいても口に出しちゃだめだよ」と言っておいてください。
『オオカミくんのホットケーキ』ジャン・フィアンリー/まつかわまゆみ訳、評論社、2002年
とってもかわいらしくて、優しいオオカミ君が主人公です。でも、彼の周囲にいる人間はオオカミ君とは逆で…。とにかく読者の予想を裏切る本です。これ以上紹介するとネタバレになりますのでやめておきます。読んだ生徒は、あるページを開くと「えっ?」と声をあげるでしょう。この本の年齢指定を、話し合ってもいいかもしれません。
『ジャーニー 女の子とまほうのマーカー』アーロン・ベッカー、講談社、2013年
一切、文章の出てこない「グラフィック・ノベル」と言われる種類の絵本です。満たされない日常を生きる女の子が不思議なマーカーを手に入れることで別の世界へ…描かれる世界が、実際の世界の様々な国と様々な時代をイメージさせるように描かれていて、誰?どこ?なぜ?など、次々疑問が沸いてきます。どのように解釈するかは読者に大きく委ねられています。この本で終わらず、続きも刊行されています。ファンタジーが好きな子どもは、この絵本をもとにお話をつくることに挑戦してもいいかもしれません。文章を読むことが苦手な子どもたちにもオススメします。
『死神さんとアヒルさん』ヴォルフ・エァルブルッフ/三浦美紀子訳、草土文化、2008年
生きるものの死を扱った本です。でも、とても絵がかわいらしくて、作者のヴォルフ・エァルブルッフ氏の世界に取り込まれてしまいます。死神はガイコツの姿なのですが、チェックのワンピースを着て登場。何かを後ろに隠し持っています。私は今、病気の子どもたちの教育支援をリアルに考える状況にいるのですが、この死神さんの姿勢に「緩和ケア」の医師の姿が重なります。死について語ることを避けるのではなく、健康に生きている時だからこそ死について考えることを大切にしたいと思わせてくれる本です。
『オオカミと石のスープ』アナイス・ヴォージュラード/平岡敦訳、徳間書店、2001年
年老いて餌が取れなくなったオオカミが、ある家を訪問します。オオカミは「スープをつくる」というので、家人はオオカミを家に入れます。オオカミの真の目的は…?絵と物語を読み込んで、オオカミの目的を「推測」する本です。本は、読者が読みたいようにしか読めないわけですが、友だちと一緒にこの本を読むと、自分の思い込みや表面的な読みに気づくと思います。特にこの本では、オオカミの表情に注目しながら、オオカミの内心を推測する必要があります。最後にオオカミはどのような決断をするのでしょうか。そして、それはなぜ?中学3年生の男子が、仲間と一緒に考え、楽しんだ絵本です。
『3びきのかわいいオオカミ』ユージーン・トリビザス/ヘレン・オクセンバリー絵/こだまともこ訳、冨山房、1994年
欧米の人にとってオオカミは家畜を襲う害獣という意識があるのでしょうか。多くの物語でオオカミは悪役として登場します。ところがこの本では、オオカミはかわいくて、気が弱くて、かわいらしい存在です。そこへ乱暴なブタが登場して…。いわゆる「三匹のこぶた」の逆転バージョンの物語です。いつもならオオカミに脅されて逃げていくブタが、醜悪な姿と行動で描かれていて、読者の思い込みをどんどん裏切っていきます。キャラクターの立場や扱いを逆転させることで、新しい視点が持てるので、たくさん「問い」を立てて読み、ブッククラブなどで意見を交わすと面白い本です。
『だいじょうぶだよ、ゾウさん』ローレンス・ブルギニョン/ヴァレリー・ダール絵/柳田邦男訳、文溪堂、2005年
光村図書の教科書に「星の花が降るころに」という教材があります。また、すでに教科書からは外されてしまいましたが「花曇りの向こう」という教材もありました。これらの作品に共通しているのは「象徴」を読むことを教える教材だということです。では、教科書で「象徴」を学んだら、この絵本を読んでもらいましょう。老いていくゾウさん、成長していくネズミくん。ブッククラブで、時間の経過と登場人物の変化を読んでいくと、気づきがあるかもしれません。
《おまけ》
「WW/RW便り」を読んでくださった方だけに(笑)。
実は、久しぶりに公共図書館へ行きました。娘が大病を患いまして、この2年ほどは生活と仕事がやっとの状況でした。娘が退院して、初めて公共図書館へ連れて行きました(学校図書館で借りるにしても時間がなく、本人に選書能力はなく、国語的に絵本を使うこと自体がまだ全然理解されてもいませんし、病院でもコロナ対策で小児病棟の本の貸し出し、病院図書館の本の貸し出しも止まったままです)。
ここだけ!新たに、お薦めの本!追加です!今日、読みたてのほやほや。早く生徒に紹介したいです。
『なにか、わたしにできることは?』ホセ・カンパナーリ文/ヘスース・シスネロス絵/寺田真理子訳、西村書店、2011年
この本の特徴的なところは、本文の文字のサイズが所々で変化することです。おそらく、子どもたちもそこが気になることでしょう。絵は寂しさと不穏な感じで進んでいきます。「あの言葉」という謎めいた書き方で明確な表現を避けながら物語が進行していきます。読みながら、こういう意味と考えていいの?と不安になります。戻り読み、再読をしないと(いや、そうしても)もやもやがとれません。誰かと話したくなります。そうそう、文字のサイズの謎も、話したいですね。
『森のなかへ』アンソニー・ブラウン/灰島かり訳、評論社、2004年
とても不思議な本です。表紙から裏表紙まで、とにかく隈なく絵と物語を読むことをオススメします。たくさんの仕掛けが詰まっていて、気づいた人だけが意味を理解できます。正直言って、ラストは私は全く理解できていません(笑)。どういうことかどなたかに教えていただきたいです!教科書の教材「走れメロス」のように、次から次へと「何か」が起こります。どのような意味があるのでしょう。話し合いたくなります。
『三びきのコブタのほんとうの話』ジョン・シェスカ文/レイン・スミス絵/いくしまさちこ訳、岩波書店、1991年
またまたオオカミの本です。本当に欧米の皆さんはオオカミが好き。オオカミを悪者にする一方で、この本の作者は「オオカミ同情派」のようです。表紙にはタイトルに添えて「A・ウルフ談」と書いてあります。そう、この本は三匹のコブタを傷つけて捕まったオオカミが、自身の犯行の事情を語る本です。もう、その設定が面白過ぎです。さまざまな三匹のオオカミ関連の本を用意して、「関連付け」て語り合うのはいかがでしょう。
『ニコラス・グリーブのゆうれい』トニー・ジョンストン文/S・D・シンドラー絵/きたむらさとし訳、BL出版、1998年
本の裏表紙に「米国スクール・ライブラリー・ジャーナル選定最優秀作品」と書いてあります。いわゆるホラー系の絵本です。日本の怖い本との「比較」もできるかもしれません。
ニコラス・グリーブという老人の遺骨が盗まれて?しまうことで起こる不幸。日本の子どもはこの本を「怖い」と思うのでしょうか。最後の不思議な出来事をどのように解釈するか、物語全体を読んでいないと答えられない内容ですので、一つのお話を読み切れないお子さんを巻き込んで、数人で集まって読むと盛り上がるかもしれません。
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★『改訂版 読書家の時間』のために、中学校での教職経験のある先生や司書の方からも、多くの本を教えていただきました。「中学生の思考を動かす絵本」以外にも、新たに「中学生の教室でよく読まれた本」(フィクションとノンフィクション)と「中学生におすすめの本」(フィクションとノンフィクション)という項目でも、150冊以上加わっています。『改訂版 読書家の時間』は、紙幅の関係で、オンラインで読める形にした部分があり、「中学生の教室でよく読まれた本」(フィクションとノンフィクション)と「中学生におすすめの本」(フィクションとノンフィクション)のリストは、オンライン版となっています。こちらについては、また後日、改めてお知らせします。
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