2011年12月16日金曜日

「ひとりではできないことが、できるようになる」

 英語という科目についてのRWとWWを一緒に学んでいる仲間の一人と一緒に、「作家ノート」についてのワークショップを先日行いました。

 今日のRW・WW便りの題に書いた「ひとりではできないことが、できるようになる」は、この時の経験から思ったことです。

 それは、ひとりでは、絶対につくれないワークショップが、二人で作り出せたからです。

 もちろん、作り出すところに至るまでの過程でも、学ぶことが多かったです。

 例えば、「作家ノートを、学習者が使い続けるためにできそうなこと」を、一緒に考える中で、「作家ノート」は集めるべきなのか? その場合は何のために集めるのか? 集めるタイミングは? など、私が以前にはあまり考えていなかったことを考え、私の教え方を修正することもできました。

 この経験を振り返ったときに、私は少なくとも二つの面で、得るものがありました。

1) 一つ目は「二人以上で一緒に同じものをつくる」ことで、「ひとりでは作り出 せなかったものが、作り出せる」です。

2) 二つ目は、「その過程で相手の人から情報をもらうことで、自分の教え方が変わったり、豊かになったりする」です。

 2点目の「人から情報をもらうことで、自分の教え方が変わったり、豊かになったりする」は、まさにRWとWWの教え方・学び方だと思います。

 メーリングリストその他で、共に学ぶ仲間が増えることで、新しいメンターテキス ト、ブッククラブにお薦めのいい本、いいミニ・レッスンなどの情報を得て、教え方もどんどん豊かになり、そこから取捨選択をしてよりよいものをつくっていこうとします。

 これは、このブログを読んでくださっている方たちには、共通していることではないでしょうか。

 そして、共に学ぶ仲間から得たことを、教室の学びに活かしていると思います。

 ところが、 1点目の「二人以上で一緒に同じものをつくることで、ひとりでは絶対に作り出せなかった素晴らしいものが、作り出せる」という点を考えると、私はこの点から、教室の学びに活かしていることはとても少ないのです。

 例えば「二人で一つの作品を完成させる」などは、ほとんど教えたことがありません。

 「ひとりではできないことが、できるようになる」というのは、とても実りが多いのにもかかわらず、です。

 教えることに踏み切れない理由は簡単です。

 私の教えている学習者に対して、どういうミニ・レッスンをして、どんなふうに組み立てれば成功の確率が高いのかが分からないです。

 私自身は過去に何度か、二人(以上)で一つのものをつくるという経験がありますが、その成功は、まだ「相手次第」みたいな点が大きいのです。

 「作家ノート」についてのワークショップがうまく行ったのは、相手の方のおかげです。でも、これでは教室で「うまくいきそうな人をさがしてね」以外に教えられることがありません。

 ということで、今日のブログは、「二人以上で、一人では絶対につくれないような素晴らしい一つのものをつくる」ことを教えたいので、ご自身の経験からでも、また、教室の例からでも、
いいミニ・レッスンや例などを、情報提供してくださると嬉しいです、というお願いで終わりたいと思います。

 よろしくお願いします。

2011年12月9日金曜日

「順調に進んでいないのですが……」 → 「順調に進めるために」 ~二つのヒント~

 前回のRWWW便りは「順調に進んでいないのですが……」でした。

 今回はそのつながりで、「順調に進めるために」のヒントを、「うまく行っている場合」「うまく行っていない場合」から、書きたいと思います。

★ まず「うまく行っている場合」のヒントです。

 中学校レベルでの優れた実践者であるナンシー・アトウエル氏の本の中で、とても印象に残っている箇所があります。

 アトウエル氏のWWのクラスに、WWの第一人者の一人のグレイヴス氏がやってきます。

 その日の授業のあと、グレイヴス氏はニコニコして、アトウエル氏に、「君は、WWのいい先生とは、どういう先生なのか、よく分かっているね」と言って、ほめてくれるのです。

 アトウエル氏は、その瞬間、何をほめられるのか、と頭の中にいろいろな可能性が 浮かび、期待でいっぱい、まさにドキドキの瞬間だったと思います。

 グレイヴス氏の返事は予想外だったようです。

 その返事とは、"You're so damned organized." でした。
 
 日本語にうまく訳せない台詞ですが、「思いっきりしっかりと、計画的できちんと整理されている」みたいな感じでしょうか。

 きょとんとしたアトウエル氏に、 グレイヴス氏は、「だって、計画的できちんと 整理されていないと、この方法(つまりWW)で書くことは教えられないからね」と続けます。

 *****

 この箇所がとても印象的になのは、実際にWWやRWをしていると、「そうだ」と思うことが多いからです。

 学習者が主体的な書き手、読み手になるためには、きちんと用意しなければいけないものもけっこうありますし、学習者が自分で動けるような準備も、そのためのサポートも必要です。

 特に人数が多い場合、例えば、書き終わったものはどうする、質問のあるときはどうする等々を、学習者が分かっていないと、先生は学習者に追われてしまいます。そうなると、カンファランスの時間もとれなくなってしまいます。

 うまくいっているときには、「カンファランスが上手だから?」とか「私自身が書き手であり、読み手であるから、書き手と読み手の気持ちがよく分かって指導できているから」等々と、考えたいものです。

 でも、学習者が自分で動けるようにきちんと整理・準備されていて初めて、カンファランスの時間は確保されるのです。カンファランスの記録がきちんと整理されていて初めて、数回のカンファランスにつながりが生まれたりするのです。

 明日の授業での学習者の動きを想像してみて、必要な準備をきちんと整理し行っておく、これは大きい気がします。


 ★ 次に「うまく行っていない場合」のヒントです。

 前回のRWWW便りに書きましたように、全く順調でなかった私が、次のミニ・レッスンを考える上でよりどころにしたことは二つありました。

 一つは書き手としての自分です。学習者よりも、少し先輩の書き手として、自分が書くときにしていること、助けになること、問題点などを、もう一度振り返り、そこ から、書き手として、学習者に現時点で伝えることは何だろうかと考えました。

 もう一つは、学習者の書いたものです。

 今までに出された作品に、もう一度目を通し、課題を整理しました。

 全体への共通した課題というよりは、3段階ぐらいの課題があるように思いました。

 それで、次の授業にできることとして全体で行うことと、選択肢のある課題(3段階ぐらい)を考えました。そして全体で行うことが終了したあとは、その3つの中で、自分があてはまる部分をやってみるように言いました。

 ほんの少し、修正軌道に入れたかなとも思います。

 引き続き考えて行こうと思います。


出典:

上で紹介したアトウエル氏とグレイヴス氏とのやりとりは、Nancie Atwell著、In the Middle, second edition (Boynton/Cook, 1998) 89-90ページです。

2011年12月2日金曜日

「順調に進んでいないのですが……」

 「RW・WWが順調に進んでいますか?」と問われると、現在の私は「いいえ」と答えざるを得ません。

 うまくいっていません。

 『リーディング・ワークショップ』(新評論、2010年)の第7章は、「評価を授業に組み込む」という章です。



 その章の注に「この章で扱っている評価とは、成績や評定をつけるための評価ではなく、教師の教え方と子どもたちの学び方を改善するための評価です」(115ページ)と書かれています。

 まさにそういう、教え方と学び方の改善のための「評価」の必要を、ここ2週間ぐらい、痛切に感じています。

 さて、WWの方を例にとり、私の今学期のWWで、現在、どんな問題が発生しているかというと。。。

○ 作家ノートを集めてみると、宿題で行うように言ったことしか、書いていない学習者がいる。これでは、作家ノートの本来の意味がかなり失われている。(要は最低限しか書いていない、ということです。)

○ (私の担当科目は英語ですが、)この時点になっても、まだ、英語の基本的な書き方が分かっていなくて、翻訳ソフトを使ってその場をしのごうとする学習者がいる(→ ミニ・レッスンを聞いていない? 教えたことが定着していない)。

○ 修正には興味がもてない、あるいは自分で修正できるようになることに意欲のもてない学習者もいる。

○ 校正の個別のチェックリストをつくれるような方向に、もっていけていない。

○ 校正は私が手を出しすぎている。自分で読み直すことがうまく教えれていない。

○ ピア・カンファランスができていない。


 

 少し考えるだけでも、どんどん出てきます。問題が山積みですね。

*****

 ここまで読んでくださった人の中には、「RW,WWって、タイヘンな教え方なのでは?」と思われた方もいらっしゃるかもしれません。

 たしかに、RWとWWをはじめた途端にすべてがバラ色になるわけではありません。

 準備の量も、授業をどう組み立て、どう修正しようかと悩む量も、「量的にみると」従来型の教え方と同じぐらい、あるいはそれ以上にあるように思います。

 しかし、「この教え方を続けたいですか?」と尋ねられると、答えは「はい」です。

 それは、授業の準備も、悩む内容も、従来型の教え方と「質」的にまったく違うからです。



 質的な違いは、簡単には説明できないのですが、RWとWWに出合う前は、「今読んでいるものを読める」とか「今書いているものがよくなる」に終始していた気がします。この場合、もちろん、教師が正解を提供するのが一番早い解決法となります。



 RWとWWに出合った後は、明日以降も使えることを教えたいと思いますし、全体に教えることと個人に教えることを分けたいとも思い、その方向で準備をします。



 もちろん、カリキュラムの制限、人数の問題、教室内に物理的にあるものやないもの等々の問題ともあいまって、なかなかうまくはいかないときもあります。それでも、そのろいろな制限や問題のなかで、その手立てを考えようとしています。


 それだけでなくて、授業から受けとるものも違う気がします。RWやWWで教えていると、書き手、読み手としての個性が出てく るので、それは教室の学びを豊かにしてくれています。学習者が読んだ本について、学習者と語るのは、とても楽しいですし、誰かが他の人に、自分が読んだ本について語っているのを聞くこともよくあります(特にうまくいっているときは)。



 また、学習者の方から「次は○○さんが読んでいたような詩集を読みたい」等々、学習者から、何を学びたいかという声を聞くこともあります。これ も従来型の学びでは、あまり聞けなかった声ですし、教えているほうにしても、とても楽しいし、嬉しいことです。

*****

 さて、山積みの問題に目を戻します。

 『リーディング・ワークショップ』の中には以下のような文もでてきます。

 「事実、問題が起こるのです。<中略> 私たちが今までに読んできた多くの物語と同じように、教室を舞台にしてこれからはじまる物語も、問題が生じるところから旅がはじまるということなのです」(80-81ページ)。

 この文、納得です。



 そして、『リーディング・ワークショップ』の中では、問題解決の一つの方法として、ミニ・レッスンを挙げています。「ミニ・レッスンは、子どもたちを集めて問題解決に向けて取り組む最良の場を提供してくれます」(82ページ)とも書かれています。

 この週末は、次回のミニ・レッスンを慎重に考えようと思っています。

2011年11月25日金曜日

カンファランスの押さえどころ

そろそろ年度の3分の2が過ぎようとしています。
 WWとRWに共通する(しかも、最も重要な部分を占めている)カンファランスも、順調にこなせるようになっていますか?
 そこで、今回はその押さえどころというか、原則を振り返ってみたいと思います。

1.子どもが主役!
 子どもが語るいま書いていることや読んでいることに耳を傾けることが、まずはカンファランスの基本です。それには待つこと、問いかけること、そして何よりも信頼することが求められます。一番まずいのは、教師が話してしまうこと!

2.書き手/読み手としての子どもを把握する
 一人ひとりの子どもがもっている興味、関心、こだわり等をしっかり認識することが大切です。(教師自身の興味、関心、こだわり等も認識し、有効に活用することも忘れないでください。)

3.子どもたちは伝えたいことをもっている!
 子どもたちが書いている/描いていることや、読んで解釈したことには意味があると信じます。聞いてあげさえすれば。聞いたのですから、待つことはセットです。

4.低学年の子が話したことの大事な部分は書き出す
 自分で書くスピードがまだ遅い低学年の子には、カンファランス中に語ったことを教師が聞きながら(子どもの言葉で)書き出してあげると、記録として子どもも教師も使えます。

5.その時の子どもにとって最も相応しいことを教える
 間違えは目に付きやすく、すぐに修正したくなってしまうものですが、それをしたところで子どもが身につく形で学べるわけではありません。新しい作家の技や読み方に挑戦してできた時に、ほめた方が定着率ははるかにいいです。あるいは、ほめた上でその一歩先に挑戦するように促してみることの方が。

6.一人当たりの時間は短く
 教師はいつも、一時間の中でできるだけたくさんの子どもを対象にカンファランスをしたいと思っています。
 2を活かしつつも、子どもたちがいま書いている作品や読んでいる本も把握することで、一人当たりのカンファランスは短くても(二言三言=1~2分以下でも)効果的なやりとりができるようになります。
 逆に教師が必要と判断した時は、一応の制限時間である一人当たり5分を大幅に超えてもいいという柔軟性はもっていたいです。

7.次にすべきことを子どもが理解して終わる
 子どもとカンファランスすることで両者が学べるのですが、終わった後に子どもが何をしたらいいのかわかっていると、学びは広がり/継続します。これは、自立した書き手や読み手になっていくための練習でもあります。

 以上の1~7は、チェックリストとして使えますし、もしまだいくつかが押さえられていない場合は、それらをすべて一緒にやろうとするのではなく、一つずつ自分のものにして、着実に押さえられるようにしてください。子どもたちが新しい作家の技や読み方を一つずつ自分のものにしていくのと同じように。

参考: Writing Conference Principles, in Choice Literacy

2011年11月18日金曜日

朝読とRWの比較

今回は、とても基本的なことを・・・朝の読書の時間(以下、朝読)を実施している学校は少なくありません。

 あなたは、どれほどの価値を見出していますか?
 それとも、無駄な時間と思っていますか?
 そもそも何のためにしているのか、ご存知ですか?
 その目的のための方法として適切であるか考えたことはありますか?

 朝読の効果(いい点)と問題点(悪い点)を、ぜひ書き出してみてください。(書き出したものは、下のコメント欄に書き込むか、pro.workshop@gmail.comにぜひお送りください。)

 本来は、それをしっかり出して、問題点が効果を上回るのを確かめた上で実践すべきなのですが・・・、なんと言っても、学校で一番欠落しているものの一つが時間ですから。

 参考までに、朝読とRWを比較した表を見つけたので、以下に紹介します。(表をクリックすると、拡大します。)

2011年11月12日土曜日

執筆者への問いかけ

私たちは、教科書にしても、本にしても、雑誌にしても、与えられたテキストを鵜呑みにする傾向があります。
 「書いてあることに間違いがあるはずはない」「正しいことが書いてあるはずだ」という思い込みです。果たして本当にそうでしょうか?

 今回紹介する「執筆者への問いかけ」は、テキストには欠陥もあるという前提に立って、意味を作り出す/理解するための手段として活用します。
 その際、一人だけでするのではなく、クラスメイトと個々人が考えたことについて話し合いができれば、意味/理解はより一層深まり・広がります。

 執筆者(作家)に問いかける/フィードバックするためには、批判的に読むことが求められます。
 具体的には、
・ 内容と書き方を分析する
・ 気に入ったところとそうでないところをはっきりさせる
・ わからない(わかりにくい)ところは質問する
+ 改善のための提案をする
などを意識ながら読みます。

 これは、読むことと書くことを、切り離せない形で扱う方法でもあります。

 子どもたちにとっても、教師にとっても一番身近な本である教科書を例にとって進め方を紹介します。

1) 教科書の一部を分析的・批判的に読む
 理解は、「書き手と読み手の協同作業」であることを説明した上で、「理解できないのは、読み手だけの責任ではなく、書き手側に落ち度がある可能性もあること」を伝えたうえで、テキストを評価する/修正する人の目で読みます。
その際、プラス面とマイナス面の両方をしっかり把握しながら読むことが大切です。書き手のスタイル(書き方)が、理解を促進させたり、妨げたりしていることだってあるからです。
 以下のような質問を考えながら読むといいでしょう。
① 書き手が伝えようとしていることは何か?
② 書き手はなぜそれ(ら)を伝えようとしているのか?
③ 書き手はそれ(ら)をはっきりわかる形で書いてくれているか?
④ もっと理解しやすい方法で書くにはどんな方法が考えられるか?
⑤ あなたが書き手だったら、どんなふうに書いたか?

2) 実際に、①~⑤の質問に対する考えと、気に入った点や疑問点なども踏まえながら、「執筆者への問いかけ」=手紙を書きます。
 ここまでするだけでも、十分に価値がありますが、実際のアクションとして、その手紙を執筆者に送れたら、言うことありません。
 しかし、似たような手紙が20通~30通も届いたら、受け取る側も大変です。個別に回答してもらうことは期待できませんから。
そこで、(1)もっとも説得力のあるものをいくつか選ぶか、(2)何人かが集まってチームとしての問いかけ=手紙にする形★で、参考/修正に活用してもらうために教科書会社や執筆者に送ってみるのです。子どもたちをガッカリさせないために、送ることを事前に伝えて、受け取ってもらえることを確認してからのほうがいいと思います。

 教科書や作家の文章を批判的に読み、修正をすることは、自分の文章を批判的に読み、そして修正するのに役立ちます。
 読みにくい/わかりにくい教科書も、子どもたちの手で少しは読みやすい/わかりやすいものにすることができるかもしれません。

 教師の役割は、それを可能にするためにいい問いかけをしたり、子どもたちが質の高いやりとりをできるようにサポートすることです。もう一つは、子どもたちと「やらせる」「やらされる」の関係ではなく、モデルで示し、自分たちもやってみたい関係を築きたいものです。★★


参考資料: Questioning the Author, by Isabel L. Beck他著、International Reading Association発行、1997年


★ 小学校段階から、このような形で選択したり、協同で執筆する練習をしておけば、大人になってから大分楽です。9月30日に研究紀要や研究発表会の要綱について書いたところを参照


★★ 私事ですが、この「執筆者への問いかけ」という方法を頻繁に実行しています。主には、いい点を指摘するのと、疑問点を問いかける形で。(残念ながら、それに値する本に対してですから、95%は英語の本です。そのうちの何冊かは、翻訳するということまでやってしまいました。その際、執筆者への質問攻めは半端ではありません。質疑応答だけで新たな本が書けるぐらいになってしまったこともありました。)

2011年11月4日金曜日

たかが図表、されど図表

私たちが読んだり書いたりするもののほとんどは、ノンフィクションです。それも情報を提供したり、得たりすることが目的のものです。
 自分が実際に読んだり書いたりしたものすべての記録を1日取ってみると明らかになるはずです。(状況は、子どもたちも変わりないと思います。)

 小説は、最初から最後まで読まないと意味がないですが、情報を得るために読む方法は目的に応じて多様にあります。
 最近は、紙媒体のものと同じか、それ以上にインターネットでウェブ・ページを見る人が増えていますから、その方法は顕著に表れます。(なんと、「読む」とは言わずに「見る」と言うぐらいです。一昔前までは、新聞や雑誌でしたが、それらはまだ「読む」でした。)
そうした情報を得るときに多く出てくるのが、図表(やイラスト・写真・動画)です。それらを読みこなすことは、リサーチ・スキルとしてはもちろんのこと、ライフ・スキルとしても欠かせません。

 それほど日常的なものなのですが、読み・書き(RWとWWや他教科)を教える時に、図表等を扱ったことがある方は、どれぐらいいるでしょうか?
一般的には、言葉を補う媒体と見られがちですが、視角に訴えかける分、記憶に残るという点では文章よりもインパクトがあります。

 ジャンルによっては、どれだけいい文章を書けるかと同じウェートで、どれだけ効果的な図表等のビジュアルを使えるかで、読み手に伝わるメッセージ(そもそも読んでくれるか、も含めて)が決まります。もはや、わかりやすい文章だけでは不十分と言ってもいいぐらいです。(I See What You Mean, by Steve Moline 26ページ)
たとえば、「パンのつくり方」をインターネットで検索すると、多様なつくり方の方法を使って紹介していることがわかります。たとえば、文章で。写真を使って。ビデオで。フローチャートで、など。(パンづくりを解説した本も、文章以外の方法を効果的に使っているはずです。)

 これだけ文章以外の媒体に子どもたちが日常的に接していると扱わないわけにはいきません。たとえば、①本を読みながら/人の話を聞きながら、②メモをとり、③それを使って自分の文章を書くということは普通に行われてきましたが、最近は、②のメモを取る代わりに、マインドマップを描く方法も普及しています。視覚的に記録したり、考えたりした方がいい人がたくさんいることを示しています。

 図表等を使う際には、「伝えたい情報が読み手にしっかり伝わるためにはどんな方法を使うのがもっとも効果的か?」を問う必要があります。(I See What You Mean, by Steve Moline 23ページ)
 たとえば、私が2つの本を比較した時の例を紹介します。ジョン・バーニンガムの『おじいちゃん』とアリキの『おじいちゃんといっしょに』の内容の比較をするときに、可能性としては、文章で書く、表に表すなどもありましたが、私が結果的に選んだのは下の図でした。(『「読む力」はこうしてつける』90ページ)一番読み手にとって、わかりやすい/伝わりやすいと判断したからです。