2026年4月24日金曜日

読書感想文よりもはるかに楽しくかつ意義のある10の活動

2回前(410日)の記事では、「生徒を読むこと好きにする10の方法」を紹介しました。今回はその流れを受けて、「読書感想文の代わりになる10の活動」を提案したいと思います。私は読書感想文が好きではありません。本の理解を示す方法として効果的だとは思えませんし、読書の楽しさや味わいを深める助けにもならないと感じています。

そこで、生徒が本の理解を示しながら、楽しんで取り組める活動について考えてみたいと思います。ここで紹介する活動は、さまざまな学び方の生徒に合うように、また書くこと以外の力も伸ばせるように意図して選んでいます。私は一つだけの方法を提示してやらせるのではなく、生徒に本へ反応する方法を選んでもらっていました。つまり、次のようなリストを渡し、その中から自分に合う方法を選んでよい、という形で進めていました。

 

  グラフィック・ノベルづくり

生徒に、本の一部を選んで場面を絵で表現してもらいます。たとえば、物語のはじめ・中・終わりを示す3場面を描いて、出来事の順序を理解しているかを見ることができます。または、主人公がどのように変化したかを示す3場面を描く方法もあります。舞台となる場所の描写が豊かな本であれば、物語の舞台を絵で表すように求めると、生徒がどれだけ細部をつかんでいるかがよく分かります。絵を描くことは、生徒が細部を思い出したり、探したりする助けにもなります。そのうえで、絵の根拠となる文章を抜き出したり、線を引いたりするよう求めることもできます。

 

2 別の結末をつくる

生徒に「筋が通った別の結末」を考えてもらう活動です。これは、登場人物や物語の展開をどれだけ理解しているかを示す強い証拠になります。小説が面白いのは、結末がどうなるか分からないところにあります。その作家の文体を踏まえつつ、そこから少し離れて自分の結末をつくることはとても難しく、読書力の高い生徒にとっては刺激的な挑戦になります。

 

  続編をつくる

続編づくりは、多くの子どもにとって楽しい活動になります。私たちも本を読み終えたとき、「もっと読みたい」と思うことがあります。続編を考えることは、「このあと何が起こるか」を予想する機会になります。ただし、続編には筋が通っている必要があり、テーマや物語の流れの一部がきちんとつながっていなければなりません。同じ本を読んだ他の生徒がいれば、その続編が「もっともらしいかどうか」を判断してもらうこともできます。生徒は数ページの短い続編でも、短い章でも、あるいは一冊分の長さでも書くことができます。

 

4 登場人物の日記を書く

たとえば、ハリー・ポッターに登場するスネイプ先生は日記に何を書くでしょうか? 生徒は好きな登場人物を選び、その人物が書いたと想定して日記を数ページ(あるいはもっと多く)書きます。『グレッグのダメ日記』(ジェフ・キニー/作、ポプラ社)が好きな生徒であれば、その作者の文体をまねて絵を入れることもできます。この課題は、生徒がその人物をどれだけ理解しているか、また個人的な語りの文体をどれだけつかんでいるかをよく示します。

 

5 モノローグ(ひとり語り)を書く

主要人物でも脇役でも、その人物は何を語りたいと思っているでしょうか。どんな口調で、どんな言い方をするでしょうか。生徒はさまざまな方向に発想を広げることができます。この活動は、生徒がその人物をどう理解しているかを示す方法であると同時に、話す技能を練習する機会にもなります。

 

6 トークショーを開く

同じ本を読んだ生徒が複数いる場合、クラス向けにトークショーを行うことができます。それぞれの生徒が登場人物の一人を担当し、番組の「司会者」が質問リストを用意します。質問は「どうしてその行動をしたのか説明できますか?」「どんな後悔がありますか?」など、より深い思考を促す内容にします。教師が聞いているだけで、生徒がどれだけ本を理解しているかを評価することができます。

 

 作者への手紙を書く

もし本に強く心を動かされた生徒がいれば、作者に手紙を書いてみたいと思うかもしれません。「この出来事は実際にあなたの身に起きたことなのですか?」など、もっと知りたいことがあるかもしれませんし、本を読んで感じたことや考えたことを伝えたい場合もあります。作者から返事が届くことも珍しくなく、それは子どもにとってとても刺激的な経験になります。この課題は、生徒が本とどのようにつながり、どのように反応したかを把握する助けになります。

 

8 クラスメイト向けの書評(紹介文)を書く

これは文章で書いてオンラインに投稿してもよいですし、教室で口頭で共有する形でも構いません。この活動は、生徒が意見を述べたり、説得力のある書き方を練習したりする機会になります。

 

9 新しい表紙をつくる

本の別の表紙をデザインする活動は、絵を描くことが好きな生徒にとってとても良い課題になります。紙や色鉛筆などの道具を使ってもよいですし、デジタルの技能や環境がある生徒はデジタルで作成しても構いません。この課題は、実は「説得」の要素を含んでいます。私たちは本の表紙から内容を判断しがちなので、生徒は「自分がその本について抱いた考えや気持ちを、どのように一枚の絵で表現するか」を考えることになります。

 

10 読書ガイドをつくる

小説の巻末には、読書会で使うための質問が載っていることがあります。読書ガイドづくりは難しい課題ですが、他の人の話し合いを自分が導けるという点で、好きな生徒もいます。よい質問をつくるためには、本を深く理解している必要があります。読書会(ブッククラブ)の活動がある場合、生徒がクラスメイトにこのガイドを提供することもできます。

 

 これは、読書感想文の代わりになる活動のすべてではありませんが、生徒が読んだ本にどう反応するかについて考えるきっかけになればうれしいです。生徒に読書感想文に代わるどんな活動をこれまで提案してきましたか? これから試してみたい活動はありますか? ぜひコメント欄で共有してください。

 

出典: https://www.edutopia.org/blog/book-report-alternatives-elena-aguilar

(この記事は、『教師のためのアート・オブ・コーチング』の著者エリーナ・アギラ―さんによって2013年2月19日に書かれた記事です。)

2026年4月18日土曜日

自らの人生の作者となる

  現代文学理論を柔軟に論じた『文学をめぐる理論と常識』(中地芳和・吉川一義訳、岩波書店、2007年)を著したアントワーヌ・コンパニョンさんの『文学は割に合う!』(本田貴久訳、作品社、2026年)を読みました。「文学」の社会的有用性を多角的に論じたエッセイ集ですが、理解することが人生にもたらすものを考えるヒントに満ちたものでした。

 本書第10章の冒頭で、コンパニョンさんはマルセル・プルーストの「恥じることなく、やや悪意をこめながら、あらゆる業界において、文学は、企業の社長たちが言うところの「競争力にある強み」をもたらすのだ」という主張を取り上げています。コンパニョンさんはその「強み」を「レトリュール letrure 」というフランス語で表現しています。「レトリュール」とは「文学的教養」のこと。モンテーニュの「察する読者」(書物のなかにそれまでの自分が思いもしなかった意味を発見する読者)という言葉を手がかりに、本書で探究するのは「『察するレトリュール』、あるいは文学的コンピテンシー」だとされています。

 「レトリュール」は「文学的教養」のことですが、それに「察する」が加えられると能動的な意味が出てきます。「察するリトリュール」とは「それまでの自分が思いもしなかった意味を発見する能力」のことです。この概念をもとにすると、幼い頃から様々な物語を読み聞かせてもらったり、自分で読んだりして、人が身につけるのは、本や文章のなかにそれまでには自分が思いもしなかった意味を発見する能力だと考えることができます。この概念は、物語を聴いたり、読んだりすることの人生における意義を考えさせてくれます。

 書物のなかにそれまでの自分が思いもしなかった意味を発見する読者になり、そういう「察するレトリュール」を手に入れるために必要なのは何か。

本書の第15章にはコンパニョンさんの14歳の頃の『赤と黒』(スタンダール)の読書体験がそれを教えてくれます。

 『赤と黒』のある場面で、ジュリアンは本を夢中になって読んでいるところを父親に見つかり、殴られて、読んでいた大切な本(セント・ヘレナ島に流刑になったナポレオンの言動を書記役が記録した『セントヘレナ日記抄』)は小川に落ちてしまいます。そして父親は「この怠け者め! 製材機を監視すべきなのに、こんなくだらない本を読んでいる場合か? 夜、坊さんのところで時間を無駄にするときに本を読めばいいだろう」となじられます。

 コンパニョンさんはこのくだりを読んでいた夜に「わたしはジュリアンの側に立ちました」と述べています。仕事に忙しい人であるこの父親ではなく、下層社会に生まれながらすべてを読書から学んだジュリアンの側に立ったということです。その後の『パルムの僧院』や『リシュアン・ルーヴェン』の読書体験を踏まえて、自らの読書体験が先程触れたプルーストの人生と文学をめぐる意見に大切な。

 

「文学が本当の人生であるかのように文学に生きるのではなく、モスカ伯爵やルーヴェン氏のように、ジュリアンやファブリスのように、文学であるかのように、小説でも書いているかのように人生をまっとうするということなのです。」(『文学は割に合う!』129ページ)

「文学が本当の人生であるかのように文学に生きる」ことと「小説でも書いているかのように人生をまっとうする」こととは、読者のスタンスとして大きく違います。前者は文学作品のなかに逃避することだと言えるかもしれませんが、後者は違います。読書で得たことを人生の大切な記憶としながら、それを手がかりにこの現実を生きることです。読んでいることが既に唯一無二の人生を送っているということです。本を読むことによって生き延びる経験(lived through experience)をするとはこのようなことを指すのでしょう。そしてこの経験は、エリンさんが「我を忘れて集中し、思考するという経験に没頭し、まわりの世界が消え」「多くのことを学ぼうとして懸命に」なり、「自分の限界を超えようとする」「熱烈な学び」という理解の種類(『理解するってどういうこと?』74ページ)の成果でもあると考えられます。

コンパニョンさんの言う「小説でも書いているかのように人生をまっとうする」とはどういうことか。次のような考察が為されています。

 

「ようするに、生きるとは自分の人生を書くことです。ここから、多くの自己啓発書に採用されることになる「人生の作者となる、自身を書くAuthoring Life, Self-Authoring」というタイトルが出てくるわけです。「語り」という意味での文学モデルは心理学にあふれるほどあり、「人生」は「書くこと」だLife as authoringと定義します。英語の「書くことauthoring」という語を訳す際には、もともと「作者author」という名詞が動詞となり、それが現在分詞となったこの語を、フランス語で同様の操作をして得られるautheurisationという造語でしか対応させることができません。とにもかくにも、人間の振る舞いはテクストとして、もっと正確に言えば物語として理解されます。そして〈自己self〉、〈わたし〉は、物語の作者による語りによって構成された人工物となるのです。」(『文学は割に合う!』165ページ)

 

もちろん『文学は割に合う!』では「一見一貫性のある語りだとしても、よくよく吟味すれば、複雑なテクストへと姿を変えないわけではないのです」とも述べられていて、構成された〈自己〉の表面的な一貫性を疑う目をもつことの重要性も語られています。〈自己〉を語る物語の表面的な一貫性を疑いながら「人生の作者となる」ことを後押ししてくれるのが、他ならぬ読書(とくに、文学の)だというのです。

たとえば、プルーストの『失われた時を求めて』に出てくる「コタール博士」という医者は「教養も気配りも品格」もない人物ですが、自分の思い通りにならない事態に遭遇した時に、自らの「恩師」が同様の事態に見舞われた時の記憶を思い出します。彼の発揮した「察するレトリュール」について次のように述べられています。

 

「「輝かしいキャリアを積んだ」恩師のひとりを思い出し、苦しいときこそ明るく振る舞うことは、人生を演じること、人生を物語や小説、ドタバタ劇のように生きることであり、これこそが教訓です。語り手がある魅力的な女性との会話の機会を逸して落胆したときに、アルベチーヌは「落ち着いて、またいつでも会えるから!」となぐさめまました。人生は繰り返しの連続であり、「またいつでも会える」のです。コタール博士にしても、用心のため左右をよく見てから通りを渡るたぐいの人間ですが、恩師の教訓のおかげで、それなりの出世をはたし、自由になりました。教養がある者は、自らの人生の作者となります。」(『文学は割に合う!』215ページ)

 

コンパニョンさんの言う「察するリトリュール」とは生き延びる経験を可能にする教養のことです。「コタール博士」のように、それまでの自分が思いもしなかった意味をもたらす「記憶」の源泉です。たとえ本に書かれてあることが虚構であっても、それを読んで得たことは人生を生き延びるための「記憶」になります。しかしそのような教養は単語帳を片っ端から覚えるようなことでは得られません。コンパニョンさんが『赤と黒』を夢中になって読んだような、「熱烈に学ぶ」経験の繰り返しこそが「察するリトリュール」を人が手にするために大切なことなのです。そのようにして、それまでの自分が思いもしなかった意味を発見することができるとすれば、人生は豊かになります。「自らの人生の作者」になることができます。

2026年4月10日金曜日

生徒を読むこと好きにする10の方法 ― すべての(教科の)教師と、保護者・管理職ができるサポート

 教師として、私は生徒たちに「読むことを好きになってもらうこと」に夢中でした。私自身、本を読むことが大好きで、子どもの頃からそうでした。自分の子どもにも本を読むことを好きになってほしいという思いは同じで、実際にそうなっています。自分が「使命」に取りつかれていることはよく分かっていますが、それだけ価値のある使命だとも確信しています。ここでは、どんな教科を教える教師でもこの使命に参加できる10の方法、そして保護者や管理職がどのように支援できるかを紹介します。

 

1.  読むこと。

まずはとてもシンプルな第一歩です。子どもたちに読むのを勧めたいなら、私たち自身も読まなくてはなりません。楽しみのために、情報を得るために、説明を読むために、人とつながるために――とにかく読むこと。最近よりも、ほんの少しだけ多く読んでみましょう。

 

2.  読んだ体験を共有すること。

同僚、友人、生徒たちと読んだ本の話をしましょう。何を読んでいるのか、その本から何を得たのか、どんな本をおすすめしたいのかを伝えます。
 私は教師として、生徒たちに自分が読んでいる本のことを意識的かつ定期的に話していました。どこで読んでいるか(「お風呂で読むの!」)も話し、読んだ本を学校に持っていき、抜粋を読んで聞かせ、朝読やリーディング・ワークショップの「ひたすら読む」時間には自分も一緒に読み、週末に読むことができるのを待ちきれないことや、ブッククラブでの話し合い、夫と読み聞かせ合っている物語のことなども話しました。こうした行動を通して、「読み手はどんなふうに本と関わるのか」を見せるのです。

最近、Goodreads ★というサービスを知りました。読んだ本を共有したり、おすすめをもらったり、友人が書いたレビューを読んだりできて、とても楽しくて、読書と(読んだことの)やり取りは本当に相性抜群だと改めて感じました。もしあなたが Goodreads を使っているなら、ぜひつながりましょう。あなたが何を読んでいるのか、ぜひ知りたいです。子ども向けに同じようなサービスがあるのかどうかも気になっています。誰か知っていますか。★★

 

3.  生徒同士が読書を通じて交流できる場をつくる。

ブッククラブや読書会などを設定しましょう。多くの生徒(特に男子)は、読んだ本や文章をめぐって仲間とやり取りすることで理解が深まり、読書がぐっと楽しくなります。大人はそのことをよく知っています(私たちはブッククラブに参加したり、Goodreads に何時間も費やしたりしますよね)。だからこそ、子どもたちにも同じような体験をさせてあげましょう。

 

4.  Read-a-Thon(読書マラソン)を企画する。

これは、保護者や管理職が中心となって準備できる素敵なイベントです。息子の学校でも最近Read-a-Thonが行われ、彼にとって一年で一番のハイライトになりました。子どもたちはパジャマを着て、枕やお気に入りのぬいぐるみを学校に持ってきて、好きな本を読み返したり、「チャレンジ本」を選んだりしました。保護者はおやつを用意し、先生や管理職も読み聞かせをしました。とても楽しく、コミュニティーづくりにもつながり、しかも多くの資金も集まりました。

 

5.  校外学習に出かける。

読書を「社交的でワクワクするもの」にする、もうひとつの方法です。地域の図書館、大学図書館、本屋さんを訪れてみましょう。目的は本を借りたり買ったりすることではありません。何千冊もの本に囲まれ、美しいページに触れ、紙の上に広がる無限の可能性を感じ、「知りたい」「探検したい」という気持ちが湧き上がる――その体験こそが大切なのです。

私の家族は、週末にいろいろな本屋を巡る小さな旅をよくします。それをひとつの冒険にして、「良い本屋ってどんな本屋だろう?」と話し合ったりして、ただただ楽しい時間になります。こうした校外学習は、保護者が企画しやすく、管理職も支援・後押ししやすいイベントです。

 

6.  オーディオ・ブックを聴く。

生徒たちにもオーディオ・ブックを聴く機会をつくりましょう。短い抜粋を流してみるのも良い方法です。私にとって、オーディオ・ブックは「読書」に含まれます。
 文字を読む力(デコーディング)や流暢さを鍛えるわけではありませんが、語彙が増え、理解のための方法★★★を使い、物語を楽しんだり情報を得たりできます。私が聴いたオーディオ・ブックの中には、紙の本を読んだとき以上に心に残っているものもあります。
 耳で聴くことで、頭の中が自由になり、場面を思い浮かべて強いイメージをつくることができたからです。(リチャード・ライトの『ネイティヴ・サン : アメリカの息子』、上岡伸雄訳、新潮社、2023年)はその一つで、本当に素晴らしい体験でした。

 

7.  作家を招いて話をしてもらう。

これも管理職や保護者が支援しやすい活動です。本物の作家の話を直接聞くことは、子どもたちに大きな影響を与えます。できれば、生徒たちと似た背景をもつ作家であればなおさら、読むことや書くことについての話が深く響きます。

 

8.  読書と社会的・歴史的な問題を結びつける。

私は最近、ハーパーズ誌でとても興味深い記事を読みました。マリで、イスラム武装勢力がトンブクトゥを占拠した際、人々が古代の聖なる文書をどのように隠して守ったか、という内容です。本や読書は、常に政治と深く関わってきました(禁書の歴史や、奴隷が読み書きを禁じられていたことなどを思い出してください)。読書の重要性には、広い歴史的・政治的背景があることを生徒に伝えることで、読書への理解と価値づけがより深まります。

 

9.  特定の集団に固有のニーズを学ぶ。

読み書きを教える立場にある人は、特に支援が必要な対象にどのように教えるかについて、専門的な学びを深める必要があります。私が中学校での読み方の教え方を大きく変えるきっかけになった本の一冊が、ウィルヘルム&スミスの Reading Don't Fix No Chevys です。男子を教えるなら、この本は必読です。同じくらい大きな影響を受けたのが、A. Tatum Teaching Reading to Black Adolescent Males でした。すべての学習者のニーズに応えることが、私たちの役割です。

 

10.  読むスキル★★★★を教える。

最後に、私はすべての教科の教師が読むスキルを教える責任を担うべきだと考えています。教科ごとに扱うテキストのジャンルは異なり、それぞれに合った読み方があります。だからこそ、教師は「読むスキルをどう教えるか」について研修を受け、生徒に指導できるようになる必要があります。

子どもたちは、読めなければ読むのを楽しめません。
誰だって、ものすごく難しいことを好きにはなれません。

読書への前向きな気持ちを育てると同時に、「読めるようになるためのスキル」も与えなければならないのです。

 

私たちにできることは、まだまだたくさんあります。教育委員会のトップから教室の教師、管理員さん、保護者会まで、みんなが関われます。このリストを「20の方法」に増やしたくなるほどですが、いったんここで区切って、あなたのアイディアもぜひ聞かせてください。

 *****

生成AIの時代は、アイディアを増やすことは容易です。いいのや、もっともらしいのを10でも、20でも挙げてくれます。大事なのは、その中で「自分にとって大切なものと、大切でないものは何かを選択し、その判断に基づいて行動する」という意味でのクリティカルな思考です!

 

出典:https://www.edutopia.org/blog/cultivating-love-reading-students-elena-aguilar  (この記事は、『教師のためのアート・オブ・コーチング』の著者エリーナ・アギラ―さんによって2013年2月13日に書かれた記事です。)

 

★日本では、読書メーターが一番近く、他にブクログやLibrizeなどがあります。

★★10年以上前に、Spaghetti Book Clubhttps://www.spaghettibookclub.org/)というのがあるのを知り、その日本版をスタートするのを画策しましたが実りませんでした!

 他にも、https://www.biblionasium.com/https://www.dogobooks.com/https://www.krkb.org/http://www.kids-bookreview.com/などもあるようです。どなたか日本版をつくりませんか?

★★★理解(解釈)のための方法には、関連づける、イメージする、質問する、推測する、要約する、何が重要かを判断する、自分の理解をモニタリングし続ける、クリティカルに読むなどが含まれます。これらが詳しく紹介されている本に、『「読む力」はこうしてつける』と『理解するってどういうこと?』があります。

 ちなみに、この記事が書かれたのは13年前の2026年です。日本でもようやくオーディオ・ブックが流行ってきましたが、アメリカでは13年前すでに学校教育に当たり前に導入されていたようです。

★★★★読むスキルには、読む前に内容を予測したり、要点を押さえたり(Skimming)、目的を設定したり、読んでいる最中に、精読したり、文章構造をつかんだり、語彙の推測をしたり、注釈をつけたり、読み終わった後には、要約したり、言い換えたり、質問づくりをしたり、読書ノートに書いたり、共有したり、次の本を選んだりすることなどが含まれます。日本で読むスキルとして扱われるのはどちらかというとこちらの方が中心で、上記の「理解(解釈)のための方法」の方は手薄です。

2026年4月3日金曜日

すべては、問いからはじまる

好奇心にもとづく問いや生徒が自ら生み出す探究は、内容よりも好奇心を優先し、学びをより意味深いものにする。

https://note.com/coachingletter/m/ma24c24afc5bdの3月18日号および

https://projectbetterschool.blogspot.com/の3月22日号に続いての「好奇心」の第3弾です(それほど大切です! 日本の教育に決定的に欠落している要素ですから)。好奇心とコミュニティー、そして勇気を育てる学校づくりを大切にしている校長のティサ・モンゴメリー先生が書いていた記事を見つけたので紹介します。

 *****

好奇心がかすかにざわめくあの感じは、間違えようがない。それは、生徒たちが身を乗り出し、手を半分だけ上げ、目を輝かせているときに教室に満ちるエネルギーだ。義務だからではなく、本当に「もっと知りたい」と思っているからこそ生まれる空気。私がこのエネルギーを初めて体験したのは、リベラ先生の7年生(日本の中2)の理科の授業だった。先生は緑色で落ちたばかりの葉を2枚掲げて、こう尋ねた。「森でこれを見つけたら、何を知りたいと思いますか?」その問いは、まるで空気を震わせる電気のように教室に漂った。促されることもなく、私たちは次々に口を開いた。「同じ木から落ちたのかな?」「なんで葉脈が違うの?」「光の吸収の仕方も違うのかな?」その瞬間、学びが変わった。リベラ先生は内容から始めたのではない。問い(Wonderから始めたのだ。

 

なぜ好奇心が大切なのか

年月がたち、私が学校の校長になった今でも、あの瞬間は「好奇心こそが本物の学びの鼓動である」という確かな証として心に残っている。それは、ただ従うだけの学びと、主体的に関わる学びの違いであり、暗記で終わる学びと、理解に到達する学びの違いでもある。

好奇心は、姿勢であり、同時に仕組みでもある。それは脳の報酬系を動かし、発見を喜びや粘り強さ、創造性と結びつける。スーザン・エンジェルが『The Hungry Mind』(未邦訳)で述べているように、好奇心は深い学びと意味づくりを駆動する力だ。記憶を高め、思考を深め、学びを現実世界と結びつけ、意欲や学業成果を幅広い教科で押し上げる。

もし私たちが生徒にクリティカル★1かつ創造的に考えてほしいのであれば、生徒が立ち止まり、気づき、ふしぎに思う瞬間を招き入れるような条件をデザインしなければならない。リーダー★2として、私たちは「内容をこなす授業」から「好奇心を起点にする授業」へ、「知識を与える」から「生徒とともに知識をつくる」へとパラダイムを転換できる。好奇心にもとづく問いを活かし、生徒自身が生み出す探究を育てることで、教師は「思考が動き続ける教室」、そして「問いを立てることが最高の学びの行為として尊ばれる教室」をつくることができる。★3

 

好奇心にもとづく問いを活かす

好奇心にもとづく問いは、学習者が「知っていること」と「知りたいこと」のあいだにギャップを感じたときに生まれる。エミリー・ボードローの記事「A Curious Mind」は、エリザベス・ボナウィッツの研究を紹介しており、曖昧さが探究を引き起こし、学習者が明確さを求めて動き出す原動力になることをまとめている。教師は、この瞬間を活かして「説明より先に、まず問いをつくる」授業を設計できる。そのための方法として、次のようなものがある。

・問いを自然に引き出す現象、画像、物語などから授業を始める。

・「このパターンに気づいたよ。どういう意味だろう」など、教師自身が好奇心を声に出して示す。

・矛盾やパラドックスを提示し、ふしぎに思う気持ちを誘う。

・すぐに答えを与えず、好奇心が熟す時間をつくる。

・生徒の問いに授業の中で何度も戻り、学びの循環を閉じる。★4

 

ある小学校の教室で、教師は水の循環を導入するために、冷たいソーダ缶の表面にできた水滴を見せた。蒸発や凝結を定義する前に、こう尋ねた。「この水、どこから来たと思う?」生徒たちは、科学的なものから想像力あふれるものまで、さまざまな説を出し合って話した。教師が科学的な説明を明かす頃には、子どもたちはすっかりこの謎を解きたいという気持ちになっていた。これこそが好奇心の力だ。学びを「与えられるもの」ではなく、「発見するもの」に変えてしまう。

好奇心は、どの教科にも取り入れることができる。算数・数学なら「四捨五入がデータを誤解させることがあるのはなぜだろう」。歴史なら「同じ出来事でも、語る人によって記憶がどう変わるだろう」。こうした問いが、学習を“暗記”から探究へと変えていく。

次の授業では、途中で立ち止まり、「ちょっと気になることがあるんだけど、みんなはどう思う?」と投げかけてみてほしい。生徒が自由に答えられるようにし、たとえ見当違いに思える意見でも歓迎する。目標は正確さではなく、取り組みレベルの深さだ。するとすぐに、教室の注意の向き方やエネルギーが変わるのに気づくはずだ。

 

生徒が生み出す探究を育てる

生徒自身が生み出す探究は、主体性、創造性、そして学びへの当事者意識を育てる。ハムライン大学の研究によれば、生徒の問いづくりはメタ認知と協働を高めることが示されている。また、探究学習に関する研究でも、クリティカルな思考、学習への取り組みの度合い、理解の定着などが向上することが明らかになっている。生徒の探究を支えるための足場づくりとして、次のような方法がある。

Question Formulation Technique など、問いづくりの枠組みを教える★3。

・教室に Wonder Wall(問い/探究の壁) を設け、問いの変化や広がりを可視化する。

・問いを「事実」「分析」「創発(新しい問いを生む)」などに分類する。

・以前の問いに戻って見直し、洗練させる時間をつくる。

・生徒が自分の好奇心にもとづいて小さな探究(ミニ探究)を設計できるようにする。

 

ある中学校の社会科の授業では、生徒たちに「革命とは何か?」という問いに答えるよう求めた。最初は出来事や指導者の名前を挙げるだけだったが、探究が深まるにつれて、「暴力なしに革命は起こりうるのか?」「変化には好奇心がどんな役割を果たすのか?」といった問いが生まれ始めた。教師は指示するのではなく、導く役割に徹し、生徒の問いが授業の流れを形づくるようにした。その結果、学習基準を満たしながらも、生徒自身が自分の理解をつくる歴史家へと変わる単元になった★5。

 

リーダーにできること

好奇心は、それが育つように設計された生態系の中でこそ力を発揮する。リーダーは、その好奇心が根づく条件をつくる存在だ。私が校長として見てきたのは、大人たちが生徒に望むのと同じ好奇心を自ら示すと、学校全体がよりイノベーティブになるということだ★6。それは、会議の進め方、フィードバックの枠組み、探究をどう称賛するかといった日常のリーダーシップから始まる。好奇心の文化を育てるために、次のようなリーダーシップの行動が役立つ。

・職員会議は、連絡事項ではなく「問い」から始める。

Jirout らが提案するフレームワークhttps://www.curiosityinclassrooms.com/s-projects-basic を参考に、授業観察に好奇心の指標を加える。

・教師が自分の授業を探究し、改善の手がかりを見つけるための時間を意図的につくる。

・好奇心を引き出す授業に工夫して取り組む教師を積極的に紹介する。

・共通の問いを中心に、教師間の教科横断の協働を促す。

私の学校では「Wonder Week(驚き・探究の一週間)」を実施した。5日間、生徒と教職員が一つの大きな問い――「アイディアはどのように世界を変えるのか?」――を探究した。文学、STEM、アートなど、すべての教科がそれぞれの視点を持ち寄った。この経験は、学びの喜びを再び呼び起こし、好奇心は学びの妨げではなく、学びそのものだということを全員に思い出させてくれた。グローバル・オンライン・アカデミー(https://globalonlineacademy.org/insights/blog/2025-education-trends-and-predictions )も、現代の教育デザインが好奇心を未来の基盤となる生徒の重要なスキルとして位置づけていることを強調している。

 

問いを起点にリードする

好奇心は単なる方法ではない。それは姿勢だ――不確かさをチャンスとして見る心の構えだ。教師やリーダーがその姿勢を受け入れるとき、私たちは知的な謙虚さと、生涯にわたる学びの姿を示すことになる。ジョージ・ローウェンスタインの基礎研究(https://deepstash.com/idea/7969/the-information-gap )は、好奇心を生み出す火花として「情報のギャップ」を特定している。

問いを起点にリードするとは、トップダウンの指示を、開かれた対話へと置き換えることだ。「目標を達成したか?」ではなく、「この経験を通して私たちは生徒について何を学んでいるのか?」と問いかけることでもある。好奇心を中心に動く学校は混乱しているわけではない。そこは、学びが共有の営みとして生きている、ダイナミックな生態系だ。文化を好奇心が動かすとき、イノベーションは自然とついてくる。

 

出典: https://www.ascd.org/blogs/start-with-wonder

★1クリティカルは「批判的」と訳してしまうと、かなり大事な部分が失われてしまいます。それは、「何は大切かを見極め、何は大切ではないかも見極める」部分が!(さらに言えば、その判断に基づいた行動までもが含まれた言葉のような気がします。)

★2「教育のリーダー」としてという意味ですが、「一人ひとりの生徒を教える教師」としてでもおかしくないです!

★3これを実現するための方法を詳しく紹介している本が、『たった一つを変えるだけ』と『「おさるのジョージ」を教室で実現~好奇心を呼び起こせ!』ですので参照してください。なお、前者の中には国語の事例も紹介されています!

★4以上は、教師が授業でやれるアイディアでしたが、これと同じことを校長や学校のリーダーたちが様々な案件/問題等を扱うときにもやれたら、学校の可能性は何倍にも飛躍できると思いませんか? 下の「リーダーにできること」の節で、そのアイディアが紹介されています。

★5これこそが単に教科書をカバーして(テストの後には、そのほとんどを忘れてしまう)教え方ではなく、自立した学び手/思考し続ける探究者を育てる教え方! 『歴史をする』『だれもが科学者になれる!』等を参照ください。

★6「革新的になることだ」といわれても、ピンとこないと思います。イノベーションとは「新しくて、よりよい何かを創造する考え方」のことです。このテーマについて詳しくは、『教育のプロがすすめるイノベーション』を参照ください。