【時々、投稿をお願いしてきた吉沢先生に、以下の投稿をお願いしました。】
詩というと、詩人の気持ちを言葉に託して表現するもの、と一般には思われています。事実、私がWWRW便りで紹介してきた詩の多くは、そのような詩です。
けれども、詩人が自分の気持ちを言葉に託すのではない詩があります。悲しい、寂しい、腹がたつといった感情が、詩の中に言葉として書かれていない詩です。「え? それでは何が書かれているの?」と疑問に思われるかもしれません。今回は、そのような詩について考えたいと思います。
紹介するのは、長谷川龍生★1の「理髪店にて」★2という詩です。
理髪店にて
長谷川 龍生
しだいに
潜ってたら
巡艦鳥海の巨体は
青みどろに揺れる藻に包まれ
どうと横になっていた。
昭和七年だったかの竣工に
三菱長崎で見たものと変りなし
しかし二〇糎備砲は八門までなく
三糎高角などひとつもない
ひどくやられたものだ。
俺はざっと二千万と見積って
しだいに
上っていった。
新宿のある理髪店で
正面に篏った鏡の中の客が
そんな話をして剃首を後に折った。
なめらかだが光なみうつ西洋刃物が
彼の荒んだ黒い顔を滑っている。
滑っている理髪師の骨のある手は
いままさに彼の瞼の下に
斜めにかかった。
<詩の構成>
この詩は次のような構成になっています。
・第1連 男が海に潜って戦艦を見てきた話(男が語っている)
・第2連 その男が、理髪店で顔を剃ってもらっている光景(作者がそれ
を見ている)
男は、理髪店で散髪をしてもらいながら、理髪師と世間話をしているのでしょう。自分は海に潜って、戦艦を見てきた。太平洋戦争で沈められた「鳥海」という巡洋艦で、大砲もやられて、ひどいありさまだった、と言います。そして、その船が引き上げられて解体されたら、二千万円ぐらいの利益になるだろうと値踏みして、上がってきたのです。
そんな話をしながら男は、理髪師に顔を剃ってもらっています。理髪師の持つ西洋刃物は、男の肌を滑って、今瞼の下に差し掛かっています。
第1連では、男が語る海の中の光景が、第2連では、理髪店で理髪師が男の肌に刃物を当てている光景が、描かれています。そこには、詩人の内面を表す言葉はありません。
<詩のもたらすイメージ>
長谷川龍生は、自分の内面を表現する代わりに、自分の外側の世界を、的確に捉え、イメージを呼び起こす言葉を使っています。それが読者を詩の世界に引き摺り込んでいきます。
第1連では、「巨体」「青みどろ」「藻に包まれ」「どうと横になっていた」などの語が、海底の戦艦のイメージを伝えています。「俺はざっと二千万と見積もって」という言い方は、その男の風貌や雰囲気を感じさせます。
第2連では、「剃り首を後ろに折った」「光なみうつ西洋刃物」「荒んだ黒い顔」「骨のある手」「今まさに」「斜めにかかった」などの言葉が読者を理髪師の手元と西洋刃物に引きつけます。私は、映画でズームアップする映像を見ているような印象を持ちました。
<読者は何を感じるか>
では、この詩を読んで、読者は何を感じるでしょうか。
私は、第1連の廃墟とも言える戦艦の姿に不気味なものを感じました。そして、それを「二千万円」と値踏みする男の言葉に、ドキッとしました。
第2連では、西洋刃物が男の瞼の下に差し掛かる場面に、息を呑むような緊迫感を感じました。理髪師に顔を剃ってもらうのは、多くの人が経験する、日常のありふれた光景です。それなのに、この詩の言葉に触れると、ヒヤっとします。一つ間違えば、大怪我につながるかもしれない、という不安な気持ちにさせられます。
さらに私は、海底の戦艦の光景の後に、いきなり、理髪店での西洋刃物の光景が置かれていることの意味を考えました。
第1連は何を暗示しているのでしょう? この戦艦は、やがて引き上げられるのかもしれません。すでに過去のものとなった戦争の遺物が、再び、私たちの目の前に現れる。そして、それを値踏みをする人間がいる。再び、戦争につながる何かを始める兆しなのでしょうか。
第2連は、日常の何気ない光景の中に、危険なものが潜んでいることを暗示しているようにも読めます。その不安感、危機感が、二つの連を繋いでいるように感じられます。
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この詩は、感情を表す言葉を排除して、その代わりに、海底の戦艦と、理髪店という二つの世界を切り取って読者に差し出すことで、読者に何らかの違和感、不安感、危機感といったものを感じさせるように、創られているのです。人によっては、何か不安になったり、何かモヤモヤする、といった読後感を持つかもしれません。まさに、それこそがこの詩の特徴です。
★1 長谷川龍生(1928-2019)。大阪生まれの詩人。本名は名谷龍生(なたに たつお)。
★2 初出は、詩集『パウロウの鶴』(書肆ユリイカ、1957年刊)。現在は、『長谷川龍生詩集』(現代詩文庫 第I期18)(思潮社、1967年初版)に所収。

