2026年10月9日金曜日

テスト対策でなく、自ら読み続ける人の育て方

メリッサ・クインビー先生による “Nurturing Lifelong Readers(自ら読み続ける人を育てる)”は、読解スキルやテスト対策よりも、「自ら読み続ける人(lifelong reader)」を育てる教え方について整理したエッセイです。著者のクインビー先生は、自身の読書体験や教室での実践をもとに、子どもたちが「読むことを好きになる環境」をどうつくるかを紹介してくれています。

クインビー先生は、子どもが一生読み続ける読み手になるためには、読解スキルの指導だけでは不十分で、

  • 本との豊かな出会い
  • 読書を楽しむ時間
  • 本について語り合う経験
  • 自分で本を選ぶ自由

が欠かせないと考えています。

 

1. Classroom Library(教室文庫)が重要

クインビー先生は教室文庫を単なる本棚ではなく、「読者を育てる土壌」として捉えています。子どもたちが

  • 気軽に本に手を伸ばせる
  • 興味に合う本を見つけられる
  • 新しいジャンルに出会える

環境づくりが大切だと述べています。

 

2. Passion Conferences(情熱を引き出すカンファレンス)

特に興味深いのは、クインビー先生が重視する読み手の情熱を引き出すカンファランス(生徒との一対一の話し合い)です。教師が子どもに

  • 今どんな本を読んでいるのか
  • 何に興味をもっているのか
  • どんな本が好きなのか

を尋ねます。これは評価のためではなく、「その子を読者として理解する」ための会話です。これは、長年日本でも「見取りは大切」と言われながら、その具体的な方法は示されてきていませんでしたが、最も効果的な方法の一つと言えます。

 

3. Read-Aloud(読み聞かせ)は年齢が上がっても有効

クインビー先生は読み聞かせを低学年の子ども向けの活動とは考えていません。教師が魅力的な本を紹介し、読書の喜びを共有することで、

  • 新しい本との出会い
  • 読書のコミュニティーづくり
  • 読書への意欲向上

につながると考えています。★

 

4. Independent Reading(ひたすら一人で読む時間)の確保

子どもが読み手になるには、読むことについて学ぶだけでなく、実際に読む時間が必要です。そのため、毎日の読書時間の確保はもちろんですが、自由選択による読書と読書への没頭を重視しています。

 

 クインビー先生は、最後に彼女の4年生のクラスを羽ばたいていった生徒たちの様子を紹介してくれています。

ここ数年、かつての教え子たちから、夏休みの手紙や思いがけないメールが届くことが増えました。ある子は、私が夏に読んでいる本のリストを教えてほしいと連絡してきました。別の子は、これから4年生になるいとこのために、おすすめの本を知りたいと言ってきました。また最近では、「Meet Someone New Monday」や「First Chapter Friday」★★が懐かしいと伝えてくれた子もいました。そして、本が発売される何か月も前から予約していて、その本がようやく届くことになったと、わくわくした様子で知らせてくれた男の子もいます。

こうした話を聞くたびに、子どもたちの読書生活が豊かになり、その楽しさが教室の外まで広がっていることを感じて、とてもうれしくなります。私が受け持った4年生たちは成長し、連絡を取り合う機会も少なくなりました。それでも私は、彼らが今も本を読み続けているだろうと思っています。そして、教室にいた頃と同じような読書への情熱を胸に抱きながら、それぞれの人生を歩んでいるのではないかと想像しています。

 

 このエッセイは、リーディング・ワークショップの教え方をよく表しています。特に、

  • 教える側の論理ではなく学ぶ(読む側)の論理
  • 一斉指導より一人ひとりの読書生活
  • 評価より対話
  • 作品について教えるより読者を育てる

などの点に注目してください。

 これら4つの具体的な方法については、『読書家の時間』と『リーディング・ワークショップ』を、特に、カンファランスについては、ナンシー・アトウェルの『イン・ザ・ミドル』やピーター・ジョンストンの『言葉を選ぶ、授業が変わる!』などをご覧ください。

 

 あなたが、上の4つ以外に大切にしていることは何ですか?

 紹介者が付け加えたいと思ったのは、「効果的な読み方で子どもが身につけていないものは教える」です。効果的な読み方については、『「読む力」はこうしてつける』とエリン・キーンの『理解するってどういうこと?』を参照ください。

 

出典・https://choiceliteracy.com/article/nurturing-lifelong-readers/

メリッサ・クインビー先生は、マサチューセッツ州で4年生を教えている教師です。子どもたちが書く力を伸ばし、よりよい書き手になれるよう支援することに情熱を注いでいます。また、これから読みたい本のリストには、いつも中学年向けの児童文学(ミドルグレード小説)がたくさん並んでいます。自身のウェブサイト「QUIMBYnotRamona」で情報を発信しています。

 

★これらの目的を達成するための読み聞かせは、日本でよく行われている典型的な(学齢期前の子どもたちを対象にした)読み聞かせとはやり方が違います。多様な目的やニーズに合わせた読み聞かせの方法については、『読み聞かせは魔法!』を参照ください。

★★「Meet Someone New Monday」は、「新しい人と出会う月曜日」という意味で、人物伝絵本(picture-book biographies)や伝記の読み聞かせを通して新しい人物に出会う活動のことです。「First Chapter Friday」は、「金曜日の第1章読み聞かせ」という意味で、本の第1章だけを教師が読み聞かせて、続きを読みたくなるようにすることです。

2026年10月3日土曜日

自分にぴったり合った本を読むことに夢中になる時間が人を読者にする

 

A「国語は好きだったけど、読書は嫌いだった。」

B「国語は嫌いだったけど、読書は好きだった。」

C「国語も好きだったし、読書も好きだった。」

D「国語も嫌いだったし、読書も嫌いだった。」

この四つの選択肢のうちのどれかを選べと言われたら、どうしますか? 答え方は人それぞれだと思います。「A」だと言う人はおそらく国語のテストを解くことが得意だったのではないしょうか? 当然、点数はとてもよかったと思いますが、図書室に行って自分の好きな本を選びなさいと言われても戸惑っていたかもしれません。「C」を選んだ人はテストもうまく解けて、それとは別に本も大好きだったという人だろうと思います。国語の先生になっている人も少なくないでしょう。でも今は忙しくてなかなか読めないのが悩みだとおっしゃるかも。「D」だと言う人が本とは無縁の生活を送っておられるかというと、案外そうではなくて、その後自分にぴったり合った本といくつも出会えたことで、今は読書家になっておられるかもしれません。そして、現在本を読むのが大好きという人で「B」を選ぶ人が多いのではないでしょうか? 国語の授業もテストも嫌いだった。けれども自分で選んだ本を読むのは好きだった。その結果、大変な読書家になっている人も少なくないでしょう。

好き/嫌いですべてを語ることはできないと思いますが、自分がこの四つのどれに当たるのか考えてみて、その理由を探ってみると、読者になるために何が必要なのかを考えるきっかけが得られるかもしれません。おそらく読書が「好き」になったということは、その必要な何かに出会えたからだと思います。

ジェニファー・セラヴァロが『テクストと読者を理解する』★という本を書く動機になったのは小学校4年生のヴァネッサとの出会いでした。ヴァネッサは「ランニングレコード」★★にはきちんと答えることができたのに、4年生レベルの国語の州試験には2年続けて合格できませんでした。「ランニングレコード」で使われるのは4年生向きの図書からの抜粋です。その抜粋の設問にきちんと答えることができても、ヴァネッサは州試験に合格することはできなかったのです。

セラヴァロは自ら考案した「一冊まるごとを使う評価(whole book assessment)」★★★では2年生相応のレベルの本のなかにヴァネッサが一人読みするのにぴったりした本があることを突き止めます。ここからが肝心なことですが、セラヴァロはそのレベルの本を何冊か選んでヴァネッサとともに読み、それから少しずつレベルを上げて、それらの本のプロット・設定・登場人物・語彙・テーマについて彼女がどのように理解したのかということをチェックしていきます。そうすると、ヴァネッサは次第に読んだ本の内容を説明したり、要約したりすることに困難を覚えなくなり、だんだんと難しくなっている本を読むにつれて、自分のニーズに合った新たな目標に挑戦することができるようになります。1年間そういうことを行った結果、4年生の州試験に合格するのです。その時のヴァネッサの言葉。「ジェン先生」とはセラヴァロのファーストネームを受けています。

 

「ジェン先生! もういまはこの本がよくわかるわ。あなたは『頭のなかに映画をつくるんだ』とよく言ってたけど、それはつまり本に書かれたことが頭のなかで実際に映画みたいに見えるってことよね。いま私はそれを見てるのよ!」

 

もちろん試験の合格は喜ばしいことです。が、それ以上にヴァネッサが、本を読むことに夢中になり、学校の読書の時間以外にも読む本を選ぶようになった、つまり「読者」になったことを、この言葉は伝えています。

このことからセラヴァロが得た知見が『テクストと読者を理解する』には次のように書かれています。

 

・理解は固定されておらず、多くの要因によって変化する。

・生徒が読める本や文章のレベルは、多くの変数によって定まる。

・テクスト(本や文章)のレベル分けに完全なものはない。

・本と読者のマッチングは思いのほか簡単ではない。

・一つの評価ですべてがわかるわけではない。

・読者として発達させるためには、responsive instruction(生徒にぴったり合った本を選び、読むことに夢中になる時間を保障する指導)が大切だ。

 

今この文章を読んでくださっている皆さんは、自分に「ぴったり合った本」を見つけることができればいいけれども、それはちょっと難しいことだ、と思っておられるかもしれません。セラヴァロが言うように「本と読者のマッチング」は簡単なことではないからです。試行錯誤していくほかないものかもしれませんし、大人でも誰かに薦められてそういう本に出会うことも少なくありません。4年生のヴァネッサの場合は、二学年下の2年生相応の本なら一人で夢中になって読むことができるということの発見が「マッチング」の出発点でした。レベルを落としたということではありません。ヴァネッサは自分が夢中になって読める本をセラヴァロのサポートで見つけることができたわけです。

読者になるために必要な何か、とは、自分にぴったり合った本を読むことに夢中になる時間です。それを見つけることができれば、わかるという喜びを味わうことができる。きっとその喜びこそが「読書が好き」の源なのです。

 

★Jennifer Serravallo(2018) Understanding Texts & Readers: Responsive Comprehension Instruction With Leveled Texts, Heinemann 『自立した読者を育てる学習指導・評価法のデザイン』(溪水社、2026)の155ページから178ページで論じられています。

★★本のなかから200語ほどの部分を抜粋した文章を使って、音読の正確さ・流ちょうさ・表面的な質問に対する理解、を測る評価法。

★★★(1)読む本を選ぶ、(2)質問をつくる、(3)本や文章に質問や手引きを書き込む(別の紙に書いて挟み込む)、という順序で進めて、カンファランスしながら生徒の理解を捉えていく評価法。セラヴァロはそれをどのように行ったのか。11月一週目の話題にします。

2026年9月25日金曜日

人の思いのこもった授業を



『海の命』をとことん読む


 昨年度、私はおそらく担任としては最後となる研究授業を行いました。これまでいろいろな授業を提案してきました。読書家の時間のブッククラブの授業を提案したこともありましたし、社会科の探究の成果を発表する授業も提案しました。もしかしたら、もう指導案を書くこともないかもしれないなあと思いながら、最後にやってみたいと思ったことは、とことん読み込み、子どもの感想を分析して、組み立てていく昔ながらの授業でした。


 『海の命』という教材と時間をかけて向き合いました。立松和平の「命シリーズ」や『遠雷』、立松和平の教材研究をした先生の記事なども漁って、自分の読みを深めていきました。そして、節目節目に書いた子どもたちの感想を読み込み、彼らがどのように『海の命』を捉えて、教師としてどの方向性に導いていきたいのかを考え、ねらいをもって授業を立てていきました。そんな授業が、わたしにとっての最後の研究授業になりました。


 自分のやりたかった研究授業は、現在の学習指導要領が求めている視点から見れば、とても古風なものになりました。私の先輩の先生たちが見せてくれたような昔ながらの授業を、最後に自分の後輩となる若い先生たちに見せたかったのかもしれません。先輩たちはそのような授業を気負うことなく普段着でやっていましたが、私には研究授業という場の力を借りて行うことが精一杯でした。


 指導講評の先生は私のことを若い頃から知ってくださっている先生で、「らしくない授業だったね」と、歯に衣着せぬコメントをいただきました。感謝をしています。しばらく立っていなかった懐かしの風景を眺めているようで、自分にとっては満足でした。子どもたちも、私のアツ(熱量)を正面から受けながら、よく頑張ってくれたように思います。一つのテキストをみんなで読み解くという、今や時代から取り残されたような学習に、スポットライトを当てるような研究授業になったのではないかと思っています。



作家の時間


 『海の命』の研究授業の前月には、作家の時間の流れの中で「推しの魅力を伝えよう」や「5分後に〇〇な結末」のユニットに学年で取り組みました。『海の命』の授業とは真逆の、中心から広がっていくような学習でした。子どもたちはたくさんの作品群を完成させていきました。魅力溢れる作品が次々と生まれ、大人でも読み応えのある作品が数多く生まれました。作家の時間も若い先生たちに見てもらって、こちらもやってよかったなあと振り返っています。

https://wwletter.blogspot.com/2025/06/blog-post_27.html

https://wwletter.blogspot.com/2026/03/blog-post_27.html


 一人一人と対話をして、作品を読み、コメントで応える。作家の時間の難しくもやりがいのある局面はここにあります。こちらの想定を大きく越える作品を作り上げることもあれば、鉛筆が止まったまま動かない子もいたり、はたまた、国語ができないと思われていた子が思いもよらぬ成果を生み出したり、勉強ができる子が創造的な活動に全く興味が持てなかったりすることもあります。子どもたちの見えている姿、見えていない姿、いろいろな子どもたちの姿がゴロゴロと立ち現れて、それら一つ一つと向かい合っていく楽しさが、「作家の時間」にはあります。


 作家の時間は、子どもたちが真ん中にいる学習形態です。汗をかいて自分を表現しようとする子どもたちに、教師はどのように声をかけ、支えていったら良いのか、私たちは四苦八苦します。それでも、何かその子らしさの光る作品へと子どもたちが漕ぎ着けると、子どもも大人もじんわりとしたやりがいを感じることができると思います。おこがましくも、自分の声かけやら見守りが、少しでも子どもたちの作品作りや成長に、小さなきっかけを作れたと思うと、「よかった」と胸を撫で下ろすような思いです。



海の命も作家の時間も


 私は、『海の命』をみんなで読み深めることも、作家の時間で個性を書き放つことも、どちらも大好きです。人の思いが確かで色濃く、存在感を放つからです。

 『海の命』には、私自身の子どもに投げかけたい願いがあり、子どもたちがそれに呼応してくれました。「太一はなぜ瀬の主を殺さなかったのか」 この問いと向き合った子どもたちは、何か一つのことをみんなで考える楽しさ、そんな気持ちを味わうことを願う私の思いに、ちゃんと呼応してくれました。

  作家の時間には、子どもたちの思いが結実したたくさんの魅力的な作品があり、その制作のために教師が支えていくようなイメージです。自分らしい作品を作りたいと奮闘する子どもたちに力を貸せることが、大きな喜びです。100人の子どもたち一人一人に、わずかながらですが、ファンレターを書いていきました。

 教師の思いが先か、子どもの思いが先か、正しい答えなどは無いと思っています。教師の思いが先行した『海の命』も、子どもの思いが先行した作家の時間も、両方大切で、どちらも軽んじることはできませんでした。どちらかを選ぶという選択ではないですし、その時のクラスの雰囲気やバランスもあります。ただ、学習には人の思いが交錯している。そんな有機的で人間臭い学習が、どこか学校らしくて、自分は好きなのだと思います。



誰も操縦していない授業


 一方で心配していることもあります。先生も思いを持っていない、子どもたちも主体者意識がない。そんな操縦者が誰もいない授業が広がっているような気がしているからです。

 国語の教科書は「よくできた」教材です。子どもたちの生活の中から問いが生まれるように構成され、しっかりと構成を意識した書く時間が取られ、子どもたちの交流を通して相手意識、目的意識が焦点化されるように工夫され、分かりやすいイラストや活動を丁寧に説明してくれています。その国語の教科書の意図に沿うことが教師の目的になり、先生の意図に沿うことが子どもの目的になり、そうやって、誰の思いで学習が進んでいるのかよく分からない授業を見かけます。

 国語の教科書は子どもを知らないし、先生の葛藤も知りません。先生がそこに思いを載せることができるならば、それはそれで良い器になるかもしれませんが、国語の教科書の思いを汲み取ろうとした実践も多く、「結局あなたは何を大切に思っているの?」と、問い返したくなるような若い先生の授業を目にします。だから、誰も授業の操縦者のいない、立て板に水のような授業が行われていくのです。「よくできた」国語の教科書に溺れてしまう先生の一つの姿であるように思います。



収束と拡散を繰り返す


 結局はありきたりですが、収束的な『海の命』の授業も、「作家の時間」の拡散的な授業も、両方大切なのです。収束的な学習で子どもを伸ばそうとした経験が作家の時間の支援に生きるし、作家の時間で培った子どもの時間を守り抜くことが、一つのテキストを読み抜く学習のスタンスに還っていきます。

 若い先生がどのような場所に向かいたいのか、その場所に立った後どんな風景が見えるのか。先を少し見てきた私ができることは、一緒にその風景を心躍らせながら見ることであると思います。操縦者のいない自動運転ではおもしろくありません。先生が、子どもが、ハンドルをしっかり握って、思いのこもった学習を一緒に楽しめたら良いと思います。


2026年9月19日土曜日

しっかり聞くことが人にもたらすもの

  『理解するってどういうこと?』の第9章の最後で、この本が書かれるきっかけになったジャミカの「問い」(「でも、あなたがたの誰も、わかるってどういうことか教えてくれたことはなかったわ」)に対して、「理解する」とはどういうことなのかを、エリンさんが心のなかでジャミカに答える(この時点でジャミカは高校生になっていますが、エリンさんはあくまでも小学校2年生の時のジャミカに向けて答えています)のですが、次のように閉じられます(この『RW/WW便り』で何度か言及した箇所です)。

 「私たちが子どもたちに根気よく問いかけをし、彼らが教えてくれることに信頼を寄せてさえいれば、より深い、表面のレベルを超える考えがいくつもあるのです。そしてジャミカ、理解しようとするあなたを支えることは、私たち大人があなたの果てしない知性を信じて、あなたが世界に対してしっかりと考えて手に入れた素晴らしい発見を共有しようとすることなのです。ジャミカ、あなたが理解するのを手助けするために、私たちは問いかけるだけでなくて、しっかり聞くことを約束します。」(『理解するってどういうこと?』358ページ)

 この箇所では子どもの「理解」を支え、助けるために大人がやることとして、根気よく問いかけをすること、子どもがしっかりと考えて手に入れた素晴らしい発見を共有すること、そしてもう一つが子どもの話を「しっかり聞く」ことです。

根気よくいい質問をして、それに対して子どもがじっくり考えて発見したことを共有してあげる。しっかり聞く、つまり子どもの話にしっかり耳をすます。そうすることで子どもがじっくり考えて示したほんものの理解を見取り、聴き取ることができるというのです。

いい質問をして、しっかり聞くとそこで何が起きるのか。子どものほんものの理解を見取り、聴き取る大人の内部にも新しい発見が生まれます。それをまた子どもに伝えてあげることができる。上のエリンさんの言葉はそのようなインタラクションあるいはトランザクションが起こるようにすることが、理解を生み出すためにとても大切だということを教えてくれます。しっかり聞く聞き手のなかに生まれること、それが次の対話を引き出しても行きます。しっかり聞いてもらったら、話しているうちにそれまでモヤモヤしていたことが何かはっきりしてきたという経験をしたことのある人も多いと思います。

阿川佐和子さんの『聞く力』(中公新書、2012年)は、私たちが『理解するってどういうこと?』をつくっていた頃に刊行され、多くの人に読まれた本です。改めて読み返してみると、エリンさの「問いかけるだけでなくて、しっかり聞くこと」の大切さをとてもわかりやすい言葉で語っておられることに、遅まきながら気がつきました。

阿川さんは多くの人にインタビューをしていて、『聞く力』のなかにはそのエピソードがたくさん書かれています。たとえば、臨床心理学者の河合隼雄さんにインタビューしたときに阿川さんが「患者さんに、どんなアドバイスをなさるのですか」と質問すると、河合さんは「アドバイスは、いっさいしません」と答えます。その理由を河合さんはどう答えたか。

「つまり、他人のアドバイスが有効に働いたときはいいのですが、何かがうまくいかなくなったとき、そのアドバイスが間違っていたのだと思い込んでしまう。すべての不幸をアドバイスのせいにして、他の原因を探さなくなってしまうのです。」(『聞く力』114ページ)

  だから自分は話を聞くだけだと。河合さんはカウンセリングの専門家としての自分の考えを述べています。阿川さんはこれを自分のインタビューの経験に照らしながら次のように考察します。

 「私は単なる聞き手です。相手の心の悩みを聞くことが仕事ではありません。しかし、インタビューの仕事をしていると、ときどき、「あー、なんかアガワさんに話したら、自分の頭の中の整理がついた」と言われることがあります。あるいは、「こんなこと、ずっと忘れていたのに、今日、思い出した」と驚かれることがあります。決して私が相手の頭の中を整理してあげようと意図したわけではありません。」(『聞く力』114ページ)

 「話を聞く、親身になって話を聞く、それは、自分の意見を伝えようとか、自分がどうにかしてあげようとか、そういう欲を捨てて、ただひたすらに「聞く」ことなのです。相手の話の間に入れるのは、「ちゃんと聞いていますよ」という合図。あるいは、「もっと聞きたいですねえ」という促しのサインだけ。そうすれば、人は自ずと、内に秘めた想いが言葉となって出てくるのではないでしょうか。」(『聞く力』115ページ)

 「しっかり聞くこと」が子どもの理解を支え、助ける理由を述べてくださったような部分です。阿川さんの言う「内に秘めた想い」は、エリンさんの言う「世界に対してしっかりと考えて手に入れた素晴らしい発見」のこと。「「ちゃんと聞いていますよ」という合図」「「もっと聞きたいですねえ」という促しのサイン」を出してあげることで、そうした「想い」や「発見」を言葉にする励ましになる、そのことを阿川さんの言葉は教えてくれます。

河合隼雄さんとのやりとりのエピソードはそのほんの一例で、『聞く力』のなかには、エリンさんがジャミカに心のなかで約束した「しっかり聞くこと」を具体的にどうすればいいのかということのヒントを数多く見つけることができます。

最後にもう一つ『聞く力』のなかで私の惹かれた言葉。

 「相手を見るということは、すなわち相手の心の中は今、どんな状態になっているのかと慮(おもんぱか)ることでもあります。」(『聞く力』56ページ)

 ある文学賞を受賞した作家にインタビューをすることになった。会ってみると、その作家は痛々しく眼帯をしていた。その時、受賞の心境を聞くという本題に入る前に、まずはその作家が眼帯をしている「苦しみ」を聞き手が理解する必要があると書かれた箇所の冒頭に、上の言葉があります。そういう時、まずは相手の「心の中」の「今」を「慮る」ことがなければ「相手は聞き手に心を開きにくいだろう」と阿川さんは考察します。「推測する」は、エリンさんの言う七つの「理解するための方法」の一つですが、インタビューの名手の考察は、それが本や文章を読んで理解する場合だけにとどまらないことを教えてくれます。

2026年9月11日金曜日

リーディング・ワークショップ(国語の時間)で、生徒一人ひとりが個別にひたすら読む力を高めるには

 子どもが自発的に本を読むようになる一番の近道は、自分でどんどん読み進められる環境づくりから始めることです。

 

「一人ひとりをいかす教え方(differentiation)★1」を取り入れた子ども中心の指導法について教員研修を行う際に、私は繰り返しこんな質問を受けます。「小グループ指導やカンファランスを行っている間、残りの子どもたちは何をしているのですか?」

これは小学校★2の教師にとって極めて重要な問いです。多くの教師は全体指導や小グループ指導の多様なモデルには習熟しているものの、子どもたちに意味のある「個別学習体験」を提供するためのトレーニングを受けていません。そのため、この時間に子どもたちを「おとなしく作業に集中させておくだけ」の活動を与えてその場をやり過ごしてしまうケースが一般的なのです。

ここで、45分間の典型的なリーディング・ワークショップの時間配分を考えてみてください。

  • ミニレッスン: 10分
  • 教師による小グループ指導: 15分 ★3
  • 生徒一人ひとりが個別にひたすら読む時間: 30分
  • 振り返りの時間: 5分

この数字をじっくり見てください。小学生にとって、学校での言葉や読書に関する学習プロセスの半分以上の時間は、教師が他の子どもたちを指導している最中に起こっているのです。

この現実と、それが教師に突きつける課題解決に向けて、私は小学1年生のクラス担任であるメリディス・オグデン(Meridith Ogden)先生と2年間にわたる共同研究を行いました。この「個別にひたすら読む時間」をどうマネージし、その効果をいかに最大化するかを突き止めるためです。

そこで得られた大きな発見の一つは、意味のある「個別にひたすら読む時間」を成立させるには複数のステップが必要だということでした。

まず私たちは、個別にひたすら読む時間の中での活動が「目的のある学習体験(PLE: Purposeful Learning Experiences)」と言えるかどうかを識別することから始めました。子どもたちに取り組ませるすべての学習活動について、「これは子どもの読み書きの発達において、どんな目的を果たしているだろうか?」という問いを投げかけながら見直したのです。そして、適切な目的を果たしていないと判断した活動は、すべて排除しました。

 

目的のある学習体験(PLE)とは

表の情報源:  From What Are the Rest of My Kids Doing? Fostering Independence in the K–2 Reading Workshop (p. 7), by L. Moses and M. Ogden, 2017, Portsmouth, NH: Heinemann. Copyright 2017 by Lindsey Moses and Meridith Ogden. Reprinted with permission.を参考に、表の左側は日本の国語用に変更。

 

私たちはこの対比表を活用し、単に「子どもをおとなしくさせておく(行動管理する)」ためだけの活動ではなく、読書や言語能力の発達にとって本当に目的のある活動とは何かを優先的に整理していきました。

その上で、「目的のある学習体験(PLE)」を中心に据えるとともに、子どもが一人ひとりで個別にひたすら読む力(自立)を育むための「5つの研究に基づいた原則」をもとに、指導の構造を一からつくり直したのです★5。

 

1. 安心して挑戦できる環境づくり(Nurturing Environment)

【研究成果】 子どもたちが「失敗しても大丈夫だ」と安心してリスクを取れる環境では、モチベーションや学習への集中度が高まり、個別にひたすら読む力(自立)や言語習得が促進されます。

【具体的な実践】 ペア読書を通して、子どもたちはお互いに教え合い、支え合う方法を学びました。また、行間や意味を深読みする(推測する)話し合いグループでは、正解を一つに決めないオープンな対話を重ねました。正しい答えを求めることにとらわれず、本文に基づいた対話や「考え聞かせ★6」をしてもらうことで、全員が安心して自分の考えを試せる環境をつくりました。

 

2. 選択権(Choice)

【研究成果】 子ども自身が「自分で選ぶ」ことは、モチベーションと学習への集中度を大きく引き上げます。

【具体的な実践】 子どもたちは、毎週ひたすら読む本を6〜10冊、自由に選べるようにしました。また、その週の読書体験をどう表現・記録するか(効果的な読み方の実践記録にするか、その本が好きな理由を伝える推薦文にするかなど)も自分で選択できるようにしました。さらに、少人数での読書会(ブッククラブ)の際も、あらかじめ提示された候補作の中から自分の第一希望を選ばせました。

 

3. サポートを伴う「ひたすら読む時間」(Supported Independent Reading Time)

【研究成果】 適切なサポートのもとで「個別にひたすら読む時間」を確保することは、流暢さ、読解力、そして全体の学習到達度(学力)を向上させます。

【具体的な実践】 子どもたちには毎日最低20分間、自分で選んだ本をひたすら読む時間を設けました。無理なく楽しく読める本選びをサポートするとともに、難しい言葉に直面したときの対処法や、集中力を保ちながら読みを深めるための「効果的な7つの読み方★4」を指導しました。さらに、毎日少なくとも3分間は一人ひとりと短いカンファランスを行い、個別にひたすら読んでいる様子を観察・記録しながら、それぞれの課題に応じた具体的なアドバイスと支援(コーチング)を行いました。

 

4. 対話と相互作用(Talk and Interaction)

【研究成果】 対話や議論は、内容の理解を助けるとともに、より高度な思考(深い学び)への集中や知識の共有を促進します。

【具体的な実践】 ペア読書や小グループでの話し合いの最中に、互いにどのようにやり取りすればよいかという具体的な工夫(方法)を指導しました。子どもたちと一緒に、読んでいる最中や読み終わった後に「本文そのままの事実(字義通りの理解)」と「行間や意味を深読みした内容(推測)」についてどんな対話ができるかを出し合いました。そして、このアイディアをもとに「対話用しおり(下記参照)」を作成し、ペアやグループで本について話し合う際に、より深い思考を引き出せるよう手元に置いて活用させました。

【ペア対話しおり】

  • どんなお話だった?(手のかたち5本指で順番に要約してみよう)
  • この本は面白かった? それはどうして?
  • 一番お気に入りの場面はどこ?
  • 思わずニコッとさせられたり、笑っちゃうような場面はあった?
  • 登場人物はどんな人(動物)たちだった?
  • 一番好きな登場人物はだれ? それはどうして?
  • 自分の経験や知っていることとつながる部分はあった?
  • 作者が一番伝えたかったメッセージは何だと思う?
  • 何か新しい発見や学びはあった?
  • 読んでいて「なんでだろう?」と疑問に思ったことはある?
  • 読んでいて「よく分からないな」と引っかかったところはあった?

 

5. 見取り(評価)に基づく指導の修正・改善(Assessment-Guided Instruction)

【研究成果】 指導上のニーズをその場ですぐに把握できる見取り(形成的評価)を行うことで、授業の質が大きく向上します。

【具体的な実践】 一人ひとりとのカンファランスの際、子どもがうまく活用できた効果的な読み方だけでなく、つまずいている点や具体的な指導アドバイスの記録を残しました。また、個別にひたすら読む時間やペア読書の様子を観察・記録するための「チェックリスト」を作成しました。このリストを活用することで、観察結果に基づいたフィードバックをその場で即座に与え、「ひたすら読む時間」をより充実させるための提案を行うことができました。

さらに、少人数での話し合いグループの際にも「メモ用の記録ガイド」を活用しました。子どもたちがどのように話し合いの準備をしてきたか(振り返りカード、質問メモ、付箋など)、事実に基づく発言と自分なりの解釈に基づく発言の割合、そして対話の進め方全般を記録・分析したのです。この情報をもとに話し合い終了後のふりかえりを行い、うまくいった点や改善のヒントを共有しました。これらすべての見取りが、子どもたちの「目的のある学習体験(PLE)」をさらに深めるための貴重な情報源となりました。

 

適切な足場かけ(Scaffolding)

私たちは、これら「5つの原則」と「目的のある学習体験(PLE)のリスト」に基づいて指導方針を設計しました。共同で授業計画を立て、授業や子どもたちが個別にひたすら読んでいる様子を録画し、毎週の取り組み状況を検証・評価していきました。

2年間にわたる実践を通じて指導法を磨き上げる中で分かったのは、意味のある「個別にひたすら読む力(自立)」を育むには、単に「本を読んで感想を書きなさい」と指示する以上の、きめ細やかな足場かけ(段階的なサポート)と配慮が必要だということでした。

私たちは、子どもたちが現時点でどのような「自分で学習を進める力」をもっているのかをまず把握する必要がありました。その上で、日々のルーティンや効果的な読み方の定着から、読書体験を深める表現活動(ないし反応の仕方)、さらには協同的な学びへと至るまで、多様な「個別学習体験」の中で子どもたちを教え、支えていく学習サイクルを回していったのです。

【図】 学びを「導入し、定着させ、深める」ための個別学習体験のプロセス

【図の説明】

図:個別学習体験の段階的プロセス(左から右へ向かって、学びを「導入」し、「定着」させ、「深めて」いく流れ)

1. 日常の習慣化(Routines)

  • 本選び(Book Shopping):自分で読みたい本を選び出す活動
  • 個別にひたすら読むこと(Independent Reading)

       ↓

2. 効果的な(7つの)読み方(Strategies)

  • つまずいたときの修正法(Fix Up):意味が分からなくなったときに読み直したり修正したりすること
  • 解釈の仕方(Comprehension):内容を理解しながら読み進めるアプローチ

       ↓
3.
読書成果の表現(反応)・アウトプット(Response Opportunities)

  • 物語の理解と表現(Narrative)
  • 情報テキストの活用・探究学習(Informational / Inquiry)

       ↓

4. 協同的な学びへの発展(Collaborative Experiences)

ここから「人と関わりながら深める学び」へと分岐・展開します。

       ↓

5. ペアでの体験(Partner Experiences)

    • 互いにアドバイスし合うこと(Coaching)
    • 対話・話し合い(Talk)

6. 小グループでの体験(Small-Group Experiences)

    • 読書会・話し合いグループ(Discussion Groups)
    • 発表・成果の共有グループ(Performance Groups)★7

【図の説明】、ここまで

 

例えば、私たちはまず「子どもたちがどのように本を選び、いかに集中して個別にひたすら読んでいるか」を事前に見取り(事前評価し)ます。その情報をもとに、自分に合った楽しく読める本を選ぶ方法や、個別にひたすら読む時間における学習規律(約束事)についての具体指導を組み立てます。その後、観察評価やチェックリストを活用して、子どもたちの思考プロセスや行動パターンを把握していきます。このアプローチにより、より的確な本選びや、より深い没頭を引き出すための具体的な足場かけ(サポート)が見えてくるのです。こうして、本選びや「ひたすら読む時間」における約束事や学習体験を継続的に見直し、洗練させていきます。

 

発展(Extension)

特別なサポートや調整をしなくても子どもたちがこれらの活動にスムースに取り組めるようになったら、学びをさらに深めるための「発展活動」を取り入れます。発展活動の例としては、本を選ぶ前に友達同士でブックレビューやブックトークを行ったり、ひたすら読む時間の中に全体指導で学んだこととのつながりや自分の考えを付箋に書き留めたりすることなどが挙げられます。そして、子どもたちの自立的な習慣を支えるため、継続的な見取りと観察を止めることなく続けていきます。

こうした基本のルーティンが定着したら、次は「個別にひたすら読むための読み方」「読書成果の表現や反応」「ペアや小グループでの協同的な体験」へと、同じプロセス(見取り・指導・評価・発展)を繰り返し広げていきます。

「個別学習体験」は、小学生の学校における読書・言語活動の半分以上を占めています。明確で段階的な足場かけ(指導)と絶え間ない見取り(評価)を提供することこそが、この時間を目的のある成功体験へと導く鍵となります。

すべての指導が目指す究極のゴールは、子どもの意味のある自立です。それは、子どもたちが学んだことを自分自身のものとし、自らの読書や意味づけ(主体的な学び)の場面で自ら活用できるようになることなのです。

 

出典:https://www.ascd.org/el/articles/deepening-independence-in-the-reading-workshop

この記事を書いたリンジー・モーゼス(Lindsey Moses)は、アリゾナ州立大学メアリー・ルー・フルトン・ティーチャーズ・カレッジの読み書き教育(日本の国語教育)の教授です。

★1「一人ひとりをいかす教え方」については、『ようこそ、一人ひとりをいかす教室へ』と『一斉授業をハックする』が参考になります。教室のなかの人数が35人でも、20人でも、5人でも、構成している子どもたちの学び方、学ぶスピード、もっている知識や情報やスキル、興味・関心・こだわり等々にはかなりの違いがありますから、一つの教え方や一つの教材で子どもたちが等しく学ぶことは難しさがあります。子どもたちの違いを踏まえた教え方が、「一人ひとりをいかす教え方」です。

★2この記事は、小学校の先生向けに書かれていますが、中・高でも基本的に変わりません。

★3小グループ指導は、ひたすら読む時間の中で行われます。よって、総合的な時間を計算する際には使われません。

★4「効果的な(7つの)読み方」は「理解するための方法」ともいい、『「読む力」はこうしてつける』および『理解するってどういうこと?』で詳しく紹介されていますので、参照してください。日本の国語教育では、これらのどれくらいをカバーしているでしょうか? 「つまずいたときの修正法」と「解釈」は、7つのうちの2つです。

★5ここから以下は、これらの実践は小学1年生のクラスを対象に行われたことを思い出しながら読んでください! 小1で可能なのですから、それ以上で可能なことは間違いないです。

★6「考え聞かせ」のやり方については、『読み聞かせは魔法!』をご覧ください。

★7かなり効果的と思える、個別でひたすら読めるようになるための足場かけのモデルが紹介されましたが、これ以外にも、ニュージーランドで1970~80年代に開発されたモデルが『読み聞かせは魔法!』の巻末資料で、また、『「読む力」はこうしてつける』の81~82ページでは、1980年代にオーストラリアで開発された「自然学習モデル」が紹介されていますので、ぜひ参考にしてください。

2026年9月4日金曜日

読み終えたいま、あなたは何をしたい?

  本や文章を読んだ後に「いま、あなたは何をしたい?」と問いかけられたことはありますか? あるいはだれかに問いかけたことはありますか? その時、どのようなことを考えましたか? たとえば「ごんぎつね」や「大造じいさんとがん」を読んだ後に、「走れメロス」や「故郷」を読んだ後に、「羅生門」や「こころ」を読んだ後に、「いま、あなたは何をしたい?」「いま、何をしたくなった?」。読解をしている最中にそのように問いかけられても面食らってしまう読者は多いでしょう。大きなお世話だから放っておいてほしいと言われるかもしれません。

 「いまあなたは何をしたい?」という質問は、直接の行動を求めているわけではありません。本や文章を読んで「したくなったこと」を尋ねているのです。今すぐには(いや実際にはとても)できなくてもいい、だけれどもやりたくなることというのはあるものです。読み終えた本や文章についてそういうことがあれば尋ねてみるといい(自分にも他の人にも)。その答えには、おそらくその読者が積極的に関わることができたその本や文章の内容があらわれてきます。本や文章に書かれてあるそのままではないかもしれませんが、その読者がつくり出した意味が溢れています。なにしろその本や文章を読まなければその「したくなったこと」は生まれなかったはずです。

 「読み終えたいま、あなたはなにをしたい?」この問いは、読者のあなたが読んでいた本や文章の世界と、あなた自身が生きている社会世界を「つなぐ」問いです。しかもそれはあなたの生きている社会世界の「これから」に向かっています。

 ビアーズとプロストのBHHフレームワークについては、このブログの8月の第一週に書きました(6月5日「本(Book)。頭(Head)。心(Heart)。」)。何をいかに読むかを考えるための問いかけの枠組みを整理したものです。同じ著者たちが2020年に出版した『読むことによって鍛える』★には、BHHフレームワークが実際の読者同士のやりとりのなかでどのように機能するのかということが分析されています。

 ビアーズに学んだ大学生が教育実習の高校国語の授業で「すべての夏をこの一日に」(レイ・ブラッドベリ)を扱った時のことを彼女との面談で語っています。その授業での、このSF短編を読み終えた後のクラスでの話し合いのなかで、ここには「ほんの冗談」から始まった「いじめ」が描かれているとある生徒が指摘します。その後その生徒は「『ほんの冗談だよ』は人を傷つける」キャンペーンを学校でやろうと言い出し、実際にポスターを作って行動を始めました。この小説に描かれたことを他人事として済ますわけにはいかなかったのでしょう。また、社会科の授業のなかで「婦人参政権運動」について学習した際にも「すべての夏をこの一日」のなかの、中心人物が「クローゼット」に閉じ込められたエピソードと関連づけて、その時代の女性たちの置かれた状況を解釈しようとした生徒もあらわれました。少なくとも小説を「読むこと」が歴史のなかの大切な出来事を自分事として考えるきっかけになったと考えることができます。

 こうしたことを踏まえてビアーズらは「おそらくBHHリーディングの最後の段階は『いま、あなたは何をしたい?』という問いに答えることである。だから新たな呼び方はBHH―Dリーディングとなる」と書いています。BHHは深く理解するためのきっかけとして有効な枠組みですが、その先に自分の生きる世界において「何をしたくなったか」を考えることが重要だという指摘です。BHH―D。もちろんブラッドベリ作品を読んで「いじめ」撲滅キャンペーンを実行に移した生徒は素晴らしいですが、他の教科の学習での理解を深めることに結びついたことも大切です。本や文章を読んで、自分が「したくなったこと」を頭に思い浮かべるだけでも、それを読んだことの自分にとっての意味が明らかになります。自分事にすることができます。しっかりと記憶にも残るでしょう。それが「読むこと」によって人が鍛えられるということです。本や文章プラス読者プラス状況で起こることです。

 ビアーズらはこの「D」についていくつもの実例を挙げていますが、そのなかに次のようなものがありました。★★

 「私が心に思うのは、ずっとバドがルールについてどうして悩んでいるかわからなかったということです。私が心で考えたのは、バドが自分のルール以外何ももたなかったのは、ほんとうの家族を持てなかったからかということです。私の心に残ったのは、家族はほんとうに大事だということです。そして動物にも家族が必要です。もし犬をあと一頭飼うことができたら、ママに言おうと思います。それと、私は犬が飼いたいのですが、ママが『バドが扉をひらくとき』(クリストファー・ポール・カーチス 前沢明枝訳、徳間書店、2003年)を読んだら、私が犬に家族をもたせたいと考えていることをたぶんわかってくれると思います。[4年生]」

 「『ワンダー』(R・J・ハラシオ著 中井はるの訳、ほるぷ出版、2015年)は自分が人をどのように扱っているかということについて考えさせてくれました。私にとっては、心のレッスンでした。私たちの学校で起こっているいじめについて何かしたくなったのです。[6年生]」

  「したくなったこと」を頭と心に思い浮かべてこのように書き留めること、ただそれだけでも「読むこと」が自分にもたらしたものを心に残すことができます。それを、これからの自分に生かすができるのではないでしょうか。

ところで、この文章を読み終えたあなたは、いま何をしたいですか?

 

★Beers, Kylene & Robert E. Probst. (2020) Forged by Reading: The Power of a Literate Life, Scholastic.

 この本については山元隆春著『自立した読者を育てる学習指導・評価法のデザイン』(溪水社、2026年)の129ページから152ページで論じられています。

★★ Beers & Probst(2020)Forged by Readingの177ページから178ページに掲げられています。それを日本語にしたのが上記『自立した読者を育てる学習指導・評価法のデザイン』の149ページから150ページです。

2026年8月28日金曜日

生徒へのフィードバックを効果的にするために、スポーツコーチの教え方から学ぶ

スポーツコーチは自らお手本を示し、練習を通して選手の向上を導きます。生徒の作文や論文などの記述課題に対するフィードバックも、これとまったく同じように機能させることができます。

コーチは選手に向上する方法を教えますが、ただ「もっとディフェンスをしっかりやれ!」と叫ぶようなことはしません。そんな「フィードバック」が、選手に一体何の役に立つというのでしょうか?

教師である私たちも、教室における生徒たちのコーチです。生徒の学びを深めるためには、適切で質の高いフィードバックを与えることが必要です。バスケットボールのコーチがゴール下でのスクリーンアウトのやり方を実際に示さなければならないのと同じように、教師もまた、提出課題をどう改善すればよいのかを生徒に具体的に手本(モデル)として示し、説明する必要があります。

私はいまだに、大学教授の部屋で自分の文章について指導を受けたとき(ライティング・カンファランス)の様子をよく覚えています。教授はいつも、私の文章を良くするための例文を提示してくれました。私がその例文を持ち帰って活用できるようにと、タイプライターのキーをカタカタと叩いて印字してくれたものです。当時の私はよく「ラッキー、先生が課題を書き直してくれたからこれでA評価がもらえるぞ」などと思っていました。しかしその時の私は、教授が意味のある実践的なフィードバックを通して、私に書き方を教えてくれていたのだということに気づいていなかったのです。

 

書く指導の際のフィードバックを効果的にするための5つのポイント

 

意味があり、具体的にする

生徒は「自分が何を知らないのか」すら分かっていません。「もっとつなぎ言葉(接続語)を使いましょう」と書くだけでは、優れたつなぎ言葉とはどういうものか、あるいはどの種類のつなぎ言葉を使えばよいのか分からない生徒にとって、ほとんど助けになりません。そうではなく、フィードバックの機会を活用して生徒に「手本(モデル)」を示してあげましょう。たとえば、「例えば…」といったごくシンプルなつなぎ言葉であっても、それをどこで使うのが効果的かを具体的に示してあげるのです。

フィードバックは、つなぎ言葉のような「一つの重要なテーマ」に絞り込み、生徒に対して具体的なテクニックの手本を示すべきです。生徒は、提示された例をそのまま使ってみてから、文章の他の箇所でそのテクニックを自力で試してみればよいのです。

 

良かった点に目を向ける

「直すべき箇所」を探すのではなく、「生徒がよくできている部分」を探す姿勢でフィードバックに臨みましょう。生徒は提出課題の中で、授業で教わったことを少なくとも一度は実践しているものです。期待通りにできていない部分を指摘するのではなく、できている部分に焦点を当てます。フィードバックの機会を使って、課題の良かった点をさらに補強・定着させましょう。

上記のフィードバックでは「トピックセンテンス(主題文)」に焦点を当て、書き手が「中心となる考え」と「つなぎ言葉」を含んだ明確な導入文を作成できている箇所を指摘しています。エッセイや解答の残りの部分には、明確なトピックセンテンスが不足しているかもしれません。しかし、それを指摘したり「明確なトピックセンテンスを書くように」と注意書きをする代わりに、教師は良かった点に焦点を当て、書き手(生徒)が下書き、修正、校正を続ける中で、解答全体を通して同じ方法を使えるよう促しています。

 

フィードバックの量を制限する

意味があり具体的なフィードバックを与えることは理想的に聞こえますが、時間の制約があるため、文章のあらゆる面に対処することはできません。それに、生徒はどうせ一度にすべてのスキルをマスターできるわけではありません。また、長年培われた悪い癖が、あなたの教室に入った瞬間に直るわけでもありません。すべてを修正しようとするのではなく、教育と生徒の成長は「プロセス(過程)」であると認識することが大切です。課題と連動した「指導のポイント」だけに焦点を絞りましょう。そうすることで、生徒は改善すべきいくつかの点に集中でき、一度に多くのことを求められて圧倒されてしまうのを防ぐことができます。

例えば、1週間のミニレッスンの中で「トピックセンテンスの作成」「導入節(や接続詞)の後の読点の使用」「根拠を示すためのつなぎ言葉の使用」に焦点を当てていたとします。フィードバックを与える際は、これらの領域だけに絞り込みます。そうすることで、与えなければならないと感じるフィードバックの量を減らすことができます。

 

執筆プロセスの「途中」で(最後ではない)フィードバックを与える

人生の多くの事柄と同様に、文章を書くこともプロセスです。したがって、フィードバックもまたプロセスでなければなりません。生徒が求めに応じて文章全体を書き上げる総括的評価の段階に至るまでは、執筆は段階を追って指導されるべきです。そのプロセスの中で生徒が作成するものは、形成的評価として活用します。トピックセンテンスを指導した日にエッセイのトピックセンテンスだけをチェックすれば、一つの領域に集中できます。その授業で残すフィードバックは、ほんの1点だけで済むかもしれません。これもまた、下書きが完成した後にすべてに対処しようとするのではなく、プロセス全体を通してフィードバックを与えることで、時間を節約することにつながります。

 

フィードバックを双方向(対話的)なものにする

「これだけたくさんフィードバックを与えても、生徒はロクに見もせずに『解決』ボタンを押すだけなんだよね」。そんな経験は私にもあります。そうした状況を避けるためには、生徒がフィードバックと対話・やり取りをするように仕向けましょう。「生徒が対応せざるを得ない状況をつくらない限り、フィードバックは役に立たない」のです。フィードバックの中から1〜2点を選ばせ、それがどのように役立ったか、あるいは課題の他の箇所を修正するうえでどのように刺激になったかを説明する短い返答を書かせるようにしましょう。

 

出典・https://www.edutopia.org/article/thinking-coach

元新聞記者のフランク・ウォード先生は、(この記事を書いた時点で)11年前に教育界へと転身し、人々にインスピレーションを与えると同時に自らも刺激を受けられる、生涯の仕事(キャリア)を見出した。8年生(日本では中3に相当)の国語の教師。