2026年6月8日月曜日

合い言葉は、ノーティス・アンド・ノート(そこに注目して! そこにちゃんとメモして!)

「大造じいさんとガン」(椋鳩十)の授業(小学校5年生)で、おとりのガンを救うために残雪がハヤブサに立ち向かった場面で大造じいさんが残雪に向けていた銃を下ろしてしまったのはなぜか、いう質問をすることはよくあります。「どうして(なぜ)大造じいさんはそのまま撃たずに、銃を下ろしてしまったのでしょうか?」と。文学作品の登場人物の行動の解釈ですから、必ずしも正解があるとは言えません。また、このようなことを授業で子どもたちに質問しても根拠が見つからないと答えてくれないことが多いという指摘もあります。

 しかし、銃を下ろしたわけですから、大造じいさんが残雪のことを単なる獲物や敵と見なせなくなったことは、この行動からだけでも推し量ることができます。大造じいさんと残雪との関係(もちろん大造じいさん側から一方的ということではありますが)が大きく変わったことを示している箇所と捉えることもできます。ではどうして変わったのだろう、とか、あぁ、そういえば最初の年に釣り針を避けてタニシだけを食べられて大造じいさんはその知恵にうなっていたね、とか、あれこれ考える余地のある部分です。推測(推論)して文章を深く理解するために私たちはそういうことをします。
 先生からの質問ということになると、子どもは身構えてしまいますし、正解は何だろうということが頭から離れません。だから答えにくくなります。しかし、自分でそういう問いをつくることができるような箇所を探して、先ほどのような問いをつくって考えることができれば、それは理解するための方法を使っていることになり、読書家と言われる人がやっていることと同じことをしていることになります。
 理解する行為の研究によって明らかになった、優れた読み手が行う理解するための方法はcomprehension strategiesと呼ばれ、研究者は「理解方略」という言葉にしています。もともとのstrategyという言葉自体が軍事用語なのですが、目的をもったメタ認知的行為を表すのに効果的なので、理解行為についてもこのような言葉が使われました。
 しかし「うまく理解するためにはこんな方法があります」と言われ、それを学んで覚えたとしても、とくに本や文章の理解については、その方法をどこで使えばいいのかわからなければ、理解は深まりません。
 米国のロバート・プロストとカイリーン・ビアーズは本や文章を精読する時に理解するための方法を使うべき箇所のことを精読のための「道標(signposts)」と呼んでいます。本や文章を読む際に読者が丁寧に注意を払った方がいい箇所のことです。Signpostsですから「道路標識」でもいいのすが、短い方がいいので「道標」と訳すことにしました。
「精読はテクストに対する綿密な注意、すなわち読者の重要な経験や思考や記憶、他の読者の反応や解釈、そしてそうした要素の間の相互関係に対する綿密な注意を世簿起こすものでなければならない。これらのうちのどれかにのみ注目して、他のものをおろそかにするのは愚かなことだ。私たちが提案したいのは、どのテクストのどの表現も、不合理なもののだと思って読むということである。私たちが望んでいるのは、たとえば、そのテクストの予想外の要素に気づいて、少し時間をとって書き、慎重に考えて、再読し、分析しということなのである。つまり、丁寧に読むということなのだ。」★
 引用部分の「テクスト」は、「本や文章」と置き換えても意味が通じます。「大造じいさんとガン」を精読するためには、そのきっかけとなる箇所を見つけて、そこで自問してみるとこの作品を丁寧に読むことができるという考え方です。
 ビアーズとプロストは米国の小学生から高校生が授業のなかで読む可能性のある児童文学やYA文学の本を読み返して、精読のための「道標」になる箇所はないかと探しました。条件は、読むスキルが十分でなくあまり熱心でない読者でも見つけることができる、いろいろな本や文章にくりかえし表れる、質問をする・予測する・視覚化する・つながりを見つける・推測する、といった、理解するための方法のどれか一つを実行する手助けになる、です。
 例えば、上記の「大造じいさんとガン」の大造じいさんが銃を下ろした箇所のような、それまでの登場人物の言動とは対照的で矛盾していて、読者の理解や期待を裏切るところを「対照と矛盾(対照と矛盾)」と名づけました。読者にとっては「予想外の行動」となるところでもあります(実際にビアーズとプロストが実例として扱っているのはラングストン・ヒューズの「ありがと、おばさん」という掌編小説です。★★)。
 二人が提案しているのは、「予想外の行動」(読者の期待と登場人物の行為との鋭い対照、それまでの行動やパターンと矛盾)と、「アハ体験」(ある登場人物が、自己・他者・周囲の世界に関する自分の行動や認識を変化させた何かを自覚すること)、「難問(難題)」(ある登場人物が内面でもがかざるをえなくなるような問題)、「賢者の言葉」(年長の、賢い登場人物が、中心人物の人生に関して提供するアドバイスや深い思考に満ちた言葉)、繰り返し(その小説の多くで繰り返し使われる出来事、イメージ、特定の語彙)、回想の場面(物語の進行を中断して、登場人物が回想する場面)、の六つ★★★です。
 ビアーズとプロストの本のタイトルはNotice and Note。即席に訳してみるなら「そこに注目して! そこにちゃんとメモして!」とでもなるでしょうか。原語はとても語呂がいいので、日本語もそれに匹敵するようにしたかったのですがうまくいかず、この文章のタイトルもとりあえずそのまま「ノーティス・アンド・ノート」とします。「ノーティス(注目)」とは特定の何かを優先するということです。どこでもいいというわけではありません。その本や文章を丁寧に読んで深い意味をつくり出すことのできる場所に注目することができれば、精読につながるという主張です。注目すべき箇所がどこか難しく考える必要はない。とりあえず、どんな本や文章でも、六つの「道標」にあたる場所はどこにあるか、考えながら読んでいけばいい。そしてそこに出会ったら、「核となる問い」について自分で考えたことを「ノートする」つまり書き留めていけばよい。二人の本はそのようなことを教えてくれます。
 人から質問されて答えるのなら難問になりかねませんが、自分で探し出して自分で問いを出して考えることで、本や文章の表現を深く探ることになるし、登場人物の言動を改めて振り返ってみることで、気づいていなかった側面に気づいてハッとすることもあります。その小説に描かれた世界の状況がもっと詳しくわかってきます。合い言葉は「ノーティス・アンド・ノート(そこに注目して! そこにちゃんとメモして!)」です!
★Kylene Beers & Robert Probst (2013) Notice and Note: Strategies for Close Reading, Hinemann, p.37 引用箇所は山元隆春著(2026)『自立した読者を育てる学習指導・評価法のデザイン―「対話的読み"による自他の理解と自己形成―』(溪水社)p.83。
★★ 前掲『自立した読者を育てる学習指導・評価法のデザイン』pp.88-102参照。
★★★ 同上書p.87 の表「六つの道標と核となる問い」には「道標を見つける手がかり」と見つけたら自問するといい「核となる問い」の例が示されています。