[時々、投稿をお願いしている吉沢先生に、今回の投稿をお願いしました。]
私は、詩を読んでいて、ドキッとする言葉、ハッとさせられる言葉に出会うことがあります。それも単に気の利いた表現とか目新しい言い回しとかではなく、その言葉について考えを巡らせることで、詩全体のテーマが見えてくる、そんな言葉です。
今回は、そのような視点から、吉原幸子氏★1の詩を読んでみたいと思います。次のような順で読んでいきます。
(1) 冒頭から順に読む
(2) 心に留まった言葉について考えを巡らせる
(3) 全体を読み直す
*
仔犬の墓★2
吉原幸子
地のなかに 仔犬はまるくなって お菓子の紙袋を前あしに抱いて 眠ってゐる
おまえがぴょんぴょんとびはねてゐるとき にんげんたちは知らん顔して とびつかれまいとわざと横むいたふりなんかしてゐたのに さうやって おまえがもうたべられなくなると 袋ごとお菓子を抱かせて 土をかけながら 泣いてやるのです
ゆるしておくれ わたしたちの身がってを おまへがあんなにとびはねるので 安心してゐたのよ それににんげんは ことば あのむだなもののためにいそがしかった おまへの病気を さびしい脱け毛を 知らなかった
しっぽといっしょにお尻までふってたおまへ なげたビスケットをどうしてもうけとめられなかった おふるの首わがゆるゆるだったおまへ 捨て犬でなくなってからたったひと月 あんなに いのちをよろこんでゐた はづかしいほどなめてくれた みつめてくれた おまへ 茶いろのやせっぽち
*
(1)
第1連。亡くなった犬を地面に葬る場面が描かれています。
第2連。その犬は、ぴょんぴょん飛び跳ねる元気な犬でした。しかし、周りの人たちは、飛びつかれるのが嫌で知らん顔をしていたことがわかります。
第3連。詩人は「ゆるしておくれ」と語りかけます。犬の元気な姿を見て安心してしまって注意を注ぐことがなく、その結果、犬が病気になって弱っていく兆しに気づかなかったのです。詩人は、それを「わたしたちの身がって」と言っています。
第4連。元気だった時の犬の思い出が語られます。その犬は、捨てられていたのを拾われて育てられ、それがひと月続いたのです。とても親しくなついていた犬だったのに、病気になっていたことに気づかず、死なせてしまったことを詩人は悔やんでいます。
(2)
私の心に留まったのは、第3連の「それににんげんは ことば あのむだなもののためにいそがしかった」という一文です。
「ことば あのむだなもの」とは一体何を意味しているのでしょうか。一般的に考えれば、“言葉が無駄なものだなんてとんでもない。人間が社会生活をおくる上で欠かせないものだ”と反論することもできます。しかし、詩人はあえて、「むだなもの」と言っているのです。
私が考えたことを書き出してみます。
○人間が、日常の生活のいろいろなことに忙しくて、犬に気を向けなかった、ということだろうか。
○犬は言葉を持たないが、人間は言葉を持っている。
○人間が言葉を操ることで犬よりも高等だと思っていることへの反省ではないだろうか。
○言葉を持たない犬について、いきいきと描かれているのに、言葉をもつ人間については、いきいきと描かれていない。
○言葉で詩を書いている詩人が、言葉を「むだなもの」と言うのは矛盾する感じがする。
(3)
再び全体を読み直して、私は第2連の「泣いてやるのです」という表現が気になりました。「泣いているのです」ではありません。上からの目線で犬を見て、体裁を整えている人間の姿が感じられます。
詩全体から伝わってくる犬の姿は、ストレートで生き生きしています。うれしくて飛び跳ねていたこと、人になついて、なめたり見つめたりしていた犬。けれども病気になって弱って死んでしまったのでした。
それに対して人間は、知らん顔をしたり、横を向いたふりをしたりして屈折しています。犬の死に対して、心から悲しむのではなく、ここでは泣いておこうという判断で「泣いてやる」のです。そこにあるのは、駆け引きやごまかしや体裁をととのえること言葉を使っている人間の姿ではないだろうか。そのように私は感じます。
このように考えを巡らせてきて、もう一度、読んでみました。「ゆるしておくれ わたしたちの身がってを」という表現が心に染み込んできました。犬に対して罪深いことをした、という詩人の気持ちが伝わってきました。
そして、言葉を「むだなもの」にしてきたのではないか、という詩人の自己批判も込められているように思います。
自分の心に留まったこと、一体どういうことなんだろうと疑問に思ったことについて、それを流してしまわずに、詩人が差し出す言葉に寄り添って丁寧に考えてみる。場合によっては、近しい人と感想を分かち合ってもいいかもしれません。それが詩を読むことの喜びにつながっていくのではないか、と思います。
★1 吉原幸子(1932〜2002)東京生まれ。
★2 『現代詩文庫56 吉原幸子詩集』思潮社、1973年刊
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