2026年9月19日土曜日

しっかり聞くことが人にもたらすもの

  『理解するってどういうこと?』の第9章の最後で、この本が書かれるきっかけになったジャミカの「問い」(「でも、あなたがたの誰も、わかるってどういうことか教えてくれたことはなかったわ」)に対して、「理解する」とはどういうことなのかを、エリンさんが心のなかでジャミカに答える(この時点でジャミカは高校生になっていますが、エリンさんはあくまでも小学校2年生の時のジャミカに向けて答えています)のですが、次のように閉じられます(この『RW/WW便り』で何度か言及した箇所です)。

 「私たちが子どもたちに根気よく問いかけをし、彼らが教えてくれることに信頼を寄せてさえいれば、より深い、表面のレベルを超える考えがいくつもあるのです。そしてジャミカ、理解しようとするあなたを支えることは、私たち大人があなたの果てしない知性を信じて、あなたが世界に対してしっかりと考えて手に入れた素晴らしい発見を共有しようとすることなのです。ジャミカ、あなたが理解するのを手助けするために、私たちは問いかけるだけでなくて、しっかり聞くことを約束します。」(『理解するってどういうこと?』358ページ)

 この箇所では子どもの「理解」を支え、助けるために大人がやることとして、根気よく問いかけをすること、子どもがしっかりと考えて手に入れた素晴らしい発見を共有すること、そしてもう一つが子どもの話を「しっかり聞く」ことです。

根気よくいい質問をして、それに対して子どもがじっくり考えて発見したことを共有してあげる。しっかり聞く、つまり子どもの話にしっかり耳をすます。そうすることで子どもがじっくり考えて示したほんものの理解を見取り、聴き取ることができるというのです。

いい質問をして、しっかり聞くとそこで何が起きるのか。子どものほんものの理解を見取り、聴き取る大人の内部にも新しい発見が生まれます。それをまた子どもに伝えてあげることができる。上のエリンさんの言葉はそのようなインタラクションあるいはトランザクションが起こるようにすることが、理解を生み出すためにとても大切だということを教えてくれます。しっかり聞く聞き手のなかに生まれること、それが次の対話を引き出しても行きます。しっかり聞いてもらったら、話しているうちにそれまでモヤモヤしていたことが何かはっきりしてきたという経験をしたことのある人も多いと思います。

阿川佐和子さんの『聞く力』(中公新書、2012年)は、私たちが『理解するってどういうこと?』をつくっていた頃に刊行され、多くの人に読まれた本です。改めて読み返してみると、エリンさの「問いかけるだけでなくて、しっかり聞くこと」の大切さをとてもわかりやすい言葉で語っておられることに、遅まきながら気がつきました。

阿川さんは多くの人にインタビューをしていて、『聞く力』のなかにはそのエピソードがたくさん書かれています。たとえば、臨床心理学者の河合隼雄さんにインタビューしたときに阿川さんが「患者さんに、どんなアドバイスをなさるのですか」と質問すると、河合さんは「アドバイスは、いっさいしません」と答えます。その理由を河合さんはどう答えたか。

「つまり、他人のアドバイスが有効に働いたときはいいのですが、何かがうまくいかなくなったとき、そのアドバイスが間違っていたのだと思い込んでしまう。すべての不幸をアドバイスのせいにして、他の原因を探さなくなってしまうのです。」(『聞く力』114ページ)

  だから自分は話を聞くだけだと。河合さんはカウンセリングの専門家としての自分の考えを述べています。阿川さんはこれを自分のインタビューの経験に照らしながら次のように考察します。

 「私は単なる聞き手です。相手の心の悩みを聞くことが仕事ではありません。しかし、インタビューの仕事をしていると、ときどき、「あー、なんかアガワさんに話したら、自分の頭の中の整理がついた」と言われることがあります。あるいは、「こんなこと、ずっと忘れていたのに、今日、思い出した」と驚かれることがあります。決して私が相手の頭の中を整理してあげようと意図したわけではありません。」(『聞く力』114ページ)

 「話を聞く、親身になって話を聞く、それは、自分の意見を伝えようとか、自分がどうにかしてあげようとか、そういう欲を捨てて、ただひたすらに「聞く」ことなのです。相手の話の間に入れるのは、「ちゃんと聞いていますよ」という合図。あるいは、「もっと聞きたいですねえ」という促しのサインだけ。そうすれば、人は自ずと、内に秘めた想いが言葉となって出てくるのではないでしょうか。」(『聞く力』115ページ)

 「しっかり聞くこと」が子どもの理解を支え、助ける理由を述べてくださったような部分です。阿川さんの言う「内に秘めた想い」は、エリンさんの言う「世界に対してしっかりと考えて手に入れた素晴らしい発見」のこと。「「ちゃんと聞いていますよ」という合図」「「もっと聞きたいですねえ」という促しのサイン」を出してあげることで、そうした「想い」や「発見」を言葉にする励ましになる、そのことを阿川さんの言葉は教えてくれます。

河合隼雄さんとのやりとりのエピソードはそのほんの一例で、『聞く力』のなかには、エリンさんがジャミカに心のなかで約束した「しっかり聞くこと」を具体的にどうすればいいのかということのヒントを数多く見つけることができます。

最後にもう一つ『聞く力』のなかで私の惹かれた言葉。

 「相手を見るということは、すなわち相手の心の中は今、どんな状態になっているのかと慮(おもんぱか)ることでもあります。」(『聞く力』56ページ)

 ある文学賞を受賞した作家にインタビューをすることになった。会ってみると、その作家は痛々しく眼帯をしていた。その時、受賞の心境を聞くという本題に入る前に、まずはその作家が眼帯をしている「苦しみ」を聞き手が理解する必要があると書かれた箇所の冒頭に、上の言葉があります。そういう時、まずは相手の「心の中」の「今」を「慮る」ことがなければ「相手は聞き手に心を開きにくいだろう」と阿川さんは考察します。「推測する」は、エリンさんの言う七つの「理解するための方法」の一つですが、インタビューの名手の考察は、それが本や文章を読んで理解する場合だけにとどまらないことを教えてくれます。

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