先日、朝倉かすみさんの『よむよむかたる』(文藝春秋、2024年)を読みました。70歳を過ぎた高齢者たちが営む読書会(佐藤さとるさんの『だれも知らない小さな国』(講談社)を少しずつ読んで語り合う)を舞台とした小説です。この小説にカイリーン・ビアーズとロバート・プロストの言う「道標」がどのように見つかるか、試みました。
ビアーズとプロストが提案した、本や文章を読んでわかるための「道標」は、「予想外の行動」(読者の期待と登場人物の行為との鋭い対照、それまでの行動やパターンと矛盾)と、「アハ体験」(ある登場人物が、自己・他者・周囲の世界に関する自分の行動や認識を変化させた何かを自覚すること)、「難問(難題)」(ある登場人物が内面でもがかざるをえなくなるような問題)、「賢者の言葉」(年長の、賢い登場人物が、中心人物の人生に関して提供するアドバイスや深い思考に満ちた言葉)、繰り返し(その小説の多くで繰り返し使われる出来事、イメージ、特定の語彙)、回想の場面(物語の進行を中断して、登場人物が回想する場面)、の六つです。『よむよむかたる』には、六つの「道標」★のほとんどが見つかります。たとえば、『だれも知らない小さな国』第三章の前半ではじめて作中の〈ぼく〉が〈こぼしさま〉と会話する場面がありますが、『よむよむかたる』の読書会では登場人物の一人(「マンマ」)が「〈こぼしさま〉ってサァ、死んでいくこと、なんじゃないかナァと思ったんだよネ」と言い始めその後自らの解釈を話します。長くなるので引用はしませんが、「マンマ」の言葉は「賢者の言葉」だと考えられます。それを受けて「まちゃえさん」と呼ばれる人物が「ハアッ!」と大声を出して「分かるヨウ。ビンビンくるヨウ」「こんなに分かってんのに、どう分かってるかうまく言えないヨウッ。アーッ切ない」と身をよじるシーンが続きます。ここには「まちゃえさん」の「アハ体験」が表現されている、と私は考えました。また、この小説には一人だけ「やっくん」と呼ばれる28歳の安田という男性が会の世話役として登場します(彼は「作家」でもありますが、なかなか小説が書けないという悩みをもっています)。色々な出来事に出会うたびに安田は自分の過去の記憶を想起する箇所がたくさんあります。ですから「回想の場面」が比較的多く見つかります。「その「回想の場面」はなぜ重要なのか?」という問いを立てて考えてみると、安田と他の人物たちとの明確には描かれていない関係を推論せざるをえません。
このように「道標」に注目することは、本や文章の意味をつくり上げる大切な手がかりになります。しかし、六つの「道標」がどういうものか一通り教えてもらったとしてもそれをすぐに使いこなせるわけではありません。ビアーズらは「道標」をすぐに使えるようになることは無理なので、それぞれの「道標」についてミニ・レッスン★★をした後、たとえば次のようにすればいいと言っています。
「道標、簡単な定義、テクストのなかに生徒たちが探すべき特徴、核となる質問、を書いた模造紙をできるならその学年のあいだ教室に掲示してください。また、道標の生徒用しおりを配布して、読む時には必ずそれを使うようにします。このしおりの表には道標の定義が書いてあるので、生徒たちはそれを見て道標がどんなものだったか思い出すことができます。裏には、道標を見つけたときにページ番号を書き込めるようになっていますから、ノートを使いたくなければこれを使えばいいです。」★★★
しばらくはこうした「模造紙」をすぐに見ることができるようにしたり、六つの道標がどういうもので、それを見つけたらどういう質問をすればいいかということを簡単に記した「しおり」を作ってそれを生徒たちにもたせるようにすればいい、というわけです。
それは先程『よむよむかたる』について私がやったようなかたちで、生徒たちが自分で選んだ本や文章を読みながら「道標」に気づけるようにするということです。でも、なかなかうまくいかない場合があるかもしれません。それでも、ちょっとしたヒントを示すと見つけやすくなるでしょう(それが一人読みをする子どもへのサポートになります)。ビアーズらは次のようにも言っています。
「生徒たちが道標を見つけることがうまくなってきたら、見つけたところを見せるようにあまり頻繁に求めない方がいいです。生徒は、見せたくなったら見せにくるものです。とても一般的な問いですが、「あなたはどんな道標を見つけましたか、そして見つけた時に何を考えましたか?」は個人のカンファレンスや小グループか大グループでの話し合いを始めるとてもよいきっかけになります。その後に次のような質問をしてみましょう。「道標の一つではないと考えたけれども、その物語にとって大切だと考えられた場面はどこでしたか?」ここで強調されているのは見つけやすいもののことで、この六つの道標に加えて、どんな読書行為にも起こっていることはほんとうにたくさんあるものです。
(中略)「予想外の行動」、「アハ体験」、「難問」はもっともよくあらわれます。もしも20ページぐらい読んでもそのうちの一つも見つけられないようなら、ゆったりと考えて、次のように言ってください。「今読んだ部分でこの登場人物は変わった? もしそうなら、その人物の行動や考えが変わり始めた場面はどこか見つけてみよう」と。生徒がその場面を見つけたら、それをしっかり見つめるのです。たぶんそこには、「アハ体験」か「予想外の行動」があります。そこを読み直して「核となる問い」をじっくり考えるように言えばよいのです。
「難問」については間違えやすいので、生徒たちを助けるために次のように質問しましょう。「登場人物がほんとうに悩んでいると思えたり、誰か他の人に悩みを自分から打ち明けたり、『自分はどうすればいいんだろう』などということを自分で言っているところはなかったかな? そうした問いをよく見てみよう。覚えておいてね。『難問』に気づいたら、そこのところは中心人物がほんとうに悩んでいるところだから、時間をとって自分が抱いた質問を自分の頭で考える必要がある。たぶん、きみも登場人物と同じことを悩んだことがあるよ」と。
「賢者の言葉」がその本に見つからない場合は、中心人物が他の人物から学んでいるところはないか質問してみるといいでしょう。
「繰り返し」については、何らかの言葉やイメージや出来事が繰り返し出てくるところがないか尋ねてみるといいでしょう。
「回想の場面」の場合、生徒たちに、登場人物がしばらくの間何かを思い出しているところを探すように言えばいいです。「回想の場面」を見つけるには、「思い出した」、とか「母さんがいつも話してくれた・・・」とか、「こんな思い出がよく浮かんでくる・・・」とか「覚えている」といった言葉を手がかりにして、その場所に印をつけるように言えばいいです。」★★★★
生徒が「道標」を見つけるために教師としてどのようなヒントを与え、支援をしていけばいいのかということが具体的に示されています。生徒たちが自分で選んだ本や文章(教師が未読の場合もある)で「道標」を見つける場合の支援の仕方が、六つの道標それぞれの場合について述べられています。実際に『よむよむかたる』を読む私はこのビアーズらのアドバイスを参考にしながら、「賢者の言葉」や「回想の場面」に注目することができました。「難問」は中心人物の安田(「やっちゃん」)の小説を書けないという「悩み」に目を向けることで見つかりました。これはこの小説のテーマにもつながっています。
「道標」はわかるための方法(理解方略)を使うための入り口ですが、とくに共通に学ぶことのできる国語教科書教材を読む授業のなかで、効果的な「道標」の見つけ方を学ぶことができれば、生徒たちが学習内容と課題に迫るためのアプローチにもなるでしょう。そしてもし同じ作品のある箇所について、それが「アハ体験」なのか「難問」なのかということを生徒たちが話し合って、お互い自分の立場を少しだけ修正することになれば、それはその作品について協働して積極的に考えていることになるとビアーズらは言っています。「道標」に注目し書いて考え、お互いのそういうプロセスを知ることができれば、読む面白さを発見する大切な手がかりになるのだということです。知らず知らずのうちに、注意を怠らずに本や文章を読む力を身につけることになるということです。
★Kylene Beers & Robert Probst (2013) Notice and Note: Strategies for Close Reading, Hinemann,
★★ 山元隆春著(2026)『自立した読者を育てる学習指導・評価法のデザイン―「対話的読み」による自他の理解と自己形成―』(溪水社)の88~102ページには短編小説「ありがと、おばさん」(ラングストン・ヒューズ)を使った「予想外の行動」についてのミニ・レッスンが示されています。
★★★Beers & Probst(2013) p.107『自立した読者を育てる学習指導・評価法のデザイン』103ページ
★★★★Beers & Probst(2013) p.108-9 『自立した読者を育てる学習指導・評価法のデザイン』 104~105ページ
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