2021年2月20日土曜日

戦地における「理解することで得られる成果」

 

『理解するってどういうこと?』の第9章には表9・1「理解することで得られる成果」が3ページにかけて掲げられています。いずれも「理解のための7つの方法」(関連づける、質問する、イメージを描く、推測する、何が大切かを見極める、解釈する、修正しながら意味を捉える)を使うことで私たちが経験する「成果」です。「フィクション/ナラティブ/詩」についての見出しだけ列挙してみます。

 

書くために学ぶこと/共感全般/登場人物への共感/舞台設定への共感/登場人物の葛藤への共感/作者への共感/次は何かと思うこと/作品の独自性を見分ける感覚/自信/喜びを味わう/ある部分にこだわって、じっくり考えようとする欲求/支持しようとする願望/信じようとする気持ち/パターンとシンボルがだんだんわかるようになる/思考の修正/考えや価値観や意見の確認/思考力の持続/はっきりした記憶 (『理解するってどういうこと?』347349ページ)

 

 「理解のための7つの方法」を使って詩や物語や小説を読むことで、私たちはこうした「成果」を手に入れるのです。もちろん、いつでもそれがうまくいくということはありませんが、ひたすら本を読んでいる場合にはこのなかのいくつかの「成果」があらわれるものです。

 以前紹介したフェルナンド・バエス(八重樫克彦・八重樫由貴子訳)『書物の破壊の世界史―シュメールの粘土板からデジタル時代まで―』(紀伊國屋書店、2019年)という本には、人類がおこなった書物の破壊・毀損のさまざまな姿が描き出されています。もちろん災厄のなかで失われた書物もありますが、多くは圧政のなかでの「焚書」や空爆などによって失われた書物も少なくないことがわかります(そのなかで圧倒的なのは現代のデジタル焚書です!)。とくに戦争は「読む文化」と対立する、本を壊す側にあるもののようにも思われます。意外なことに戦争のなかで理解の「成果」を実感させてくれる本がありました。モリー・グプティル・マニング(松尾恭子訳)『戦地の図書館―海を越えた一億四千万冊―』(創元ライブラリ、2020年:初版単行本2016年)という本です。まず、次のようなことが書かれています。

 

ドイツは『我が闘争』を武器にし、焚書という恥ずべきことをした。しかしアメリカ人は自分が読みたいと思う書物を読み、その中に記されている思想を広めるのだ。「精神面で勝利すれば、戦場で勝利できるだろう。」(『戦地の図書館』69ページ)

 

 第二次世界大戦に従軍したアメリカの兵士のためにつくられた「兵隊文庫」のことが書かれたノンフィクションです。本をどのように扱えば「戦地」でもいきるのか。一人ひとりの兵士の目と心を通すことによってしか本が人のなかでいきることはありません。「戦地」で限られた空間に閉じこもって戦う兵士たちこそその恩恵を被るものです。そのことを描いた本書の言葉をいくつか掲げます。

 

手紙が届かず、スポーツをする道具もなく、映画を観ることもできず、読書だけが楽しみとなる場合が少なくなく、だからこそ書籍は大切にされた。ある従軍牧師はこう語っている。「本は心を傾ける価値のある何かを与えくれます。本を読むと、戦争がもたらす破壊についてただ悶々と考えていた兵士が、建設的な何かに心を向けるようになります」(『戦地の図書館』81ページ)

 

ここに「心を傾ける価値のある何か」「建設的な何か」と言われる、その「何か」こそが、エリンさんの言う理解の「成果」であることはほぼ間違いありません。

 

本を読むと兵士はやる気を起こし、環境に簡単に適応できるようになり、ノイローゼにならないとも言われた。ある記事には次のように述べられている。「フィクションや戯曲を読むと、自分に必要なこと、目標、身を守る方法、物事の価値が分かるようになる。また、自分に本当に必要なものを取り入れ、自我を脅かすものを拒絶するようになる」兵士は読書をすることで、勇気、希望。決断力、自我を取り戻し、戦争によって心に空いた穴を埋めた。(『戦地の図書館』82ページ)

 

ある学者は、戦時中の書籍の役割についてこう述べている「兵士が本を喜んで読んだのは、望郷の念に浸れたからだ。本が自分の気持ちや考えを代弁してくれたからでもある。騒々しく、落ち着かない軍隊生活では、兵士はなかなか心の内を話せなかった」さまざまな人物の物語を読むことで、自分の置かれた境遇に対処できるようになるために、兵士はもっと本を読みたいと思うようになった。(『戦地の図書館』160ページ)

 

「やる気」「環境に簡単に適応できるようになる」「自分に必要なこと、目標、身を守る方法、物事の価値がわかるようになる」「自分に本当に必要なものを取り入れ、自我を脅かすものを拒絶するようになる」「自分の気持ちや考えを代弁する」「自分の置かれた境遇に対処できるようになる」・・・これらは、まさしく兵隊たちが「兵隊文庫」の本を理解した「成果」に他なりません。登場人物や舞台設定への「共感」や、「自信」「喜びを味わう」「支持しようとする願望」「信じようとする気持ち」「思考力の持続」といった、エリンさんの言う「理解の成果」を、確実に兵隊たちが得ていたことの証言として読むことができます。とくに最後の引用に書かれてあるように、軍隊生活で「心の内」を語れない兵士たちが、本を読み、理解しようとすることで「自分の気持ちや考え」をあらわす機会を得られたことの意義は大きいと思われます。ルイーズ・ローゼンブラットの言う交流(transaction)が、戦地という状況下での本と兵士とのあいだで引き起こされたということです。

 

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