2011年3月4日金曜日

こぼれてしまったミルクからアイスクリームをつくる → 作家のサイクルを動かす ためには

 今日のWW便りの題、二つの題を候補としたあと、どちらにしようかと迷いました。

 一つが上の「こぼれてしまったミルクからアイスクリームをつくる」、もう一つが「修正したくなる瞬間」です。

 「こぼれてしまったミルクからアイスクリームをつくる」ですが、これはキャサリン・パターソンという作家が、「修正は大好き。修正以外に、こぼれてしまったミルクをアイスクリームにできるものは、存在しないから」と述べているところから、今日のWW便りの題の候補にしようと思いました。

 キャリン・パターソン氏の、この言葉が紹介されているのは、ドナルド・マレー氏の本の中です。

 ドナルド・マレー氏については、2月18日のWW便りでも紹介していますが、「作家が作家を教える(書き手が書き手を教える)」、「書く過程(プロセス)で関わる」、あるいは「カンファランス」など、まさにライティング・ワークショップの原点にある概念の構築に大きな貢献をした、ライティング・ワークショップ第一世代(?)の一人です。

 さて、「下書きから、ミス(文法や漢字など)を直せば完成」、と思っている子どもたちも多いと思います。

 しかし、「修正」があるからこそ、「こぼれてしまったミルクがアイスクリームになる」ような、大変身が可能なのです。

 でないと、こぼれたミルクはそのまま無駄になり、「作家のサイクル」もそこで終わってしまいます。(「作家のサイクル」、あるいは「書くサイクル」については、『ライティング・ワークショップ』35ページと、82ページの図を見ていただければと思います)。

 今日は作家のサイクルの中の「修正」を機能させる一つの方法として、作家仲間について、書いてみたいと思います。

 ドナルド・マレー氏は、自身のライティング・コミュニティ(作家仲間)について「守っていること/決めていること」があるとし、それを次のように説明しています。

 「私の書きたいという気持ちを削ぐような人には、自分の書いている過程で、共有することはありません。私は、自分のライティング・コミュニティ(作家仲間)から、何か反応を得ると、彼らのおかげで発見できた問題、可能性、いい点などにワクワクしながら、大急ぎで机に向かうのです。自分の作品について、すべきことがあるのが分かり、それを行いたくてしかたがないのです」

 マレー氏の上の文を読んだときに、「修正をしたくなる瞬間」という、今日のWW便りの二つ目の題が浮かびました。

 「下書きから、ミス(文法や漢字など)を直せば完成」(ある意味、こぼれたミルクをなんとかすくって、上の浮いているホコリをとって終わり)と思っている子どもたちに、「アイスクリームをつくること」を教える一つの方法は、修正したくなるようなコメントをくれる作家仲間がつくれるようにすること、だと思います。

 クラスで「いいピア・カンファランスの仕方」、「いいコメントとは?」というリストをつくることはできると思います。

 でも新学期に向けて、まずは教師がそういう仲間を作ることを始めてみる、そして、そこから得たこと(難しさ、楽しさ)に基づいて教えると、もっとインパクトがあるように思います。

 マレー氏も、自分にとって、「修正したくなる瞬間」を生み出してくれる作家仲間が、自分にしてくれていることを具体的に述べています(もちろん、そうではない例も挙げています)。

 マレー氏が本の中で具体例を挙げているように、先生もミニ・レッスンで自分の体験から具体例を挙げると、インパクトとのある、いいミニ・レッスンになると思います。

*****

 ここまで書いて、ちょっと立ち止まってしまいました。いい作家仲間ができても、作家仲間を活用する時間がないと、意味がない、ということに気付いたからです。

 その作家仲間に読んでもらう時間の確保、これも修正の大きな要因だと思います。

→ 今日のWW便り、もう少し早く書ければ、「二つの題のどちらがいいでしょうか?」も含めて、コメントをもらうことができたのに、と自分への反省もこめて、「時間」という要因も言及しようと思いました。

出典:

 上で紹介した本は、 Donald M. Murray の Crafting a Life (Heinemann, 1996)です。キャサリ・パターソン氏の言葉が紹介されているのが、135ページ、ざっとの私訳で紹介したマレー氏のライティング・コミュニティについての説明は123ページです。

追伸: ドナルド・マレー氏の、おそらく唯一邦訳されている本『人生、これからがときめきの日々』(村上博基訳、集英社、2002年)を読みました。これは書くことの教え方についての本ではなくて、マレー氏の回想録です。最初、こんな人生を送ってきた人だったのか、と少し戸惑いましたし、驚きもしましたが、最後まで読み終わって、読んでよかったと思いました。なお、書くことは、まさにマレー氏の一部ですから、当然、随所に出てきていています。

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