2026年1月17日土曜日

他者を理解する方法としての「読む技法」

  『理解するってどういうこと?』の第7章でエリンさんは「ノンフィクションの構造」に触れながら次のように書いています。

 〈子どもたちがノンフィクションを読んでいるときには、ノンフィクションの基本構造を使って書かれているものを理解したり、予想させたりすることを系統立ててしていませんし、ノンフィクションを書く場合にも、ノンフィクションの構造についての知識を応用する機会はほとんど提供していません。〉(『理解するってどういうこと?』265ページ)

  こう書いたすぐ後の部分でエリンさんは「しかし私は、今の状況にほんの少しの修正を加えるだけで、多くの子どもたちがノンフィクションでも大きな進歩を遂げられると確信しています」とも言っています。

 「ほんの少しの修正を加える」ための工夫とはどのようなものなのでしょうか。伊藤氏貴さんの『読む技法―詩から法律まで、論理的に正しく理解する―』(中公新書、2025年)は多様なジャンルの文章(テクスト)を取りあげながら、その「ほんの少しの修正」の具体的なあり方を提案しています。

たとえば、「法令の文言」を読む際に、その文言自体のみを忠実に読もうとする「文理解釈」が行き詰まってしまいがちだと指摘して、それを乗り越えるために「文言を超えて読もうとする方法」として行われている「論理解釈」について次のような説明があります。

 〈書かれた文章はそれ自体独立しているように見えるかもしれない。だが、そこには必ず書き手がおり、それが読者に読まれることで意味を持つ。文章を挟んで書き手と読者とが対峙する状況で、文言そのものに拘泥しすぎず、両者をスムーズに結びつけるための読みが論理解釈ということである。これは法令にかぎらず、あらゆる文章にあてはめられる。〉(『読む技法』66ページ)

  ここから読むことは、読者が筆者の「意図」を捉えようとして文章とやりとりすることであるという考え方を捉えることができます。伊藤さんはこのような考え方から、「他者の意図を汲む」ことが読む目標だと言っています。『読む技法』は多彩なジャンルの文章の読み方についての本なのですが、このような考え方に貫かれているという点で、他者理解の仕方が示された本でもあります。

 村上陽一郎「自己の解体と変革」、日本国憲法、岡倉天心「茶の本」を取りあげながら理解するための「読む技法」の基本を提示した後、佐藤春夫「愚者の死」と与謝野鉄幹「清之助の死」の比較読み、芥川龍之介「蜜柑」と梶井基次郎「檸檬」に共通する構造の把握、〈ナラトロジー〉を駆使した芥川龍之介「藪の中」の解釈、など魅力的な論述が行われてます(ぜひ『読む技法』を手に取ってその実際に触れてください)。

それぞれの文章(テクスト)が具体的に読み解かれていく八つの講義を聴講しているような思いで読みましたが、多くの発見がありました。「読む技法」を使いながら、文章の書き手の「意図」との対話的なやりとりをどのように進めていけばいいのかということが、例文に即してわかりやすく示されているために、それぞれの文章(テクスト)の一読者として、既知のことがらとの関連づけが誘われたからだと思います。それは、「読む技法」をどのように使っていけば作者との対話的関わりを営むことができるのかというその手続きを、伊藤さんが丁寧に物語っているためでもあります。

エリンさんも、「ノンフィクションを読む際の障害」と「ノンフィクションをしっかり読めるようにするには」という二つの表にノンフィクションの教え方を整理していますが(この二つの表も伊藤さんの言葉を使えば「読む技法」を述べたものだと考えることができると思います)、その後に次のように述べています。

〈子どもたちにフィクションを読むときとは違った方法でノンフィクションを読むように教えたときは長持ちします。それは、子どもたちが教室を巣立ってから後にも長く使うことができるツールですし、私たちが想像もできないような難しいノンフィクションを読み、情報を理解する時に活用できる方法です。ノンフィクションの構造と障害について学ぶことは、多様な種類の理解に役立ちます。〉(『理解するってどういうこと?』277ページ)

  『読む技法』で伊藤さんが具体的かつ丁寧に示してくれたのはそのような「ツール」や「方法」を使っていかに作者の「意図」と対話をするかということでした。伊藤さんの本の副題には「詩から法律まで、論理的に正しく理解する」とありますが、エリンさんもまた、とくに子どもが「ノンフィクション」の読み・書きの教え方に足りないのは、「論理的に正しく理解する」方法やツールをしっかりと教えてこなかったから、その読み・書きの営みが豊かなものになっていないのだと言っているのです。『読む技法』はこの問題を克服するための手がかりを与えるものだと思います。

方法やツール(伊藤さんの言う「読む技法」)を教え・学ぶことは、わたくしたちがこの社会で生きるために必要な「多様な種類の理解」につながるのです。『読む技法』で述べられていることを身近なテクストの読みに応用してみると、それまで気づかなかったテクストの意味が見えてきます。それを他の人と語り合うことも重要だと考えました。ともすればつまらない、わかりにくい、面白くないと敬遠されてしまいがちな「読むこと」の「今の状況」に、「ほんの少しの修正を加える」ための多くのヒントを伊藤さんは贈ってくださったのです。

0 件のコメント:

コメントを投稿