2026年1月23日金曜日

壊す手間が必要? ~A Iによるフィードバック

 最近、ライティング・ワークショップでの、AIによるフィードバック例(★1)を目にすることがあり、個別化された具体例に感心しつつも、「あれ? ここは指摘なし?」と驚いた点もありました。A Iによっては、子どもの書いたものを書き直してしまうものもあるそうですが、今回、見たA Iの例は、「子どもの書いたものを褒める。子どもの代わりに修正することも、子どもの代わりに書くこともしないで、子どもができることを提案して、励ます」ことができるようにしたそうです。また、AIのフィードバックを子どもが受け取る前に、教師がそれを見て修正・変更できるということで、AIの関わり方について、慎重に注意深く考えられているようです。しかしながら、肝腎な要が抜けているような、落ち着かなさも感じました。

 AIがフィードバックをしている例は、教師が「子ども風に」書いた「この日曜日、私は家族と一緒に公園に行きました」から始まる数行の文に対してです。公園に行った後、滑り台まで走って行って、先に滑りたかったのに、押しのけられて、手すりにぶつかり、泣きだしてしまった等の描写が続きます。 

 私が落ち着かない気持ちになったのは、以下の二点からです。 

 一点目は、「この日曜日、私は家族と一緒に公園に行きました」という書き出しについて、何の助言もないので、肩透かしをくらった気がしました。この最初の文では、その後に、公園で楽しいことが起こるのか、とんでもないことが起こるのかなど、何もわかりません。次の文も競争して走っていくことにしたと言う説明です。「前触れ」というか、読者にとって「次が気になる」「続きを読ませてしまう」ような何かを、もう少し加えると、もっと良くなるのに、と思ってしまいます。

 二点目は、AIが「思ったこと」をしっかり伝えていたことでした。全体として、ポジティブなトーンで、まず、AIが「気に入った」点を伝えて、褒めてくれます。それから、よりよくするために、「会話」「小さな行動」「考えたこと」「感情」などで、詳細な情報を加える等ができることを提示します。さらに、その選択肢を実際に使う例として、元の文を踏まえながら、「例えば、滑り台で先に滑りたかったのに、押しのけられて滑れなかった時に、考えたことや感じたことを加えることもでき、そうすることで、臨場感が出る」ことも示唆されています。そして「情報を加えられる箇所を探してみよう、読み直して、書き直すことで、あなたの書いていることが、これから、どのように発展して、今よりさらにワクワクするものになっていくのか、待ち切れないです!」と締めくくるのを読むと、あまりに見事で、私は、逆に、ある種の気持ち悪さを感じて、思わず引いてしまいました。

  フィードバックの対象となっている元の文を読まずに、AIのコメントだけを読むと、教師が書いた的確な指摘のようです。でも、元の文を読むと、凡庸な書き出しが見落とされ、そして、感情のないAIが、「温かい」トーンで「思ったこと」を伝え、一つのポイント(この場合は、詳細を書き加える)を指摘し、今後の成果に「期待」して、励ましていることが、分かります。

 書き出しが指摘されていないのは、現時点では、教師とA Iとの間の、情報量の差が大きいのが理由だと思いました。教師の個別フィードバックや教師の個人カンファランスでは、教師は、これまでに教えてきたミニ・レッスンの内容、その子の現時点での到達度、書き手としての個性や創造性も踏まえて、現時点で教えるべきことを一つか二つ選択しているからです(★2)

 二点目のA Iによるポジティブかつ人間が書いたようなトーンについては、おそらく対象となる子どもの年齢が意識されているからだと思いつつも、私は「苦手」でした。そして、「ロボットが人に似てくると好感度が上がってくるものの、人間に近づきすぎると不気味さを感じる」という、ロボット工学者が指摘した「不気味の谷」(3)とは、こういうことだと、実感できた気がしました。

  個人の好みによる部分も大きいとは思いますが、A Iが、無味乾燥に、間違いや選択肢を指摘してくれる方が、私には心地よい距離感があり、提供される情報を取捨選択して、扱いやすい気がします。

 そのまま子どもに丸投げできそうなトーンの文で届くと、完成度が高すぎて、現時点では、AIは、教師と比べると、ごく限られた情報しか持っていないことを忘れてしまいそうです。感心してしまって、いざ、それを「活用しよう」と思うと、使いたい情報を抜き出すために、「そのままで使えそうな文章」を一旦「壊す」という余分な手間がかかりそうな気がしました。

 忙しい教師にとっては、完成度の高いA Iのフィードバックを「メイン」にして、必要な調整だけを加えれば、時間の節約になりそうに見えます。でも、A Iに「メイン」を任せられるという確信が持てる時代が来るまでは、私は「不気味の谷」に居続けるのかもしれません。

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1 

2025116日に配信された Unit of Study Office Hours Featuring Writing というビデオの中で、13:05頃にAIのフィードバックの画面が出てきて、このAIの性質やどのように活用できるかなどが説明されています。動画のURLは、このシリーズ(Unit of Study Office Hours)に登録すると送られてきます。

 

2 

書き出しが見落とされていたので、思い出したのが、『イン・ザ・ミドル』で、主張文というジャンルの書き出しを扱った、個人カンファランスの例でした。主張文というジャンルの書き出しのパターンで、以下が記されています(275ページ)。

エピソード:問題の本質に関わるエピソードから始める。

引用:引用句から始める。

ストーリー仕立て:読者が架空の現場にいるように想像させる書き出しから始める。

告知:事実や強い主張を述べる一文から始める。

描写:場面の描写から始める。

ニュース:最新の話題から始める。 

 教師による子どもへの主張文のカンファランスでは、その子の書き出しが、事実と地名が列挙されているだけで説得力がないことに気づいた教師が、「今書いているのだと、『誰が何をどこで』という書き出しで、読者は引き込まれないよ」(『イン・ザ・ミドル』264ページ)と指摘し、ミニ・レッスンで扱った、主張文における、いろいろな種類の書き出しに触れつつ、子どもの選択肢を広げています。その結果、子どもは、上記から「ストーリー仕立て」を選び、カンファランス後の文章は、格段に読者を惹きつけるものに改善されています。短いカンファランスですが、教室での学びの厚みというか、教師がもっている(教えたきた)情報の蓄積の価値を感じます。

 

3 

不気味の谷については、以下のような説明を見つけました。

「不気味の谷という概念を初めて提唱したのは、ロボット工学者の森政弘氏だ。1970年に森氏が書いた「不気味の谷」というエッセーによると、人々は、人間のような性質を持ったロボットに好感を抱くが、あまりに人間に近づきすぎると逆に不気味さを感じるようになるという(この部分が、谷に当たる)。しかし、それを通り越して人間とほぼ区別がつかないほど似てくると、再び好感が持てるようになる」

https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUC276AO0X21C23A0000000/ 

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