2024年12月13日金曜日

書き手の「声」が溢れ出す、書くことについての本

  読後の第一印象は「・・・」。うまく言葉になりませんでした。著者の「声」にたじろぎ、思わず一歩、後ずさり。でも、時間の経過とともに、いろいろな箇所を思い出し、パラパラ読み直す中で、結果として、書くことについて、たくさん背中を押してくれる。そんな本に出合いました。プロの書き手であり、ライティング講座も担当しているアン・ラモットの本 『ひとつずつ、ひとつずつ 〜「書く」ことで人は癒される』(パンローリング、2013年)(★1)です。「私の講座の生徒がものを書くことやもっとうまく書くことを学びたいと言うのなら、これまで私が自分の役に立ったと思うすべてを伝えられるし、私にとって毎日書くことが何を意味するのかをお話できる。これまでに出版された素晴らしい小説作法本には書かれていそうにない、小さなヒントを教えることもできる」(30ページ)とあります。随所に著者の体験や感情が織り込まれ、書くことに関わる著者の極めて個人的な記述に溢れています。著者の紆余曲折?の人生が、かなりの迫力で迫ってくるので、最初は、ちょっと引いてしまいました(★2)。

 ところが、読み終わってからしばらく経つと、「確かにそうだよね」と思い出す箇所が多く、読み直したくなるのです。例えば、推敲の段階で、削除することについて、以下のような文が出てきます。

 「あなたは目を上げて窓の外をもう一度眺める。そして、机の上を指でとんとん叩き始める。そうだ、最初の三ページ分はもうどうもいい。ボツにしてしまおう。

 その三ページは、この四ページ目にたどりつくために書く必要があったのだ」(←この行はゴシックになっています)(47ページ)

 「六ページ目の最後の段落の最後の行に、あなたが満足できる何かが発見できるかもしれない」「そして、その前の五ページ半を書かなければ、その何かを見つけることは絶対になかった」(65ページ)。

→ 書いても、書いても、削除することが多いと、せっかく書いたことは何だったのだろうと、暗い気持ちになることがあります。しかし、上のような文を読むと、「削除する」ことの価値が伝わってくるので、ほっとするのです。

 「削除すること」は、推敲や修正の過程でできることとして、他のライティング関係の本でも、多々言及されています。「削除すること」以外でも、この本で語られているアドバイスの中には、「アドバイスの要点」自体は、それほど目新しくないものも、少なからず、登場します。

 例えば、「ヘタクソな第一稿」という題名のセクションがあります。お粗末な第一稿があるからこそ、「まあまあな第二稿も、傑作といえる第三稿も生まれるというもの」(63ページ)ということで、最初から完璧な原稿を書こうとするのではなくて、まずは書き散らすことが勧められています。

→  この本の特徴は、著者独自の体験とセットとなっているところです。「私の場合ーーフードライターだった時の話」(65ページ〜)というセクションで、著者の「もがき」が記されます。著者が、覚悟?を決めて、ヘタクソな第一稿に取り組み、そしてまあまあの第二稿への移る過程が詳しく語られます。以下、一部、抜粋します。

「けれど、この仕事を何年続けても、毎回、必ずパニックに襲われた。だって見出しのあとのリード文を書いてみても、ゾッとするほどへたくそな文章が一つ二つできるだけなんだもの。消しては書き直し、また失敗し、また全部消しているうち、絶望と不安が頭をもたげ、そのうちレントゲン検査用の防護エプロンみたいに胸の辺りまで覆いはじめる。

 私は観念して、もうダメだと思う。今度こそ立ち直れない。もう書けない。ダメになったんだ。一巻の終わり。昔やっていたタイピストの仕事に戻らなきゃだめかもしれない。いや、それすらもおそらく無理だ」(66ページ)

(→ こんな感じで、著者の「もがき」がしばらく続いた後に、以下のような文が登場します。)

「そこから出てくる答えは必ず、どうしようもなくヘタクソな第一稿を書くほかないというもの。例えば、さあ最初の段落を書くのよ、といった答え。そして、どうせ誰の目にも触れないんだからいいのよって励まされる。

 そこからは、自分を抑える手綱をゆるめて書きはじめる。自分がタイプライターになったみたいに、指の動くままに任せる。

 それでもやっぱり書き上がったものはひどい。」(66-67ページ)。

(→ いかにヘタクソなのかが、しばらく描写されて、ようやく以下の文が登場します。)

 「それでも、次の日にはまた机に向かい、カラーペンを片手に昨日の原稿を読み直し、削れる部分をばっさり削り、ニページ目あたりにリードに使える文章が潜んでいるのを発見し、おしゃれな結論になるよう頭を働かせ、その結果、第二稿ができあがる」(68ページ)

 「誰かに原稿を読んでもらう」というアドバイスについても、「誰かに原稿を読んでもらう」というセクション(241-254ページ)は、「まわりの人から正直な感想をもらおう」「私の原稿を読んでくれる人たち」「読んでくれる相手を見つける方法」「ひどいことを言うヤツには…」という構成になっています。誰かに原稿を読んでもらうこと自体に新しさはないかもしれませんが、ここも、著者の体験がしっかり織り込まれます。

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 この本を読みつつ、最初は苦手意識を持った彼女の人生の様々な記述ですが、「自分の経験を吟味して伝える」ことが、彼女のスタイルだと、だんだん納得してきました。それは、彼女にとっては、書くことと生きることが切り離せないからだろうとも思います。邦題には、「『書く』ことで人は癒される」という副題がついていますが、英語の原題は、Bird by Bird: Some Instructions on Writing and Life (Anne Lamott, 1995, Knopf Doubleday Publishing Group)★3で、直訳すると、「鳥1匹ずつ〜書くことと生きることについてのいくつかのインストラクション」という感じです。「鳥を1匹ずつ」という表現は、3ヶ月前に鳥のことを調べる宿題が出ていたにもかかわらず、提出日の前日になってもまだできていなくて、半ベソをかいていた、当時10歳のお兄さんのエピソードに由来しているようです。お父さんが、お兄さんに次のように言っています。

「ひとつずつ、ひとつずつ片づけていくんだよ。最初から、一羽ずつね」(←このセリフはゴシックになっています)(60ページ)。

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 ラモット氏の本で、もう1冊、邦訳が出ています。『赤ちゃん使用説明書』(白水社, 1996年)。この本は彼女の子育て記録です。『ひとつずつ、ひとつずつ 〜「書く」ことで人は癒される』によると、「見つかった育児本は申し分のない合理的な内容」だったものの、自分が直面している現実にはあまり助けにならなかったこと、また、子どもが生後八ヶ月で、親友が病気になり、親友を失うことについて真実を書いた面白い本があったらどれほど心強かったかと思ったことが、執筆のきっかけらしいです。自分と子どもと親友のため、また、この二人みたいな知り合いがいる人のために、二つの物語を一つの物語として書こうと思ったとのことです(273-274ページ)。

 また2017年には「人生と執筆から学んだ12の真実」というタイトルのTEDトークを行なっています。私が最初にらモット氏のことを知ったのは、このTEDトークからでした。彼女の本を読んだ後に、TEDトークを見直すと、自分に中にストンと落ちる部分が増えてくる感じです。 https://www.ted.com/talks/anne_lamott_12_truths_i_learned_from_life_and_writing?subtitle=ja

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★1 私が持っているのはKindle版で、ページ数もKindle版で表示されているものです。

★2 私が一番、引いてしまった箇所は「プロット・トリートメント」で、151ページから10ページにわたって描かれる著者の「もがき」の体験です。最終的には「今度はうまくいった。編集者が送ってくれた最後の前払金で、おばに借りたお金を返し、最終稿を書き上げるまでの生活費にした」(159ページ)、「そして本は次の秋に出版され、私の書いた小説としてはもっともたくさん売れた」(160ページ)となります。でも、その過程での編集者とのやりとりと深い絶望感、お酒、コカイン、軽い鬱等々は、壮絶です。

★3 英語版も、私が持っているのはKindle版でのこの本の25年記念版です。その中に以下の文章が出てきます。

"Bird by bird, buddy. Just take it bird by bird." (17ページ)

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