チャールズ・ダーウィンが種の多様性の謎に思いを巡らせながら1830年代に書いた観察ジャーナルには、自然現象の綿密な観察と、鳥、亀、化石の詳細なスケッチが混ざっていました(その数世紀前には、レオナルド・ダ・ヴィンチも同じようなことをしていました!https://wwletter.blogspot.com/2022/04/blog-post.html)。これとは対照的に、現在の学校や大学の生徒たちは、ほとんどの時間を室内で過ごし、実際の葉っぱに触れることなく光合成のようなトピックを勉強しています。(国語でも、自然に触れることなく俳句や詩を書かせていませんか?)
ネイチャー・ジャーナリングは、綿密な観察力、一目で分かりやすい図解力、細部への注意力、クリティカルな思考力★、情報を整理・分類する能力など、重要な認知・処理能力も養うという学問的なメリットだけでなく(このなかには、国語の時間に俳句や詩を書くのに必要な能力も含まれています!)、創造性を育み、ストレスや不安を軽減するという非学問的なメリットをもたらすことも証明されています。
生徒がジャーナルを書く際の最初のハードルを乗り越えるのを助けるために、
「あれ? 気づいたことは・・・」
「おや? 不思議だな・・・」
「そういえば、連想するのは・・・」
のような簡単なプロンプト(観察を深めるきっかけづくりのフレーズ)から始めることができます。
庭や草むらに咲いている小さな花や、普段は見過ごされがちな自然のかけらなど、身の回りの些細なことに目を配るように促しながら、素早く絵を描いたり、細かい観察をしたりするのです。<この辺の描き方や具体的な方法について詳しくは、『見て、考えて、描く自然探究ノート=ネイチャー・ジャーナリング』(ジョン・ミューア・ロウズ著、築地書館)をご覧ください。)ダーウィンにとって、この活動が時代を画する大発見につながりました。
生徒を一般的なものからより具体的なものへと誘導するため、高校で英語(日本の国語)を教えるタナー・ジョーンズ先生は、生徒たちに、今注目している自然物(葉っぱ)を表現する形容詞やフレーズを20個書き出すよう求めました。最初は、多くの生徒が「葉っぱは黄色い」というような大雑把な感想から出し始めます。しかし、時間が経ち、明白なことが言い尽くされると、観察はよりニュアンス豊かになり、「葉脈が中心の茎から後退していく心臓のようだ」といった詩の美しささえ感じられるようなものも出てきました。時間が経つにつれて、生徒たちは観察力と分析力を磨き、「なぜ秋になると葉っぱは黄色くなるの?」「雪が降った後、この葉っぱはどうなるの?」といった複雑な疑問への扉を開くのです。
生徒たちは、一昔前に比べて、外で遊んだり、過ごしたり時間が大幅に短くなっています。その結果、生徒たちは自然から切り離され、自然や生態系に対して無関心になりがちです。ネイチャー・ジャーナリングは「身近に生息する動植物に親しみ、それらに対する好奇心を高めるきっかけ」になります。
小学校教師のサラ・キール先生にとって、ネイチャー・ジャーナリングは生徒と自然をつなぐものです。「ネイチャー・ジャーナリングをすることは、生徒たちの自然に対する意識を高め、自分たちの世界における居場所を感じさせ、将来の自然保護行動を促すので、生徒たちに元気を与えることができます」と彼女は言っています。ネイチャー・ジャーナルを書く活動では、キール先生は生徒たちに、学校の庭、運動場、自宅の裏庭、身近にある公園など、屋外の「座る場所」を見つけ、20~30分かけて観察するよう求めます。「何が見えるか、何が聞こえるか、何が匂うか」、「植物と動物の相互作用は観察できたか」など、生徒が始めやすいように促します。(下のイラストは、キール先生のクラスの一人(小学生)が、ネイチャー・ジャーナルに気づいたことを書き留めた1ページです)。
さて、ネイチャー・ジャーナリングがどのように始められるでしょうか? 大がかりな探検をする必要はないし、野生動物の専門家である必要もありません。身近にある木や岩や茂みには生命があふれていますから。「カエルを見つけたり、蝶と並走したり、丸太の下にカブトムシを見つけたり。生徒たちにチャンスを与えれば、すべての学年で、すぐにその魅力に取りつかれることでしょう」とキール先生は言っています。
みなさんも、ぜひ試してみてください。
これは、夏休みの間に子どもたちが学校に来なくてもできることでもあります!
参考:https://www.edutopia.org/article/benefits-nature-journaling
https://nebg.org/2020/04/09/5-benefits-nature-journaling/
★「批判的思考」ではなく、「大切なものと大切でないものを見極め、その判断に基づいて行動できる」ことという意味です。
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