5月30日土曜日、「読書家の時間」出版記念イベントとして、ブッククラブを行いました。2回に分けてその様子をお伝えします。
私たちは、少しでも読書家の時間の学び方を知って欲しい、そして、参加者の皆さんが、悩みつつも次の一歩を見つけて、明日から実践できる、元気の出る会にしたいと考えていました。参加者は8名です。
プログラム
○ 自己紹介
○ さっそくブッククラブ(第10章 教師の変容)
〜休憩〜
○ 「もやっ」と話そう 今の、これからの、自分の教師像
○ 振り返り
※ 「もやっと」話そうについて。その「もやっと(=不安定ながら安定している感じ)」についてメンバーの一人が参加者に語りかけるところからこのコーナーを始めました。こんな様子でした。
・・・人はみんな、頭の上にかごをもっていて、そのカゴにいろいろなことを入れて成長していきます。例えば、先輩の先生から仕事のアドバイスを自分のカゴに入れて成長していく若手の先生がいます。子どもと先生の関係も同じように例えられます。先生の助言を的確に受け取れるような、大きなカゴをもった子どももいれば、なかなか先生の助言を受け取ることができない小さなカゴをもった子どももいるでしょう。
でも、この頭の上のカゴ。実は、自分自身が放ったボールは結構高い確率で入ります。自分で投げたボールは、頭の位置を自分で調整して、スポッと入るからです。自分自身に投げかけるボールは、結構苦労するものです。自分自身のカゴを見つめなければならないし、自分で投げたボールが見当違いというのこともあるからです。
けれど、人から投げてもらうボールよりも、自分自身のかごをしっかり見つめ、投げたボールは高い確率でかごに入り、自分の心にストンと落ちます。自分自身で出した問いや答えは、自分自身を動かすエネルギーを帯びているのです。だから、教師は子どもたちに、自分自身でボールを投げられるように、声をかけていきます。「こうした方がいい」というボールではなく、「なるほど、それで?」と耳を傾けたり、「例えばどういうこと?」と差し出したり、そして、「がんばっているね!」と勇気付けたりします。すると、子どもたちは、自分自身の力で、ボールを投げてみようとするでしょう。そのボールの結果を問わず、自分自身でボールを投げられたことを、一緒に喜び合えれば、自分で動き出す人が生まれます。
自分が最高だと思っている助言をどんどん学び手の頭のカゴを狙って放っても、まったく入らないことはよくあることです。でもその学び手が自分でボールを投げられるようにサポートしてあげられれば、きっとよい結果が生まれます。そのためには、自分のやり方を押し付けるのではなく、相手の形に合わせてサポートの仕方を変えていく柔軟性が必要です。それを、ここでは「もやっと」と名づけました。
「もやっと」していると、なんだか自分がないみたいで不安になることがあります。筋骨隆々で効果的な方法をビシッと指し示し、「みんなこれでいくぞ!おらー」と大きな声で主張できる人は、確かに力があってかっこいいです。「もやっと」している自分よりも、信頼されるのかもしれません。けれど、そのやり方で付いてこられる人は、実は頭の上のカゴが大きくて、どんなボールでも入れることのできるキャパシティーのある人や器用な人だけです。
それよりも、「もやっと」自然体に構えていて、無理がなく、いつも微笑みを湛えていて、相手の動きに合わせてしっかりとサポートをしてくれる人が、本当は、人を伸ばす人なのではないでしょうか。相手の動きに合わせることができる人は、まずは相手を受容できる人です。受容するためには、筋骨隆々なことよりも、自分自身が柔らかくなり、相手を包み込むことのできる可塑性が必要です。だから、「もやっと」しているんですね。
悩んでいることは当たり前だし、不安なのは当然のこと。それを、自分の中に共存させて、相手を受け入れることが大切かと思います。教師は悩まなくなったら終わり。悩んでいるということは、目の前の状況を改善しようとして生まれる化学反応ですし、それを改善しようとするからこそ、目の前の困っている後輩や子どもたちを見ようとするわけです。だから、教師は自信満々で仕事するより、もやっとしているぐらいのほうが丁度良いのかもしれません。
・ ・・改めて、「読書家の時間」にチャレンジするということは、子ども観・教師観を磨き続けることなのだと感じました。モヤモヤと考え続けながら実践し、また秋頃、実践を持ち寄ることになりました。
(次回は参加者のみなさんからの振り返りをお届けします)
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