2014年5月9日金曜日

『読書家の時間』の裏話シリーズ その3



それは、書いた分量を大幅に削減したことです。
それも、なんと原稿の3分の1もです。

せっかく書いたのに、もったいない!!
まったく、その通りです。

しかし、いい本にするためには必要不可欠な作業でした。
結果的に、247ページの本になっていますが、カットしなかったら350ページを超えていました。(それでは、とても買って読んでもらう本にはなりません。たとえ、内容的には吟味されていたとしても、料金的に、そして読まないといけない分量で大きな問題がありますから。)

削減の過程は、以下のようなプロセスをたどりました。
まずは、各章の執筆担当は、自分のベストを尽くして書きたいだけを書きました。
最初から、ページ数を割り当ててその分量だけを書いてもらうという選択肢もなかったわけではありませんが、それでいい本ができるとは思えません。(従来の分担執筆のアプローチなので。)
書いたものに対しては、「大切な友だち」とのやり取りを経て、ブラッシアップ(修正)の作業が繰り返し行われました。それでベストになったものを今度は残りのメンバーに読んでもらってフィードバックをもらって、さらに修正が行われました。
それらの原稿が集まって、ようやくベストの原稿が完了です。
しかし、上に書いたように、それでは売れる本の分量をはるかに超えていました。
そこで、今回の実践をするにあたって一番参考にした本である『リーディング・ワークショップ』のページ数を見ると、244ページです。値段も、本体価格が2200円。分量も、値段も、「これ以上だと、知り合いの先生たちにすすめられないよね」ということで合意。(ちなみに、この翻訳書の原書はなんと、580ページもある本で、全部を訳していたら千ページ近くはいっていた本でした。従って、日本版は「いいとこ取り」の本になっています!! もちろん、そういう3分の1ぐらいしか訳していない本ではありますが、必要なところは載せましたし、読んで違和感の内容にも最大限配慮したつもりです。これも、日本の本づくりの実態であることをご理解ください。厚い本は売れません!)

分量を削減するには、「大切な友だち」(=ピア・カンファランス)とは異なる能力というか視点が要求されます。つまり編集者の視点です。このことについては、まさにそれをしている時にすでにブログで紹介させていただきました

「要約は、愛情のない他人だからできる。書き手と読者にはできない」と塩野七生さんが『わが友マキアヴェッリ』(107ページ)の中で書いていますが、削減する作業も同じといえる気がします。クールな目(立場)でないとできません。
でも、いい本にするには両方必要でした。
この作業を自分たちでしたおかげで、出版社の本物の編集者の負担は大分軽くなった(?)と思います。そして私たちは何よりも、読むことの教え方についての本を書きながら、同時に書くことについて学び、さらに書くことの教え方についてのヒントまで得ることができました。

なお、「読書家の時間」出版記念イベントとして「本の手渡し会=ブッククラブの体験会」を企画しています。詳しくは、https://www.facebook.com/events/318393338316462/?ref=22をご覧ください。

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