2017年2月24日金曜日
カンファランス雑考 ~ピア・カンファランスにおける関係性は?
特に、現時点では、二つのことが疑問です。
1)ピア・カンファランスの関係性は、何に例えると分かりやすいのか?
2)ピア・カンファランスの多くの事例が、ライティングであり、リーディングで少ない印象があるのはどうしてなのか?
2)に関しては、ライティングの推敲や校正の段階であれば、ピア・カンファランスは、特に一斉に行うには取り組みやすい、という点があるようには思います。
もっとも、カンファランス自体は、書くこと・読むことの様々な過程で使われることを考えると、「今日までに下書きを仕上げる、今日は一斉にピア・カンファランスを行う」という使い方だけでは、何か違う、というか、なんだか勿体ない印象を受けます。
2)についても、考え続けたいと思っていますが、今日は1点目、「ピア・カンファランスは、何に例えると分かりやすいのか?」を考えます。
ピア・カンファランスではなくて、教師によるカンファランスの場合、例えば、「医者と患者」や「親と子」の比喩が使われることがあります。
たとえば、 『読書家の時間』(新評論、2014年)の「評価」の章(161ページ)には、以下のような記述がありますが、それがカンファランスにも生きていると言えます。
「このような評価の考え方は、医師のカルテに似ています。医師は患者を一同に集めて、一斉に同じ治療を施すことはありません。一人ひとりの症状を確認し、どのように回復したいのかを聞いてから、その患者にあう助言や治療法を提案していきます。そして、その一連のやりとりをカルテに書き込んでいきます」
中学校レベルの優れた実践者、ナンシー・アトウェル氏は、自分の子どもが5歳の時に「靴ひもの結べるようになりたい」、と言ってきた時のことから、「引き渡すこと、手渡し、譲り渡すこと」という意味のある handover という単語を使って、知識やスキルを生徒に教えて、できるようにすることを説明しています。★
医師にしろ、親にしろ、はっきりしているのは、教える人と教えられる人との間にある、知識やスキルの差です。
一方、ピア・カンファランスではどうなのでしょうか? 人数の多い日本の教室ではピア・カンファランスが大切!と考えている『作家の時間』(新評論、2008年)では、ピア・カンファランスというセクションを設けて6ページにわたってその様子を述べており(68~73ページ)、その中には次のような文もあります。
「そして、ピア・カンファランスの最大のメリットは、お互いに読み合うことによって、子どもたちの間に一緒に高め合っているという学び合いの気持ちが生まれることです」(68ページ)
このような学びは何に例えればいいのでしょうか? 「ライバル同士の切磋琢磨」でもないし、「仲良しグループ」でもないし、複数で一つの目標に向かう「チームワーク」でもないし。。。
ピア・カンファランスにおける関係性を例える、よい例や比喩がさっと思い浮かばないのは、自分を振り返るとき、それぞれにピア・カンファランス的に、学び合い、高め合うという関係性が少ないからかもしれません。どうしても、知識やスキルに差(「多様性」というよりは、埋めるべき「差」です)があるところでの学びが多いのです。
逆に言うと、学ぶ人同士の、知識やスキルの差を、一方的に埋めるためではない関係性を、子ども時代に体験できることは、とても大きいのかもしれません。
また、先生は学びのいいモデル、と考えると、先生自身がピア・カンファランス的な学び合いを経験することも大切なはずです。
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そこで教師がピア・カンファランス的な関係性の学びを経験できる方法は?と考えてみることにしたところ、とりあえず、二つ、頭に浮かびました。
1)上下関係がなく、気持ちよく共有やコメントが出しあえるような、授業研究やライティングのグループ。できれば、コメントされる人とコメントする人とに分かれるのではなくて、それぞれが両方の立場を経験できるようだと、さらにいいと思います。
⇒ 一つの試みとして、 ここ何年か、数名の先生と「閉じたブログ」(メンバーしか見れないブログ)」で、お互いの実践を振り返ったり、情報を交換したりしています。いいフィードバックができているのか等、まだまだ課題はありますが、でも、この関係は、うまく運用できると、よいピア・カンファランスの関係性に近いのかも?と思います。
2)ブッククラブ体験
ピア・カンファランスの関係性の例えとして、「医師と患者」でも「親と子」でも、また「ライバル同士の切磋琢磨」でも、「仲良しグループ」でも、「チームワーク」でも ないと思うと、「ブッククラブの参加者」が近いように思いました。
それは、ブッククラブでは、「知識とスキル」の明らかの差を、一方的に埋める時間ではなく、違う視点が提供され、みんながその学びに集中しているからです。もちろん、自分の必要(自分の尋ねたいこと)をはっきり述べて、助言を求めることもあります。
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ピア・カンファランスをより深く理解するためには、まずは自分自身がピア・カンファランス的な学びの成功体験を増やしていくなかで、新たに見えてくるものもありそうに思っています。
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★ handover ですが、Nancie Atwell著のIn the Middle: A Lifetime of Learning about Writing, Reading, and Adolescents, (Heinemann, 2015) の 14-15ページ。それ以外の箇所でもこの概念はでてきています。
2010年6月18日金曜日
ピア・カンファランス
Katie Wood RayさんのAbout the Authors: Writing Workshop with Our Youngest Writers (Heinemann, 2004) という本があります。幼稚園から小学校2年生ぐらいを対象としたWWについての、実践例豊富な、とてもいい本です。
こんな年代の子どもたちでも、ピア・カンファランスをしています(pp. 188-191)
この本によると、一つの方法として、ピア・カンファランスが必要なとき、ということでいくつかの項目を挙げています。
例えば、どんな時にピア・カンファランスをするといいかというと、「誰かに尋ねたいことがあるとき」、「自分の書いたものにある意図があるので、それが読み手にちゃんと伝わるかテストをしたいとき」、「今、書いていることを、もっと膨らませたいから、誰かに自分に質問をしてほしい(これについて、何が知りたいかを自分に言ってほしい)とき」等々です。
年代的な特徴を踏まえているのかもしれませんが、子どもに「こういう必要があるときに、他の人に助けを求めるといいよ」ということを、はっきりさせることで、ピア・カンファランスをしやすくしているように思いました。
そして先生が、それぞれのカンファランスについて、説明をしたあとに、みんなの前でロールプレイなどをつかって、どんなカンファランスかをはっきりと教えていきます。
また、こんなカンファランスがあるよ、と説明するときに、できる限り、子どもたちの書き手としての経験に照らしあわせて、子どもたちにつながるように教えているのも、よく分かります。
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☆ 以下は、先週の金曜日に貼り付けたのですが、設定がうまくいかなくて、再度、貼り付けましたが、うまくいきませんでした。それで、今日、再度、貼り付けます。もしかすると、ほぼ同じものが、すでに2回、メールで流れたかもしれません。もし、そうでしたら、すみません。
人数が多い日本の教室では、ピア・カンファランスはけっこう大切な気がします(←たしか、このことは『作家の時間』でも言われていたと思います)。
ピア・カンファランスをうまく行うためには、いろいろな方法があるようです。
Nancie Atwellさんの In the Middle (2nd ed.) (Boynton/Cook 1998 )という本があります。私の大好きな本の1冊です。
彼女は中学生を教えています。クラスでピア・カンファランスをすることもあると思いますが、彼女の場合は面白い方法を使っています。それはミニ・レッスンを使って、良いカンファランス(助けになるカンファランス)と悪いカンファランス『助けにならないカンファランス)の例を見せるということです(pp. 158-159)。
子どもに協力してもらって、ピア・カンファランスの「いい例」と「悪い例」のロールプレイをして、子どもたちはそれを観察するというものです。同じ作品でいい例、悪い例の両方を行うとはっきりするようですね。
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Carl Anderson というカンファランスのカリスマ?とも言われている?人が、WWのカンファランスについて書いたhow’s it going? (Heinemann, 2000)という本があります。
彼も、同様に「金魚鉢」(何人かが金魚になり、その行っていることを他の人が金魚鉢の外側から観察するというので「金魚鉢」と言われる方法)を使っています。
先生は、子どものやっていることを言語化してはっきりさせたり、ときには中に入り「今、先生が何をしたか分かった?」みたいに問いかけたりもしています(p. 146)
→ 私が思うには、どちらにおいても、そのポイントの一つは、他のカンファランスに応用できるような形で子どもが理解できるように、先生が言い換えたり、サポートしたりすることかなと思いました。
例えば「何について助けてほしいかを伝える・(あるいは)尋ねる」などは、次回のカンファランスにもすぐ応用できそうです。
2010年8月6日金曜日
デザイン(設計)・カンファランス
2017年5月26日金曜日
カンファランスの大切さ(再考)
2026年7月10日金曜日
生徒一人当たり5分間のカンファランスのパワー!
書くことを教える教師は、生徒がたくさん書き、しかも意味のあるコメントを受け取ることで書く力が伸びることを知っています★。また、読んでコメントを付けなければならない大量の生徒の文章に埋もれるあの感覚もよく知っています。こうした負担に対処する方法はいくつもあるとはいえ、この紙の山はやはり生徒と向き合う仕事の中で大きな重荷です。
書面でコメントを書く量を減らすために、授業中に生徒一人ひとりとカンファランスの時間をもつことを最初に考えたとき、時間がどれほどかかるのか不安でした。しかし、すでに自分の教室でそれをしていた同僚の助けもあり、思い切って生徒と書くカンファランスを実施したところ、教室のあり方にも生徒の学びにも大きな変化が生まれたので、無理なく効果的に進める方法と、予想していなかったプラスの変化を紹介します。
カンファランスの前にすること
生徒とカンファランスを行う前に、私はまず生徒の作文をざっと読み、個々の生徒の作品には一切書き込みをせず、自分のメモに三つの点だけを記録しました。すなわち、その作文に使っている評価基準での点数、生徒が今回の課題でうまくできていた点、生徒がこれから取り組む必要のある点です。
この作業をしながら、クラス全体に向けて後で短い授業として扱うために、共通して見られた強みや伸ばすべき点についてもメモを取りました。
私は、生徒の作文に何も書き込みをしていない状態のまま返却し、クラス全体として見られた強みと伸ばすべき点について簡単に説明しました。
次に、生徒には配布したプリントの問い★★に沿って自分の作文を振り返ってもらいました。自分の作文に点数を付けるだけでなく、私とのカンファランスで「自分が伸ばしたい点」をいくつかの候補の中から一つ選んでもらいました。この焦点の絞り込みが、カンファランスの時間を効率的かつ効果的にするうえで重要でした。
私は、生徒に対してカンファランスの際の期待事項を説明しました。カンファランスをしている生徒と、順番を待ちながら自分で作業している生徒の双方に向けてです。生徒たちはひたすら書く活動の目的を理解し、すでに自立的な作業時間の基本的な約束事ができていたこともあり、この時間を有意義に使う準備ができていました。
カンファランス中にすること
生徒が週の終わりに提出する数日かけて取り組む作文の課題をしている間、私は一人ひとりと5分ずつ個別にカンファランスを行いました。
生徒は作文と振り返り用紙を持って私の隣に座ります。私は事前に作文を読んだときのメモを手元に置き、携帯電話で5分のタイマーをセットしました。
まず、生徒が自分の作文がどの点数に値するのか、そしてその理由を評価基準の言葉を使って説明します。その後、私が付けた点数を示します。多くの場合、点数は近いのですが、もし一致しないときは、生徒が評価基準の理解を深める必要があることがわかります。
次に、生徒は自分の作品の中で、今回のカンファランスで取り組みたい一点を伝えます。作文を参照しながら、生徒が改善できる点について話し合い、生徒はその内容をメモします。タイマーが鳴る前に話が終わらなかった場合は、最後の話題をまとめて終え、必要であれば授業時間外にも来てよいことを伝えました。
カンファランスの後にすること
私は、生徒に修正を加えた作文の提出期限を伝え、クラス全体でカンファランスの進め方について振り返りをしました。生徒は、5分間自分の書くことについて話し合ったほうが、私が作文に書き込んでいたコメントよりもはるかに多くの学びがあったとはっきり述べました。
これまで私は、授業時間外でも書くことについて話したい生徒にはいつでも対応すると伝えていましたが、それを実際に活用する生徒はほとんどいませんでした。ところが、授業内でカンファランスを経験したあとでは、私の申し出を利用する生徒が大幅に増えたのです。生徒は、カンファランスの効果を自分で体験したことで、その後は自分の時間を割いてでも私と話そうとする意欲をもつようになったわけです。
授業時間にカンファランスをする価値がある理由
私の授業は平均して30人ほどの生徒がいるため、カンファランスにはかなりの時間が必要です。生徒一人ひとりとカンファランスを行うために、55分の授業を三回まるごと使い、私自身もかなり集中したエネルギーを注ぎました。それでも、その効果は十分に時間をかける価値がありました。
個別に焦点を絞った教え方をすることで、生徒はカンファランスで学んだ内容に注意を向け、実際に書くことに活かそうとする姿勢が強まりました。その結果は、初稿と修正後の作文の点数の差にすぐ表れました。
私は、生徒の作文にこれまで書いてきた短くて読みにくいコメントよりも、はるかに明確にフィードバックを伝えることができました。
生徒は、クラス全体の前では聞けなかった、あるいは聞こうとしなかった書くことに関する質問をすることができました。そのおかげで、私自身も書くことの教え方をどう改善すべきかをより深く理解できました。
生徒とのカンファランスには、思いがけない結果として、クラスの文化が大きく変わるという効果もありました。今振り返れば、生徒一人ひとりと話し、それぞれの必要に耳を傾けることが互いの関係性を良くするのは当然のことですが、教師が日々直面する多くの仕事の中では、数分間のつながりがもつ大きな価値を忘れてしまいがちです。
出典・https://www.edutopia.org/article/5-minute-writing-conferences
(この記事の執筆者Jori Krulder先生は20年の経験をもつ高校英語教師で、他の教師との交流を通じて授業への意欲を新たにしてきました。サンディエゴの都市部で4年間英語と読むことを教えた後、北カリフォルニアの農村部の高校に移り、チコ州立大学で教育学の修士号を取得しました。彼女の生徒たちは、よく読み、よく書き、よく話し合います。最終的な目標は、生徒が自立して「理解し」「理解してもらえる」力を身につけることです。
詩や文学、生徒の学び、教師の成長を支えることへの強い関心から、EdutopiaやTeaching Channelなどに記事を書き、文学教育の書籍にも章を寄稿しています。)
★欧米では、書くことを教える教師(writing teacher)と読むことを教える教師(reading teacher)が別々に存在する場合があります。いずれも、生徒がたくさん書いたり、読んだり、そして書いたり読んだりしていることに的確なコメントを受け取ることで書く力と読む力が伸びる最大の要因であることを理解しているので、ライティング・ワークショップとリーディング・ワークショップを実践している教師が多いです。日本では授業時間内に、生徒たちがひたすら書いたり、読んだりする時間を確保しているでしょうか?
★★「作文の振り返りとカンファランスへの準備」のプリントに含まれている質問:
・評価基準で最高点を取るために必要な作文の要素は何ですか。自分の言葉で書いてください。
・自分の作文にどんな点数を付けますか。その点数を選んだ理由を、評価基準の言葉を使って説明してください。
・作文を改善したい点を挙げてください。
・作文の中で、あなたが最も誇りに思う部分はどこですか。理由も書いてください。
・作文の中で、教師に手伝ってほしい重要な改善点を一つ挙げてください。
・修正のための計画は何ですか。(これはカンファランスが終わるまで書かなくていいです)
2015年2月21日土曜日
教師と生徒の一対一のカンファランスも多様にある
2012年5月11日金曜日
カンファランス
2015年1月30日金曜日
カンファランスの新たな可能性 (その1)
★ 英語では、これにresponsive teachingという名称があります。日本語ではありますか? おそらく概念自体(つまり、子どもたちや学生のニーズに応じて教えること)がないので、存在しないのではないでしょうか?
2010年8月20日金曜日
低学年へのカンファランスの方法
2010年7月9日金曜日
カンファランスのための情報を集める ~ (難しい?)カンファランスの記録
これなら簡単にやれそうですね。
あるいは、たまにはこういうのをやって、2日ぐらいで全員のをチェックするというのもいいかもしれません。
とにかく、一つの方法だけに固執するのではなく、いろいろ試してみる中で、自分にとって(というよりも、子どもたちにとって)ベストの方法(それも複数あっていい)を見つけ出していくことのような気がします。
→ このコメントを読んでいて、5分でクラス全員の状況を把握する、という方法があるのを思い出しました。ナンシー・アトウエルは出席の確認をするときに、その返事とともに子どもたちがその日に取り組む予定を伝えるという、5分できる「クラスの学習状況確認」をすると書かれています(『ライティング・ワークショップ』 ラルフ・フレッチャー、ジョアン・ポータルピ著、新評論、2007、125~126ページ)。
『作家の時間』(プロジェクト・ワークショッップ編、新評論、2008年)の97ページには、「クラスの作家たちの進行表」の写真があります。これを使って、子どもたちは自分で、現時点で何をしているかを先生にもクラスメイトにも伝えることができます。
「クラスの学習状況確認」も「クラスの作家たちの進行表」も、どちらもが、カンファランスをする前の情報にもなります。
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効果的なカンファランスをするための、かなり大切な情報として、「今までのカンファランスの記録」や「教師が書き手として個々の子どもについて知っていること」があると思います。
しかし、私自身は、実はずっとカンファランスの記録には苦戦中です。
WWやRW関係の本を見ていると、カンファランスの記録の様々な方法が載っていて(カンファランスに特化したいい本もけっこう出ていますので、またいつか紹介できればと思います)、「これもよさそう」、「あれもよさそう」と思うのですが、いざ、自分がとなると、なかなかうまく「続かない」のです。
自分にとってしっくりくる記録の方法を見つけるまでには、ある程度、試行錯誤が必要みたいなのですが、私はまだなかなかうまくいきません。
そこで、多くの本に共通している記録のポイント(と思える点)から、最低限のことを二つ、自分に言い聞かせたいと思います。
★ 誰に、いつカンファランスをしたかが分かるようにすること。
→ 先生は、平等にカンファランスしているつもりでも、記録してみると、けっこう偏りがあるのが分かることが多いです。
★ 誰に何を教えたかを記録しておくこと。
→ 最近、これは教師のために必要ではないかと、思うようになってきました。つまり、何を教えたかという記録を見ることで、教師が「書き手を育てているようなカンファランス」をしているのか、それとも「今書いている作品だけをよくするようなカンファランス」をしているのかが、分かると思うからです。
もちろん、今書いている作品をよくするための対話を必要だとは思います。しかし、教えたことが、今、取り組み中の作品にをよくすること「だけ」だと、これで書き手が育つのか? と考えてみる必要がありそうです。