2023年6月2日金曜日

子どもが読む本の知識を教師(大人)が獲得するための六つのヒント

 ドナリン・ミラーは、ここ10年ぐらい読むことに関する本を立て続けに出している人で、邦訳されているのは残念ながら『子どもが「読書」に夢中になる魔法の授業』(高橋璃子訳、かんき出版、2015年)の一冊だけです。

 その彼女がネットで、提案してくれているのが表題の「子どもが読む本の知識を(教師や親が)獲得するための六つのヒント」なので紹介します。

 

1 何よりも、自分が本を読んでください ~ 本探しや紹介記事を読むこと(だけ)で、子ども向けの本の情報を得ることはある程度できますが、自分が読んで味わうことにはかないません。たとえ短い時間でも、継続して日々読んでください。実際に子どもたちに紹介する際に、自分の紹介なりの仕方が可能になります(し、相手によっては紹介を控えることも可能になります。それは自分が読んでいないとできないことです!)。

2 賞を取った本★には、目を通しましょう

3 司書と仲良くなる!★★ ~ 身近にいる絵本や児童文学が得意な司書とはもちろん、遠方にいても絵本や児童文学を専門にしている司書ともネットでつながることで。他にもいろいろと情報提供してくれるので、仲良くしましょう

4 何を読むべきか、子どもに尋ねましょう ~ 本を読んでいる子どもを見かけたら、推薦する本を尋ねる。あなた(や他の大人)がどれだけ本の知識をため込んでも、同じ世代の子どもの声にはかないません!

5 時間はあるが、手が離せない時のために、オーディオ・ブックを用意しておいて、活用しましょう

6 子どもの本に興味のある同僚や親友だちを数人誘って、ブッククラブを頻繁に行いましょう ~ やり方は、対面、ビデオ会議、あるいはオンラインで書くなど多様にあります。やり方は、『読書がもっと楽しくなるブッククラブ』かhttps://special.social-edu.com/wp-content/uploads/2022/06/G2021-11%E5%86%A8%E7%94%B0.pdf を参照してください。

もちろん、上のリストを全部やる必要はありません。やりやすいのから取り組み始めてください。病みつきになるはずです! それほど、絵本と児童文学はおもしろいのが多いですから。

そういえば、上の6つのヒントには市販の絵本や児童文学のおすすめ本をたくさん紹介した本をチェックすることが含まれていませんでした。初めての方にとってはもちろん、すでに精通している方にとっても、(本を選ぶ理由は人さまざまなので)この方法にも発見はあります。

(出典:https://www.scholastic.com/teachers/teaching-tools/articles/game-changer--.html

 

   https://www.sokunousokudoku.net/media/?p=9504https://nanairo-party.com/awards/には、有名どころが紹介されています。

海外受賞作品の多くは、邦訳がすでに出ています。たとえば、コルデコット賞・受賞作品は、https://www.ehonnavi.net/special.asp?n=1123。ニューベリー賞・受賞作品は、http://www.yamaneko.org/bookdb/award/us/newbery/index.htmといった具合に。ほかのも、調べてみてください。

国内の児童文学賞としては、https://www.kodomo.go.jp/info/award/index.htmlがありました。(これに掲載されていないもので、MOE絵本屋さん大賞(主催:白泉社)と絵本テキスト大賞(主催:童心社、日本児童文学者協会)があると、下の大学附属の児童図書館情報と一緒に、「おはなしレストランライブラリー」の司書の内田さんと尾崎さんが教えてくれました。)

★★ 図書館の中には、大学の中にある児童図書館もあり、絵本や児童書に詳しい司書やスタッフがいるかもしれませんので、興味のある方は問い合わせてみてください

・北海道武蔵野女子短期大学附属図書館児童図書室

・京都芸術大学芸術文化情報センターこども図書館「ピッコリー」

・文教大学附属図書館あいのみ文庫

・鳴門教育大学附属図書館児童図書室

・日本社会事業大学子ども福祉図書館

・山梨大学附属図書館子ども図書室

・聖徳大学川並弘昭記念図書館こども図書館

・関西大学児童図書館(高槻市立中央図書館ミューズ子ども分室)

・福島学院大学認定こども園こども図書館

・京都教育大学附属図書館

・奈良教育大学図書館 

・島根県立大学松江キャンパスおはなしレストランライブラリー

(※ これらの運営状況等は図書館によって様々のようです。そういえば、国立国会図書館・国際子ども図書館もありました!)

また、全国の絵本屋さんのリストとしては、以下のものがあることも教えてくれました。

雑誌『この本読んで!』2022春号(第82号)に、「全国子どもの店リスト2022年保存版」が掲載されています。
 さらに、オンラインで利用できる子どもの本のお店を紹介しているサイトもあります。
https://note.com/yamagata_aya/n/n7bf1b771e3ae

   https://wwletter.blogspot.com/2022/11/sel.htmlのリストや、https://wwletter.blogspot.com/2023/05/blog-post.htmlで紹介されている「16の思考の習慣」を教える際に使える絵本等のリストhttps://docs.google.com/spreadsheets/d/e/2PACX-1vTMEKv7cDlFCCtyYhJh6il1xEEAB0fUdCXjNHG5qLU9rUODlxYxGmXbIo2eSu2ujY3sAGA8U-f6rbfF/pubhtmlは、「おはなしレストランライブラリー」の内田さんと尾崎さんにつくっていただきました。

 以上紹介したほかに、絵本や児童文学賞、子どもの図書館や本屋情報がありましたら、ぜひpro.workshop@gmail.com 宛に教えてください。

 

オマケ情報

 上の出典のなかで紹介されていた本の、ミラーの最新作の『Game Changer! Book Access for All Kids(すべての子どもが本を手に取れるように)』の内容紹介です。各章のタイトルだけでも、それを実現するための方法が見えてきます。

第1章 「本の砂漠」から「本の洪水」へ ~ 誰もが同じように本を手にすることができるようにすることは、公正にかかわる問題

第2章 学校図書館と学校司書 ~ それらの存在が違いを生む

第3章 各教室の図書コーナー ~ 学校に強固な読む文化をつくりたいなら、これは不可欠! すべての子が、学校図書館を訪れることはないから。

第4章 すべての子が「自分の本」を持てるようにする!

第5章 読む本の難度の問題 ~ たくさんの本=選択肢が提供されれば、この問題は解決する!

第6章 文化的・社会的につながりがもてる本が提供されることの大切さ(これは、人種等の違いが大きいアメリカ固有の問題でしょうか?)

第7章 教師が絵本や児童文学に精通している ~ 一人ひとりにピッタリな本を紹介できる(一人ひとりがピッタリな本を選ぶのをサポートする)ために

第8章 家でも、学校でも「ひたすら読む」時間を確保する ~ これが一番大事! 家でも、学校でも、最低30分確保できたら最高。

第9章 自立した読み手を育てたければ、自分にピッタリの本を選べるようにする ~ 選書能力さえ身につけば、生涯読み続けることが約束される。

第10章 大切な読み手のコミュニティー ~ 読むことは孤独な営みと思われがちだが、極めて社会的である! 仲間がいるから、より多く、よりよく読めるようになる人がたくさんいる。ブッククラブやブックトーク(や書評・紹介文)などを通して、読んだことを共有し合える機会をふんだんにつくる。

★ 内容的に、この本と共通点が多い邦訳書があります。こちらは、

https://square.hatenadiary.jp/entry/2021/01/24/163856で、その目次が見られます。

2023年5月27日土曜日

多彩な作品のある作家が惹きつける、多様な読者たち 〜作家についての学びの可能性

  森絵都氏の『カラフル』(文藝春秋、2007年)は、その登場人物の多くが多面的に描かれていて、私のお気に入りの1冊です。同じ著者の『にんきもののひけつ』(童心社、1998年)などの「にんきものの本」シリーズが図書コーナーにある教室も少なくないと思います。氏の本をいろいろ読んでいる間に、『おいで、一緒に行こう 福島原発20キロ圏内のペットレスキュー』(文藝春秋、2012)も手に取りました。こちらは、題名からわかるようにノンフィクションです。

 多くの著作がある森絵都氏ですが、『カラフル』『にんきもののひけつ』『おいで、一緒に行こう 福島原発20キロ圏内のペットレスキュー』では、長さも難易度もテーマも異なります。

 5月13日の投稿の最後に紹介したカーメン・アグラ・ディーディ氏は、『黄色い星: ユダヤ人を守った国王とデンマークの人たちの物語』(ビーエル出版、2021年)と『チェシャーチーズ亭のネコ』(東京創元社、2014年)の2冊が邦訳されているようです。この2冊、難易度もテーマも題材も大きく異なります。

 お気に入りの作家が「森絵都」(あるいは「カーメン・アグラ・ディーディ」)という子どもたちが、「好きな作家についての学び」を、作家別に集まる小グループで行うことがあれば、多様な子どもたちが集まれるかもしれません。

 作家についての学びは、「好きな作家」という共通点があるので、大いに盛り上がって終わることもあるでしょう。それはそれで楽しそう!です。

 でも、『にんきもののひけつ』と『おいで、一緒に行こう 福島原発20キロ圏内のペットレスキュー』が好きな子どもが同じグループにいると、学びの可能性はさらに広がりそうです。例えば…

・一人の作家が多彩な本を書いていることがわかる。 

→ 一人の作家の好き嫌いは1冊だけで判断しない方がいいことがわかる。

→ ここから物事や人を一面だけで判断しないことまでも、学べるかも?

・これまで手に取ろうと思わなかったジャンルやタイプや難易度の本に興味が広がる可能性がある。

→『黄色い星: ユダヤ人を守った国王とデンマークの人たちの物語』がちょうどいい難易度の子どもが、『チェシャーチーズ亭のネコ』をいきなり読むのは難しいかもしれません。でも、『チェシャーチーズ亭のネコ』という動物が会話するようなファンタジー的な要素のある本が好きな子どもが、『黄色い星: ユダヤ人を守った国王とデンマークの人たちの物語』という歴史を題材にした本(ノンフィクションではありませんが、史実との関連については最後に著者が説明しています)を読むきっかけになるかもしれません。

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 私はこれまで、多彩な本のある作家の紹介は難しいなあと思っていました。自分の中で、それぞれの作品に対して好き嫌いがあるので、「この本を最初に読んでしまうと、この作家を続けて読むことがないだろう」みたいな構えができてしまっていました。ですから、その作家で一番読みやすそうな本、その作家が好きになってくれそうな本を勝手に決めて、「一人の作家の多彩な作品」よりも「読みやすそうな作品」に焦点を当てていたように思います。

 『Writing Clubs』(★1)という本の中では、作家についての学びを行う際、その作家が多様なジャンル、長さの本を書いていることが大切にされています。この本のおかげで、多彩な作品のある作家だからこそ、多様な読者たちを惹きつけられるという価値に目が向きつつあります。

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→ リーディング・ワークショップやライティング・ワークショップで「作家について学ぶ」時間をとり、その時に選択する作家の中に、多彩な作品のある作家を数名入れることもできそうです。

→ また、教室の図書コーナーの「作家」での配架の一部に、時にはあえて、一人の作家で、ジャンルやタイプの異なる本を数冊おき、それぞれの本が好きな子どもにポップを書いてもらってもいいかもしれません。

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 『Writing Clubs』で、作家の学びに使える著者として紹介されていたリストの中には、英語では300冊以上の著作があるジェーン・ヨーレン、200冊以上著作のあるイブ・バンティング、100冊以上の著作があるシンシア・ライラントなども紹介されていました。イブ・バンティングは前回の投稿で紹介されていた名作絵本『スモーキーナイト』(岩崎書店, 2002年)の著者でもあります。この3名の著作は、邦訳もある程度出ています。多彩な作品のある作家リストについては、回をあらためて紹介できればと思っています。

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★1 『Writing Clubs』の著者はLisa EickholdtとPatricia Vitale-Reilly、Stenhouse より2022年に出版。125-147ページに、一人の作家について協働で学ぶことが詳しく説明されています。

2023年3月11日土曜日の投稿「書き手の目で読む 〜メンター・テキストを使う二つのタイミング」、2023年3月24日金曜日の投稿「ジャンルごとのユニット vs 自ら選択したジャンルで書くという喜び」、2023年4月8日土曜日の投稿「『パンダ読み』ならぬ『パンダ書き』のお薦め」でも紹介しています。

2023年5月20日土曜日

「再読」はエンゲージメントを高める行為である

 『理解するってどういうこと?』の第7章には「自分たちの考えと知識が発展していくさまを描くことのできる子どもたちでいっぱいの授業の特徴」が七つ示されています。そのなかに、読み直すこと(再読)にかかわる項目がありました。

 「・教師は、意図的に読み直すモデルを示したり、すでにもっていた知識や考えや意見を確認したり、発展させたり、修正したりするのに、読み直すことがどれほど威力があるかを示している。教師は、子どもたちも読み直しをするように促している。」(『理解するってどういうこと?』255ページ)

  「読み直す」(再読する)ことは、自分の「考えと知識が発展していくさまを描く」ことと縁がないように思えるかもしれませんが、ここでは「読み直すことがどれほど威力があるか」を教師が示していることが「自分たちの考えと知識が発展していくさまを描く」うえで大切な条件になると書かれています。

 最近刊行された永田希さんの『再読だけが創造的な読書術である』(筑摩書房、2023年)には、再読することが重要な理由について、こう書かれています。

 「再読――つまり書物を繰り返し読むと、最初に読んだとき(あるいは何度目かに読み返したとき)と次に読むときとのあいだに、ほかのことを読者が経験する時間がさしはさまれることになります。ほかの本を読んで知識を得たり考え方が変わるということでもいいでしょうし、体調が変わるだとか、住んでいる地域の季節が変わるだとか、学校や勤め先の環境が変わるということもあるでしょう。人間関係で新しい友人知人ができたり、あるいは関係が悪化したり、誰かを亡くしたりする経験もあります。

 そういった経験がさしはさまれることで読者自身が変化して、それからかつて読んだ本を読み返すとき、人間の基本機能である「自分に都合の良いことだけを読み取る」が働いたとしても、かつては自分の状況が変化しているので、以前には気づかなかった部分に意識がつけられる可能性があります。

 読書や再読を繰り返すうちに、自分の読み取れる内容が変化することにも繰り返し気づかされることになります。読書に慣れ、再読に慣れるとは、書かれていることが変わっていないのに、読むたびに読みとられる内容が変化することを知るということでもあるのです。

 かつて読んで意味不明だった部分について、前よりもわかるような気がする場合にかぎらず、以前にわかったつもりになっていた部分がわからなくなってしまう場合もあります。ここで自分の頭が悪くなったと考えるのは、ときには正しい場合もあるかもしれませんが、ひとつにはかつてわかったつもりになっていた部分について解像度が高まった結果として理解困難な部分に気づけるようになったのかもしれません。初読時に「簡単なこと」として読み飛ばしていた箇所について、より精確に近い読みかたができるようになったということです。」(『再読こそが創造的な読書である』73-75ページ)

  永田さんの言う「読むたびに読みとられる内容が変化することを知る」ことはとても大切です。「読み取られる内容が変化する」ということは、本や文章そのものが変わるということではありません。繰り返し読むことによって、読んでいる自分自身が「変化」したということを「知る」ということでもあります。「再読」とはそのように読者自身を「再読」することなのです。そうした「変化」を実感した時にこそ、いま読み直している本や文章が読者自身にとってかつてないほど面白く思われるのです。だからこそ永田さんは「再読」が「創造的な読書術」であると言っているのです。

 永田さんは何かを理解することの本質を言い当てているように思われてなりません。既にわかっていることとは違ったことに気づくためには、わかったと思っている自分自身の見方や考え方が変わる必要があるからです。わかっていることが実は何もわかっていないのだというつもりで対象を捉えなおすことから、豊かな理解が生まれると言っているように思われてなりません。永田さんの言うことを、どのようにすれば私たちは実感することができるのでしょうか。

エリンさんは次のような問いを日々自らに問うべきだとも言っています。

 「さまざまな本や考えに自分たちを変えてくれる力があることを、私たちは子どもたちにはっきりと伝えているでしょうか? 自分がこれまでもっていた力を修正し、新しい考えを受け入れた大切なプロセスを、子どもたちのためにはっきりとモデルとして示せているでしょうか?」(『理解するってどういうこと?』257ページ)

  本や文章を読むことについて書かれていることは確かなのですが、それにとどまりません。本や文章にかかわりながらそれらが「自分たちを変える力」を持つという実感をどのように持つことができたかということを共有することは、本や文章の面白さを各々の読者がどのように発見したのかを知ることでもあります。それは、本や文章やものごとに対する自分自身の好奇心を発見することでもあります。対象との「エンゲージメント(engagement)」を高める、すなわち本や文章やものごととの結びつきを強めるためには、対象にかかわる自分自身がどのように「変化」したかを見極めるやり方を共有することです。

そのための方策の一つが『理解するってどういうこと?』には書かれています。

 「たとえば、「今日はグループで、この本のなかで一番大切なことを見極めてください」と言うかわりに、「イブ・バンティングの『スモーキー・ナイト』について、何が大切かを見極めることは、人々について、あるいは人々のあいだの争いについて、今までとは違って考えさえたのは何かを判断するのにとても助けになるツールです」あるいは、「まずは、この本のなかで一番大切なことは何なのかについてグループで話し合ってください。その後で、それらのことが、自分たちがこれまでに知っていたり、思い込んでいたりしていたことをどういうふうに変えたのか話し合ってください」、「自分の本を読みながら、ノートの2つの欄の左側には自分がその本で大切だと思うことを書き出してください。その右の欄のほうには、『スモーキー・ナイト』で起こったことについて考えたことや、感じたこと、思い込んでいたことを、左側に書き出した大切なことがどのように変えたのか書いてください」と言うことができるでしょう。

 このような投げかけ方を少し変えるだけで、まったく異なるレベルでしっかりと考え抜いた発見や理解を促進していくことができるでしょう。」(『理解するってどういうこと?』256ページ)

  このような「投げかけ方」の工夫によって、『スモーキー・ナイト』を再読することができます。そして、「読み直す」(再読する)ことで、『スモーキー・ナイト』のどこが大切だと一人ひとりが考えたかを知ることができ、それだけでなく、一人ひとりが捉えた「大切だと思うこと」によって各々がどのように「変化」したのかを知ることができます。再読しながら「自分たち」がどのように変化したのかを知ることで『スモーキー・ナイト』への「エンゲージメント」が高められ、「面白さ」を見出す道を知り、「しっかりと考え抜いた発見や理解」を手にすることができるのです。

 おそらくこれは、本や文章を読むことだけにとどまりません。

2023年5月13日土曜日

著者の声に乗って、著者の名ガイドで本を楽しむ 

 音楽と動物と英語の好きな方は、以下のリンクから、著者(John Lithgow)による、ノリノリの(?)英語の読み聞かせ『Never Play Music Right Next to the Zoo』(Simon & Schuster Books for Young Readers; Book and CD版、2013年)で、楽しいひとときはいかがでしょうか? 俳優でもある著者の「名ガイド」とも言える読み聞かせのおかげで、絵本自体は6分強で、決して短いものではありませんが、私は思わず、最後まで視聴してしまいました。

https://storylineonline.net/books/never-play-music-right-next-to-the-zoo/

  読み聞かせの名手と言われているメム・フォックスは、あるインタビューの中で、彼女が『こんにちは あかちゃん』(主婦の友社、2009年)を書いた時のエピソードを語り、この絵本の一部を、自ら読み聞かせてくれています。絵本の読み聞かせは、英語で2分ぐらいですが、初めて観た時に、その上手さにびっくり。読み方を表面的に真似しようとしても、おそらく、わざとらしくなるだけだと思います。私にはこういう読み聞かせは到底できないだろうと思いました。

 メム・フォックスの読み聞かせを視聴していると、ライティング/リーディング・ワークショップの優れた実践者アトウェルが、授業で詩を読みあげる時に次のように言っていることを思い出します。

「毎朝、詩を紹介し、詩のコピーを配布し、私が音読する時に目で追うように言います。私が読む時にはできる限りのニュアンスが伝わるように、前もって読む練習をします。それは生徒が私の声に乗って詩の世界に入り、その意味するところを私の声から聞き取り、どうやって経験豊かな読み手が詩を理解しているのかを、彼らが観察できるようにしたいからです」(『イン・ザ・ミドル』アトウェル、三省堂、114ページ)。

 私にとっては、著者(あるいは経験豊かな読み手)による読み聞かせは、「こういう読み聞かせができるようになりたい」という「真似をしたい目標」ではありません。むしろ、教師自身がその本の世界を体験するために、著者(あるいは経験豊かな読み手)が招いてくれている入口です。その入り口のドアをあけ、著者の名ガイドでその本を楽しむ。それが、その後、わざとらしくない自分の読み聞かせにつながっていくように考えています。

 今日は、すべて英語による動画ですが、邦訳の出ている本から、著者による読み聞かせのお薦めを、いくつか紹介します。よろしければ隙間時間にどうぞ!

・メム・フォックスによる『ポスおばあちゃんのまほう』(朔北社、2003年)

原題はPossum Magic。https://memfox.com/video-library/から「Mem Fox Book Reading - Possum Magic, Whoever You Are, Ten Little Fingers and Ten Little Toes」をクリックすると、この動画で読まれる最初の本です。3冊目は『こんにちは あかちゃん』。

・メム・フォックスによる『こんにちは あかちゃん』(主婦の友社、2009年)

原題はTen Little Fingers and Ten Little Toes

https://www.readingrockets.org/books/interviews/fox (このインタビューは14部に分かれています。5つ目Three little kissesでこの本を書いた時にエピソードが語られ、14つ目のTen Little Fingers and Ten Little Toes のところが読み聞かせです。あるいは上のサイトの3冊目でも読まれます。

・デボラ・マルセロによる『びんに いれてごらん』(光村教育図書、2022年)

原題は In a jarです。 以下、ライブイベントの中での読み聞かせですので、動画の 10:56あたりから観てください。引っ越しした友達に瓶に入れて送れるものは? 大好きな絵本の1冊です。

https://www.readbrightly.com/brightly-storytime-live-spring-into-stories-together/

・ダグ カンツによる『まいごのねこ: ほんとうにあった、難民のかぞくのおはなし』(岩崎書店、2018年)

原題はLost and found cat

https://www.kidlit.tv/2018/01/read-loud-lost-found-cat-true-story-kunkushs-incredible-journey/

(→ 読み聞かせに加え、以下、著者のインタビューの動画もあります。絵本の読者に説明してくれるような、読者にやさしいインタビューです。)

https://www.kidlit.tv/2018/01/storymakers-doug-kuntz-lost-found-cat/)

・ジョン シェスカによる『三びきのコブタのほんとうの話』(岩波書店、1991年)

原題は The true story of the three little pigs

https://www.kidlit.tv/2017/01/read-loud-true-story-three-little-pigs/

邦訳が出たのが1991年ですから、ロングセラー絵本の1冊です。

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 最近、カーメン・アグラ・ディーディという作家が気になっています。まだ邦訳は2冊しか出ていないようです。『黄色い星: ユダヤ人を守った国王とデンマークの人たちの物語』(ビーエル出版、2021年)と『チェシャーチーズ亭のネコ』(東京創元社、2014年)です。

 この2冊の著者読み聞かせは見つけられませんでした.

 私が、カーメン・アグラ・ディーディに興味を持ったのは、彼女が『Wombat said come in』(Quinlin Books, 2022)を紹介している、以下の動画でした。

https://www.kidlit.tv/2022/09/storymakers-with-carmen-agra-deedy-wombat-said-come-in/

 著者の読み聞かせや紹介の名ガイドは、他の本にもつながっていくようです。




2023年5月5日金曜日

授業をさらに前へ進めたいと思うあなたにおすすめの本。 生徒が生き生きと学び、力をつけられるヒントがあります!

 訳者の一人の飯村さん(宮城県、現在公立中学校の教頭先生)が学びの中心はやっぱり生徒だ!「個別化された学び」と「思考の習慣」』(ベナ・カリック+アリソン・ズムダ著飯村寧史ほか新評論、2023の紹介文を書いてくれました。

 「学びの中心はやっぱり生徒だ!」と言われても、まだまだ教師主導の授業が多いのが現状ではないでしょうか。一人一台端末が実現し、ICTを用いた実践がどこでも見られるようになりました。しかし、それでも、従来型の授業の形の延長としての使い方が多いのだと思います。そろそろ、次の段階へ行きたい、脱皮したい、と考えている先生も多いのではないでしょうか。

 私は中学校の国語を担当していました(でも、いまも特別支援学級の国語2時間をもっています)。私もまた、ICTの利用によって、授業の可能性が格段に広がったように感じた教師の一人です。Googleクラスルームや、ロイロノートを学校で使用できるようになり、生徒の意見や文章の共有がとても簡単になりました。また、録音や録画の機能を用いれば、音声言語表現についても、これまで以上に授業に組み入れやすくなりました。生徒は他の生徒の意見や考え、表現方法を見て、そこから学び、振り返りも簡単に共有できるようになりました。まさに、授業にイノベーションが起こっているような気がしていました。

 しかし、一方で、こうした学びを進めていながらも、本当に生徒主体になっているのか、生徒に力がついているのか、ということについては常に気になっていました。まさに最初に述べたように、これまでの教師主導の授業の延長に過ぎないのではないか、と疑わしくさえ思えてしまうのです。ですから、生徒が生き生きと活動する中であっても、手がかりになるようなもの、すなわち、生徒の道しるべとなり、さらに教師にとっては成長の目安となるような確固たるものがほしい、と強く思うのです。

 本書は、まさにそういう教師のための本だと思います。

 手がかりとなるのは4つの特徴、そして、16の思考の習慣です。

 4つの特徴とは、「声」、「共創」、「他者との共同構築」、「自己発見」です。生徒中心の授業に共通する特徴を集約したものです。これらの特徴がある授業は、もちろん教師主導にはなりませんし、しかも、生徒が見せかけの主体性を発揮するものでもありません。本当の意味での主体的な学びが実現できます。

 生徒の内なる「声」をいかし、生徒が教師と共に創る学び。生徒や学校外の人も含めて共同で学ぶ体制をつくり、活動の中で自分の願いや特性に気づいていくという授業。そんな理想的な学び・授業を組み立てるヒントがたくさんあります。

 そして、16の思考の習慣は、生徒に学ぶうえで、人生を生きていくうえで、是非とも身につけてもらいたい習慣を指します(下図あるいはhttps://bit.ly/3XZmfbh参照出典:『学びの中心はやっぱり生徒だ!―個別化された学びと「思考の習慣」』p.28-29生徒は、教科内容の学びを通してこれらの習慣を育み、身につけていくことを目標にしていくのです。

 これらを取り入れて授業を組み立てれば、生徒中心の授業にグッと近づきます。どうでしょう? やってみたくなりませんか?

 本書には、様々な実践例が紹介されています。どれも生徒中心の学びを実現したものであり、4つの特徴がどのように入っているのか、そしてどういう思考の習慣を重視した授業なのかがよくわかります。こうした例をもとに、自分の授業を見直してみれば、足りなかったパズルのピースが見えてくるはずです。

 数年前に謳われるようになった「主体的・対話的で深い学び」から、最近よく耳にする「個別最適な学び」、「協働的な学び」まで、文科省はいろいろ提言してきましたが、本書を通して作る学びは、まさにそれらを実現するものです。

 自分の授業に物足りなさを感じ、一歩前に進みたいと思う教師の皆さんに、ぜひおすすめしたい本です。

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2023年4月29日土曜日

深呼吸できる風穴を開けてくれる登場人物 〜教室にいるヒロインやヒーローたち

  数日前に、ダウン症のバービー人形が発表されたというニュースを目にしました(★1)。褐色の肌のバービーや車椅子のバービーなどの多様なバービー人形のラインアップに、また新しいものが加わったことになります。同様に、英語の絵本を見ていると、登場人物も多様化し、多様な子どもたちが教室の中にいることがわかる挿絵もよく目にします。

 いろいろな登場人物が主人公になったり活躍したりすることが当たり前になり、時には自分がなんらかの共感や好感をもてる人がいると、教室の風通しがよくなり、子どもも教師も、呼吸がしやすくなる気がします。

 例えば、「こうあるべきだ」という思い込みが、現実ではないことがわかると、ほっと深呼吸できそうです。

 古い絵本ですが、『いじわるブッチー』(★2)の女の子。「ママはいろんな人とお友だちにならなきゃだめよ」というけど、ブッチーとは遊びたくない。「もうちょっと、お互いに快適な距離のとりかたはできないの?」と、私は思ってしまいます。でも、「すべての人とお友だちなれるわけではない」という出発点があって初めて、次に進めるのかなと思ったりもします。

 『Harriet, You'll Drive Me Wild!』(★3)という絵本に登場する若いお母さん。なかなか親の思うように動いてくれない子どもハリエットちゃんは、悪気はないけど不器用で失敗ばかり。お母さんは、すごい忍耐力で接しています。しかし、ある時、キレて大爆発。なかなか見事なキレかたで、惚れ惚れ?します。

 『としょかんライオン』(★4)で図書館長として活躍するメリーウェザーさん。図書館に突然ライオンが登場しても動じず、他の利用者と同じように、温かい厳しさをもって受け入れます。挿絵を見ていると、やや年配の女性のようです。毅然としていますが、人間味たっぷりで、ちょっとドジ。なかなかカッコいいです。(ちなみに図書館員のマクビーさんは中年の男性。本の前半では、ライオンが登場すれば、びっくりして焦ったり、図書館にライオンなんていらない、と思ったり、とよくありそうな「普通の」反応です。しかし、後半で、彼は大きく変わります。)

 もし、ブッチーと分かり合う努力の大切さが謳われていたり、もし、ハリエットちゃんのお母さんがひたすら忍耐の人であったりすると、なんだか息が詰まりそうです。

 また、もし、メリーウェザーさんとマクビーさんの性別が逆であれば、私は今と同じぐらい、メリーウェザーさんが好きになれたかな?とも思います。いまだ「男性の上司」の比率が高い日本ですから、図書館長のメリーウェザーさんを女性にした設定にも魅力を感じたのかもしれません。

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 知人の大学教員で英語の絵本を授業で使っている人がいます。学期の終わりに学生たちにお気に入りを尋ねると、「同じ何冊かの本に集中することなく、ばらつく」と言います。それぞれにとって、ほっと一息ついたり、力づけてくれる本は異なる、ということかと思います。

 そう思うと、教室の図書コーナーにいるヒーローやヒロインたちが多様であることの価値の大きさを思います。私であれば、メリーウェザーさんのような年配の女性が活躍している本が印象に残りやすい反面、いろいろな年代の男性を不自由にしている「こうでなければならない」という思い込みに、風穴を開けてくれるような絵本は、素通りしているかもしれません。

 「ほかの人の立場で考える力」が問われるところです。

 『ポスおばあちゃんのまほう』(★5)のポスおばあちゃんは、優しいおばあちゃんですが、積極的で勇気に満ちた選択ができる人です。著者のメム・フォックスによると「4歳の女の子の読者に、70年後にこうなってほしいというモデル」(★6)とのことです。

 そう思うと、「4歳の女の子の読者に、70年後にこうなってほしいというモデル」の本を選んだ後は、「4歳の男の子に70年後にこうなって欲しいというモデル」というイメージで、意識的に本を選んでみるということも面白いかもしれません。

 自分の好みや偏りを自覚しつつ、教室にいる、また読み聞かせで使う本のヒロインやヒーローも多様にしていく、そのことの価値は子どもにとっても教師にとっても、大きそうです。

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 今朝のCNNニュース(★7)で、フロリダ州の「本の禁止」に関わって、作家ジュディ・ブルームのインタビューがありました。ここ数年、アメリカでは、人種差別やLGBTQ関連ほか「禁止される本のリスト」がニュースで取り上げられています。彼女の本も一部の教室から撤去されているようです。子どもたちの本に多様性が増える一方、逆行するかのように、これまで教室にあった本の多様性がなくなるということも起こっているようです。

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★1 https://www.cnn.co.jp/business/35203122.html

★2 『いじわるブッチー』バーバラ・ボットナー(著)、ペギー・ラスマン(画)、東春見(訳)、徳間書店、1994年

★3 『Harriet, You'll Drive Me Wild!』 Mem Fox (著)、 Marla Frazee (イラスト)、Clarion Books、2003年

★4 『としょかんライオン』 ミシェル ヌードセン (著)、ケビン ホークス (イラスト)、福本 友美子 (訳)、岩崎書店、2007年

★5 『ポスおばあちゃんのまほう』 メム フォックス (著)、ジュリー ヴィヴァス (イラスト)、加島 葵 (訳)、 朔北社,

2003年

★6 『Radical Reflections』Mem Fox(著)、Harcourt、1993年、161ページ

★7 2023年4月29日午前9:00-10:00(日本時間)放映の「Anderson Cooper 360°」

2023年4月22日土曜日

なぜ登場人物を気にかけるのか

 『理解するってどういうこと?』の「表22a」(3840ページ)と「表91」(347349ページ)はともに「理解することで得られる成果」と名づけられていて、私たちが「理解するための方法」を使って「フィクション/ナラティブ/詩」や「ノンフィクション」を経験する「成果」がたくさん挙げられています。これはエリンさんが「子どもたちや大人たちのさまざまな反応についてのメモを注意深く集め」(346ページ)てその内容を整理したものです。そのうちの「フィクション/ナラティブ/詩」を理解することの成果としてずいぶんたくさん挙げられているのが「共感(empathy)」です。

「たとえば、理解のための方法のひとつを教えるとき、教師は自分の推測したことを考え聞かせして、その上で、その推測によって自分が(たとえば)その登場人物にどのようにして共感できるようになったか、つまり登場人物の置かれた状況と自分の状況とはかなり違っていても、いかにその人物の感じ方に共感する助けになったかを考え聞かせる、という次の段階に進むのです。こうして、私たちは徐々に、子どもたちが自分で行った推測だけでなく、そうした推測が、その理解のための方法を使わなければ理解できなかったどういうことを理解させてくれたのかを共有するように、求めることができるでしょう。」(『理解するってどういうこと』350ページ)

こうした営みは「理解する」とはどうすれば可能になるかというだけでなく、「理解する」ことができれば自分(たち)にとってどのようないいことがあるのかということを生徒たちが知ることにもなります。それは同時に、物語や小説や詩を読むことで自分(たち)にとってどのようないいことがあるのかということを知ることでもあります。

もちろん、大変重要な指摘です。が、理解するために「推測する」という「方法」を使うことで登場人物や舞台設定や作者への「共感」という「成果」があらわれる過程で、本や文章のなかの何が引き金になったのでしょうか。たとえば、エリンさんは「作者への共感」を「なぜ、どのように、ある人の解釈がそのように形づくられたのか、読者の解釈を形づくるために作者が使った文学的方法(述べ方、伏線、イメージ、主張、筋立て)はどのようなものか、理解する」(『理解するってどういうこと?』348ページ上段)と述べています。「文学的方法」と「読者の解釈」はどのように結びついて「作者への共感」がもたらされ、果たしてそれは読者の生活のなかでどのようなことの役に立つのでしょうか。

そのことを探ったのが、アンガス・フレッチャーの『文學の実効―精神に奇跡をもたらす25の発明―』(CCCメディアハウス、2023年)です。『文學の実効』は古今東西の古典的文学作品にあらわれた「文学的発明」を見つけてそれを脳科学の知見等を踏まえて多角的に論じた本です。「勇気を奮い起こす」「恋心を呼び覚ます」「怒りを追い払う」「苦しみを乗り越える」「好奇心をかきたてる」「心を解放する」「悲観的な考え方を捨てる」「苦悩を癒す」「絶望を払いのける」「自分を受け入れる」「悲痛を撃退する」「人生を活性化する」「あらゆる謎を解決する」「自分を高める」「失敗から立ち直る」「頭をリセットする」「心の安らぎを手に入れる」「創造力を育む」「救いの扉を開く」「未来を書き換える」「賢明な判断を下す」「自分を信じる」「凍りついた心を解かす」「夢の世界を生きる」「孤独を和らげる」という25の「実効」をもたらした「文学的発明」が700ページにわたって、論じられていきます。読み通すのはなかなか骨が折れますが、付箋紙で一杯になりました。

フレッチャーの方法論は至ってシンプルです。その「文学的発明を見つける」二段階の「方法」とは次のようなものです。

「一、ある文学作品が持つ独自の心理的効果を見きわめる。医学的な効果や幸福感を高める効果など、何らかの意味で灰白質に有益な効果である。その効果を突き止める際には、近くの神経科学研究室で心を測定できる便利な器具を利用させてもらえれば、それに越したことはない。だが、そのような器具が手に入らない場合には、自分に内蔵された脳スキャナー(自分の意識のことだ)を利用して、その文学作品の独自の効果をできるかぎり正確に把握する。

二、その独自の効果を生み出す発明を突き止める。発明は、筋書きや登場人物、物語世界、語り手など、物語の何らかの要素を創造的に利用してつくられている。テーマや寓意、作者の意図を気にする必要はない。言葉にこだわる必要もない。むしろ作品のスタイルや語り、物語に耳をすませよう。」(『文學の実効』723-724ページ)

「自分の意識」を利用して文学作品の「独自の効果」を見きわめ、その「独自の効果を生み出す発明」を探る、というわけです。たとえば、第3章「怒りを追い払う」では「共感」がクローズアップされます。

たとえば『若草物語』のジョーも、『赤毛のアン』のアンも、自分の言動に後悔や悔恨に見舞われます。また、今の自分に失望する登場人物があらわれる文学作品も少なくありません。フレッチャーはこのような人物の言動は「読み手の脳に入り込み、完璧ではない人物に共感させ、その人物が人間であるがために抱いた否定的な気持ちをゆるそうという気にさせる」と言います。これを「共感を生み出す発明」として次のように述べています。

「過去二〇〇年間に執筆されたほとんどの文学作品には、読み手の心に共感を引き起こす登場人物がいる。それはつまり、ほとんどの現代小説、回想録、漫画、童話、映画、テレビドラマには、登場人物の心のなかをのぞき、その後悔を明らかにする技法が含まれているということだ。」(『文學の実効』134ページ)

「人間の脳の視点取得回路の力は、正義を求める原始的な衝動よりも弱いため、共感はなかなか十分に広がらない傾向がある。だが文学の助けを借りてゆるしを実践し、それにより神経回路を調整していけば、共感に対応する力や頻度を高めていける。その結果、個人的な怒りやストレスを軽減すると同時に、誰もが円満に共生していける豊かな社会を構築することが可能になる。」(『文學の実効』134-135ページ)

「どれほど厳格な心の持ち主でも、心の底から後悔していると思えるような登場人物が、文学の世界には必ずいる。そういう人物に出会ったら、読み手は原始的な正義への衝動に駆られるだけでは終わらない。/きっと人間的なおもいやりの感情を抱くことだろう。」(『文學の実効』135136ページ)

 ここまで言われると「推測する」という「理解のための方法」を使えば、読者としての自分にどのようないいことがもたらされるのか、少なくともその一つが見えてくるような気持ちがします。読者は「共感を生み出す発明」を利用して「完璧でない人物に「人間的なおもいやりの感情を抱」き、自分の心にある「怒りを追い払う」ことができるようになるというのです。エリンさんの言う理解の「成果」のその先のことまで触れているように思われます。フィクションを読んで(あるいは観て)その登場人物や作者に「共感」を覚えることができたとして、それが読者の心のなかに何をもたらすのかということが述べられているからです。私たちが絵本や童話や小説や詩読んだり、聞いたり、テレビドラマや映画を観たりしようするのはなぜか、フィクションの登場人物をなぜ気にかけるのか、という問いに答えてくれている、と言うと大げさでしょうか。