2019年11月8日金曜日

「自分にとってのブッククラブ」


『読書がさらに楽しくなるブッククラブ』の増補版を出すにあたって、数人の過去数年ブッククラブを数多く実施している人に「自分にとってのブッククラブ」というテーマで寄稿してもらいました。
 そのうちの二人分を紹介します。

●廣瀬充さん――研究会や学会に勝る優れた学びの方法

 中高一貫校の教員です。主に、知り合いの教員同士で教育関係の本を選んでブッククラブを行っています。基本的にはオンラインで行っていますが、ほかの仕事もあるので、極力「通勤時間のみ」と決めてやっています(ほかの人のコメントを見るのが楽しみで、結局、それ以外の時間もちょくちょく開いてしまうのですが……)。スマホに「Googleドキュメント」を入れておけば、通勤電車の中で読んだり書いたりすることができます。
 ブッククラブに出合う前は、研究会や学会、フォーラムに参加することが主な勉強の手段でした。これらの場合、その時は「いろいろ勉強したなあ」という感じにはなるものの、どうもイベントチックに終わってしまったり、その場かぎりのものだったりして、なかなか日々の実践が変わったり、継続的な取り組みに発展することにならないという課題意識をもっていました。そんな時にブッククラブという方法に出合い、その有効性を今は十分に感じています。
 自然と話題がそれぞれの授業の話にも及ぶことが多いので、わざわざ研究会などに行かずとも、自分の実践を聞いてもらったり、ほかの人の実践を聞いたりすることができます。また、私の場合、一人ではなかなか読む気になれない洋書を読む機会が得られたことは、自らの幅を広げてくれたようにも思います。
 人が学び続けるコツは、「誰かと」、「気軽に」、「細く長く」の三つだと思っていますが、オンラインのブッククラブはそれらを満たす最高の方法と言えます。

●小見まいこさん――三つの意義を見いだして、積極的に活用中!

 私がブッククラブを続ける意義は三つあります。第一に、「主体的で対話的な深い学び」の機会です。主体的に選書し、仲間を集めて、毎週読み続けること。メールでのやり取りや読書を通して、仲間や自分自身と対話すること。そして、読書で得た知識と実践を往還し、深い理解へと昇華させることです。それは、まさに、今学校に求められている「主体的で対話的な深い学び」を自らの日常で実践していることだと感じています。
 第二に、学びにおける実践コミュニティーをつくることです。役割や立場の違う人とブッククラブをすることで、いろいろな視点から教育をとらえ、自分の実践を俯瞰することができます。また、ブッククラブでのやり取りを通して、互いの考えや価値観を共有することができ、信頼関係が深まります。メール上だけでなく、授業の相談に乗ってもらう、互いの授業や研修の参観をするなど、実際の現場におけるかかわりもかなり増えてきました。
 第三に、講座のアフターフォローとしての活用です。私は、教育支援NPOという立場で、教育に携わる方を対象にした研修会を定期的に開催しています。1回の講座で終わるのではなく、参加者と学び続ける関係性をつくりたいと講座修了生に働きかけて、ブッククラブをすることがあります。そのなかで、本の内容だけでなく、お互いの近況やオススメの本などを共有しています。続けていくなかで、私自身も含めてですが、困った時のサードプレイスのような居場所や心の拠り所になっている人もいるようです。
 ブッククラブを実施する際に工夫していることは、読み終わったあと、実際に集まってダイアログをすることです。本を読んでみて、自分のなかで生まれた問いや変化したことなどを共有し、本で得た学びや収穫を語り合っています。そうすることで、本の「総まとめ」をすることができ、次なる学びに向かう力も湧いてきます。物理的なことが理由で叶わない場合もありますが、その場合はテレビ会議システムなどを活用すれば可能となります。

 本には、小学校1年生と6年生の授業での実践も含めて多様な事例や、ブッククラブの歴史やブッククラブを通して得られる様々な力などについて詳しく紹介されています。まだ読まれていない方は、①自分の学びをさらに進化させるためと、②自分が受け持っている生徒/学生たちの学びを拡張するために、ぜひ読んでみてください。「読むこと」は決して一人だけで行うものではない、という大きな意識転換にもなります。(もちろん、ブッククラブ形式で読んだ方が、効果は大きいです!)

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2019年11月1日金曜日

生徒も!教師も!RWが育む「自分への期待」


 新潟の公立中学校の先生の佐藤可奈子さんがリーディング・ワークショップ(以下、RWと略す)の実践記録を送ってくれたので、そのダイジェスト版をこのブログ用に書いてもらいましたので紹介します。

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 2019年度、中学3年生の国語科カリキュラムにRWを設定してみました。2期に分けて、1期につき13時間程度、年合計26~30時間を目途に4クラスに対して行います。前期末にRW1期を終了しました。RWの時間は、教科書教材を取り扱う時間をぎゅっと圧縮して生み出します。教科書教材「を」教えようとしなければ可能だと思います。

 今回は、同じ学年を担当する同僚とRWに挑戦しました。以下は同僚の声です。
RWは、とてもよくできた仕組みだと思った。自分は『イン・ザ・ミドル』を読んでいないが、日常の中で授業を見たり、RW実践経験者と一緒に授業をすることで、生徒がどんどん読めるようになり、書けるようになることが実感できた。一部の読みの困難な生徒について、初めてのことなのでお互いにうまくいくようにはできなかった。第2期への課題だ。また、授業の空気感は重要だ。図書館に自由に放牧するのではなく、目的意識を明確にして授業の見通しを生徒に示すことがRWのキモだと感じた。日常の授業で「教科書を」教えるのではなく、「教科書で」スキルや知識を扱うようにしておかないと、生徒が、このRWを理解出来ないと思った。今の2年生にはそうした取組がされていないので、来年度、RWは無理かもしれない。また、自分だけで実践する自信がない。私のような、ありきたりな教師をもっと使ってもらい、いろいろ実験してもらいたい。実験体になりたい。生徒への声かけや対応について、どうすればいいの?と思ったとき、佐藤から『イン・ザ・ミドル』の一部を見せてもらった。言葉がけの内容まで公開しているナンシーさんに驚いた。」

 同僚は、2期への課題を自分で発見しています。また、これまでの教科書「を」教える授業の問題にも気づき、体験的に学びたいと考えています。
 生徒も同様の反応が多く見られました。1期終了後、Googleフォームを通して「1期の振り返りと2期への期待」のコメントを集めました。この振り返りには、第2期での「自分への期待」が多く綴られ、前向きな意欲とエネルギーを感じました。生徒のレジュメの厚さが日に日に増していくのが、私自身うれしかったし、生徒の自信につながると思いました。

 習った知識やスキルを使う機会があり、それをやり直す機会もあることで、学びのサイクルが回るのだと実感しました。教科書を教える授業の意味のなさ、ドリル学習の意味のなさ、勉強嫌いを生産するシステムを変えて行くには、どうしたらいいのか、RWの実践を通して、その答えを得た思いがしました。

 第2期は受験期に実施することになります。そのため、各自で自分のRWスケジュールを決めてもらおうかと思案中。RWの期間に、週1時間だけ「テストというジャンル」の学習を認めようと考えています。学びのハンドルを生徒の手に持たせることが2期の目標です。

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 生徒たちの振り返りを読んでみたい方は、pro.workshop@gmail.com宛にメールをください。お送りしますので。また、第1期と第2期用のカリキュラム概要は以下の通りです。
この表から佐藤さんたちが達成しようとしていることが明らかになると思います。なお、佐藤さんにとってRWの実践は今回が2回目です。昨年度2年生2クラスで約1か月(13時間)程度行っていました。

2019年10月26日土曜日

大人のための対話読み聞かせ

 英語を教える先生たちとの研究会で、「大人のための対話読み聞かせ」を初めて体験しました。 「対話読み聞かせ」とは、「読み聞かせをしながら、子どもたちを読んでいることについての話し合いに招き入れる読み方」(『読み聞かせは魔法!』小学館、2018年、61ページ)です。

 『リーディング・ワークショップ』(新評論、2010年)では、先生たちが「大人のためのブッククラブ」を体験し、そこから学んだことを、子どもたちがブッククラブを行うときのサポートに活かしていく様子が描かれています(『リーディング・ワークショップ』150-152ページ、217-218ページなど)。「大人のためのブッククラブ」と同じように、「大人のための対話読み聞かせ」も、まず大人が実際に体験することで、教室で使うときに活かせることが見えてくるのではないかと、楽しみでした。
 
「大人のための対話読み聞かせ」をすることになった研究会の準備段階のやりとりで、以下のようなメールをもらいました。

 「 単に『こんな本があるよ』と紹介だけするのではなく、また、『気に入った部分を私がただ読み上げる』のでもなく、その本が提示している問題を、対話を通して一緒に考えながら、読み進めていく、というのをイメージしています。また、生徒・学生向けに教室でも使える本というより、私たち教師が面白く読むということを念頭においています」

 そして、当日、この先生は『子どもの絵の見方~子どもの世界を鑑賞するまなざし』(奥村高明、東洋館出版社、2010年)を使って、対話読み聞かせをリードしてくれました。

 この先生は、前もって選んだ箇所を読み聞かせ、そのあと、スライドでその部分のキーワードを提示し、そのキーワードについてどう思いますか?と問いかけながら、対話が始まりました。

 読み進むなかで、この本の中で登場する「子どもの絵」の写真を見ながら、お互いの気づきを対話し、また、「作品の評価」と「作品からの評価」というキーワードをスライドに写しての対話もありました。そして、しばしの対話のあと、また、この本の読み聞かせに戻ります。

 子どもの「絵の評価」という話題から、たとえば「ライティング・ワークショップで子どもの書いた作品をどう評価するのか」も考えることもできて、美術の専門家でない私でも、ちゃんと対話・発言に、参加することができました。

 今回は、その本のことをよく知っている人が、周到に準備をして、それにガイドされながら進むので、何よりも安心感がありました。対話から発見もあり、ここまで深く本の世界に入れるのだ、ということが驚きでした。

 また、この「大人のための対話読み聞かせ」は、「ガイド読み」ならぬ、「ガイド・ブッククラブ」という印象も受けました。あらかじめ自分で読んでくるのが基本のブッククラブとは異なり、その場での読み聞かせが元になっているので、前もって読んでくることを要求しない(期待できない?)時にも、使える、ということも学びました。

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 今回は「大人のための対話読み聞かせ」ということで、対話読み聞かせで使った本も大人向けです。また、長年の研究会仲間という信頼感のある中での「対話読み聞かせ」でしたので、教室での実践とは少しイメージが異なると思います。

 今回の体験を踏まえて、『読み聞かせは魔法!』の第2章「対話読み聞かせ」(2章)を読み直しました。以下は私のメモ、そして→は私の感想です。    

・「対話読み聞かせでは、読み進める過程で、子どもたちがどのような意味をつくりだしているのか(どのように理解しているのか?)を把握できる(62ページ)。

・読み聞かせをしている最中に、子どもたちにペアや小グループで話し合う機会を提供すると、読んでいることについて一層よく考えるようになる(62ページ)。

・教師は、子どもたちが自由に考えたこと、感じたこと、理解したことを言えるような環境をつくり、かつサポートする(74ページ)。

→ 上記3点は、今回の体験からも、「そうそう」と納得しながら読みました。

・対話読み聞かせの間、ペアや小グループで話す機会を提供しても、うまくついていけない子どもがでてくることもある。教師自身も、そういう体験があることを話すと子どもたちも安心できる。そして、クラス全体で「本についてしっかり話せるように聞く方法」を考えることもできる(66-69ページ)。

→ 私は、しっかり話せているペアや小グループに目が行きがちで、その話し合いの質がよいと、安心してしまうだろう、と思いました。読み聞かせを止めた個所で、思わず何か言いたくなるような、魅力的な本を使えば大丈夫」と、「本の質」を重視しがちなので、「なぜ話せないか」という点に、十分、目が届かない気がします。

→ でも、私も読み手として「好み」がありますし、私自身、理解しにくい本、入りにくい本もあります。クラス全体に同じ本を使えば、その本についていきにくい学習者がいることにもっと目を向けなければ、と思いました。

→ 対話読み聞かせは、「好きな本にも、なかなか入れない本にも、どちらを読むときにも使える、理解を深めるための一つの良い方法」で、この方法を身につけるために、練習する機会を増やしていく、という視点も必要な気がします。

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 「対話読み聞かせ」には、『読み聞かせは魔法!』の第2章に詳しく説明されているように、利点がたくさんあります。今回、教室とは少し勝手の違う「大人のための対話読み聞かせ」を体験し、『読書家の時間』(新評論、2014年)のプロローグ(3ページ)に記されていた先生の言葉を思い出しました。

「教師である私は、読書家の時間のなかで、こんな子どもの姿と出会えるなんて思ってもいませんでした。本を読んで話し合うということを軽くみていたのかもしれません。隠されていた子どもたちの力に驚きました」(3ページ)

 本を読むこと、読んだ本について話すことは、やはり「軽く見れない」、本を読んで話し合うことの豊かさを実感できたのが、今回の「大人のための対話読み聞かせ」の一番の収穫だったように思います。そう思うぐらい、いい時間でした。

2019年10月18日金曜日

物語(ストーリー)を媒介にして人生を深く認識する!?


  『理解するってどういうこと?』の167ページには、読み・書きを学ぶ際の「深い認識方法」の一領域「優れた読み手・書き手になる領域」が「読んだり学んだりしたさまざまなアイディアに伴う多彩な経験。意味の共有と応用。話したり、書いたり、描いたり、演じたりといった手段を通して意味を組み立てること。特定の目的と聴き手・読み手に向けて書く。他の人とやりとりしながら考えたことを修正する。優れた読み手と書き手の習慣を使ってみる」ことだと説明されています。読むときに「書き手」のことを思い浮かべることは、本や文章の読みを主体的にします。書くときに「読み手」のことを思い浮かべると、書くことがおざなりではなくなり、相手に届くような言葉を選び、心に届く述べ方を工夫することになります。仲間とやりとりしながら考えることで、自分一人では気づかなかったことに気づかされます。そして、自分と対話することになります。それが「深い認識」を促すと言うことでしょう。
  マーティン・プフナー(塩原通緒・田沢恭子訳)『物語創世―聖書から〈ハリー・ポッター〉まで、文学の偉大なる力―』(早川書房、2019年)の原題はWritten World。「書かれた世界」あるいは「文字の世界」ということになります。アポロ8号の宇宙飛行士たちが、地球を眺めながら宇宙から地球の姿を中継したときに「創世記」の言葉を選んで音読したというエピソードから始まります。

ホメロス『オデュッセイア』、『ギルガメシュ叙事詩』、『聖書』、仏典、『論語』、ソクラテス、『源氏物語』、『千夜一夜物語』、『ドン・キホーテ』、『共産党宣言』、ハリーポッター・シリーズ・・・多種多様な物語について、現地踏査も含めて、プフナーはそれらがどのようにして人の理解の窓になっていったかということを考証するのです。プフナーの言葉を少し追ってみましょう。



・話されるだけの言語は、話し手がいなくなれば消滅してしまう。しかし物語を粘土板に文字で固定すれば、古い言語も生き残ることができる。(中略)書き留められたことにより、読者が過去に触れることが可能になっただけでなく、文学が生き延びて未来に伝えられる可能性を想像させ、まだまれていない読者の心を動かすことも可能になった。(8081ページ)

・文学の歴史は焚書の歴史でもある。本が燃やされるのは、書かれた物語に威力があることの証なのだ。(229ページ)

・マルクスは、ヘーゲルの語るプロイセン国家と現状維持にとって都合のいい歴史が気に入らなかったが、それでも物語を語るという新しい哲学の力には、やはり引き込まれた。(315ページ)



  書き留められることによって「物語」は、人間を動かしてきた、それは口承の文芸とは異なる「威力」を持つに至ったということが本書におけるプフナーの主張の中心です。そしてそうした「物語」はこれからどのようになっていくのかということも、最後に考察していますが、そこでプフナーは次のように言っています。「存続を保証する唯一の方法は、それを使いつづけることなのだ。テキストが時代を超えて生き残るには、それがつねに現役であることが必要だ。そうすれば必ずそのテキストは翻訳され、複写され、コード変換されて、各世代に読み継がれていくだろう。文学の未来を確保するのは技術ではない、教育なのだ」(416ページ)。「使いつづける」ことで「読み継がれていく」というきわめてシンプルなことが述べられています。しかし、そのことによって、「物語」を通じた書き手・読み手の「理解」が営まれるのだと、言っているようです。

  この本の「訳者あとがき」のなかで、テレビ番組でのプフナーが発した「物語の行く末」についての発言が引用されていますが、彼はそこで「多くの物語は過去を見据えながら同時に未来にも目を向けるという二つの視点を兼ね備えているのだと思います」と言っています。この「二つの視点」の指摘は、読み・書きが分かちがたく切り結ばれているということ、そして理解行為が過去のことがらを受け止めるだけではなくて、それを手がかりとして未来のヴィジョンを切り開く営みであるということを示唆していると思われます。
  本や文章を深く認識し、深く理解するためにはこのような意味での「優れた読み手になる」ことが必要になります。その「優れた読み手」になることのなかにはキーンさんが書いているように多くのことが含まれますが、プフナーの言うように、過去の物語を使って自分の見方や考え方をあらわすということも含まれるのではないでしょうか。
  ジェニファー・ニーヴン(石崎比呂美訳)『僕の心がずっと求めていた最高に素晴らしいこと』(辰巳出版、2016年)は、高校3年生のセオドア・フィンチとヴァイオレット・マーキーの男女二人が交互に語り手となって、二人の心の動きを物語るYA小説です。せつない青春の物語ですが、セオドアとヴァイオレットの心の通い合う部分で、ドクター・スースの『きみの行く道』やヴァージニア・ウルフの『波』のなかの言葉が大切な役割を果たしています。言葉が遺されるということは、その言葉を遺したひとがたとえいなくなっても、幾度もその言葉をおとずれることができる、そのことの比類のない輝きを読者の心に伝えます。プフナー流に言えば、「文字の世界(written world)」(=「物語」)が理解の窓となりうることをあらわした小説ではないかと思います(あっさりしとすぎた紹介ですみません。ちなみに、私は思いがけず大きな感動を得ることができました) 。
  「物語」を媒介にして、私たちは自分のなかにある未知の部分を、自分にも他人にもわかりやすい言葉に「翻訳」し、共有しているのかもしれません。もしもそれが果たされるのなら、今までになくお互いを理解することができます。そのきっかけになる言葉を「物語」=「文字の世界」に見つけることができれば、それを繰り返し分かち合うことで、他人や自分についても、そして人生について、深い理解に至ることができるのかもしれません。


2019年10月11日金曜日

ストーリーテリングという人間関係・信頼関係づくりの方法


 いま、『生徒指導をハックする』という本の翻訳準備作業を進めています。
 その中のやり取りで、メンバーの一人が15年前に調査した研究を紹介してくれました。
 その中には、次の質問項目が含まれていました。「従来、問題行動を起こす生徒に対して、教師と生徒との人間関係・信頼関係を構築する様々な教育実践が行われてきました。しかし、荒れている学校においては従来型の方法では限界があるとの論もあります。こうした見解についてどう思われますか。」
これに対する回答者の9割が「従来型の方法には限界がある」と答えていました。しかし、私の興味関心は①「教師と生徒と(および生徒同士)の人間関係・信頼関係を構築する様々な教育実践」とはどんなものがあるのか? ②先生たちが「教師と生徒と(および生徒同士)の人間関係・信頼関係を構築する」方法を知らないという問題があるということか? という方向に向きました。それが、際限のない問題行動や生徒指導をうみ出している背景にあるのか、と?

その時、ちょうどいま読んでいる『Beat Boredom(退屈な授業を葬り去れ!)』の中の以下のような一節を思い出しました。

ストーリーテリングは内容を学ばせるだけではなく、人間関係を作り上げるものでもある。私は教員1年目のとき、生徒たちと人間関係を作りたいと願っていた。しかし、今振り返ってみると、どのようにすれば良いかほとんど知らなかった。(このあと、数人の生徒のこだわり、興味関心、趣味について紹介されていますが、それはほんの一握りの生徒についてのごく一部の情報でしかありませんでした。)自分自身の人生に何を期待するか、何を恐れるか、誰を信頼しているかなどについては十分に話すことができなかった。
ストーリーを共有すると、それが変わる。学校で、生徒たちに私の子どもが生まれて始めて発した言葉や飼い犬の滑稽な仕草、旅行中のちょっとした事件などについて話をした。高校時代にスポーツチームのトライアウトで何度も落とされたこと。初めて新聞社にインターンシップの申し込みをして65回も断りの手紙をもらったこと。両親を認知症で亡くしたこと、その時感じたことや自分自身の変容などについても語った。
それに対して、生徒たちも面白い経験や日々抱えるストレス、家族との休日、兄弟のこと、スポーツでの実績、大好きな映画などについて語ってくれた。中にはかなり個人的な話を、クラス全体や私と共有してくれた生徒もいた。人種や性別に基づいた虐待などについて話してくれたこともあった。暴力事件が家族にどのような影響を与えたか、あるいは、自殺や麻薬の過剰摂取で親を亡くした話などもあった。
いつも物知り顔で横柄な態度の生徒がいた。私たちが、「人権擁護」の授業で、医師自殺幇助や病状末期の親の看護など、患者の死ぬ権利について話していた時、彼は急におとなしくなったのだ。驚いたことに、彼は放課後私の所に来て、この問題についてもっと話したいと言ってきた。彼は、自分自身が体の自由がきかなくなったり、病気の末期の状態になったとしたら、彼の両親にどんな影響を与えるのかを知りたがった。この会話の後、彼は態度を改め、真面目に授業に参加するようになった。
10代の若者(著者は高校で教えています。10代前の小学生も!)は、話を聞いてもらいたいし、認めてもらいたいと思っている。難しい生徒であっても(いや、そのような生徒こそ)そうした思いを持っている。私たちが聞こうとすれば、生徒たちの授業に取り組む姿勢が変わるはずなのである。 Beat Boredom、44~45ページより)

 私たちは原始時代から数万年もストーリーを語り合うことで生きながらえてきました。それこそが人類の99%の歴史の主なコミュニケーションの手段でした。読み書きに移行したのは、ほんの1%にすぎません。
 お互いのストーリーを紹介し合う時間を、ぜひつくってみてください。もちろん、それは口頭だけの必要はありません。「ライティング・ワークショップ/作家の時間」をすでに実践している方は、すでにストーリーを表現することのパワーを体験済みのはずです!
 ストーリーテリングのエピソードを紹介してもいいという方は、pro.workshop@gmail.com宛にぜひお送りください。

2019年10月5日土曜日

自分の立ち位置を「読み手」にする

 9月14日の投稿では、自分の立ち位置を「書き手」にすることについて書きましたが、今日は、自分の立ち位置を「読み手」にすることを考えます。

 ライティング/リーディング・ワークショップでは、「教師が先輩の書き手/読み手の役割を担い、子どもたちを若い書き手、読み手として育てよう」、ということをよく耳にします。「子どもたちを優れた書き手・読み手にしましょう」と言うのは簡単ですが、でも、「優れた書き手・読み手」の定義次第で、見えてくる風景が異なってきそうです。 

 先日、読みについての本★を読み直していました。「読むとは?」や「優れた読み手は。。。」という文が並んでいます。読むとは、「意味をつくりだすこと」「優れた読み手は必要に応じて問題解決のための効果的な方法を使えること」等々は、これまでもよく耳にしてきたことでしたので、あまり気にせずにどんどん読んでいました。

 ところが、優れた読み手について説明している引用があり、ここで思わず立ち止まってしまいました。

・「 優れた読み手とは、学校で課題として出されたから読む人ではなく、読むことを好むようになり、生涯を通して読み続けるような人である」

 「これを学校教育で目指すとどうなるの?」と思って読み直すと、この一つ前の文もチャレンジを感じる文です。

・「優れた読み手とは、短い文章を読み、表面的な解釈の質問に答えられる人ではなく、むしろ多様なトピックについて、よりまとまった量の、より複雑な、教材ではないテキストを読み、それらに対して、思慮深く、批判的に反応できる人である」

 ➡ この2項目のような「優れた読み手」を育てることを「授業の」目標にしようとすると、自分の授業観や「(学習者や自分に)期待すること」を、根本的に見直さざるをえません。

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 『イン・ザ・ミドル』(三省堂)の「少し長めの訳者前書き」中に、「教師が読むことについて伝えている21のこと」について言及している箇所があります(9ページ)。これは、『イン・ザ・ミドル』の著者のアトウェルが、1998年に出版した In the Middle 第2版のなかで、教師が行っていることから、読むことについて生徒に伝えていることを21項目も挙げていることを紹介している箇所です。その中には、例えば、以下のようなものがあります。

1.読むということは難しくて真面目な作業だ。
2.文学は、なおさら難しくて真面目で退屈なものだ。
3.読むというパーフォーマンスは、たった一人の観客に向かってなされる。それは教師だ。
4.文章の解釈には正解がある。それは教師の解釈だ。
5.理解や解釈の「間違い」は許容されない。 
6.生徒たちは、自分で読むべき本を決めることができるほどには、賢くないし、信頼もできない。

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 クラスの人数、教室の図書コーナーの本不足、共通テスト等々、リーディング・ワークショップを実施するのに困難が多いクラスもあると思います。困難が多いときほど、自分が教えていることが、読むことについてどういうメッセージを子どもたちに伝えているのかを、時には書き出して見るのも必要な気がします。
 
 自分の立ち位置を「読み手」にすると、良くも悪くも(?)、自分が読み手として行っていることと、実際に授業で行っていることのギャップが見えやすくなるようにも感じています。

 そして、 制約(やギャップ)が大きいクラスほど、いろいろな制約の中で、自分の立ち位置を「読み手」にして、ギャップに目を向け、それを少しでも埋めれるようにしていく。リーディング・ワークショップはそんな連続の延長線上にあるのかもしれません。

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★Constance Weaver 著の Understanding Whole Language: From Principles to Practice (Heinemann, 1990, 201ページです。201ページの最初は、「読むとは」「優れた読み手とは」という説明が8つ並んでいます。その下に、Sheila Valencia他の書いた Theory and practice in statewide reading assessment: Closing the gap (Educational Leadership 46: 57-63, April 1989) の58ページから引用がされていて、その中に上のの項目も含まれています。

2019年9月27日金曜日

作文大嫌いだった私が、いまは書くのを教えることが大好きに!


「小さい頃から作文が大嫌いでした。何をどう書いていいかわからなかったからです。教員になってあの時の授業を再現している自分が嫌で、“作家の時間”を始めようと思いました」という高橋優さん(東京都)に「作家の時間」についてのインタビューをしました。(・が質問。→が回答、です。)

・ライティング・ワークショップ/作家の時間(どちらの名称で実践されていました?)を、実践してみようと思ったきっかけを教えてください。
→「作家の時間」でやっていました。
 教員仲間と「せーので始めてみよう」と決めて、それぞれのクラスで始めたのが「作家の時間」を始めたきっかけです。
 『作家の時間』の本自体を知ったのは、学生時代、ある塾で講師をしていた時です。教室の本棚にその本があり、当時「こんな面白い実践があるんだ」と感じたのを覚えています。
 その後、横浜市の教員となり、西多摩PACEの勉強会で「作家の時間」の実践を聞きました。
・西多摩PACE行くきっかけは? どうして勉強会に参加してみようと思ったのですか?→元々は、体験学習法という学び方を知って、それを学びたかったので西多摩PACEに参加していました。その後、「作家の時間」の講座を開催すると聞いたので、元々興味がありその講座に参加しました。その講座を受けた後は、「自分もやってみたいけど、自分なんかにできるわけない。」と考えていました。
・どうしてですか?
→自分にそんな力はないと思っていたからです。今思い返すと「作家の時間」だけを別個にやろうとしていたように思います。他のどの授業とも関連性がないと思い込んでいました。
 それから何年か経って、同世代の教員仲間ができ、「作家の時間』が気になってるよね~という話をしていたところに、西多摩PACEで再び「作家の時間」の実践を聞く機会がありました。そんな感じで、教員5年目の20175月から実践を始めました。
・優さんが作家の時間の実践を「面白い」「気になる」と思われた理由や要素を教えてください。
→当時は、「自分が書きたいことを書きたいように書く」ことに面白さを感じていました。今は、作家のサイクルの中でたくさんの自己選択・自己決定があることにも大きな魅力を感じています。
・実践する際に、『ライティング・ワークショップ』と『作家の時間』の本はどのように参考になりましたか?
→一通り読んで、手探りでやりながらその都度いろんなところを読みました。
付録もコピーして使いました。振り返りシートとか、作品シートとか。
・これまでの国語の作文の授業と「作家の時間」の違いを教えてください。
→楽しい。私自身が一番楽しんでいるかもしれません。これに尽きます。
・実際に実践していた「作家の時間」の進め方を教えてください。
→基本的には、本の通りです。
・子どもたちをよりよい書き手にするためのコツは何だと思いますか?
→待つことです。
・他には?
→その子の書いた作品に興味をもつこと。クラスの子達が相互に相手の作品に興味をもつこと。お家の人にも自分の子どもが書いたその作品を丸ごと愛してもらうこと。
・「作家の時間」を体験した子どもたちの反応を教えてください。
→「作文が楽しい(または、そんなにイヤじゃなく、普通に書ける)」と書くことに前向きになれる子どもが多かったです。
・「作家の時間」を通して子どもたちが身につける力にはどんなものがありますか?
→自己選択・自己決定する力。「次はこんな作品を書こうかな?」と想像していることを想像で終わらせずに、実際に形にしてみる力。試行錯誤し続ける体力養えると思っています。★
・これから「作家の時間」を実践したいと思っている先生たちへのアドバイスをお願いします。
→自分のできるところから少しずつ始めることで、次が見えてきます。

●以下は、これから「作家の時間」に取り組んでみたいと思っている先生たちから出された質問に答えてもらいました。

・「何を書いてもいいんだよ」は慣れてくればいいと思いますが、最初はどうしているのですか?
→遠くから見守ります。「作家の時間」を始めた頃は、待てなくて子どもにいろいろ言っていましたが、あまり効果がありませんでした。
・効果的な導入の仕方(書くことへの意欲づけをどのようにしているのか)を教えてください。
→書くネタを一緒に見つけて、一作品書き上げてしまうことが大事かも、と思っています。あとは、時々声をかけながら待ちます。
・本当に書けない子へのフォローの仕方を教えてください/どうしても書かない子の指導や教室内にいる多様な子の指導について、学級経営の考え方を教えてください。
→その子の好きなものやことを聞いて、詩にします。信頼ベースの学級ファシリテーションのペアトークで使う「質問の技」でオープンクエスチョンをして深掘りしていきます。ひらがなが書けない子には、別の紙に書いて、それを原稿用紙に写せるようにしたこともあります。友達と合作したり、翻作(首藤先生)という作品の作り方をミニ・レッスンに取り入れたりしました。
・国語の単元で「作家の時間」を組み込むのは難しいですか? 定期的に時間をとらないとダメなのですか?
→国語の「書くこと」の単元を「作家の時間」と位置付けて、指導事項をミニ・レッスン化していくことで、テーマ固定の「作家の時間」ができるようになります。また、本にもありますが、可能なら週2で定期的に「作家の時間」を設定すると効果が出ます。高学年はそもそも国語の時間が少ないので週1が限界だなあと感じています。
・教科書も教えているのですか/教科書とは対応しているのですか?
→上記と重なりますが、教科書を生かして「作家の時間」を作っていくという感じです。
・「書き手を育てる」という発想はとてもいいと思いますが、出版しない子、作品を完成しない子の評価はどうしているのですか?
→テーマフリーの作家は、評価に入れていませんでした。テーマ固定の作品は教科書を使って指導しているのでいわゆる作文という扱いで評価に入れました。
・年間を通した子どもの成長はどのような形で明らかにしているのですか? また、それを達成するために、具体的にどのようなことをしているのですか?
→出版をしていう時には、前書きをつけて成長しているところを可視化しました。同時に保護者にも伝わるように意識して前書きを書いていました。学校事情により、実際に出版までできたのは1校のみです。その後は、個人で作品ファイルを作ってためていく、個人出版に変えました。
・学年の歩調のそろえ方や、管理職に理解してもらえる方法について何かいいアイディアがあったら教えてください。
→横浜時代には、自己観察面談で校長に話しました。話す必要が出てきたので話した、という少し後ろ向きな感じですが、保護者に理解してもらえるのであればOKという、教員の実践の多様性が認められている職場でした。その後は、国語の発展的学習という位置付けで学級だよりに書きました。
・「作家の時間」に対する保護者の反応があったら、教えてください。
→「自分の娘がこんなことを考えていたんだ。」「得意げにHave Fun(出版物の名前)を見せてくれました。」「最初は自分の子供の名前がなくて焦りましたけど、聞いたら何を書こうか考えているんだと言っていて……ようやく自分で作品が書けたんだと安心しました。」「国語の力が伸びました。」などですね。いわゆるクレームというものはありませんでした。
・45分の中で、書く時間を30分とると、ミニ・レッスンや共有の時間が少ないです。
→ミニ・レッスンの時間を極力減らせるように努力しました。また、共有の時間を取らない日もありました。
・子ども一人ひとり書くことに対する課題が違う中、どのようにミニ・レッスンの内容を決め、どう子どもたちに提示したらいいのでしょうか?
→作家のサイクル、作家ノートの使い方、書けそうなことリストなどの書くための最低限のミニ・レッスン以外は、子ども達の様子を見てミニ・レッスンを組みます。また、教科書の指導事項を入れたミニ・レッスンも行います。
・書く内容や文章表記の仕方をどこまで自由にさせていいのでしょうか?
→出版を個人でする場合は、ほとんどのことを認めています。ただ、「作品には読んでもらいたい読者がいる」という、他者の目も意識できるように個別に声かけしています。
・子どもたちは自分の作品をどのようにして修正できるようになっていくのでしょうか?
→出版されて再度自分の作品を読むと、「あ!」とよく言っています。そうやって客観的に自分の作品を見たり、合作で複数の友達と共同して書いたりすることを重ねていくと、自然と良くなっていきます。
気をつけなければならないなあと私が個人的に思っていることは、「私たち大人の基準(または私個人の価値観)でその作品の良し悪しを決めないようにすること」です。
・子どもが自分や友だちと修正・校正していた文に、教師が踏み込むタイミングがとても難しいです。
→本当に正しい介入は、実は存在しないかも、と思います。
・校正は、出版の前に指導するのですか? 間違ったまま出版しても、クレームはでないんですか?
→出版物の前書きに書いたりします。大人が書く文章でさえ、誤字脱字や文章のクセがあります。それを他の同僚に見てもらって修正しながら仕事をしています。子どもにだけ「完璧な清書や間違いのない作品を求めるってナンセンスだな」と思っています。もしかしたら、誤字脱字がない完璧な文章を大人が要求するから書けなくなっているのかな、とも思います。
いくつかの間違いをとても気にしている保護者の方はいませんでした。それよりも書くのが楽しい、学校の勉強が楽しいと言って、毎日学校に笑顔で言って元気に帰宅することの方を望んでいるような気がします。
・インタビューへの回答、ありがとうございました。

●尋ねてみたい質問がある方は、コメント欄か、pro.workshop@gmail.comへどうぞ。

これを「デザイン思考」といいます。
知識をたくさん暗記していい点を取るよりも(これらはほぼすべて、スマホが答えを出してくれるので)、人生ではるかに役立つスキルです(こちらは、スマホは教えてくれません!)。
デザイン思考は、来春出版予定の『教育のプロがすすめるエンパワーメント』の中のキーワードの一つですので、お楽しみに!