2019年11月22日金曜日

RW第Ⅰ期の生徒たちの様子を踏まえた第Ⅱ期の構想


新潟の佐藤さんのRW実践を、http://wwletter.blogspot.com/2019/11/blog-post.htmlで紹介しました。かなりの反響がありました。「自分もやれると思った」「生徒の生の声を送ってほしい」など。
その後、佐藤さんから以下のメールをもらいました。

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今回、RWをやって、その後の生徒の所感をGoogleフォームで集めたのは以前お話ししたとおりです。

RW以外でも、今年度の3年生は、総合の時間(内容は修学旅行、キャリア)の単元ごとの振り返りでGoogleフォームを活用しています。RWの振り返り入力で6回目くらいだと思います。

そうした中で、生徒に大きな変化がありました。
家でゆっくり自分の学習を振り返ることができる。好きな時間に。(生徒のフォームへの入力時間は個人によって相当に違います。)
回答の文章の長さが、どんどん長くなります。書きたいことを書くようになります。
回答を印刷して共有するので、書いていいことかどうか、自分で精査するようになります。
回答を印刷して共有するので、コメントを入力すればするほど、他者のコメントへの関心が高まります。
スマホ、またはPCから入力するので、書字に不安のある生徒でも安心できます。
書くことが自然になります。
授業のことについてコメントを求めるので、RWで培った、自分なりの意味を実際に構築する場面として活用できます。もちろん自分への期待も!
などなど。
特に、次の授業への期待についてコメントを求めると、本当に自分がしたいことを書いてくるようになりました。それを受けて、授業を作っていくことができます。これは生徒も教師もWin Winだと思います。

主体的で対話的って、こういうことかな、と思います。
生徒が勝手に主体的になっていきます。

今後なんですが、こんなことを考えています。

Googleフォームでの振り返りと、その共有を繰り返していく。
私がブログを開設して、生徒の作品や、授業のことを公開していき、生徒にコメントを求めることを繰り返していく。またはGoogleドキュメントの共同編集を使う。
③①からへの流れに慣れることができて初めて、子どもたちはSNSTwitterやインスタ)で学習内容の交流ができるようになる。

こういう国語の授業があってもいいのではないかと思うし、実際、こうした授業でもしないとSNSトラブルなんて減らないし、常に問題発生の後追いになるのでは。

いつまでに、ということではないのですが、生徒の時間と学習の手段に自由度を持たせられるようにしたいなあと夢見ております。

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  そこで、第Ⅱ期の進め方を教えてほしいとお願いしたところ、以下の資料が送られてきました。まだ構想段階なので、前回と今回のを読まれて、感想・質問・提案などがありましたら、佐藤さんの実践をさらによくするために、ぜひお送りください。お願いします。

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【第II期の取組の柱】
何よりも優先して『生徒のニーズ』に応える!

I期の振り返りで得られた『生徒のニーズ』は、およそ以下の通り。

違うジャンルに挑戦したい、レター・エッセイを書く時間がもっと欲しい、レター・エッセイをもっと上手く書きたい、本の中の表現技法にもっと気付きたい、分からない言葉を辞書で調べたい、先生のオススメ本を紹介して欲しい、表現やセリフなどを抜き出して皆で話し合いたい、時間の使い方を考えたい、スキルをもっと使えるようになりたい、自分の視野を拡げていきたい、もっとゆっくり読む場所や時間が欲しい、もっと読了したいetc
     
I期で最も生徒が使ったと実感しているスキルは「映像化」「推測」だった。これ以外のスキルに目が行くようにミニ・レッスンをする。
絵本を活用する。読みの苦手な生徒、「映像化」「推測」のスキルをうまく使えない生徒は、第I期でそれが自覚できているので、絵本を推奨し、相互にやり取りしながら体験的に学んでもらう。(同じ本を読んだ上での思考のやりとりの機会ももつ。)

II期 13時間〜18時間を生徒に委ねる!

全時間を示し、生徒が自分で時間配分を計画できるようにする。その中で、「テスト」というジャンルに時間を使うことを4時間に1回許可する。受験期の不安と学びの本質の両立に対応するため。(早い生徒は1月に進学先が決まる。遅い生徒は3月後半である。生徒自身に自分に合う学習プランを立てさせたい。)
I期のルーブリックの内容を絞り、言葉を優しくし、生徒に示し直す。
希望があればPCを使った成果物づくりを一部でも可能にしたい。短いエッセイならばGoogleフォーム入力による提出を試してみる。

【『生徒のニーズ』の集め方】
経験を積むことが重要ポイント

今年度は、第I期として4クラス全部でRW1013時間程度実施している。
生徒の半分は、前年度からRWを経験している。(佐藤担当2クラスのみ)
今年度は、RWの振り返りを、レジュメに記述する方式(授業時に書く)と、Googleフォームで実施する方式(家庭で入力する)の2種類を行っている。
RW以外でも、生徒は、総合的な学習の時間(内容は修学旅行、キャリア)の単元ごとの振り返りでGoogleフォーム入力を経験している。第 IRWの振り返り入力までに6回ほどの経験がある。

Googleフォームによる振り返りが生徒をさらに育てる!

Googleフォームの効用
家でゆっくり自分の学習を振り返ることができる。好きな時間にできる。(生徒のフォームへの入力時間は個人によって相当に違う。)
回答の文章の長さが、どんどん長くなる。書きたいことを書くようになる。
回答を印刷して共有するので、書いていいことかどうか、自分で精査するようになる。
回答を印刷して共有するので、コメントを入力すればするほど、他者のコメントへの関心が高まる。
スマホ、またはPCから入力するので、書字に不安のある生徒でも安心して参加できる。
日常的に、書くことが自然になる。
授業のことについてコメントを求めるので、RWで培った、自分なりの意味を実際に構築する場面として活用できる。もちろん自分への期待も!

特に、「次の授業への期待」についてコメントを求めると、本当に「自分がしたいこと」を書いてくるようになった。教師は、生徒のニーズを把握しやすくなる、それを受けて、授業を作っていくことができる。これは生徒も教師もWin-Winの循環だと思う。生徒が勝手に主体的になっていくのが嬉しい。
RWだけでなく、読み書きのスキルを実践的に使う総合的な学習の時間でも、生徒はGoogleフォームでの振り返りを複数回経験した。これらが関連づくことによって、生徒が何かしらの影響を受け、生徒の変容に繋がったのではないかと考えている。
「慣れる(なれる)」ことによって「熟れる(なれる)」ということ。

【これからの夢・理想の授業】
「読むこと」「書くこと」を生活につなげる!

Googleフォームでの振り返りと、その共有を繰り返していく。
教師がブログを開設して、生徒の成果物や、授業のことを公開していき、生徒にコメントを求めることを繰り返していく。または、Googleドキュメントの共同編集を使って、成果物作成をWeb上で行う。

からへの流れに慣れることや、Web上のやりとりについて学習できて、初めて、子どもたちはSNSTwitterやインスタ)で学習内容の交流ができるようになると思う(熟れる)。
 実際、こうした授業でもしないとSNSトラブルなんて減らない。生徒も教師も学ばなければ、常に問題発生の後追いになり、しかも状況を変えられない負のスパイラルが続くことになる。

いつまでに、ということではないが、生徒の時間と学習の手段に、もっともっと自由度を持たせられるようにしたい。
つくづく、コンピュータ室なんていらないから、1人に1台のChrome bookとか、iPad miniで十分!)が欲しいものだと思う。

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 感想・質問・提案など、よろしくお願いします。


2019年11月16日土曜日

そのものを理解するためにはWHYから始めよ!




 『理解するってどういうこと?』の第9章「感じるために、記憶するために、理解するために」には、著者キーンさんの「親友」であるブルース・モーガンという先生のことが書かれています。「感情がどのように理解に影響を及ぼすのか」についてキーンさんに大きな影響を与えた人物でもあります。「彼は思春期直前の子どもたちの不安や優柔不断さに対して果敢に挑戦し、子どもたちが自分自身やお互いに正直になれるように刺激し、励まし、問いかけます」(344ページ)とキーンさんは書いています。モーガン先生はこうして子どもたちばかりでなく周囲の人々の学ぶ「歓び」を呼び起こすのです。

 どのような問いかけが、私たちの学ぶ「歓び」を呼び起こすのでしょうか。

 TEDTechnology Entertainment Design)スピーカーの一人である、サイモン・シネックの『WHYから始めよ!インスパイア型リーダーはここが違う』(栗木さつき訳、日本経済新聞出版社、2012年)にはそのためのいくつものヒントが示されています。

たとえば、コンピュータの売り込みについての次のような二つのメッセージを読んでみてください(『WHYから始めよ』の48ページから49ページにシネックがあげているものです)。



①われわれは、すばらしいコンピュータをつくっています。

  美しいデザイン、シンプルな操作法。取り扱いも簡単。

  一台、いかがですか?



②現状に挑戦し、他者とは違う考え方をする。それが私たちの信条です。

 製品を美しくデザインし、操作法をシンプルにし、取り扱いを簡単にすることで、私たちは現状に挑戦しています。

 その結果、すばらしいコンピュータが誕生しました。

 一台、いかがですか?



①と②との違いをどのように考えますか。いや、どちらのメッセージが「買いたい」という気持ちを起こすでしょうか? メッセージを受け取る側を「鼓舞」するでしょうか? ①はコンピュータをつくる側のWHAT(していること)をそのまま伝えています。それはそれで、受け取る人の「なるほど」という思いを引き出すでしょう。これに対して②の一文目と二文目は、WHAT(していること)そのものではなく、している理由(WHY)を提示しています。

  「一台、いかがですか?」と言われて、私がその製品を手に取ってみようと思ったのは、②の方でした。何をどのようにつくったのか、ということを聞かされるよりも、なぜそれをつくったのかということをぶつけられた方が、対象に対する興味を引き出されます。「考え方」や「信条」や「挑戦」についてもっと知りたいと思うのです。

  ちなみに、この②は「アップル」のメッセージの提示の仕方です。シネックは言います。



「製品が優れているから、アップルが抜きんでた存在として認識されているわけではない。アップルのWHAT、つまり製品は、かれらの信念が具現化したものだ。かれらのWHATと、それをしているWHYのあいだに明確な相互関係があるからこそ、アップルは傑出した存在となっている。だから私たちはアップルを本物と見なす。アップルがしていることはどれをとっても、かれらのWHY、つまり「現状への挑戦」の実演である。どんな製品をつくろうが、どんな産業に算入しようが、アップルの「シンク・ディファレント」(異なる考え方をしろ)はつねに明確だ。」(52ページ)



誤解のないように言えば、私は「アップル」のコンピュータのユーザーではありません。だから「アップル」の「製品」の質についてとやかく言う資格はありません。ですが、そのことはいまの問題ではありません。何をどのようにつくったのかということを説明されても、モノを買う気は起こらないけれども、つくった理由を語られるとモノを買う気が引き出されるということが問題です。

 この問題は、あるものを「理解する」という行為にとって、決定的に重要です。目の前に見えているものや聞こえてくることが、どうしてそのようなかたちでそこにあるのかという理由を考えていくことが、そのものを「理解する」ということの第一歩であることは間違いのないことだからです。

 キーンさんは、モーガン先生が街を散歩したときにその街並みについて「たくさんの観察」をしながら次のように問いかけたことを紹介しています。



「あそこでミッドセンチュリーモダンをつくっているのに気づいた?(私の答えは、もちろん「いいえ」です)、何しているんだと思う? どうして緑色に塗ったんだろうね? (私に答えられるわけがありません)、あの正面のデザインをどう思う? なぜまわりの建物と調和するように考えなかったんだろうね? どうしてこのあたりにオープンスペースを作ろうと誰も計画しなかったんだろうって思ったことないかい? まったく素晴らしい町だよね?」彼はとどまることがありません。そうなんです、とどまらないのです。彼とほかの町に行ったときにも、今みたいなたくさんの質問を繰り返すのです。私たちが一緒に行った、シカゴでの90分予定の建築ツアーは3時間にも及びました。他のツアー参加者たちはだんだんと一人去り二人去りして、残ったのはとうとう私と、ブルースと、くたびれきったガイドだけでした。」(『理解するってどういうこと?』341ページ)



 明らかにブルース先生の「とどまらない」問いかけはWHYの問いかけです。その街の景観がどうしてそうなっているのかということを問いかけています。私もシカゴのリバークルーズに参加したことはありますが、とてもこのようなWHYの問いを繰り返すことはできませんでした。しかし、モーガン先生のような問いを発してみれば、少なくともこの街がこのようにつくられた理由を考えることができます。シカゴの街を「理解する」きっかけになることは確かです。そう考えると、キーンさんが言うようにモーガン先生が子どもたちの目と心を「鼓舞」している理由がわかるのです。



「人間の行動に影響を及ぼす方法は、ふたつしかない。操作(マニピュレイト)するか、鼓舞(インスパイア)するか、だ。」(『WHYから始めよ!』12ページ)



モーガン先生は「鼓舞する(インスパイア)」という方法で子どもたちの行動に影響を与え、学ぶ「歓び」をもたらし続けているのではないでしょうか。『WHYから始めよ!』のシネックの言葉を手がかりにしてモーガン先生の言葉を読み直してみると、そこには、理解を引き出し、学ぶことを「生きる歓び」に満ちたものにする手がかりがたくさんあることがわかるのです。何がどうなっているかという問いよりも、なぜそうなっているのかという問いから始めることがそのものの深い理解を生み出すのです。「人々は、あなたのWHATを買うわけではない。あなたがそれをしているWHYを買う。」(『WHYから始めよ!』50ページ)

2019年11月8日金曜日

「自分にとってのブッククラブ」


『読書がさらに楽しくなるブッククラブ』の増補版を出すにあたって、数人の過去数年ブッククラブを数多く実施している人に「自分にとってのブッククラブ」というテーマで寄稿してもらいました。
 そのうちの二人分を紹介します。

●廣瀬充さん――研究会や学会に勝る優れた学びの方法

 中高一貫校の教員です。主に、知り合いの教員同士で教育関係の本を選んでブッククラブを行っています。基本的にはオンラインで行っていますが、ほかの仕事もあるので、極力「通勤時間のみ」と決めてやっています(ほかの人のコメントを見るのが楽しみで、結局、それ以外の時間もちょくちょく開いてしまうのですが……)。スマホに「Googleドキュメント」を入れておけば、通勤電車の中で読んだり書いたりすることができます。
 ブッククラブに出合う前は、研究会や学会、フォーラムに参加することが主な勉強の手段でした。これらの場合、その時は「いろいろ勉強したなあ」という感じにはなるものの、どうもイベントチックに終わってしまったり、その場かぎりのものだったりして、なかなか日々の実践が変わったり、継続的な取り組みに発展することにならないという課題意識をもっていました。そんな時にブッククラブという方法に出合い、その有効性を今は十分に感じています。
 自然と話題がそれぞれの授業の話にも及ぶことが多いので、わざわざ研究会などに行かずとも、自分の実践を聞いてもらったり、ほかの人の実践を聞いたりすることができます。また、私の場合、一人ではなかなか読む気になれない洋書を読む機会が得られたことは、自らの幅を広げてくれたようにも思います。
 人が学び続けるコツは、「誰かと」、「気軽に」、「細く長く」の三つだと思っていますが、オンラインのブッククラブはそれらを満たす最高の方法と言えます。

●小見まいこさん――三つの意義を見いだして、積極的に活用中!

 私がブッククラブを続ける意義は三つあります。第一に、「主体的で対話的な深い学び」の機会です。主体的に選書し、仲間を集めて、毎週読み続けること。メールでのやり取りや読書を通して、仲間や自分自身と対話すること。そして、読書で得た知識と実践を往還し、深い理解へと昇華させることです。それは、まさに、今学校に求められている「主体的で対話的な深い学び」を自らの日常で実践していることだと感じています。
 第二に、学びにおける実践コミュニティーをつくることです。役割や立場の違う人とブッククラブをすることで、いろいろな視点から教育をとらえ、自分の実践を俯瞰することができます。また、ブッククラブでのやり取りを通して、互いの考えや価値観を共有することができ、信頼関係が深まります。メール上だけでなく、授業の相談に乗ってもらう、互いの授業や研修の参観をするなど、実際の現場におけるかかわりもかなり増えてきました。
 第三に、講座のアフターフォローとしての活用です。私は、教育支援NPOという立場で、教育に携わる方を対象にした研修会を定期的に開催しています。1回の講座で終わるのではなく、参加者と学び続ける関係性をつくりたいと講座修了生に働きかけて、ブッククラブをすることがあります。そのなかで、本の内容だけでなく、お互いの近況やオススメの本などを共有しています。続けていくなかで、私自身も含めてですが、困った時のサードプレイスのような居場所や心の拠り所になっている人もいるようです。
 ブッククラブを実施する際に工夫していることは、読み終わったあと、実際に集まってダイアログをすることです。本を読んでみて、自分のなかで生まれた問いや変化したことなどを共有し、本で得た学びや収穫を語り合っています。そうすることで、本の「総まとめ」をすることができ、次なる学びに向かう力も湧いてきます。物理的なことが理由で叶わない場合もありますが、その場合はテレビ会議システムなどを活用すれば可能となります。

 本には、小学校1年生と6年生の授業での実践も含めて多様な事例や、ブッククラブの歴史やブッククラブを通して得られる様々な力などについて詳しく紹介されています。まだ読まれていない方は、①自分の学びをさらに進化させるためと、②自分が受け持っている生徒/学生たちの学びを拡張するために、ぜひ読んでみてください。「読むこと」は決して一人だけで行うものではない、という大きな意識転換にもなります。(もちろん、ブッククラブ形式で読んだ方が、効果は大きいです!)

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※ なお、送料を抑えるために割安宅配便を使っているため、到着に若干の遅れが出ることがありますので、予めご理解ください。



2019年11月1日金曜日

生徒も!教師も!RWが育む「自分への期待」


 新潟の公立中学校の先生の佐藤可奈子さんがリーディング・ワークショップ(以下、RWと略す)の実践記録を送ってくれたので、そのダイジェスト版をこのブログ用に書いてもらいましたので紹介します。

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 2019年度、中学3年生の国語科カリキュラムにRWを設定してみました。2期に分けて、1期につき13時間程度、年合計26~30時間を目途に4クラスに対して行います。前期末にRW1期を終了しました。RWの時間は、教科書教材を取り扱う時間をぎゅっと圧縮して生み出します。教科書教材「を」教えようとしなければ可能だと思います。

 今回は、同じ学年を担当する同僚とRWに挑戦しました。以下は同僚の声です。
RWは、とてもよくできた仕組みだと思った。自分は『イン・ザ・ミドル』を読んでいないが、日常の中で授業を見たり、RW実践経験者と一緒に授業をすることで、生徒がどんどん読めるようになり、書けるようになることが実感できた。一部の読みの困難な生徒について、初めてのことなのでお互いにうまくいくようにはできなかった。第2期への課題だ。また、授業の空気感は重要だ。図書館に自由に放牧するのではなく、目的意識を明確にして授業の見通しを生徒に示すことがRWのキモだと感じた。日常の授業で「教科書を」教えるのではなく、「教科書で」スキルや知識を扱うようにしておかないと、生徒が、このRWを理解出来ないと思った。今の2年生にはそうした取組がされていないので、来年度、RWは無理かもしれない。また、自分だけで実践する自信がない。私のような、ありきたりな教師をもっと使ってもらい、いろいろ実験してもらいたい。実験体になりたい。生徒への声かけや対応について、どうすればいいの?と思ったとき、佐藤から『イン・ザ・ミドル』の一部を見せてもらった。言葉がけの内容まで公開しているナンシーさんに驚いた。」

 同僚は、2期への課題を自分で発見しています。また、これまでの教科書「を」教える授業の問題にも気づき、体験的に学びたいと考えています。
 生徒も同様の反応が多く見られました。1期終了後、Googleフォームを通して「1期の振り返りと2期への期待」のコメントを集めました。この振り返りには、第2期での「自分への期待」が多く綴られ、前向きな意欲とエネルギーを感じました。生徒のレジュメの厚さが日に日に増していくのが、私自身うれしかったし、生徒の自信につながると思いました。

 習った知識やスキルを使う機会があり、それをやり直す機会もあることで、学びのサイクルが回るのだと実感しました。教科書を教える授業の意味のなさ、ドリル学習の意味のなさ、勉強嫌いを生産するシステムを変えて行くには、どうしたらいいのか、RWの実践を通して、その答えを得た思いがしました。

 第2期は受験期に実施することになります。そのため、各自で自分のRWスケジュールを決めてもらおうかと思案中。RWの期間に、週1時間だけ「テストというジャンル」の学習を認めようと考えています。学びのハンドルを生徒の手に持たせることが2期の目標です。

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 生徒たちの振り返りを読んでみたい方は、pro.workshop@gmail.com宛にメールをください。お送りしますので。また、第1期と第2期用のカリキュラム概要は以下の通りです。
この表から佐藤さんたちが達成しようとしていることが明らかになると思います。なお、佐藤さんにとってRWの実践は今回が2回目です。昨年度2年生2クラスで約1か月(13時間)程度行っていました。

2019年10月26日土曜日

大人のための対話読み聞かせ

 英語を教える先生たちとの研究会で、「大人のための対話読み聞かせ」を初めて体験しました。 「対話読み聞かせ」とは、「読み聞かせをしながら、子どもたちを読んでいることについての話し合いに招き入れる読み方」(『読み聞かせは魔法!』小学館、2018年、61ページ)です。

 『リーディング・ワークショップ』(新評論、2010年)では、先生たちが「大人のためのブッククラブ」を体験し、そこから学んだことを、子どもたちがブッククラブを行うときのサポートに活かしていく様子が描かれています(『リーディング・ワークショップ』150-152ページ、217-218ページなど)。「大人のためのブッククラブ」と同じように、「大人のための対話読み聞かせ」も、まず大人が実際に体験することで、教室で使うときに活かせることが見えてくるのではないかと、楽しみでした。
 
「大人のための対話読み聞かせ」をすることになった研究会の準備段階のやりとりで、以下のようなメールをもらいました。

 「 単に『こんな本があるよ』と紹介だけするのではなく、また、『気に入った部分を私がただ読み上げる』のでもなく、その本が提示している問題を、対話を通して一緒に考えながら、読み進めていく、というのをイメージしています。また、生徒・学生向けに教室でも使える本というより、私たち教師が面白く読むということを念頭においています」

 そして、当日、この先生は『子どもの絵の見方~子どもの世界を鑑賞するまなざし』(奥村高明、東洋館出版社、2010年)を使って、対話読み聞かせをリードしてくれました。

 この先生は、前もって選んだ箇所を読み聞かせ、そのあと、スライドでその部分のキーワードを提示し、そのキーワードについてどう思いますか?と問いかけながら、対話が始まりました。

 読み進むなかで、この本の中で登場する「子どもの絵」の写真を見ながら、お互いの気づきを対話し、また、「作品の評価」と「作品からの評価」というキーワードをスライドに写しての対話もありました。そして、しばしの対話のあと、また、この本の読み聞かせに戻ります。

 子どもの「絵の評価」という話題から、たとえば「ライティング・ワークショップで子どもの書いた作品をどう評価するのか」も考えることもできて、美術の専門家でない私でも、ちゃんと対話・発言に、参加することができました。

 今回は、その本のことをよく知っている人が、周到に準備をして、それにガイドされながら進むので、何よりも安心感がありました。対話から発見もあり、ここまで深く本の世界に入れるのだ、ということが驚きでした。

 また、この「大人のための対話読み聞かせ」は、「ガイド読み」ならぬ、「ガイド・ブッククラブ」という印象も受けました。あらかじめ自分で読んでくるのが基本のブッククラブとは異なり、その場での読み聞かせが元になっているので、前もって読んでくることを要求しない(期待できない?)時にも、使える、ということも学びました。

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 今回は「大人のための対話読み聞かせ」ということで、対話読み聞かせで使った本も大人向けです。また、長年の研究会仲間という信頼感のある中での「対話読み聞かせ」でしたので、教室での実践とは少しイメージが異なると思います。

 今回の体験を踏まえて、『読み聞かせは魔法!』の第2章「対話読み聞かせ」(2章)を読み直しました。以下は私のメモ、そして→は私の感想です。    

・「対話読み聞かせでは、読み進める過程で、子どもたちがどのような意味をつくりだしているのか(どのように理解しているのか?)を把握できる(62ページ)。

・読み聞かせをしている最中に、子どもたちにペアや小グループで話し合う機会を提供すると、読んでいることについて一層よく考えるようになる(62ページ)。

・教師は、子どもたちが自由に考えたこと、感じたこと、理解したことを言えるような環境をつくり、かつサポートする(74ページ)。

→ 上記3点は、今回の体験からも、「そうそう」と納得しながら読みました。

・対話読み聞かせの間、ペアや小グループで話す機会を提供しても、うまくついていけない子どもがでてくることもある。教師自身も、そういう体験があることを話すと子どもたちも安心できる。そして、クラス全体で「本についてしっかり話せるように聞く方法」を考えることもできる(66-69ページ)。

→ 私は、しっかり話せているペアや小グループに目が行きがちで、その話し合いの質がよいと、安心してしまうだろう、と思いました。読み聞かせを止めた個所で、思わず何か言いたくなるような、魅力的な本を使えば大丈夫」と、「本の質」を重視しがちなので、「なぜ話せないか」という点に、十分、目が届かない気がします。

→ でも、私も読み手として「好み」がありますし、私自身、理解しにくい本、入りにくい本もあります。クラス全体に同じ本を使えば、その本についていきにくい学習者がいることにもっと目を向けなければ、と思いました。

→ 対話読み聞かせは、「好きな本にも、なかなか入れない本にも、どちらを読むときにも使える、理解を深めるための一つの良い方法」で、この方法を身につけるために、練習する機会を増やしていく、という視点も必要な気がします。

*****

 「対話読み聞かせ」には、『読み聞かせは魔法!』の第2章に詳しく説明されているように、利点がたくさんあります。今回、教室とは少し勝手の違う「大人のための対話読み聞かせ」を体験し、『読書家の時間』(新評論、2014年)のプロローグ(3ページ)に記されていた先生の言葉を思い出しました。

「教師である私は、読書家の時間のなかで、こんな子どもの姿と出会えるなんて思ってもいませんでした。本を読んで話し合うということを軽くみていたのかもしれません。隠されていた子どもたちの力に驚きました」(3ページ)

 本を読むこと、読んだ本について話すことは、やはり「軽く見れない」、本を読んで話し合うことの豊かさを実感できたのが、今回の「大人のための対話読み聞かせ」の一番の収穫だったように思います。そう思うぐらい、いい時間でした。

2019年10月18日金曜日

物語(ストーリー)を媒介にして人生を深く認識する!?


  『理解するってどういうこと?』の167ページには、読み・書きを学ぶ際の「深い認識方法」の一領域「優れた読み手・書き手になる領域」が「読んだり学んだりしたさまざまなアイディアに伴う多彩な経験。意味の共有と応用。話したり、書いたり、描いたり、演じたりといった手段を通して意味を組み立てること。特定の目的と聴き手・読み手に向けて書く。他の人とやりとりしながら考えたことを修正する。優れた読み手と書き手の習慣を使ってみる」ことだと説明されています。読むときに「書き手」のことを思い浮かべることは、本や文章の読みを主体的にします。書くときに「読み手」のことを思い浮かべると、書くことがおざなりではなくなり、相手に届くような言葉を選び、心に届く述べ方を工夫することになります。仲間とやりとりしながら考えることで、自分一人では気づかなかったことに気づかされます。そして、自分と対話することになります。それが「深い認識」を促すと言うことでしょう。
  マーティン・プフナー(塩原通緒・田沢恭子訳)『物語創世―聖書から〈ハリー・ポッター〉まで、文学の偉大なる力―』(早川書房、2019年)の原題はWritten World。「書かれた世界」あるいは「文字の世界」ということになります。アポロ8号の宇宙飛行士たちが、地球を眺めながら宇宙から地球の姿を中継したときに「創世記」の言葉を選んで音読したというエピソードから始まります。

ホメロス『オデュッセイア』、『ギルガメシュ叙事詩』、『聖書』、仏典、『論語』、ソクラテス、『源氏物語』、『千夜一夜物語』、『ドン・キホーテ』、『共産党宣言』、ハリーポッター・シリーズ・・・多種多様な物語について、現地踏査も含めて、プフナーはそれらがどのようにして人の理解の窓になっていったかということを考証するのです。プフナーの言葉を少し追ってみましょう。



・話されるだけの言語は、話し手がいなくなれば消滅してしまう。しかし物語を粘土板に文字で固定すれば、古い言語も生き残ることができる。(中略)書き留められたことにより、読者が過去に触れることが可能になっただけでなく、文学が生き延びて未来に伝えられる可能性を想像させ、まだまれていない読者の心を動かすことも可能になった。(8081ページ)

・文学の歴史は焚書の歴史でもある。本が燃やされるのは、書かれた物語に威力があることの証なのだ。(229ページ)

・マルクスは、ヘーゲルの語るプロイセン国家と現状維持にとって都合のいい歴史が気に入らなかったが、それでも物語を語るという新しい哲学の力には、やはり引き込まれた。(315ページ)



  書き留められることによって「物語」は、人間を動かしてきた、それは口承の文芸とは異なる「威力」を持つに至ったということが本書におけるプフナーの主張の中心です。そしてそうした「物語」はこれからどのようになっていくのかということも、最後に考察していますが、そこでプフナーは次のように言っています。「存続を保証する唯一の方法は、それを使いつづけることなのだ。テキストが時代を超えて生き残るには、それがつねに現役であることが必要だ。そうすれば必ずそのテキストは翻訳され、複写され、コード変換されて、各世代に読み継がれていくだろう。文学の未来を確保するのは技術ではない、教育なのだ」(416ページ)。「使いつづける」ことで「読み継がれていく」というきわめてシンプルなことが述べられています。しかし、そのことによって、「物語」を通じた書き手・読み手の「理解」が営まれるのだと、言っているようです。

  この本の「訳者あとがき」のなかで、テレビ番組でのプフナーが発した「物語の行く末」についての発言が引用されていますが、彼はそこで「多くの物語は過去を見据えながら同時に未来にも目を向けるという二つの視点を兼ね備えているのだと思います」と言っています。この「二つの視点」の指摘は、読み・書きが分かちがたく切り結ばれているということ、そして理解行為が過去のことがらを受け止めるだけではなくて、それを手がかりとして未来のヴィジョンを切り開く営みであるということを示唆していると思われます。
  本や文章を深く認識し、深く理解するためにはこのような意味での「優れた読み手になる」ことが必要になります。その「優れた読み手」になることのなかにはキーンさんが書いているように多くのことが含まれますが、プフナーの言うように、過去の物語を使って自分の見方や考え方をあらわすということも含まれるのではないでしょうか。
  ジェニファー・ニーヴン(石崎比呂美訳)『僕の心がずっと求めていた最高に素晴らしいこと』(辰巳出版、2016年)は、高校3年生のセオドア・フィンチとヴァイオレット・マーキーの男女二人が交互に語り手となって、二人の心の動きを物語るYA小説です。せつない青春の物語ですが、セオドアとヴァイオレットの心の通い合う部分で、ドクター・スースの『きみの行く道』やヴァージニア・ウルフの『波』のなかの言葉が大切な役割を果たしています。言葉が遺されるということは、その言葉を遺したひとがたとえいなくなっても、幾度もその言葉をおとずれることができる、そのことの比類のない輝きを読者の心に伝えます。プフナー流に言えば、「文字の世界(written world)」(=「物語」)が理解の窓となりうることをあらわした小説ではないかと思います(あっさりしとすぎた紹介ですみません。ちなみに、私は思いがけず大きな感動を得ることができました) 。
  「物語」を媒介にして、私たちは自分のなかにある未知の部分を、自分にも他人にもわかりやすい言葉に「翻訳」し、共有しているのかもしれません。もしもそれが果たされるのなら、今までになくお互いを理解することができます。そのきっかけになる言葉を「物語」=「文字の世界」に見つけることができれば、それを繰り返し分かち合うことで、他人や自分についても、そして人生について、深い理解に至ることができるのかもしれません。