2023年6月30日金曜日

生徒も、教師も授業に夢中になる「生徒中心の学び」

 『みんな羽ばたいて』(キャロル・トムリンソン著、新評論、2023年)は、まるでドラマのタイトルを冠しているような本です。これまで、日本では学校を舞台としたテレビドラマが数多くありました。それぞれの時代性を背負って、ある時は校内暴力を、ある時はいじめを、またある時は受験を扱ったドラマがありました。これを読んでいる先生方にも思い当たる番組があるのではないでしょうか。

 『みんな羽ばたいて~生徒中心の学びのエッセンス』もまた、ドラマを提供してくれる本の一冊です。著者キャロル・アン・トムリンソンは何十年にもわたる教職生活を経て、生徒と、同僚とともに学び合い、それこそドラマのような瞬間を味わってきました。本書にはそのエッセンスが凝縮されています。核となるのは「生徒中心の学び」です。

 日本の学園ドラマでは、授業を真っ向から扱うことはほとんどありません。授業はあくまで人間ドラマの脇にあって、勉強はどこかつまらないもの、テストは辛いものという見方で捉えられることが多かったと思います。しかし、誰がなんと言おうと、学校の本質は授業であり、それを行うのは教師と生徒なのです。そこに正面から取り組むのは、私たち教員にとっての「リアル」です。このリアルなドラマで、生徒、教師がいきいきと活躍できるというのは本当に理想ではないでしょうか。それは本書で扱われる「生徒中心の学び」によって成し遂げられるのです。

 これまでの授業は、教師がすべてを決めて、生徒はそれを受け止め、従うものだったと思います。それではドラマは起こりません。しかし、本書をもとに、一つひとつ見直していってみてください。近年よく言われる「アンラーン」であり、「リスキリング」の一環でもあると重います。

 そもそも学校とは何が目的なのか、もう一度考えてみるところから本書は始まります。著者は、「生徒が有意義で、生産的で、満足のいく人生を送るために、学校で過ごす12年以上にわたる教室での経験に必要なのは何でしょうか? また、生徒にはどのようなニーズがあるのでしょうか?」(本書12ページ)と問いかけます。あなたはどう考えるでしょうか? ぜひご自分でも考えてみてください。

 その後、著者は、教師、生徒、学習環境、カリキュラム、評価と、順を追ってその土台となる部分を扱い、豊富な実例と問いかけを用いて読者に語りかけます。ぜひ日本の学校の現場と比較しながら読んでみてください。(参考として、本書40ページと42ページの図を掲載しました。これまでの授業と、生徒中心の授業を比較表しています。)

 もしかしたら理想論に聞こえるところもあるかもしれません。しかし、著者の長年の経験と、豊富な研究、実践に裏打ちされている記述は極めて説得力があります。日本の学校の常識を一度離れて、教育というものを見つめ直すためにとても良いレンズとなることと思います。

 授業における具体的な教え方については、読者に問いかけることを通して考えてもらうような構成になっています。こちらもぜひ、ご自分の授業づくりと合わせて考えてみてください。私は国語の教師として、共感できるところが多々ありました。私たちはつい学習指導要領にあること、教科書にあることを全部教えようとしてしまい、肝心の生徒がどう思うか、何をやりたいのか、ということは置いてけぼりになってしまいがちです。例えば、作文だって、読み取りだって、一体、なんのためにやるのか、考えてみてほしいです。本当に将来の生徒の力になるように意識してやっているでしょうか? 忙しさを理由に、型通りの作文や、単純で画一的な読み取りを良しとしてしまっていることはありませんか? ちょっと立ち止まって考えてみたい視点がたくさん紹介されています。

 また、紙幅の都合で割愛した第8章では教育哲学的な部分が述懐されていますが、あまりの捨て難さに、インターネット上で公開しています。こちらもぜひご覧ください。https://docs.google.com/document/d/1NLGVsiRh8x0I6F0zA900PpteAIXA6JKGagGyLslQ4ec/edit

 人生は筋書きのないドラマだとよく言われますが、学校や教育も同じことだと思います。生徒中心の学びを実現したとき、これまで傍に追いやられていた授業がメインステージとなり、生徒も教師も躍動するようなドラマが展開されることでしょう。これまでの学校の常識、日本の常識という蓋を取り除いて、「みんな羽ばたいて」いく、そんなドラマです。

 本書を手に取って、生徒も教師も羽ばたいていくイメージを胸に、学校のこと、授業のことを一緒に考えてみませんか(飯村寧史)。

 

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2023年6月24日土曜日

「ワークショップの学び方」は指導案で表現できるのか

 先日、同じ市で働く先生からご連絡をいただきました。その「ワークショップの初学者」という先生は、『作家の時間』を研究授業で行うそうで、私に指導案を見てほしいという依頼の内容でした。私は、その方の目指す授業をオンライン・ミーティングで伺い、自分の経験を少しお話しさせていただきました。

「ワークショップの初学者」先生から、研究授業が終わった後、ワークショップの指導案を作成したことを振り返って、コメントをいただきました。まずは、ご本人の許可を頂きましたので、こちらに紹介させていただきます。

(写真は京都五条大橋から見えた夕暮れの鴨川です。義経や弁慶が出会った橋だそうです。)


 ワークショップとして行うものを指導案に書き起こそうとすることはとても難しかったです。

なぜなら指導案というものそのものが旧来の指導観、授業観にのっとったものであるからです。

書き手はもちろん、読み手を意識します。

そのときに読み手に誤解を生まないよう、

読み手から生じる疑問や疑念をなるべく排除しようとします。

そう考えれば考えるほど、記さねばならぬものが増えて、またさらにその説明が増える....

そんな悪循環のように思います。


 授業というものは、教師と子どもたちとのやりとりの中で成立していくものであり、

変動性と不確実性と複雑性と曖昧性をはらんでいるもの(まさに今話題のVUCA!)です。


 しかしそうは心では分かっていても、見られる、吟味される、評価されるという余念がよぎり、

どうしても旧来の学習スタイルから脱却できないままにいるのではないでしょうか。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 私は、自分自身が10年以上前に、『読書家の時間』の一場面であるブッククラブで研究授業(4年生)を提案したことを思い出したのと同時に、そのときの違和感についても蘇ってきました。『作家の時間』や『読書家の時間』は、指導案という形でその良さを伝えることができるのでしょうか?

「ワークショップの学び方」を指導案で表現するときの問題点

 指導案という様式に「ワークショップの学び方」を焼き付けようとするときの問題点として以下のようなことが挙げられます。おそらく、まだ挙げきれていない点が多くあると思います。


「集団全体の平均としてイメージした子どもの姿(アセスメントの視点の欠如)」

「教師が決めた明確で具体的な(教師の計画通りに子どもを育てようとする)目標と評価」

「構成的な(子どもの裁量権の狭い)学習展開を表現する様式」

「1時間で成果が出ることが前提(多様な子どもの学習ペースは切り落とされる)」

「どの子も同じように共通の学習が起こることが前提(本来、学習は固有のもの)」

「児童全体への指示や支援がベース(その子どもにちょうど良いサイズ支援の欠如)」

「丸いもの」を「四角い型」に押し込んでいく

 私自身が指導案を書いた時も、子ども一人ひとりにカンファランスを行う普段の『読書家の時間』を、どうしても指導案に焼き付けることができませんでした。ワークショップという「丸いもの」を指導案という「四角い型」にはめ込むことで、全く違ったものに変形してしまうようでした。


 それは、40人の子どものすべてに当てはまる支援や評価など、考えることができなかったからです。いろいろな本を自立的にペア読書をしていた子どもたちに、どのような学習課題を立てればよいのでしょうか? それよりも、ペア読書の様子やペア読書ログを観察し、その話の内容のどこに価値があるのかを照らし出したり、困り感に寄り添ったりすることの方が、実在する子どもの支援に繋がります。


 また、指導案という様式は、なんの経験もない無垢なキャンバスに色をつけていくように、計画的に系統的に子どもの力をインストールすることが建て付けとして組み込まれています。それにより、子どもが持っている経験や興味の違い、子どもたちが心地よいと思うペースの違い、子どもが寄り道をして教師のねらい以外の力が芽生えたりすることは、無いこととされてしまいます。子どもをゼロから意図的・計画的に育てることが、大前提なのです。その余白のなさも、ワークショップの学び方と、うまく結びつきません。


 本来、学習とは固有のものです。「子どもの内面(経験、感情、認知)」、「共に学習する子どもの働きかけ」など、教師だけの都合で、子どもに注ぎ込めるものではありません。それを、おこがましくも「教師」と「学習対象や方法」などの教師がコントロール可能な変素だけで考えてしまうと、子どもの内面がどうあるのかには関心が届かず、子どもの内面に土足で上がり込んで学習対象を乱暴に放り込んでいくことになってしまいます。子どもを思い通りに動かすことが学習であると思い込み、教師のポジション・パワーが支配する教室になるでしょう。それでは、ワークショップの学び方が目指すマインドセット「自立的な学習者」は育ちません。


 10年以上前、かつての私が苦心してとった行動は、「岡田淳の著作でブッククラブ」という比較的構成的な活動を切り取って、一つの単元として見立てて、指導案様式に落とし込むということでした。それでも、「国語ではなくて特別活動のようだ」と、当時の先生方の中には、国語として認識してもらえないこともありました。もちろん、多くの先生方にまだ目新しさのあったブッククラブという活動を提案できたことの功績は、手前味噌にはなりますが、今振り返っても大きかったと思っています。その後、だんだんと、ブッククラブ(読書会やリテラチャー・サークルなども含めて)の活動が、読書教育畑ではない先生からも見られるようになっていきました。

どうやって未来の指導者に伝えていけば良いのか?

 そうは言いつつも、私も教員歴20年、指導案を作り続けてきました。指導案を通じて、子どもにとって価値のある目標は何なのか、子どもが学びやすい学習の構造はどのようなものなのか、考え続けてきました。指導案作成がなかったら、「この教材をしっかり掘っていこう」と深い教材研究に挑戦することができなかったかもしれません。指導案という箱が完璧では無いと分かりつつも、一つの教材としっかり向き合ったり、授業について入念な準備を行うことについては、その価値を否定する物ではありません。(「サスティナブルか」と言われたら、閉口せざるを得ませんが。)

 しかし、指導案の作成だけで、これまで多くの時間が取られ、精神的にも肉体的にも疲労が積み重なったことも事実。それでは、どうやって、授業というものを、より再現性の高い状態で、未来の指導者に伝えていけば良いのでしょうか?


 それについては、またの機会に、述べていきたいと思っています。

2023年6月17日土曜日

読むこと・書くこと・感情・記憶

  『理解するってどういうこと?』の第9章冒頭にはハイチ出身の作家エドウィージ・ダンティカの『息吹、まなざし、記憶』の一節が引用されています。娘のエリザベスさんが大学に進学することになり、その直前にでスペインのバロセロナを訪れた時のエピソードがそれに続くわけですが、娘さんと離れて暮らすことになるその時のエリンさんの思いも綴られています。

 「こうしたさまざまな感情のすべてが、私自身の経験とはまったく異なる人々と場所について書かれたこの本(引用者注:ダンティカ『息吹、まなざし、記憶』)の短い何段落かに渦巻いています。この本のなかやほかのたくさんの本のなかで、私の記憶する感情的な内容があるということを、カバーを閉じたときに実感するようになりました。読むにつれて、登場人物たちのさまざまな感情が、私自身の感情と絡み合うようになります。(中略)

私は知識を得るために読みます。あるいは、さまざまな登場人物を通して、自分の感情を経験するために読みます。いずれの場合であっても、読むことや学ぶことが、ずっと残り続ける何かに導いてくれるということを知っています。それは自分自身について発見することだったり、読んでいなければ消え去ってしまったであろう細部が記憶にとどまる、ということです。感情と記憶は切り離せないのです。」(『理解するってどういうこと?』336339ページ)

これは「わかる」ことと「感情」「記憶」とのつながりを具体的に述べたくだりです。もちろん、ダンティカの『息吹、まなざし、記憶』を読んだ誰もがエリンさんがしたように、この本の登場人物たちの感情と自らの感情を絡み合わせることができるとは限りません。読む人を取り巻く「状況」が異なるでしょうから。しかし、「ずっと残り続ける何か」に導かれることはあり得ます。その「ずっと残り続ける何か」のゆえに、読む人と書く人は絆を結ぶことがあるかもしれません。

いしいしんじさんの『書こうとしない「かく」教室』(ミシマ社、2022年)は、発行元のミシマ社のオンラインイベント等をもとにしてつくられた本です。「「かく」教室」という言葉がタイトルに付いていると、書き方のノウハウがわかりやすく説かれているのではないかと考えてしまうのですが(実際、わたくしもそう思ってこの本を手に取りました)、そういうつくりにはなっていません。むしろ、いしいさんのライフヒストリーを基盤にしながら、「かく」ことで大切なことを読み手の心に届く言葉で伝えてくれます。わたくしはいしいさんの作品のいい読者ではないのですが、彼の個体史に引き込まれるようにこの本を読み進めていきました。そこにはたとえば読み書きについての次のような考察があります。

「ことばというのは、紙の上に、こうやって書き留めていくから、ある形のままに止まっていると思っているけれど、読むことで、書くことで、動いていく、流れていくことができる。それがおもしろさの一つじゃないかと思うんですよ。」(『書こうとしない「かく」教室』200ページ)

  「ことば」が「読むことで、書くことで、動いていく、流れていく」とはどういうことなのでしょうか。いしいさんは「それがおもしろさの一つ」とまで言っています。でも、いまわたくしが書いている「ことば」そのものが皆さんの目の前で「動いていく」「流れていく」というわけではないです。そんなことをいしいさんが言っているわけではない。ある「かたち」にならなければ読めません。いしいさんが言っているのは、読み書きする人の頭のなか、心のなかのこと。わたくしの頭のなか、心のなかが「動いていく、流れていく」から、わたくしはいま書くことができています。

 この本の終わり近くの「ことばの釣り針」という節でいしいさんは次のように語ります。

 「ぼくたちはふだん、いろんなものに取り囲まれて暮らしています。テレビだったり、自転車だったり、動物だったり、目玉焼きだったり。

 こういうものは、ふだん目に見えます。そしてすぐにその名前をいうことができます。お茶だな、とか、本だな、とか、赤いペンだな、とか。名前が付いていて、目に見えるからです。学校の作文とか、ぼくたち大人がふだん書く文章は、こういう目に見えることばで書くことが多いようです。

 でも、それだけじゃなくって、ぼくたちは生まれてからずっといろんなものを見てきています。聞いてきています。いろんな記憶がたまっています。それらは記憶の奥底に沈んでいる。名もなく、目にも見えないから、ふだんのことばではつかめないわけです。奥のほうで溶け合わさっているんです。

 そこに、釣りみたいにことばを垂らしてあげる。たとえば、「おかあさんの財布」とか、「おとうさんの癖」「昔好きだったひと」「おばあちゃんの手のひら」とか。やっぱり、家族まわりのことばがよく効くようですけど。

 すると、不思議なことに、この溶けた記憶、忘れてしまったと思っているものがことばのまわりにくっついてきます。」(『書こうとしない「かく」教室』209ページ)

 「記憶の奥底」という魅力的な言葉が使われています。「ことば」は「記憶の奥底」から「溶けた記憶、忘れてしまったと思っているもの」を呼び起こす「釣り糸」のようなものだというこの喩えに強く惹かれました。「ことば」を使いながら、書き進めることができているとき、わたくしの頭のなか、心のなかで起こっていることをかたちにしてくれます。

いしいさんの本は、エリンさんの言う読み手に「ずっと残り続ける何か」がもたらされるゆえんを、書き手の側から伝えてくれています。エリンさんの言う読み手の内部に「ずっと残り続ける何か」は、いしいさんの言う書き手の「記憶の奥底」と響き合っているように思われます。エリンさんもダンティカの「ことば」を「釣り糸」にして「ずっと残り続ける何か」に導かれたのだと思います。

2023年6月10日土曜日

読書生活がもっと楽しくなる 多彩な作品のある作家、お薦めリスト

  2023年5月27日の投稿「多彩な作品のある作家が惹きつける、多様な読者たち 〜作家についての学びの可能性」では、例えば、森絵都氏のような多彩な作品のある作家が好きな子どもたちが対話すると、「一人の作家の好き嫌いは1冊だけで判断しない方がいい」「これまで手に取ろうと思わなかったジャンルやタイプや難易度の本に興味が広がる可能性がある」と考えました。

 この投稿の後に、引き続き同じ作家の『生まれかわりのポオ』(金の星社、2022年)と『チイの花たば』(岩崎書店、2021年)も読みました。どちらも挿絵もある児童書で、前者は飼い猫の死について、後者はお花屋さんになりたい女の子の話です。森絵都氏のような多彩なテーマと難易度の作品のある作家は、教室の子どもたちの顔を思い出しながら、いろいろな組み合わせで「作家別配架コーナー」を構成できそうです。

 今日の投稿は、そんな多彩な作品のある作家とその作品を紹介します。

 そのために、『改訂版 読書家の時間』(新評論、2022年)にも登場した、本好きの都丸先生に教えていただこうと、都丸先生と少しメールのやり取りをしました。

 都丸先生も、「多彩な作品」という作家では、森絵都の名前がまず浮かんだそうですが、今回は、梨木香歩について紹介を書いてくださいました。また、メールのやり取りの中で、オマケで、原田宗典、小手鞠るい、島本理生、そして、ジョン・クラッセンとマック・バーネットについても教えてくださいました。(個人的には、オマケに登場の、小学校の高学年におすすめの絵本、原田宗典の『ぜつぼうの濁点』と、検索の過程で見つけたマック・バーネット(文)とジョン・クラッセン(イラスト)の『三びきのやぎのどんけろり』に興味津々です。)

 以下、都丸先生からの紹介です。ジョン・クラッセンとマック・バーネットについては、→で私も少し書き足しました。

*****

 梨木香歩さんの『西の魔女が死んだ』(新潮社, 2001年)を再読したときに、最初に読んだときよりも感動が大きかったことがきっかけとなり、他の作品も読むようになりました。

 梨木さんの作品を好きな理由は、「見よう」と意識して見なければ、見ること、感じることができないものを、それぞれの作品を通して読者に示してくれる、そんな気がするからです。

 「おもしろくてページをめくる手が止まらない」というよりは、一文ずつ時間をかけてゆっくり味わいながら読みたい作家です。梨木さんの作品と過ごす時間は、自分にとって読書の喜びの大きな部分を占めています。

 『家守綺譚』(新潮社, 2006年)とその続編『冬虫夏草』(新潮社, 2017年)では、四季の移ろいと、自然界と異世界が絶妙につながる不思議な感覚を味わうことができます。

 本にまつわるエッセイ集『ここに物語が』(新潮社, 2021年)では、梨木さんがどんな本を、どんなふうに本を読んできたかだけでなく、読書という行為そのものについても触れられているところが興味深いです。

 「児童文学をもっと大人にも読んでほしいと思うのは、この、「幼かった自分の感覚」を手元に引き寄せることで、今の自分が存在の厚みを増してゆく、確かな『感じ』があるという効能のためでもある」(27ページ)

 読書の不思議な力の一つは、生身の自分は決してその場に居合わせるわけがないのに、内側のどこか奥深く、その場を『生きている』確かな感覚が逃れようもなく生じることだ」(69ページ)

 小学校高学年から大人向けという気がしますが、『ペンキや』(理論社、2002年)、『蟹塚縁起』(理論社、2003年)、『よんひゃくまんさいのびわこさん』(理論社、2020年)など、絵本の文章も書かれています。

 自分がこれから読もうと思っている作品は、児童書では『岸辺のヤービ』(福音館書店、2015年)。

 小説では『村田エフェンディ滞士録』です。こちらは先日、立ち寄った書店で文庫版を購入済です。『家守綺譚』の登場人物、村田が主人公の話。あとは、『裏庭』(新潮社, 2000年)です。

 梨木香歩さんの作品は、動植物をていねいに表現しているところも魅力の一つです。

 作品を読みながら感じる安心感や心地よさは、著者の動植物に対する造詣の深さも関係していると思います。

*****

 ここからは、都丸先生がオマケで紹介してくださった部分です。

▷ 原田宗典

 一般文芸・エッセイの他に、小学校の高学年におすすめの絵本『ぜつぼうの濁点』(教育画劇、2006年)、児童書『百人の王様 わがまま王』(岩波書店、1998年)、 詩集『青空について』(光文社、2003年)

▷ 小手鞠るい

  一般文芸・エッセイの他に、小中学生が読める作品多数。『放課後の文章教室』(偕成社、2019)、『文豪中学生日記』(あすなろ書房、2021年)は作家の時間のメンターテキストとして使える。

▷ 島本理生

 図書館の司書の方に紹介してもらった作家。絵本『まっくろいたちのレストラン』(岩崎書店、2020年)。 真っ黒なイタチがお客さんのうさぎに恋する絵本。一般文芸では、恋愛がテーマの小説多数。映画化されているものも多い。自分は絵本しか読んでいませんが、図書館の司書の方曰く、幅の広い作風とのことでした。メインの読者は高校生から大人かもしれません。

▷ ジョン・クラッセン

 絵本作家。シンプルだけど、大人も子どもも、語られていない部分を想像してドキッとさせられる作風。

 『どこいったん』『ちがうねん』『みつけてん』は、「ぼうしシリーズ」の3冊(クレヨンハウス、2016年)

→ 3冊読み比べると、同じシリーズの本で、雰囲気は似ているのですが、パターン?が異なる?というか、この3冊の間だけでも違いを感じます。

→ そして、『そらから おちてきてん』(クレヨンハウス、2021年)。題名から分かるように、「ぼうしシリーズ」も『そらから おちてきてん』も、全て大阪弁で訳されています。同じ著者で同じ訳者ですが、『そらから おちてきてん』もこれはこれで、その前の3冊とまた異なります。「作家クラブ」を行うと、この4冊の絵本、難易度としては、とても大きな差はないとは思いますが、それぞれのどれが好きかで、この作家の違う部分に注目できるかもしれません。

(ただし! ブラックな部分もあるので、「小さな子ども向きではない」とか「好きではない」というレビューもあります。)

▷ マック・バーネットが文を書いている絵本『サムとデイブ、あなをほる』(あすなろ書房、2015年)もおすすめ。

* オマケのオマケ

→ 『サムとデイブ、あなをほる』のイラストを描いているのは、上記のジョン・クラッセン。このペアによる絵本として『おおかみのおなかのなかで』(徳間書店、2018年)もめちゃくちゃ面白いです。

→ 以下も全て絵本で、難易度にとても大きな差はないものの、この2冊と雰囲気が異なると感じた絵本は、『アナベルとふしぎなけいと』(あすなろ書房、2012年)。また、『めを とじて みえるのは』(こちらのイラストは、イザベル・アルスノー、評論社、2019年)は父と娘の対話です。

→ マーク・バーネットの絵本『めを とじて みえるのは』と『おおかみのおなかのなかで』については、2021年2月26日金曜日の投稿「お薦め絵本」の中でも紹介しています。またこの時の投稿では、マーク・バーネットのTEDトーク「良い本が秘密の扉である理由」も紹介しています。

→ 今回の投稿を書くために、書誌情報などを確認している時に、『三びきのやぎのどんけろり』(化学同人、2023年)を見つけました。マック・バーネットとジョン・クラッセンのペアに、翻訳者が青山南。「この本、面白い!」と思って検索すると、青山南氏が翻訳されていることが時々あります。上で紹介されていた原田宗典の『ぜつぼうの濁点』とあわせて、『三びきのやぎのどんけろり』も、次に読みたい本となりました。

 本についてのやり取りを少しするだけで、読みたい本がたくさん増えます。「オマケのオマケ」は私の脱線ですが、本仲間とのやりとりが楽しくて、書き足してしまいました。リーディング・ワークショップを通して、子どもたちにも、本仲間と本についてのやりとりという楽しさをぜひ体験してほしい! と思います。

2023年6月2日金曜日

子どもが読む本の知識を教師(大人)が獲得するための六つのヒント

 ドナリン・ミラーは、ここ10年ぐらい読むことに関する本を立て続けに出している人で、邦訳されているのは残念ながら『子どもが「読書」に夢中になる魔法の授業』(高橋璃子訳、かんき出版、2015年)の一冊だけです。

 その彼女がネットで、提案してくれているのが表題の「子どもが読む本の知識を(教師や親が)獲得するための六つのヒント」なので紹介します。

 

1 何よりも、自分が本を読んでください ~ 本探しや紹介記事を読むこと(だけ)で、子ども向けの本の情報を得ることはある程度できますが、自分が読んで味わうことにはかないません。たとえ短い時間でも、継続して日々読んでください。実際に子どもたちに紹介する際に、自分の紹介なりの仕方が可能になります(し、相手によっては紹介を控えることも可能になります。それは自分が読んでいないとできないことです!)。

2 賞を取った本★には、目を通しましょう

3 司書と仲良くなる!★★ ~ 身近にいる絵本や児童文学が得意な司書とはもちろん、遠方にいても絵本や児童文学を専門にしている司書ともネットでつながることで。他にもいろいろと情報提供してくれるので、仲良くしましょう

4 何を読むべきか、子どもに尋ねましょう ~ 本を読んでいる子どもを見かけたら、推薦する本を尋ねる。あなた(や他の大人)がどれだけ本の知識をため込んでも、同じ世代の子どもの声にはかないません!

5 時間はあるが、手が離せない時のために、オーディオ・ブックを用意しておいて、活用しましょう

6 子どもの本に興味のある同僚や親友だちを数人誘って、ブッククラブを頻繁に行いましょう ~ やり方は、対面、ビデオ会議、あるいはオンラインで書くなど多様にあります。やり方は、『読書がもっと楽しくなるブッククラブ』か https://tommyidearoom.com/%e3%83%96%e3%83%83%e3%82%af%e3%82%af%e3%83%a9%e3%83%96%e3%81%a8%e3%81%84%e3%81%86%e3%83%a9%e3%82%a4%e3%83%95%e3%83%af%e3%83%bc%e3%82%af/

を参照してください。

もちろん、上のリストを全部やる必要はありません。やりやすいのから取り組み始めてください。病みつきになるはずです! それほど、絵本と児童文学はおもしろいのが多いですから。

そういえば、上の6つのヒントには市販の絵本や児童文学のおすすめ本をたくさん紹介した本をチェックすることが含まれていませんでした。初めての方にとってはもちろん、すでに精通している方にとっても、(本を選ぶ理由は人さまざまなので)この方法にも発見はあります。

(出典:https://www.scholastic.com/teachers/teaching-tools/articles/game-changer--.html

 

   https://www.sokunousokudoku.net/media/?p=9504https://nanairo-party.com/awards/には、有名どころが紹介されています。

海外受賞作品の多くは、邦訳がすでに出ています。たとえば、コルデコット賞・受賞作品は、https://www.ehonnavi.net/special.asp?n=1123。ニューベリー賞・受賞作品は、http://www.yamaneko.org/bookdb/award/us/newbery/index.htmといった具合に。ほかのも、調べてみてください。

国内の児童文学賞としては、https://www.kodomo.go.jp/info/award/index.htmlがありました。(これに掲載されていないもので、MOE絵本屋さん大賞(主催:白泉社)と絵本テキスト大賞(主催:童心社、日本児童文学者協会)があると、下の大学附属の児童図書館情報と一緒に、「おはなしレストランライブラリー」の司書の内田さんと尾崎さんが教えてくれました。)

★★ 図書館の中には、大学の中にある児童図書館もあり、絵本や児童書に詳しい司書やスタッフがいるかもしれませんので、興味のある方は問い合わせてみてください

・北海道武蔵野女子短期大学附属図書館児童図書室

・京都芸術大学芸術文化情報センターこども図書館「ピッコリー」

・文教大学附属図書館あいのみ文庫

・鳴門教育大学附属図書館児童図書室

・日本社会事業大学子ども福祉図書館

・山梨大学附属図書館子ども図書室

・聖徳大学川並弘昭記念図書館こども図書館

・関西大学児童図書館(高槻市立中央図書館ミューズ子ども分室)

・福島学院大学認定こども園こども図書館

・京都教育大学附属図書館

・奈良教育大学図書館 

・島根県立大学松江キャンパスおはなしレストランライブラリー

(※ これらの運営状況等は図書館によって様々のようです。そういえば、国立国会図書館・国際子ども図書館もありました!)

また、全国の絵本屋さんのリストとしては、以下のものがあることも教えてくれました。

雑誌『この本読んで!』2022春号(第82号)に、「全国子どもの店リスト2022年保存版」が掲載されています。
 さらに、オンラインで利用できる子どもの本のお店を紹介しているサイトもあります。
https://note.com/yamagata_aya/n/n7bf1b771e3ae

   https://wwletter.blogspot.com/2022/11/sel.htmlのリストや、https://wwletter.blogspot.com/2023/05/blog-post.htmlで紹介されている「16の思考の習慣」を教える際に使える絵本等のリストhttps://docs.google.com/spreadsheets/d/e/2PACX-1vTMEKv7cDlFCCtyYhJh6il1xEEAB0fUdCXjNHG5qLU9rUODlxYxGmXbIo2eSu2ujY3sAGA8U-f6rbfF/pubhtmlは、「おはなしレストランライブラリー」の内田さんと尾崎さんにつくっていただきました。

 以上紹介したほかに、絵本や児童文学賞、子どもの図書館や本屋情報がありましたら、ぜひpro.workshop@gmail.com 宛に教えてください。

 

オマケ情報

 上の出典のなかで紹介されていた本の、ミラーの最新作の『Game Changer! Book Access for All Kids(すべての子どもが本を手に取れるように)』の内容紹介です。各章のタイトルだけでも、それを実現するための方法が見えてきます。

第1章 「本の砂漠」から「本の洪水」へ ~ 誰もが同じように本を手にすることができるようにすることは、公正にかかわる問題

第2章 学校図書館と学校司書 ~ それらの存在が違いを生む

第3章 各教室の図書コーナー ~ 学校に強固な読む文化をつくりたいなら、これは不可欠! すべての子が、学校図書館を訪れることはないから。

第4章 すべての子が「自分の本」を持てるようにする!

第5章 読む本の難度の問題 ~ たくさんの本=選択肢が提供されれば、この問題は解決する!

第6章 文化的・社会的につながりがもてる本が提供されることの大切さ(これは、人種等の違いが大きいアメリカ固有の問題でしょうか?)

第7章 教師が絵本や児童文学に精通している ~ 一人ひとりにピッタリな本を紹介できる(一人ひとりがピッタリな本を選ぶのをサポートする)ために

第8章 家でも、学校でも「ひたすら読む」時間を確保する ~ これが一番大事! 家でも、学校でも、最低30分確保できたら最高。

第9章 自立した読み手を育てたければ、自分にピッタリの本を選べるようにする ~ 選書能力さえ身につけば、生涯読み続けることが約束される。

第10章 大切な読み手のコミュニティー ~ 読むことは孤独な営みと思われがちだが、極めて社会的である! 仲間がいるから、より多く、よりよく読めるようになる人がたくさんいる。ブッククラブやブックトーク(や書評・紹介文)などを通して、読んだことを共有し合える機会をふんだんにつくる。

★ 内容的に、この本と共通点が多い邦訳書があります。こちらは、

https://square.hatenadiary.jp/entry/2021/01/24/163856で、その目次が見られます。