2022年8月26日金曜日

「本をお薦めすること・してもらうことのお薦め」

   本日の投稿は、「本の紹介」プラス「知っている人に本をお薦めをする/してもらう」こと自体の「お薦め」です。私はそこから多くの収穫を得ているからです。

  書評やブックガイド、あるいは知人からの紹介などである本を読み、いわゆる芋づる式(それに関連する本、同じ作家、同じテーマなど)に読みたい本が増えることは、私にはよくあります。紹介された本や芋づる式に見つけた本は、順調に読み進められる時もありますが、そうではない時もあります。

 Yahoo!ニュース|本屋大賞2021 ノンフィクション本大賞受賞の『海をあげる』(上間陽子、筑摩書房、2020年)は、私には順調に読み進められない1冊でした。お薦めされた書名だけ頭に残っていて、ほとんど予備知識のないまま読み始めました。最初の章「美味しいごはん」をなんだかよくわからないまま読み、続く章を読んでいくと次々と話題が変わっていくことに戸惑い、なんだか全体がうまく見えてきません。

 幸い、この本を薦めてくれたのが、時々投稿をお願いしている吉沢先生でしたので、どうしてこの本をお薦めしてくれたのだろうかと尋ねたり、私がもやっとした部分を伝えることもできます。何度かのやりとりを経て、吉沢先生に、今回の投稿のためにこの本のお薦めを書いてくださるようお願いしたところ、以下を寄せてくださいました。

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上間陽子『海をあげる』(筑摩書房, 2020)

沖縄で未成年の少女たちの支援・調査に携わり、若年出産をした女性の調査を続ける著者によるエッセー集です。その人たちの声を聞く営みは、自分自身の声を聞きとることでもあったのでしょう。さまざまな弱者に向ける優しい眼差しが、読み手の私にも染み込んでくる本でした。

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 吉沢先生とのメールのやり取りの中で、「読みながら感じた著者の透き通った眼差し、そして爽やかな読後感が私の中に残っています。こういう読書体験は珍しかったです」とも書いておられました。

 本を薦めてもらうことで発生する「やり取り」は楽しい、と改めて思います。一般論というよりは、「私にとっての」疑問や思うことなど、極めて具体的な、個別のやりとりになるからです。

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『改訂版 読書家の時間』の執筆メンバーでもある本好きの都丸先生にも、ここしばらくの読書から数冊のお薦めをお願いしたところ、以下を挙げてくださいました。

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▷『喜嶋先生の静かな世界』 森 博嗣  講談社

日々「これでいいのか?」とあれこれ思い悩みながら人生を歩んでいる自分からすると、喜嶋先生の研究に対するどこまでも真摯な姿勢、生き方はとても輝かしいものに思えました。「おもしろくて仕方がない」「追究せずにはいられない」そんな研究対象と出会い、それをライフワークにできたら最高です。

▷『遠慮深いうたた寝』 小川 洋子 河出書房新社

ふらっと立ち寄った書店で、背表紙に惹かれて手に取った本です。

装丁は陶器のように美しい。小川洋子さんの日常を綴ったエッセイ。

日常を生きるということは、何かを読むことであり、書くに値することに出会うことでもあるのだと、気づかせてもらいました。

「何か本を読みたいけど、忙しくて本を読む時間がない!」と思っている人に紹介したい本です。読む前にこの本の美しい装丁をぜひ味わってみてください。

▷『だいありぃ 和田誠の日記 1953〜1956』文藝春秋 (この本は大人でも、子どもでも楽しめます)

イラストレーター和田誠さんの17歳〜19歳の手書きの日記を書籍化。

高校2年生から大学1年生までの和田さんが書き残した記録の数々。

たった一行「きのうと同じ」という日もあれば、観た映画についての詳細な記録を残している日や友人とのやり取りを書いている日があったり、『三四郎』を読んでいたり、淀川長治さんに手紙を書いていたり(返事のハガキの内容も記録してある!)。

こんな貴重な記録を読ませてもらえるのは、とてもありがたいことです。

▷『クラバート』 プロイスラー作 中村 浩三訳 偕成社 (この本も、大人でも、子どもでも楽しめます)

この本を初めて読んだのは中学1年の夏休み。

ページをめくる手が止まらなくなった感覚を今でも覚えています。

作者は『大どろぼうホッツェンプロッツ』で有名なプロイスラー。

水車場の見習いになったクラバートに様々な試練が待ち受けます。

クラバートは愛する人を救うことができるのか?

小学校中学年から大人まで楽しめる本です。

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 → 都丸先生が寄せてくれたこのお薦めを読み、すぐに以下のような主旨の返信を書きたくなりました。

 『クラバート』について「ページをめくる手が止まらなくなった感覚」と読むと、自分がそういう状態になっている時の幸福感?を思い出したり、『イン・ザ・ミドル』のアトウェル氏にとっては『秘密の花園』がその1冊だったのだろうと考えたりします。小さい時に、たとえ1冊でもそういう本に出合うことができれば、それはその子どもの今後にとって大きな経験になるだろうと思います。

 『喜嶋先生の静かな世界』は、読んだことがありませんでした。作家読みをする傾向のある私は、森氏の本も何冊か読んでいたのですが、あまりにも氏の著作数が多く、ちょっと困っていました。ですから氏のほかの本や選書の難しさについても言及したくなります。また、紹介文の「日々『これでいいのか?』とあれこれ思い悩みながら人生を歩んでいる自分からすると」という文を読んでびっくり。私からすると、都丸先生の予想外の一面を、本の紹介から見せていただいたように思いました。

→ 知人にメールを書くときに、「本のお薦めや紹介を一言入れる」と思いがけない収穫がありそうですし、逆も然りです。「一般的な」お薦めが、「自分仕様あるいは相手仕様」になるからです。結果として、自分仕様の読みたい本リストがさらに充実する可能性も高いです。

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(おまけ)

 最後に私からも、主にここ1ヶ月ぐらいで読んだ本から、何冊かお薦めです。

1)『本屋さんで待ち合わせ』 (三浦しをん、大和書房、2012年)

 この本の1ページ目に、「一応『書評集』」であり、「ちゃんとした評論ではもちろんなく、『好きだ!』『おもしろいっ』という咆哮」と説明されていますが、まさにその通りの本です。

 私の知っている本はほとんど登場せず、知らない本ばかりでした。それでも、咆哮(?)の勢いに押されて、書評自体が楽しく読めました。著者は幅広い本を読んでいる人であること、勢いのある魅力的な文で本の紹介ができることもすごいなと思いました。

 少し前に同じ著者の『舟を編む』(2012年の本屋大賞受賞)を薦めていただきました。それで同じ著者の本を読んでみようと思い、上記の本に出合いました。

→ 『舟を編む』を薦めていただいた人に「『舟を編む』を読みました」とお伝えしたところ、その返信で、歴史、経済、政治など、分野別にお薦め作家さんを複数教えていただきました。こちらも読んだことのない作家がほとんどでした。

→ 『舟を編む』をお薦めしていただいたことがきっかけで、『本屋さんで待ち合わせ』を読み、また、分野別のお薦め作家まで教えてもらえたのです。これも、「お薦め」に関わるやり取りの嬉しい収穫の一つです。 

2) ブックガイドとして「も」楽しく読めるのは、7月16日の投稿「本について語り合う『幸福』」で紹介されていた『読書会という幸福』(向井和美、岩波新書、2022年)と7月23日の投稿「気がついたら、何度も本と対話しながら読んでいた『一万円選書』」で紹介した『一万円選書』(岩田徹、ポプラ新書、2021年)です。

 ブックガイドとして考えると、『読書会という幸福』では比較的、一人で読むにはハードルが高そうな本も少なからず含まれています。『読書会という幸福』を先に読んでからそれらの本を読むと、著者自身が読んでいく上で苦労した点などもわかるので、「あ、ここは動きがなくて描写が延々と続くけど、ここでめげてはいけない」等、前もって励まし?を得ることもできます。

→ 『読書会という幸福』についても、この本に言及したおかげで、著者の師匠である東江一起さんが訳したお薦め本を教えていただくことができました。読みたい本がまた増えました。

3)『今を生きるための現代詩』(渡邊 十絲子、講談社現代新書, 2013年)

  リーディング・ワークショップを学んだおかげで、いい詩にも多く出会うようになりました。それでも、「詩はうまく読めないなあ」「うまく教えることができないなあ」という意識をどこかでもっています。ですから、下のような文章に出合うと、詩についての(おそらく本についても同じだと思いますが)話し合いがつまらない理由の一つが「結論ありき」なんだなあと改めて思います。

 「教科書は、詩というものを、作者の感動や思想を伝達する媒体としか見ていないようだった。だから教室では、その詩に出てくるむずかしいことばを辞書でしらべ、修辞的な技巧を説明し、『この詩で作者が言いたかったこと』を言い当てることを目標とする。国語の授業においては、詩を読む人はいつも、作者のこころのなかを言い当て、それにじょうずに共感することを求められている」

(渡邊十絲子『今を生きるための現代詩』 29ページ  Kindle 版)

4) 『生のための授業』(マルクス・ベルンセン/清水満訳、新評論 2022年)

 デンマークの教師10名の具体的な授業のやり方とその土台にある考え方を描いた本です。それぞれの教師の考え方や生き方が見えて来る本でした。8月13日の投稿で触れた「手法のショッピング」の先にあるものをたくさん感じられる本です。生き方の「選択肢」をたくさん学べる教育、それを体験することで生きやすくなる(救われる)子ども(大人)もいるだろうと思いながら読みました。

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(そして、今回の投稿のためにやりとりしていたところ、私の「おまけ」を読んだ都丸先生からさらにメールをいただきました。都丸先生の許可を得て、以下、抜粋します。1冊の本からのやりとりはどんどん続き、読みたい本もさらに増えます!)

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人からすすめられた本でも「自分には合わない」と感じることは、

よくあります。

やりとりの中で、その人が本のどこに魅力を感じたのかを知ることができると、

本の読み方も変わるかもしれないと思いました。


『本屋さんで待ち合わせ』と『今を生きるための現代詩』は

自分も以前に読みました。

三浦しをんさんが紹介していた『きのう何食べた?』(よしながふみ)は、

大好きな作品です。漫画です。

「何を食べるか」、「どう食べるか」だけでなく、

「誰と食べるか」が日々の生活の中でいかに大切かということに

気づかせてくれる作品です。

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2022年8月20日土曜日

変わり続けるために

 『理解するってどういうこと?』の第7章「変わり続けること以上に確実なことはない」の最後でエリンさんは、この本のここまでの章で論じられてきた「理解の種類」を取り上げた後、「しかし、こうしたさまざまな理解の種類は、私たちの日々の生活の一部になっているでしょうか? 私たちの言動は一致しているでしょうか?」と読者に問いかけます。「熱烈に学ぶ」「頭のなかでじっくり考える」「幅広いテーマや興味やジャンルや考えを探究する」「自分自身の思考を修正する」「「作家の技」を学ぶ」「もがく」・・・ということが大切な「理解の種類」だと教えようとしているなら、自分ができているかどうか振り返ってみなさいということですね。そのような振り返りがどうして大切なのか、次のように書かれています。

自分のために読んだり書いたりし、その内容について他の大人に語ることで、自分の考えに磨きをかける機会だけでなく、内側から、学びのプロセスを振り返る機会が得られます。私たちが何かを意識的に読もうと決めたとき、私たちはもっとも頭が冴えた状態が必要であることを知っています。集中しなければだめなのです。そういう体験を通して、私たちは子どもたちが同じように読むとき、どのように感じたり考えたりするのかを理解することができます。小説やエッセイなどを読むのを中断して、それまで自分がもっていた考えや価値観を転換してくれたことについて書き出すとき、そういう中断なしに読んでしまう場合よりもずっと深いレベルの理解に入っていくのです。こういう振り返りのなかで、学びのプロセス、とりわけ私がこの章で論じてきた理解の種類の、時間と共に思考がいかに変わるかについて考える、貴重な機会をもつのです。もし自分の学びのプロセスについての気づきを振り返り、それを記録することができたなら、学ぶことのおもしろさを満喫しているというだけでなく、子どもたちの学びをどう展開したらいいのかというヒントも提供してくれることになります。これ以上に価値のある時間の使い方はおそらく考えられないでしょう。(『理解するってどういうこと?』282ページ) 

作家の島田雅彦さんによる『小説作法XYZ 作家になるための秘伝』(新潮選書、2021年)は、島田さんの『小説作法ABC』(新潮選書、2009年)を「アップグレードしたプロフェッショナル仕様」の本で、島田さん自身の「小説作法のリニューアルであり、集大成でもあり、過去の自分を矯正するリハビリテーションも兼ね」「人文知性の拡張という、より大きな目標も忍ばせ」た本です。

もちろん2009年刊の『小説作法ABC』も、魅力的な小説の引用と島田さんの解説を読むだけで多くのことを学ぶことができる本で、各章のおしまいのところには「課題」が示されています。多様な「語り手の設定」を扱った第4章では次の三つの「課題」があります。

 

課題①

「コンビニ前の駐車場での、高校生同士の殴り合い」という一シーンを、渦中の高校生の一人称と、コンビニ店員の一人称の視点で書き分けてみる。

課題②

「コンビニ前の駐車場での、高校生同士の殴り合い」という一シーンを、渦中の高校生に視点が寄り添った三人称一元で書いてみる。

→課題①の、高校生の一人称で書いたものとこちらとを比較し、「僕」が「彼」に置換されただけとはならないよう、気をつけること。

課題③

「コンビニ前の駐車場での、高校生同士の殴り合い」という一シーンを、「神」の視点の三人称多元で書いてみる。

→冷酷な神、ユーモラスな神、えこひいきな神がいてもいい。

(島田雅彦『小説作法ABC121ページ)

 

三つの課題に取り組むうちに、実にさまざまな「「コンビニ前の駐車場での、高校生同士の殴り合い」という一シーン」が生み出されそうです。同時に、小説が新たな現実を生み出すということも、書き手として体感できるアイディアです。

では『小説技法XYZ 作家になるための秘伝』ではどのように「アップグレード」されているのか。「私小説」を扱ったくだりを引用します。

 

私小説は人が言うほど単純ではない。「私」というものは定義できないから、他者との関係や置かれた環境、生きた時代との関わりの様態を書くほかない。つまり、自分を語るためには、諸関係の網目の中に顔を出す自分、あるいは時間と空間、さまざまな事象を縦軸と横軸に取った座標軸の上に点として現れる無数の自分をつぶさに後追いするしか、「私」を客観的に書くことはできないという発見があった。

存在は過去によって担保されている。年をとると親や友人など自分の過去を担保してくれる人がいなくなっていく。逆にノスタルジーは蜜の味で、時には現実さえも曇らせてしまう。過去は苦しかろうと悲しかろうと既に経験済みだから安全であり、別の自分の中に逃げ込み、自分自身を護ることができる。だから、「私」を語るためにこそ、他者の背負った過去を引き受けなければならないのかもしれない。

無数の偶然とアクシデントが積み重なった結果、「今ある自分」が出来上がってしまった、としかいいようがない。そもそも、私はこういう者である、という定義そのものが不可能であることを知ったことが、『君が異端だった頃』という私小説を書いて得た最大の成果だった。     (島田雅彦『小説作法XYZ 作家になるための秘伝』3435ページ)

 

「つまり、自分を語るためには、諸関係の網目の中に顔を出す自分、あるいは時間と空間、さまざまな事象を縦軸と横軸に取った座標軸の上に点として現れる無数の自分をつぶさに後追いするしか、「私」を客観的に書くことはできないという発見があった」という一文にはっとさせられました。こうしたことを「作家の技」と割り切って捉えるのはもったいないことで、読み書きを学ぶとはこうしたことを発見するためにあるという思いを強くしたのです。『小説作法XYZ』の各章末にも「超絶技巧エチュード」としていくつものエクササイズが次のように提示されています。

 

8、実在する人物の「なりすまし」になってみよ。丸三日間その人になりすまして生活してみる。

9,他人の記憶、トラウマを背負ってみる。

10、他人の日記を書いてみる。男性なら女性の、女性なら男性の日常を書く。

11、この文章を書いたのは自分ではないとすると、一体誰かを考えてみる。

(島田雅彦『小説作法XYZ 作家になるための秘伝』4041ページ)

 

島田さんによれば『小説作法XYZ』は「プロフェッショナル仕様」ということですが、小説家になる力も意思もない私にとっても深い知見をもたらしてくれる本です。人生仕様と言ってもいいぐらいです。上に引用した四つの「超絶技巧エチュード」は、人生の練習のようにも思われます。多くの人がそれを実行してみて、じっくり考えてみれば、いまの状況が変わるかもしれないという思いに駆られました。『小説作法XYZ』に至る島田さんの著作が、エリンさんの言う「変わり続けること以上に確実なことはない」を実践しているからだと思います。

2022年8月13日土曜日

『改訂版 読書家の時間』についての3つのブックトーク と「手法のショッピング」の先にある土台や枠組み

 2014年の出版から8年を経て、今年6月30日に改訂版が出た『改訂版 読書家の時間』。まず、執筆に関わったメンバーのうち3名から、以下、3名それぞれの「20秒ぐらいのブックトーク」をお届けします。

(1)

教師の立場からすると、「読書家」としての日々の生活が、そのまま授業に活かせる学び方が「読書家の時間」だと思っています。週末に図書館に行き、教室の子どもたちの顔を思い浮かべながら読み聞かせ・考え聞かせ用の絵本を探すことが楽しくなります。


(2)

本を読むことって楽しいですよね

でも、教科書だけが唯一の読書の子どもも実際に多くいます

そんな子どもたちの楽しみの一つになるように

本を読むことがとっても楽しいことであることを伝えてあげたいです

好きなことが何かあれば、

誰でも本が好きになります

その好きなことを一緒に探して

好きなことについて書かれている本をそばに置いて

友達や先生と一緒に読めば

本が大好きになるかもしれません

それが読書家の時間です

(3)

生徒に、教科書の小説教材へ「主観でいいから」点数を付けてみようと投げかけました。7点以上が友達にこの小説を紹介してもいいと思える点数です。あるクラスでは、7点以上をつけた生徒が5人ほどでした。もっとも人数が多かったのは6点です。次に、教科書以外で7点以上の点数を付けられる本がある?と聞くと全員の手があがりました。読むこと、書くことのサイクルを回していくには「動機」が必要です。子どもたちの伝えたいという思いを支え、思いの言語化のお手伝いをする。そんな授業をやってみませんか?どうやって?ぜひ本書をお読みください。


*****


 今回の投稿のために執筆メンバーとやり取りをしているときに、「授業の手法だけを真似されても、よくある『手法のショッピング』で終わってしまい、自分には(自分の学校や生徒には)合わなかった、という結論を出されて捨てられてしまう」というコメントがありました。


 『改訂版 読書家の時間』には、(クラスの中でのお薦め本を知るための)本の紹介スピーチ、「がんばりフォルダー」、本の紹介文・カード、(本について話し合うための)ペア読書、読書パートナー、ブッククラブ、ITを活用したGoogleスプレッドシートのブッククラブ等々、教室で実際に行われている活動例がたくさん出てきます。


 でも「手法集」ではありません。


 ある執筆メンバーは、「国語の授業が教科書で完結することなく、日々の学校生活に『読むこと』が根付いていく。本を通して児童・生徒がつながっていく」と語っていました。そのような読み手のあり方や読むという文化が土台にあります。


 『改訂版 読書家の時間』の中で紹介されている実践は、読み手や読むという文化を見据える中で、結果として出てきたともいえます。逆にいうと、「国語の授業が教科書で完結することなく、日々の学校生活に『読むこと』が根付いていく。本を通して児童・生徒がつながっていく」ような手法や活動を、それぞれの教師が見出せれば、本の中の紹介例にこだわる必要はないように思います。


 執筆メンバーからは、改訂版での本リスト(★1)を活用してほしいという声もよく聞きます。それは「どんな本でもOKではないし、どんな本でもうまくいくわけではない」からです。そして「実際に教室で紹介したり、授業で使ったり、児童・生徒が教室で楽しく読んできた本などを旧版からパワーアップして『本リスト』に追加したので、気になるタイトルは書店や図書館で手に取って読んで欲しい」と言います。教師が読む楽しさを知ることも、紹介されている活動例を成功させる土台になります。


 紹介されている実践の土台にあるものは、ほかにもあります。


 前回の投稿「不安な心に『も』寄り添う『作家の時間』と『読書家の時間』」で、新刊『不安な心に寄り添う』が紹介され、『不安な心に寄り添う』が「「読書家の時間(RW)」や「作家の時間(WW)」の実践と重なる部分が多い」と書かれていました。


 この投稿と共鳴していますが、「(国語という)教科に限定されずにワークショップでできること」に目を向けると、そこからも、手法のショッピングの先にあるものが見えてくるように思います。(「手法を賢くショッピングするためのガイドラインになるようなもの」と言い換えても良いかもしれません。)


 それぞれの教科に限定されずにワークショップでできること、その一つは、一人ひとりの子どもを認めることであり、一人ひとりの子どもの「心理的安全性」を培いながらの学びです。


 次のような文章が「終わりに」に出てきます。


 「『子どもを認めるーーこれが私がワークショップをはじめた理由でもあり、現在でも魅せられている理由です(オンライン掲載の旧第9章「教師の変容」参照。)ワークショップを通して、子ども一人ひとりの好きなものや体験を知ることができたほか、勇気を出して表現してくれた子どもを認めることができたからです」(『改訂版 読書家の時間』216ページ)


 「心理的安全性」とは「率直に発言したり懸念やアイディアを話したりすることによる対人関係のリスクを、人々が安心して取れる環境のこと」です(この引用は『恐れのない組織』49ページからの引用で、『改訂版 読書家の時間』217ページで紹介されています)。


「何かができるようになるためには、今できていない自分に気づく必要があります。ところが、マイナスイメージばかりを自らにあてがっている子どもは、今の自分を見つめることに耐えられない程の不安やストレスを抱えています」(『改訂版 読書家の時間』218ページ)


 ワークショップは、このように、一つの教科に限定されない考え方をもっています。そして、それは以下にあるように、教え方の枠組みでもあります。


「ワークショップは、メソッドではなく『フレームワーク(枠組み)』と考えています。子どもたちの多様性を認め、主体性を保ち、自立的な学習者を育てていくための学習という捉え方、指導の考え方です」(『改訂版 読書家の時間』219ページ)


*****


★1 前にも紹介していますが、改訂版の本リストには、従来の項目に加え、以下の項目が加わっています。その中で「中学生の思考を動かす絵本」以外はオンライン版資料となっており、以下のURLよりアクセスできます。

「中学生の思考を動かす絵本」

「中学生の教室でよく読まれた本(フィクション)」

「中学生の教室でよく読まれた本(ノンフィクション)」

「中学生へのおすすめ本(フィクション)」

「中学生へのおすすめ本(ノンフィクション入門編)」

「中学生へのおすすめ本(ノンフィクション挑戦編)」


https://tommyidearoom.com/%e3%80%8e%e6%94%b9%e8%a8%82%e7%89%88%e3%80%80%e8%aa%ad%e6%9b%b8%e5%ae%b6%e3%81%ae%e6%99%82%e9%96%93%e3%80%8f%e3%80%80%e3%82%aa%e3%83%b3%e3%83%a9%e3%82%a4%e3%83%b3%e7%ab%a0/


2022年8月5日金曜日

新刊の『不安な心に寄り添う』(クリスティーン・ラヴィシー-ワインスタイン著)では、学校という場で生徒も教師も安心して過ごせるようにするために、教師として意識できるさまざまなことが述べられています。例えば、生徒に対する言葉かけであったり、授業の展開の仕方であったり、生徒の状況に合わせた活動を選択をする時間をつくったりするというようなことです。不安は誰にでも起こりうることなのです。そのことを認めながらも、より安心できる場とはどのような所なのかを考えるための一冊となっています。

これまでの教え方(いわゆる講義型や教科書ありきの授業)では、教師がリードし、教師の意図に沿った授業が多く行われてきました。この授業のスタイルでは、毎回の授業で生徒は何が起きるのかわからず、教師の発問に対していつ指名されるのかという不安に駆られ、自分の興味関心を活かした学びにはなりません。また、定期テストでは点数というもので他人と比較されることが多くなり、自信を失い、生徒によっては「よくできる」と言われることによって、毎回その期待に答えるために不安が増幅して行くことになります。

では、教師としてどのようなことを意識することで生徒の「不安」を軽減できるのでしょうか、『不安な心に寄り添う』からいくつかを取り上げてみようと思います。

・生徒の「声」を聴く。

 時に教師は、自分の経験から、生徒の置かれている状況を勝手に判断して声をかけたり、最悪の場合には強く叱ったりしてしまいます。これは、生徒にとって、話を聞いてもらう機会を与えられず、「不安」が増幅してしまうだけなのです。『不安な心に寄り添う』では、生徒を「よく見て」、生徒の状況を「尋ねる」ことを通して、生徒の「声」を聴くことが不安を抱えている生徒と接する際に大切だと述べられます。

・他人と比較せず、自分のペースですすめることを促す。

 生徒が不安になることの一つに、他人と比較してしまうということがあげられています。定期テストの点数や、評価があることは学校として避けることが難しい課題だと思います。『不安な心に寄り添う』ためには、不安を抱えている生徒に対して、自分のペースで取り組むことを伝えていく必要があるとされます。苦手と感じているものに対しても、自分のペースで進めながら、教師やクラスメイトと話をしながら、学びを進めていくことが大切なのです。そのことで、生徒の不安は和らいでいきます。

・コミュニティーを築く。

 一方通行の授業では、生徒がお互いにコミュニケーションをとる機会がほとんど与えられず、授業というものを通してクラスが一つの目的をも持ったコミュニティーとなることができません。一人でいるということが「不安」や孤立感を生み出してしまうのです。『不安な心に寄り添う』では、孤立感を取り除くために、課外活動への参加を奨励します。これは現在、日本の学校では部活など多くの取り組みがなされていると思います。これに加えて、授業もこれまでのあり方にとらわれず、クラスメイトのみならず他学年や地域などを巻き込んだようなコミュニティーを気づくような授業をおこなうことが孤立感を軽減し、「不安」を和らげると述べられています。

これらは一部ですが、『不安な心に寄り添う』を読んでふと思うことがありました。それは、このブログで取り上げられる「読書家の時間(RW)」や「作家の時間(WW)」の実践と重なる部分が多いということです。

例えば、WW/RWでは、カンファランスで生徒の「声」を聴くことができます。教師は生徒をよく見て、尋ねることでその生徒が必要としているサポートをしていきます。選書や読み方、書く内容など生徒一人ひとり一人にあったサポートができるのです。

さらに、WW/RWでは、自分のペースで自分の興味関心に基づいて読み書きを実際の経験を通して学ぶことができます。単元ごとのテストで比較するのではなく、それぞれが何を読んだか、何を書いたかを紹介しあうことでお互いの個性を認め、お互いから学んでいくことができます。

そして、WW/RWの大きな目的は、書き手や読み手のコミュニティーを築くことが挙げられます。クラスみんなが読み手や書き手になることで、自分たちが読んでいる本や書いた作品についてむ事の話が始まり、ひとつのコミュニティーとしてつながりができていますくはずです。

このように、WW/RWの実践は単に国語科として読むことや書くことの力をつけるだけでなく、学校がより安心で楽しい場となることにもなるのです。つまり、『不安に寄り添う』に述べられることと合わせて考えることで、WW/RWの実践が、多くの生徒にとって本当に必要なものなのだとさらに確信を強めることになるはずです。

タイトルからは一見、国語とは違った視点からの一冊に思えますが、皆様の実践にさらなる意味を与えてくれる一冊だと思っています。(執筆・小岩井僚)

 

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