2026年9月4日金曜日

読み終えたいま、あなたは何をしたい?

  本や文章を読んだ後に「いま、あなたは何をしたい?」と問いかけられたことはありますか? あるいはだれかに問いかけたことはありますか? その時、どのようなことを考えましたか? たとえば「ごんぎつね」や「大造じいさんとがん」を読んだ後に、「走れメロス」や「故郷」を読んだ後に、「羅生門」や「こころ」を読んだ後に、「いま、あなたは何をしたい?」「いま、何をしたくなった?」。読解をしている最中にそのように問いかけられても面食らってしまう読者は多いでしょう。大きなお世話だから放っておいてほしいと言われるかもしれません。

 「いまあなたは何をしたい?」という質問は、直接の行動を求めているわけではありません。本や文章を読んで「したくなったこと」を尋ねているのです。今すぐには(いや実際にはとても)できなくてもいい、だけれどもやりたくなることというのはあるものです。読み終えた本や文章についてそういうことがあれば尋ねてみるといい(自分にも他の人にも)。その答えには、おそらくその読者が積極的に関わることができたその本や文章の内容があらわれてきます。本や文章に書かれてあるそのままではないかもしれませんが、その読者がつくり出した意味が溢れています。なにしろその本や文章を読まなければその「したくなったこと」は生まれなかったはずです。

 「読み終えたいま、あなたはなにをしたい?」この問いは、読者のあなたが読んでいた本や文章の世界と、あなた自身が生きている社会世界を「つなぐ」問いです。しかもそれはあなたの生きている社会世界の「これから」に向かっています。

 ビアーズとプロストのBHHフレームワークについては、このブログの8月の第一週に書きました(65日「本(Book)。頭(Head)。心(Heart)。」)。何をいかに読むかを考えるための問いかけの枠組みを整理したものです。同じ著者たちが2020年に出版した『読むことによって鍛える』★には、BHHフレームワークが実際の読者同士のやりとりのなかでどのように機能するのかということが分析されています。

 ビアーズに学んだ大学生が教育実習の高校国語の授業で「すべての夏をこの一日に」(レイ・ブラッドベリ)を扱った時のことを彼女との面談で語っています。その授業での、このSF短編を読み終えた後のクラスでの話し合いのなかで、ここには「ほんの冗談」から始まった「いじめ」が描かれているとある生徒が指摘します。その後その生徒は「『ほんの冗談だよ』は人を傷つける」キャンペーンを学校でやろうと言い出し、実際にポスターを作って行動を始めました。この小説に描かれたことを他人事として済ますわけにはいかなかったのでしょう。また、社会科の授業のなかで「婦人参政権運動」について学習した際にも「すべての夏をこの一日」のなかの、中心人物が「クローゼット」に閉じ込められたエピソードと関連づけて、その時代の女性たちの置かれた状況を解釈しようとした生徒もあらわれました。少なくとも小説を「読むこと」が歴史のなかの大切な出来事を自分事として考えるきっかけになったと考えることができます。

 こうしたことを踏まえてビアーズらは「おそらくBHHリーディングの最後の段階は『いま、あなたは何をしたい?』という問いに答えることである。だから新たな呼び方はBHHDリーディングとなる」と書いています。BHHは深く理解するためのきっかけとして有効な枠組みですが、その先に自分の生きる世界において「何をしたくなったか」を考えることが重要だという指摘です。BHHD。もちろんブラッドベリ作品を読んで「いじめ」撲滅キャンペーンを実行に移した生徒は素晴らしいですが、他の教科の学習での理解を深めることに結びついたことも大切です。本や文章を読んで、自分が「したくなったこと」を頭に思い浮かべるだけでも、それを読んだことの自分にとっての意味が明らかになります。自分事にすることができます。しっかりと記憶にも残るでしょう。それが「読むこと」によって人が鍛えられるということです。本や文章プラス読者プラス状況で起こることです。

 ビアーズらはこの「D」についていくつもの実例を挙げていますが、そのなかに次のようなものがありました。★★

 「私が心に思うのは、ずっとバドがルールについてどうして悩んでいるかわからなかったということです。私が心で考えたのは、バドが自分のルール以外何ももたなかったのは、ほんとうの家族を持てなかったからかということです。私の心に残ったのは、家族はほんとうに大事だということです。そして動物にも家族が必要です。もし犬をあと一頭飼うことができたら、ママに言おうと思います。それと、私は犬が飼いたいのですが、ママが『バドが扉をひらくとき』(クリストファー・ポール・カーチス 前沢明枝訳、徳間書店、2003年)を読んだら、私が犬に家族をもたせたいと考えていることをたぶんわかってくれると思います。[4年生]」

 「『ワンダー』(RJ・ハラシオ著 中井はるの訳、ほるぷ出版、2015年)は自分が人をどのように扱っているかということについて考えさせてくれました。私にとっては、心のレッスンでした。私たちの学校で起こっているいじめについて何かしたくなったのです。[6年生]」

  「したくなったこと」を頭と心に思い浮かべてこのように書き留めること、ただそれだけでも「読むこと」が自分にもたらしたものを心に残すことができます。それを、これからの自分に生かすができるのではないでしょうか。

ところで、この文章を読み終えたあなたは、いま何をしたいですか?

 

★Beers, Kylene & Robert E. Probst. (2020) Forged by Reading: The Power of a Literate Life, Scholastic.

 この本については山元隆春著『自立した読者を育てる学習指導・評価法のデザイン』(溪水社、2026年)の129ページから152ページで論じられています。

★★ Beers & Probst(2020)Forged by Reading177ページから178ページに掲げられています。それを日本語にしたのが上記『自立した読者を育てる学習指導・評価法のデザイン』の149ページから150ページです。