2026年7月24日金曜日

読み手としてのアイデンティティーを育む

 マギーが小学1年生のとき、私は彼女の読み方支援(リーディング・サポート)を担当することになりました。指導が始まったばかりの頃、まずは読者としての彼女を知ろうと、私たちはテーブルに向かい合って座っていました。支援担当の教師として、私は子どもの強みや次のステップを把握するためにいくつかの評価テストを行うのが常でしたが、中でも一番気に入っていた方法は、子どもたち自身が自分のことをどんな読者だと捉えているかを知ることでした。子どもの読書に対する意識(マインドセット)を探るため、私はいつも決まって次の2つの質問をしていました。

  • 読むことに関して、自分の強み(得意なこと)は何だと思う?
  • あなたにとって、本を読むことってどんなこと?(自分はどんな読者だと思う?)

少し雑談をして場を和ませた後、私はマギーを見て最初の質問を投げかけました。「マギー、読むことについて、自分の強みはどこだと思う?」

マギーは目を見開きました。質問の意味を一生懸命に理解しようとしているのが伝わってきます。彼女は困惑した表情で私を見つめました。

「あなたの強みについて少し教えてほしいの。読むことで、自分はこれが得意だなと思うのはどんなところ?」と、質問の意味が分かりやすくなるように説明を加えました。しかし、マギーは肩をすくめるだけでした。

新学期が始まって間もない時期だったので、こうした質問に答えるのが難しいことは予想していました。たいていの場合、日々の指導の中でこうした対話を重ねていって初めて、子どもたちは答えられるようになっていくものだからです。

私は彼女が答えるのをじっと待ちました。どうしても返事が浮かんできそうにない様子だったので、次の質問に進むことにしました。「あなたにとって、本を読むとはどんなこと?」するとマギーは、「この先生、ちょっと頭がおかしいんじゃないかしら?」とでも言いたげな目で私を見つめました。一体全体、何を訊かれているのだろう、という顔です。私は言い方を換えました。「読者としての自分について教えて。」

それでもマギーは、どう答えたらいいのか分からないという様子でした。

「本を読むときの自分について教えてほしいの。どんな本を読むのが好き? どこで読むのが好きかな? お気に入りの本はある? 本や読むことに関して先生に教えておきたいことはある?」と、彼女のことを少しでも知りたい一心で言葉を重ねました。

彼女は言葉に詰まりました。私は焦らせないよう、静かに返事を待ちました。彼女は真剣に私の質問を考えています。私はさらに待ちました。「……ダニーの本と、グッド・ドッグ(いい犬)の本を読むのが好き」と、彼女は少し不安そうな声で答えました。

「犬が出てくる本が好きなのね」と私は推測しました。これから本を選んでいくための、小さな、でも大切な手がかりが得られて嬉しくなりました。

彼女は少しホッとした表情でうなずきました。

こうしたマギーの反応に、私は全く驚きませんでした。子どもたちに初めてこの質問をしたときには、よくある反応だからです。最初のカンファランスはいつも一筋縄ではいきません。「待つ時間」をたっぷり取り、質問を細かく噛み砕いて伝える覚悟が必要だと分かっていました。正直なところ、子どもたち(特に就学したばかりの幼い子たち)は、自分の強みを言葉にしたり、自分の好みを語ったりする機会など滅多にありません。しかし、時間をかけて意識的に言葉を交わしていくうちに、子どもたちはこうした問いに上手に応えられるようになっていくのです。

 

スキルの先にあるもの

教師になりたての頃の私は、子どもの読解力を「学習面」の観点から説明することなら、お手の物でした。さまざまな評価テストや少人数指導、個別のカンファランスを通じて子どもの学習状況を把握し、その進捗を具体的に描き出すことができたのです。「この子の今の強みはここで、次のステップはこれだ」と見極める知識もありました。もちろん、学習面での成長を知ることは大切ですが、それは子どもたちがもつストーリーのほんの一部に過ぎません。学力としての読書について語ることはできても、本当に知るべきことはそれだけではないと気づいたのです。

子どもたちに寄り添って指導を続けるうちに、読むのが得意な子は、単に「読むスキル」が高いだけではないことに気づきました。彼らは自分の「読書の世界」を、より広い視野で捉えているようでした。自分が何に関心があるかを自覚しており、身近に読み仲間と呼べる人がいて、好きな本について生き生きと語ることができました。彼らにとっての読むことは、学校にいる時間だけで終わるものではなかったのです。こうした子どもたちとの出会いを通じて、私は一人の読み手としての「アイデンティティー(「読み手としての姿勢や意識」)」をすくい上げるために、もっと本質的な問いを自分自身に投げかける必要があると学びました。

  • 私は、教室にいる子どもたちがどんな本を好むのかを知っているだろうか?
  • 彼らがこれまで本とどんなふうに関わってきたかを知っているだろうか?
  • 次に読む本を、彼らがどうやって見つけているかを知っているだろうか?

「何ができるか(スキル)」だけでなく、「読み手としてどう生きているか」に目を向ける必要がありました。学校で何を読んでいるかだけでなく、放課後に何を読んでいるかまで想像を広げなければならなかったのです。子どもたちは私に教えてくれました。学習面でのサポートは不可欠だけれど、それだけでは十分ではないのだと。

だからこそ私は、読み手としてのアイデンティティーを育てることが重要なのだと確信しました。

マギーの指導にあたっても、彼女が必要としている学習面でのサポートを行うのは当然です。しかし同時に、これまでの教え子たちが気づかせてくれたように、彼女が「自分は本を読む人間だ」と思えるようになる手助けもしたいと考えました。彼女との日々の対話や学びの場において、私は次の3つの大切な考え方を常に意識するようにしたのです。

 

読み手としてのアイデンティティーを育む対話

私の場合、まずは子どもの様子をじっくり「観察し、耳を傾ける」ことから始めます。子どもたちが何度も繰り返し読んでいる本や、楽しそうに開いている本はどれだろうか。教室に足を運んで、子どもたちが自分のブックボックス(読書箱)にどんな本を選んで入れているかを確かめたり、図書室でどんな基準で本を探しているのかをおしゃべりしながら聞いてみたりします。また、一人で黙々と読むのが好きなのか、友達と一緒に読むのが好きなのかを観察し、家では誰と一緒に読んでいるのかを尋ねることもあります。そうするうちにマギーも少しずつ心を開いてくれ、アイデンティティーを育むときの「お決まりのやり取り」が少しずつ見られるようになっていきました。

私:「あなたって、きっと〇〇なタイプの読み手よね……」 子ども:「うん、私は〇〇なタイプの読み手だよ!」

 

読書コミュニティーとのつながりをつくる

マギーが読み手としての自分について語れるようになったら、次のステップは彼女を「読書コミュニティー(本を通じた仲間とのつながり)」へと繋ぐことです。自分と好みの似ている友達と話す機会をつくるのはもちろん大切ですが、あえて異なる好みをもつ子と話すことも、新しい世界や可能性に気づく素晴らしいきっかけになります。友達と語り合う時間を確保し、著者と繋がり、身近な読書仲間を見つけられるようにサポートすることで、子どもたちは「読み手としての人生」へ向けた第一歩を踏み出せるようになります。私がマギーのような子どもたちを読書コミュニティーへと繋ぐために、よく実践している具体的なアプローチは次の通りです。

  • 子どもたちの「おすすめ本」をクラスの話題の中心に据える
  • 「この本、(クラスの)誰が気に入ってくれそうかな?」と問いかけてみる
  • お気に入りの作品について、ブログを書いたり紹介動画を作ったりする機会をつくる
  • クラスの枠を越えて、学校全体や家庭などへおすすめ本を発信する
  • 著者のウェブサイトやSNSを通じて、作家本人と繋がれるよう手助けする

 

本への架け橋を架ける

子どもたちが自分なりの「読み手としての姿勢や意識=読み手としてのあり方(アイデンティティー)」をつかみ、仲間との繋がりを感じ始めたら、次はいよいよ「ステップアップ(背伸び)」の段階です。これまで触れたことのない新しい作家や本、ジャンルへと橋を架け、世界を広げていきます。教室にやってくる子どもの中には、最初からある程度「自分は読み手/書き手」としてのアイデンティティーをもっている子もいます。そうした子は、幼い頃から読み聞かせをしてもらっていたり、大好きな本が決まっていたりします。本の探し方を知っていて、次に何を読もうか決まっていることも多いものです。だからこそ、マギーのような子どもたちが一歩踏み出し、世界を広げられるようサポートすることが欠かせません。私が子どもたちと本との間に架け橋を架けるために、意識しているアプローチは次の通りです。

  • 「ありのままのあなた」や「これからなりたい自分」を、いつでも温かく迎え入れてくれる本を届ける
  • 「読者としての成長の歩み」が今どの段階にあっても、全肯定して伴走してくれる本を届ける
  • 教室の図書コーナー(学級文庫)の本の並べ方をこまめに変えて、まだ見ぬ本との出会いを演出する
  • 本の「ペアリング」を作る(例:「これが好きなら、次は〇〇がおすすめ!」「物語とノンフィクションの組み合わせ」「この登場人物が好きなら、今度はこのキャラクターに会ってみて!」)
  • 「読み聞かせ」を通じて、子どもたちが自分一人では選ばないような新しい本へと世界を広げる

子どもたちに「文字の読み方(スキル)」を教えることはできても、本当に難しいのは、彼らを「自発的な読み手」に育てることです。読むために必要なスキルや方法を伸ばすことが不可欠であるのは言うまでもありませんが、それ以上に、一人の読み手としてのアイデンティティーを見つけ、育めるよう手助けすることこそが、その後の人生を大きく変える決定打になります★。

学期の後半、マギーの保護者と彼女の成長について面談する準備をしていた頃、私は再びあの質問をしてみました。今度のマギーは目を見開くことも、困惑した顔をすることもありませんでした。読み手としての自信がしっかりと育っているのが見て取れました。

ある日の指導の終わりに、私はマギーに言いました。「読み手としての自分について教えてくれる?」

彼女は弾むような声で答えました。「私、犬と猫……あと、動物の本が好き! エイミー・クラウス・ローゼンタールさんの本も好き。『ジ・オーケー・ブック』★★と『イエス・デイ!』★★★が特にお気に入り!」彼女は一度言葉を区切り、パッと顔を輝かせてこう言いました。「私、本が大好き!」

私たちは、確かな一歩を踏み出していたのです。

 

出典・https://choiceliteracy.com/article/build-reader-identity/

 この記事を書いたキャシー・ミア(Cathy Mere)先生は、オハイオ州で幼稚園年長から小学6年生までの学年を担当する教師として勤務したほか、リテラシー・コーチ(読み書きに特化したインストラクショナル・コーチ)やリーディング・リカバリー(Reading Recovery)教師としても活動してきた。著書に『More Than Guided Reading』がある。

★リーディング・ワークショップとライティング・ワークショップでは、正解的なスキルとしての読み方や書き方を教えるよりも、一人ひとりの読み手や書き手によりよい読み手や書き手になることを教えることが大切と言われます。

★★『The Okay Book』は、Todd Parr作の絵本です。

★★★残念ながら、『Yes Day』の邦訳はありません。エイミー・クラウス・ローゼンタールの本で邦訳があるのは、『おかあさんはね』と『ディアガール : おんなのこたちへ』です。

2026年7月18日土曜日

なぜ人は本を読むのか

  動画もあるしゲームもあるのに、どうして紙の「本」を読む必要があるのか? 読書することの何がいいのか? ―――このように質問されると、考え込んでしまってなかなかうまく答えられません。いいものだから黙って読めばいいのだという類の回答では質問者は納得してくれないでしょう。

難波優輝さんの『本とは何か』(新潮新書、2026年)には冒頭の二つの質問に答えるための大切な考え方が示されています。難波さんは「私たちが本を読む、ということは、本で何かパフォーマンスしている、ということだ」と書いています。読書をパフォーマンスとして捉えると「本」や「読書」のどのようなよさが見えてくるのでしょうか。

『本とは何か』には「物語」「人文書」「ハウツー本」「雑誌」「マンガ」「楽譜とレシピ」など様々なジャンルの「本」を読むことの特徴が細やかに分析されていきます。たとえば「ハウツー本」や「自己啓発本」を読む場合、それは「自分で読み進めている」という感覚が得られることが重要だと難波さんは言っています。

 「他でもない私が本を手にとって読み進めている。その自己コントロール感覚は、自己啓発の際にはよい気分にさせてくれるはずだ。動画を流しているときは、音声や映像が流れていってしまう。それらは「良い言葉」であるのだが、私がパフォーマンスすることで出現する言葉ではない。それらは過ぎ去る。私が本の文字列を追うとき、私がその言葉をパフォーマンスする。それゆえ、自己啓発書が本であることによって生まれるのは、読者の自己効力観のようなものであるかもしれない。」(『本とは何か』93ページ)

  たとえば、吉野源三郎の『君たちはどう生きるか』(岩波文庫)を読んでいる私は、この本に書かれていることをただなぞっていくだけでなく、自分の頭のなかで納得しながら読んで、コモン君の言動を自分にあてはめながら考えていました。これは自分でこの本のページをめくりながら読むことで起こることです。

 難波さんはその時の「読書する姿勢」に注目します。

 「セザンヌの「読書をする女性」が私は好きだ。これらは、読書の深さ、沈思黙考する人々の姿を描く。その顔はうつむいている。「うつむく」という姿勢に注目しよう。スマホをみているときの姿勢とも、ディスプレイをみているときとも違う、このうつむくという姿勢は、ことのほか、重要である。この姿勢は外界を遮断する。話しかけにくさがある。自分自身も、没入できる感覚がある。そして、何かを深く考えているような、日常の動作とは少し切り離された雰囲気がある。」(『本とは何か』94ページ)

  セザンヌの絵はネットで検索するとすぐに見ることができます。山陽本線の電車のなかで『君たちはどう生きるか』を読んでいる私の姿も、外から眺めると「何か深く考えているような、日常の動作とは少し切り離された雰囲気」をもつ姿であったと思います(それに注目する人はいなかったと思いますが)。セザンヌだけでなく、ルノアールやマネやマティスや黒田清輝、浅井忠など、高名な画家たちが、女性たちの「読書する姿勢」を描いた絵を残していることは、本を読む人間のその読書パフォーマンスの姿が独特の「雰囲気」を醸し出すことに気づいていたと言うことができるでしょう。読書に没頭する姿はまさしく「絵になる」というわけです。そしてこの「孤独性」はインタラクティブですぐに反応が返ってくる「ゲーム」では得られないものだと難波さんは言っています。

 「本の良さは、「孤独性」にある。本は開くと雄弁に語りかけできて、いろいろ命令をしたりして騒がしいけれど、それをすぐに黙らせることもできる。あるいは、本は行為してくるけれど、ゲームのようにはインタラクティブではないし、書き手は遠い場所にいる。この迂遠さ、この本の孤独さ、綴じている=閉じていることは、とてもユニークな経験を与えてくれる。」(『本とは何か』102ページ)

  「綴じている=綴じている」からこそ、「読書パフォーマンス」は「ユニークな経験」をもたらすのですが、それは読者一人ひとり異なるものです。何が書いてあったかという質問の答えには共通性があるかもしれませんが、どのように読んだかという質問の答えはむしろ違ってくる。そこに「読書」を「パフォーマンス」と捉えることの意義があります。

 「他人の感想や解釈をよむとき、私たちは「その人がどう読んだか」というパフォーマンスに注意を向けているのだ。ふだん、自分の読書については「作品を読んだな」しか意識できない。しかし他人の読書となると、私たちは自然と「パフォーマンスの仕方」に注意を向けられる。「え、そんなふうに読んだの!」と驚くことも何度かあったはずだ。つまり、自分自身の読書ではくっついてしまっている「作品」と「パフォーマンス」が、他人の読書パフォーマンスに出会うことで分離されるのだ。(中略)自分一人では見逃していた読書パフォーマンスの可能性を、他人を通して初めて実感できる。だからこそ、私たちは書評を読み、読書会に参加し、友人と感想を語り合うのだ。それゆえ、読書の後の様々な場面での語り合いというのは、たんなるおまけではなく、読書パフォーマンスにとって根本的な営みであり、本を読む楽しみの根源にあるもののようにも思える。」(『本とは何か』3536ページ)

 一人で本や文章を読んでいる時には自分の読み方にどのような特徴があるのかということを意識することはまずありません。その「本や文章」の内容を追いかけているのだと思い込んでいます。難波さんの言葉を借りて言えば、それは「本や文章」(難波さんは「作品」と言っています)と自らの読む「パフォーマンス」が「くっついて」いる状態だということになります。「本や文章」を読んでいる私がある方向で意味づけをしながら読み進めているわけですから、当然それは「本や文章」そのものではありません。「本や文章」を読む私の「パフォーマンス」を分離するようなことはしていません。

 複数の読者が他の人の読みや解釈を知る機会を設けることができれば、難波さんの言う「作品」と「パフォーマンス」を分離することができるのかもしれません。『理解するってどういうこと?』の第4章の表41には「理解のための方法と得られる成果」、あるワークショップでの「私たちは理解することにどのように取り組んでいるか」というエリンさんの質問に対して参加者が答えてくれた「理解のプロセス」と「理解の成果」がわかりやすくまとめられています(『理解するってどういうこと?』140141ページ)。「理解のプロセス」に書かれていることは「読書パフォーマンス」を言葉にしたもので、「理解の成果」はそれが自分にもたらした「いいこと」です。各自の「読書パフォーマンス」はお互いに話をすれば明らかになるのです。そしてその時に自分が使ったツール(理解するための方法)はどのようなものであったかということを共有することができれば、「自分自身の読書ではくっついてしまっている「作品」と「パフォーマンス」が、他人の読書パフォーマンスに出会うことで分離される」という経験をすることができるのです。こうしたことが本を読むことの新しい喜びをもたらしてくれるのだと思います。それが、なぜ人は本を読むのかという大切な質問に対する答えを見つけることにつながるのです。

 

2026年7月10日金曜日

生徒一人当たり5分間のカンファランスのパワー!

書くことを教える教師は、生徒がたくさん書き、しかも意味のあるコメントを受け取ることで書く力が伸びることを知っています★。また、読んでコメントを付けなければならない大量の生徒の文章に埋もれるあの感覚もよく知っています。こうした負担に対処する方法はいくつもあるとはいえ、この紙の山はやはり生徒と向き合う仕事の中で大きな重荷です。

書面でコメントを書く量を減らすために、授業中に生徒一人ひとりとカンファランスの時間をもつことを最初に考えたとき、時間がどれほどかかるのか不安でした。しかし、すでに自分の教室でそれをしていた同僚の助けもあり、思い切って生徒と書くカンファランスを実施したところ、教室のあり方にも生徒の学びにも大きな変化が生まれたので、無理なく効果的に進める方法と、予想していなかったプラスの変化を紹介します。

 

カンファランスの前にすること

 生徒とカンファランスを行う前に、私はまず生徒の作文をざっと読み、個々の生徒の作品には一切書き込みをせず、自分のメモに三つの点だけを記録しました。すなわち、その作文に使っている評価基準での点数、生徒が今回の課題でうまくできていた点、生徒がこれから取り組む必要のある点です。

この作業をしながら、クラス全体に向けて後で短い授業として扱うために、共通して見られた強みや伸ばすべき点についてもメモを取りました。

私は、生徒の作文に何も書き込みをしていない状態のまま返却し、クラス全体として見られた強みと伸ばすべき点について簡単に説明しました。

次に、生徒には配布したプリントの問い★★に沿って自分の作文を振り返ってもらいました。自分の作文に点数を付けるだけでなく、私とのカンファランスで「自分が伸ばしたい点」をいくつかの候補の中から一つ選んでもらいました。この焦点の絞り込みが、カンファランスの時間を効率的かつ効果的にするうえで重要でした。

私は、生徒に対してカンファランスの際の期待事項を説明しました。カンファランスをしている生徒と、順番を待ちながら自分で作業している生徒の双方に向けてです。生徒たちはひたすら書く活動の目的を理解し、すでに自立的な作業時間の基本的な約束事ができていたこともあり、この時間を有意義に使う準備ができていました。

 

カンファランス中にすること

生徒が週の終わりに提出する数日かけて取り組む作文の課題をしている間、私は一人ひとりと5分ずつ個別にカンファランスを行いました。

生徒は作文と振り返り用紙を持って私の隣に座ります。私は事前に作文を読んだときのメモを手元に置き、携帯電話で5分のタイマーをセットしました。

まず、生徒が自分の作文がどの点数に値するのか、そしてその理由を評価基準の言葉を使って説明します。その後、私が付けた点数を示します。多くの場合、点数は近いのですが、もし一致しないときは、生徒が評価基準の理解を深める必要があることがわかります。

次に、生徒は自分の作品の中で、今回のカンファランスで取り組みたい一点を伝えます。作文を参照しながら、生徒が改善できる点について話し合い、生徒はその内容をメモします。タイマーが鳴る前に話が終わらなかった場合は、最後の話題をまとめて終え、必要であれば授業時間外にも来てよいことを伝えました。

 

カンファランスの後にすること

 私は、生徒に修正を加えた作文の提出期限を伝え、クラス全体でカンファランスの進め方について振り返りをしました。生徒は、5分間自分の書くことについて話し合ったほうが、私が作文に書き込んでいたコメントよりもはるかに多くの学びがあったとはっきり述べました。

これまで私は、授業時間外でも書くことについて話したい生徒にはいつでも対応すると伝えていましたが、それを実際に活用する生徒はほとんどいませんでした。ところが、授業内でカンファランスを経験したあとでは、私の申し出を利用する生徒が大幅に増えたのです。生徒は、カンファランスの効果を自分で体験したことで、その後は自分の時間を割いてでも私と話そうとする意欲をもつようになったわけです。

 

授業時間にカンファランスをする価値がある理由

私の授業は平均して30人ほどの生徒がいるため、カンファランスにはかなりの時間が必要です。生徒一人ひとりとカンファランスを行うために、55分の授業を三回まるごと使い、私自身もかなり集中したエネルギーを注ぎました。それでも、その効果は十分に時間をかける価値がありました。

個別に焦点を絞った教え方をすることで、生徒はカンファランスで学んだ内容に注意を向け、実際に書くことに活かそうとする姿勢が強まりました。その結果は、初稿と修正後の作文の点数の差にすぐ表れました。

私は、生徒の作文にこれまで書いてきた短くて読みにくいコメントよりも、はるかに明確にフィードバックを伝えることができました。

生徒は、クラス全体の前では聞けなかった、あるいは聞こうとしなかった書くことに関する質問をすることができました。そのおかげで、私自身も書くことの教え方をどう改善すべきかをより深く理解できました。

生徒とのカンファランスには、思いがけない結果として、クラスの文化が大きく変わるという効果もありました。今振り返れば、生徒一人ひとりと話し、それぞれの必要に耳を傾けることが互いの関係性を良くするのは当然のことですが、教師が日々直面する多くの仕事の中では、数分間のつながりがもつ大きな価値を忘れてしまいがちです。

 

出典・https://www.edutopia.org/article/5-minute-writing-conferences

(この記事の執筆者Jori Krulder先生は20年の経験をもつ高校英語教師で、他の教師との交流を通じて授業への意欲を新たにしてきました。サンディエゴの都市部で4年間英語と読むことを教えた後、北カリフォルニアの農村部の高校に移り、チコ州立大学で教育学の修士号を取得しました。彼女の生徒たちは、よく読み、よく書き、よく話し合います。最終的な目標は、生徒が自立して「理解し」「理解してもらえる」力を身につけることです。

詩や文学、生徒の学び、教師の成長を支えることへの強い関心から、EdutopiaTeaching Channelなどに記事を書き、文学教育の書籍にも章を寄稿しています。)

 

★欧米では、書くことを教える教師(writing teacher)と読むことを教える教師(reading teacher)が別々に存在する場合があります。いずれも、生徒がたくさん書いたり、読んだり、そして書いたり読んだりしていることに的確なコメントを受け取ることで書く力と読む力が伸びる最大の要因であることを理解しているので、ライティング・ワークショップとリーディング・ワークショップを実践している教師が多いです。日本では授業時間内に、生徒たちがひたすら書いたり、読んだりする時間を確保しているでしょうか?

 

★★「作文の振り返りとカンファランスへの準備」のプリントに含まれている質問:

・評価基準で最高点を取るために必要な作文の要素は何ですか。自分の言葉で書いてください。

・自分の作文にどんな点数を付けますか。その点数を選んだ理由を、評価基準の言葉を使って説明してください。

・作文を改善したい点を挙げてください。

・作文の中で、あなたが最も誇りに思う部分はどこですか。理由も書いてください。

・作文の中で、教師に手伝ってほしい重要な改善点を一つ挙げてください。

・修正のための計画は何ですか。(これはカンファランスが終わるまで書かなくていいです)

2026年7月3日金曜日

本(Book)。頭(Head)。心(Heart)。

  6月8日の「合い言葉は、ノーティス・アンド・ノート(そこに注目して! そこにちゃんとメモして!)」で触れたように、ビアーズとプロストは、生徒が理解するための方法を使わざるを得なくなる、本のなかの「道標」として「予想外の行動(対照と矛盾)」「アハ体験」「難問」「賢者の言葉」「繰り返し」「回想の場面」の六つを提案しました。この著者たちは、米国のさまざま地域の学校を訪ねてこうした「道標」を使ったワークショップを行い、本や文章を読むことと理解について、教師たちや子どもたちと議論しました。その経験をもとにまとめたのがDisrupting Thinking(『思考を創造的に破壊する』)という本です★。

 彼女たちは、子どもたちが学年が進むにつれて、次第に自分がなぜ読むのかということを考えず、あるレベルに到達することや試験に合格するためにしか読まなくなる傾向があることに気づきます。読むために適切なマインドセットをもたせる、つまり「何を読むのか」だけでなく「なぜ、いかに読むか」ということをもっと考えさせなければ、活字離れ(aliteracy)が拡大するという危機感を抱きました。読むために適切なマインドセット、とはどのようなものか。
 ビアーズらは「読むことの最終目標」を「私たちが今ある以上のものになることである。今以上によくなることであり、自分のわからないことをわかるようになることである」と考えたのですが、どのようにすればそれを子どもたちに伝えることができるかということを、読むことと理解についてのワークショップを繰り返しながら試行錯誤します。
 子どもたちに「読む時には、本や文章の言語的、知的、感情的な側面について考えてほしい。つまり、責任を持って、積極的に読んでほしい」などと言っても反応がなく、もう少しやわらげて「読むことはあなたを変えられます。世界を広げてくれます。しかし、読む時には、自分の反応について考え、本や文章の内容についても考えなければなりません。そして、これが、あなたを思いやりのある人間にするためにどう役立つか自問自答してください」と語っても、あなたたちはいつまでここにいるのと返され、シンプルに「今日は文章の内容について考え、同時にその内容に対する自分の反応についても考えてください」と言うと、これは評価の対象になる授業なのかと言われる始末。
 こうした子どもたちのやりとり経て、彼女たちは「今日、読む際に、本の中身、頭のなか、そして心のなかについて考えてください」と伝えることにしたのです。ビアーズたちが黒板に、「本。頭。心。」と書いたその後の子どもの様子は次のようなものでした。

「本。頭。心。一人の少年が繰り返した:「本。頭。心」別の生徒が尋ねた。:「頭とは何ですか?」 私たちは「自分に『何にびっくりしたか?』と問いかけてみてください。そうすれば、本のない余蘊いついて考えながら、既に知っていることについても考えることができます」と説明した。彼は頷いて「すごい!」と答えた。別の子どもが「心に関する質問とは何ですか?」と尋ねた。私たちは「『これは私に何を教えてくれたか?』や『これは私の感じ方をどう変えるか?』と試みに自問してみてください」と答える。さらに頷きが返ってきた。私たちは息を飲んだ。
 部屋は静まり返った。私たちが黒板に問いかけ文を書き加えるあいだ。子どもたちはこの三つの言葉を凝視していたのである。そして彼らは肩をすくめて「わかった!」と言った。そこに確かに書かれていた。三つの言葉。本。頭。心。私たちの考えたフレームワークが、子どもたちに、テクストから情報を抽出するだけでなく、もっと深く考える必要があることを思い出させたのである。
フレームワークの本、頭、心とは何を意味するのだろうか? これは、本や文章に注意を払い、それについて考え、そして読むことによってどのように感じたり、どれだけ変化したりしたか(たとえわずかな変化でも)に注意を向ける必要があることを示す、短い簡潔なフレーズである。」★★

「短い簡潔なフレーズ」で読むために必要なマインドセットを子どもたちに伝えることができたというエピソードです。英語で本はBook、頭はHead、心はHeart。読むために必要なマインドセットのことを、彼女たちはこのそれぞれの頭文字を使って「BHHフレームワーク」と名づけました。次のようなものです★★★。

1 「本のなか」に何があるか
・この本は何について書いてあるか?
・その話を語っているのは誰か?
・筆者が私に知って欲しいことは何か?
2 自分の「頭のなか」に何があるか
・何にびっくりする?
・自分が既に知っていたことをこの筆者はどう考えている?
・自分の既に知っていたことに反対したり、賛成したりする部分はどこ?
・自分は何に気づいたか?
3 自分の「心のなか」に何があるか
・自分自身について何を学んだか?
・自分がよくなることをこの本はどのように助けたか?

 「「本のなか」に何があるか」「自分の「頭のなか」に何があるか」「自分の「心のなか」に何があるか」という三つの大きな柱のそれぞれについて「問いかけ文(prompt)」が設けられています。もちろん「本」には、長編物語だけはなく、短編の物語や詩歌も含まれますし、ノンフィクションの本や文章も含まれます。一つひとつの問いかけ文に対する自分の回答をメモして、ペアやグループで出し合って、何を手がかりにそういう答えになったのかを話し合ってみてはどうでしょうか? 「本のなか」に何があるのかということについて話し合っていたのに、いつのまにか「頭のなか」のことを話題にしているということがあるのかもしれません。はじめから「心のなか」に何が生まれたのかを話題にするのが好きな人もいるでしょう。そんなふうに三つの枠組みの境目は重なり合うこともあります。でも、今自分が語っていることは「本」「頭」「心」のいずれの「なか」のことを意識して確かめ合うことで、私たちが「何を」読んでいるのか、「どのように」読んでいるのかということを共有することができます。それが読むために適切なマインドセットを手に入れるということなのです。

★Kylene Beers and Robert Porbst(2017) Disrupting Thinking: Why How We Read Matters, Scholastic. 山元隆春著『自立した読者を育てる学習指導・評価法のデザイン』(溪水社、2026年)の第3章第2節で論じています。
★★Kylene Beers and Robert Porbst(2017) Disrupting Thinking, pp.62-63山元隆春著『自立した読者を育てる学習指導・評価法のデザイン』(溪水社、2026年)116~117ページ
★★★Kylene Beers and Robert Porbst(2017) Disrupting Thinking, p.63山元隆春著『自立した読者を育てる学習指導・評価法のデザイン』(溪水社、2026年)118ページ