2012年10月26日金曜日

オーストラリアの理科教育



Three key ideas I believe to be important in school science:
•  Science education shouldn’t be prescriptive – it is about the ‘spark of excitement’ that stems from discovery
•  Open-ended tasks and relevance are vital – students need to understand the world around them and make rational decisions on important issues
• Teacher confidence and professional development is just as important as the students’ learning materials.

これを、日本語に訳すと、以下のような感じです。

学校における理科教育に大切なことは3つある。
・理科教育は、教師(教科書)のシナリオ通りに行われるべきではない ~ 興奮したり、発見できることこそが大事。
・唯一の答えが存在しない活動と子どもたちが意味を感じられる活動が大切 ~ 生徒たちは自分の身のまわりの世界について理解し、重要な問題について考え、そして意思決定ができるようにしてあげるべき。
・子どもたちの学習材と同じレベルで教師が学び続けることから得られる自信が大切である。

以上は、オーストラリアで理科教育の新しいあり方を提案する報告書の中に書かれていた一節です。
 これは、読むことにも、書くことにも、話すこと・聞くことにも(ということは国語で)、そして他のすべての教科でも言えてしまうことではないかと思って紹介しました。

 教科に固有なことなんて、いったいどれほどあるのかとも思わされました。(扱う内容はともかく、少なくとも学び方・教え方に関しては!)

 わが国において主流であり続ける教え方(=教師のシナリオ通りに行われる/唯一の答えが存在する/教師が学び続けないので自信がないなど)では、上記で大切だと言われていることとは逆さまな状態にあり続けています。軽視どころか無視です。

 いったい、なぜそういう現象が起こり続けるのでしょうか?

 少なくとも、WWとRWはこれら3つをしっかり押さえた形で行われています。
 その意味では、WWやRWは国語だけで実践しているのはもったいなく、理科やほかの教科にも応用していくと、子どもたちは(そして、教師も)よく学べることを意味します。


出典: Re-imagining Science Education: Engaging students in science for Australia’s future, by Russell Tytler, Australian Council for Educational Research, 2007

2012年10月19日金曜日

問うことの大切さ


 読むにも、書くにも、「問うこと」「疑問を出してみること」「なぜ、と思うこと」の大切さを改めて感じさせてくれる本に出会いました。

 タイトルは、『藪の中の家 芥川自死の謎を解く』(山崎光男著、文芸春秋)です。

 書き出しの7~9ページに、以下のように書いてあります。

 芥川龍之介の晩年の作品に『三つのなぜ』という小品がある。
①       なぜファウストは悪魔に出会ったか?
②       なぜソロモンはシバの女王とたつた一度しか会わなかったか?
③       なぜロビンソンは猿を飼ったか?
 以上、3つの疑問に龍之介一流の機知と皮肉を交えて答えを呈示している。
 わたしの芥川龍之介に対する「なぜ」は、「なぜ自殺したのか」に集約できる。『ひとつのなぜ』である。が、このなぜを惑星にたとえると、そのまわりには無数の衛星的ななぜが点在する。
 昭和2年7月、芥川龍之介が自殺した日、全集(昭和30年、岩波書店版)の年譜には、次のように記載されている。
 24日未明、田端の自宅に於いて、ヴェロナール及びジャールの致死量を仰いで自殺した。枕元には聖書があった。
 30年前にも眼にした同じページの同じ活字である。以前は何の疑念も抱かず、並んだ活字をあるがままに受取り、次の行に移っていた。ところが、いまはわずか数行の記述が気になって仕方がない。
 睡眠薬とおぼしき、ヴェロナール及びジャールとはどんな薬か。
 致死量はどれほどの量か。
 薬の入手先はどこなのか。
 死亡診断書を書いた医師はだれか。
 蘇生させられなかったのか。
 医者は自殺を思いとどまらせる治療はできなかったのか。
 龍之介に持病はあるのか。
 主治医はだれなのか。
 ・・・・・・
 次々に疑問が湧いて出た。

 この本は、これらの疑問を解明するために書かれたのです。
2行の文章から、これだけの疑問が生まれ、そして本になってしまうのです。

読むとは、こういうことなのか、と思わせてくれるとてもいい例でした。
読むことが、さらに知ること/調べることにつながっていますし、その次にある書くという行為にもつながっています。
30年後に、読み直すという行為も。

山崎さんは、2行の文章から湧き出た質問群をリストアップしているのですが、実は、実際に使ったのは最初の1行だけでした。
「枕元には聖書があった」の方は、まったく関心を向けていません。
最初から自分が書きたい本の対象と考えていなかったのか、芥川龍之介とキリスト教のことには関心がなかったのか?
「芥川龍之介と宗教」でネット検索するとかなりの情報が得られますし、同じタイトルの『芥川龍之介とキリスト教』が川上光教と紗玉によってすでに書かれています。


 前回は、小学校1年生が詩人のように世の中を見たり、聞いたり、考えたりして書く事例の「あのね帳」の実践を紹介しましたが、今回は、本物の作家がどのように本を読み、そして自分が書く本の題材をつくり出す事例でした。

 「このぐらいなら、自分にもできそう!」と思っていただけたでしょうか?
 それとも、「難しそう!」と思われたでしょうか?

2012年10月12日金曜日

フィードバック


 前回の中心テーマのフィードバックの続きです。


子どもが書いたいい詩が読みたくて、鹿島和夫さんの小学校1年生の実践として有名な『1年1組せんせいあのね』を借りてきて読みました。4冊出ています。

とてもいい詩が大量に紹介されています。

もちろん、知りたかったのは、なぜこういう詩が続々と書かれたのか?です。

 答えは、日々のフィードバック(+問いかけ)に尽きます。

巻末に、灰谷健次郎との対談が載っているのですが、この日々のフィードバックは教室レベルではもちろんですが、学校レベル、教育委員会レベル、教育システム全体レベルでとても大切だと思わされました。それが、実態はほとんど行われていません。

 と同時に、アプローチにライティング・ワークショップやリーディング・ワークショップとの共通点も強く感じました。

 以下は、鹿島さんが最近になって自分の「あのねちょう実践」を振り返って書いた本『せんせい、あのね ~ ダックス先生のあのねちょう教育』(ミネルヴァ書房)からとったメモです。 数字はページ数、斜体はメモをとった際のコメントです。


 <メルマガからの続き>



48 あのね帳は、考える子どもを育てる手段
   徹底してやることの大切さ  ~  日本中の学校が「考える子」を教育目標に掲げながら、徹底してやっていないので(教科書をカバーすることしかしていないので)身につかないという悲劇が続いている!!!

51 話す言葉の中に子どもたちの宝があることを繰り返し紹介する
53 モデルを示す ~ 面白い本や詩を読み聞かせる
54 良い作品の基準 = ユーモアと笑い
65 4月から、時間割、教科を無視して「かな」を教える。じゃないと、子どもたちが「あのね帳」を書けないから。
71~74 白い紙に書かせる助走期間 ~ 絵を描くこととセット
  テーマを提示して、絵と文を書く
  それにフィードバックして、家で見てもらい、話してもらう
75 私の口癖は「考えなさい」 ~ 生活、遊び、授業の中で思いついたことや考えたことを一つだけお手紙の形で書いてほしいと言って、あのね帳を配布
   書くことによって、考える生活の習慣化
77 朝の1時間、子どもたちを迎えて、書いてきたあのね帳を受取り、フィードバックを書く
78 力をつけるには、ひたすら継続
80~1 大切な題材選び
  何でも書きなさい、遊んだことを書きなさい、はダメ。
・     よく見つめなさい。自分の目で見たことを書きなさい。
・     黙って聞いていなさい。そして、聞いたことを書きなさい。
・     美しいものを見たら、手で触ってごらん。鼻でかいでごらん。その感じたことを書いてください。
・     へんだなあと思ったら、なんでかなと考えたことを書いてください。
五感を働かせて考えることを求める
82~4 タネをみつけられるように
85~7 具体的に。 イメージ豊かに
88 人間の言動を見つめてほしい/聞いてほしい
89 自然の移り変わりを凝視してほしい
91 疑問、異議・怒りをもってほしい。抵抗してほしい
94 体験/身体で確かめてほしい
98 主題は一つ。  一生懸命書くと長い文になる
101 短い方がいい、に修正していく
102 足りない場合は、付け足す

104 しんどいことには喜びを
105  ① フィードバックを書く
     ②       赤丸 → 学級通信に活字になって掲載される
  個々の子どもの絶対評価で。
115 丸がもらえる作品
・     子どもたちの感動した心、考えた事柄、見知らぬ出来事の発見、疑問に思ったことが明確に書かれた作品など。小さく焦点化されたものが良い作品。
・     子どもたちの考える生活から生まれてきた作品

118 学級通信 ~ 親とのパートナーシップの形成

144 解放された平等感のある人間関係の中で、芽が出せる
150 自立する力をつけるには、時間がかかる
179 感動すると同じレベルで、批判する/疑念を抱く感性を大切に育てたい

2012年10月5日金曜日

カナダの教師たちの書く指導



4~8年生(中2)を教えている教師192人に対して「書く指導」に関する電話インタビューを行った結果を入手しました。
質問は、以下の3つです。

1)あなたは、生徒同士のピア・フィードバックを活用していますか?
2)あなたは、カンファランスなどで頻繁に生徒にフィードバックをしていますか?
3)あなたは、評価基準表(ルーブリック)を使って生徒にフィードバックを提供していますか?

あなたの答えはどうですか?

1)カナダでは、94%の教師が生徒同士のピア・フィードバックを活用しています。
一人の教師が、すべての生徒たちに満遍なくフィードバックをし続けることは難しいですから、最も使われているのが、生徒同士のピア・カンファランス/ピア・フィードバックであることは理解できます。★
逆に、日本ではこの極めて効果的な方法が書く指導ではもちろん、読む指導でも、他の教科でもまだ活用されていないのではないでしょうか? (その理由は、教師が一斉指導の形でがんばりすぎることではないかと思います・・・★★)
生徒同士のピア・フィードバックは、する側もされる側も学べる方法ですから、とても有効です。

2)カナダでは、82%の教師がカンファランスなどを通じて、自分が直接生徒たちにフィードバックを頻繁にしているようです。
この数字で、カナダの教師もちゃんとがんばっていることがわかりますが、がんばり方が日本の教師とは違うようです。

3)生徒たち自身がそれを見れば何をどう直していけばいいのかがわかる評価基準表を使いこなせている教師は、43%です。上の1と2だけでも、「指導と評価の一体化」はかなり図れますが、評価基準表は基本的には成績のガラス張りを意味しますから、究極の「指導と評価の一体化」と言えるかもしれません。生徒たちにとっては、何をどうすればいい成績=いい作品になるのかの情報を事前に知らされている状況です。生徒と教師は、その実現のために協力して努力していきます。

 電話インタビューの結果の出典は、Educational Leadership, September 2012, p.9, ASCD。


   <メルマガからの続き>



★ 生徒同士のピア・カンファランス/ピア・フィードバックの具体的な方法として最も効果的なのは、「大切な友だち」です。(詳しくは、『作家の時間』の69~73ページを参照してください。)
 具体的には、以下のステップで進めます。
1)     後でいい点や改善点を指摘できるように作品を読む
2)     読んでいてわからなかった点やハッキリしなかった点の質問を1つ、2つする。
3)     特にいいと思った点を2つ、3つ指摘する。
4)     直したり付け加えた方がいいと思った点について質問の形で2つ、3つ問いかける。
5)     3)か4)の中から一番伝えたいことを「愛を込めたメッセージ」として書いて渡す。

 慣れないうちは、4)が難しいですが、要領を得ると小学校中学年以上ならかなりうまく質問できるようになります。
 この進め方が世の中の基調になれば、世の中大きく変わると思います。現状は、いい点を具体的に指摘できず、すぐに悪い点を改善するための質問をするのではなく、指摘することが横行しているからです。「愛」がないので、いくら指摘したところで、指摘された側は変えられません。

★★ 残る確率としての数字を思い出してください。表2の●●● と ◆◆◆ は、何だと思われますか?

表1:老子の教え       表2:アメリカの研究者の数字

  聞いたことは、忘れる。         聞いたことは、  10%
  見たことは、覚える。          見たことは、   15%
  したことは、わかる。          聞いて見たときは、20%
  (見つけたことは、できる。)      ●●●●●ときは、40%
                      体験した  ときは、80%
                      ◆◆◆◆◆ときは、90%

              出典: 『効果10倍の教える技術』27~79ページ)

2012年9月28日金曜日

読んでいるときに、行き詰ったら



 「読んでいて行き詰ったら、読むのをやめるよ」

 冒頭の「読んでいて行き詰ったら、読むのをやめるよ」は、9年生(日本でいうと中学校3年生)のルーク君の言葉です。この言葉は、高校で教えながら教員研修にも関わっているクリス・トバニ(Cris Tovani)の本の中に出てきます。★

 この本によると、どうやらルーク君はあまり読むのが得意でないようです。ルーク君の率直な答えに驚いた先生は、クラスの子どもたちに、読んでいて行き詰ったときにはどうしているのかを尋ねます。残念ながら、ルーク君以外の子どもたちも、あまり読むのが得意でないようで、「何もしない」、「100回読んでみる」、「もっと一生懸命考える」等々、あまりぱっとしない答しか出てこなかったようです。

 私自身、国語でも外国語でも「読んでいて行き詰ったとき」にどうするのか、ということをはっきり教えてもらった記憶はほとんどありません。「何度も読めば、そのうちに分かる」とか「とにかく辞書で調べなさい」等々の、今、思うとほとんど助けにならないことを、誰かに言われたような記憶はあります。

 (「ほとんど助けにならない」と書きましたが、「何度も読む」場合は、その「読み直し方」次第で、行き詰まりの打開につながることもありますから、「打開につながる読み直し方」を教える必要があります。同様に、「辞書で調べる」にしても、その調べるタイミングと調べ方を間違うと、かえって訳が分からなってしまうので、こちらも「いつ、どうやって調べるか」を教える必要があります。言い換えれば、どちらも、具体的に、役立つ読み直し方や調べ方を教えないかぎりは、「ほとんど助けにならない」ということになります)。

 上のようなことも含めて、先生がどうやって解決しているのかを、「考え聞かせ」★★で、みんなにミニ・レッスンで教えるのもいいかもしれません。

 でも、ミニ・レッスンで教えるだけでなくて、ぜひ、カンファランスのポイントにも、と思います。

 というのは、読みにくい箇所も、その解決方法も、子どもによって様々だと思うからです。カンファランスで、読めているかどうか確認するときに、子どもがどんな解決方法を持っているのか(知っているのか)、そしてそれを使えているのか、なども見ていければと思います。

出典:
 
★     クリス・トバニ(Cris Tovani)氏の本、I Read It, But I Don’t Get It (Stenhouse, 2000)の、第5章は、上のルーク君のセリフで始まり、この章の最初の2ページ(49-50ページ)で、行き詰ったときに、どうしていいのか分からない子どもたちの様子がよく描かれています。また、この同じ本の51ページに「行き詰ったときにやってみる方法」も紹介されています。

★★ 「考え聞かせ」については、『「読む力」はこうしてつける』(吉田新一郎、新評論、2010年)の71ページに次のように説明されています。
 
「読む時、私達は『優れた読み手が使っている方法』を意識するかしないかはともかくとして使っています。しかし、頭の中で起こっていることですから、それは見えません。この読んでいる時に考えていることを言葉にして表すことを『考え聞かせ(think aloud)』と言います」

 なお、この本のパート2では、「優れた読み手が使っている方法」を、具体的にどうやって教えるのかという事例が数多く紹介されています。

2012年9月21日金曜日

アンケートの回答


国立の中高一貫校で国語を教えているSさんからのアンケートの回答(青字)を紹介します。

1)読み・書き、聞く・話すのご自分の実践で自慢できることを、ぜひ教えてください。
 6
月に子どもの臓器移植がありましたので、これを題材にして、中2の生徒と新聞記事を読んだり映像を観たりしながら、考えたことを話したり書いたりする、という授業を行いました。 → 死とは何かの話に直結しますから、いろいろな考え方がでてきたでしょうね。

2)WW&RW絡みで解決したい課題がありましたら、お知らせください。
 「わかったつもり」や、「できているつもり」、の人達に対し、問題点を指摘しつつ「その気」にさせるにはどうしたらよいか、を考えています。地道に一人ずつ対応していくのが一番なのかな、とも思いつつ。 →  量が多いので、下をお読みください。

3)前回まで「WW&RW便り」でおもしろかった/参考になったものがありましたら、教えてください。
 本物に浸る(その2)のインタビュー記事を授業に使うというプランは面白かったです。「日本版」があったらいいのにと思います。「聞き書き」のレッスンをどこかでしたいな、という気持ちもありますがなかなかよい素材を見つけられていません。 → アメリカの中・高レベルの最高峰の「聞き書き」の実践として、アパラチア山脈の中で40年以上展開しているTheFoxfireがあります。地域の老人たちの聞き書きを集めたものです。調べてみたら、なんと、日本ですでに応用版がありました!! その名も、「聞き書き甲子園」。好きですね、このアプローチ。求められているのは、年間を通した積み重ねなのですが・・・。要するには、地元の老人たちで十分だと思います。また、テーマによっては老人たちに限定する必要もないわけで。

4)他の学校の先生と一緒にやってみたい読み書きについてのプロジェクトがあったら教えてください。
 さきほど書いた「子どもの臓器移植」など、ある一つのトピックをもとに意見を交換しあう(ディベートではなく)とか「読み」を交換しあうとかいうような、プロジェクトができたら面白いと思います。異学年でも同学年でもどちらでやってみてもおもしろいのでは。。。 → 自分たちだけでなく、親や地域まで巻き込めたら面白いかも。The Foxfireは大切なものを記録に残して、発信するという活動なのですが、こちらは情報を作り出して発信するというか、考えるきっかけを自分たちの周りにも提供する活動として。

5)本について教えてください。
① 最近読んで面白かった児童文学の本
 『ギヴァー』も『てん』もですが、面白かったというより突き刺さってきた感じです。反省なしには読めませんでした。 → それは、失礼しました。両方とも私にとっては「これ以上元気にしてくれる本はない」ということで紹介していますが、受け取り方というか解釈は様々ですね。
② 最近読んで面白かった読み書きに関する本
 貧弱な読書量で恐縮ですが『読む力はこうしてつける』は、非常に興味深く、自分の授業に導入するつもりで読んでいます。
③  教室の中でつかってみて、とてもうまくいった本
 藤嶋昭著『時代を変えた科学者の名言』(東京書籍)から、科学者の名言をいくつか紹介して解釈させたところ、なかなか面白いものを書いてくる生徒がいました。 → 早速、借りてきて読みました。大人が読んでも面白いと思いました。書いたものを紹介し合うことは、したのですか? 結構、読む人の知識や体験で解釈は多様になり得るな~、と思いました。
④今、クラスで人気のある作家たち
 ごめんなさい、現在はわかりません。担任している高3の生徒達は、ようやく受験参考書を開いたところです。7月中旬までは卒業研究があり、各々のテーマに関連する本を読んでいました。勤務校ではもともと自分の好みにしたがって読みたい本を読んでいる生徒が比較的多いように思います。図書館や国語からの宣伝不足もあるように思いますが。


    <メルマガからの続き>


2)WW&RW絡みで解決したい課題がありましたら、お知らせください。

「わかったつもり」や、「できているつもり」、の人達に対し、問題点を指摘しつつ「その気」にさせるにはどうしたらよいか。

3人の「WW&RW便り」執筆者による3通りの回答です。

→ ① graphy
難問です。同じような問題をもっている子が多ければ、もちろんミニ・レッスンで扱えるとは思うのですが、そうでなければ、同じ問題をもっている学習者を集めてのグループ・カンファランスか、地道にひとり一人対応していく個人カンファランスになるようには思います。
 しかし、1クラスの人数の多い場合、これは本当に困難です。私も人数の多いクラスではできていません。
 そうなると、「気になっている子の問題点に焦点を当てつつ、クラスの多くの子が必要としているようなトピックもいれたミニ・レッスンを考える」、という選択肢も考えないといけないのかもしれません。
 あとは共有の時間でしょうか。先生から見て、この問題点を解決するようないい例をいくつか紹介するとか???
 ただ、大人でも、それぞれに分かったつもりになっていて、実はそうではないことが多いので、ミニ・レッスンや共有の時間を使った全体へのアプローチの場合、やはり効果は低いのかもしれませんし、いかにその個別例をうまくおさえられるか、がポイントになるようには思います。
 なお  参考になるかどうか分かりませんが、少し前に、小学校の低学年のカンファランスの例を聞いて、なるほど、と思ったことがあります。
 そのカンファランス例からは、「できているつもり」の人は、決して、悪気も何もなく、その方法しか知らないことが、よくわかりました。
 それに対して、先生が問題点を指摘するようなこともありませんでした。
 とはいえ、その問題点にそれとなく気付かせるような投げかけをしつつ、「もっといい方法を教えるというカンファランス」で、本当に見事だと思いました。

→ ② てる
読むことに関しては、レター・エッセイ(読んだ本について手紙に書く)などの自分の読みについて書く課題を与えると、読めていないと書けないので、読めているつもりになれないのかもと思いました。
書く課題を与える際に、自分の考えに理由を書くこと(テキストを書き抜いたり、コピーしたものを貼るなど自分の考えの根拠を提示させる)など課題の指針を明確に与えておくと、よりわかったりつもりとか、できるているつもりとか、読んだふりとか予防できるのではないかと思いました。ナンシー・アトウェルもレター・エッセイの課題では、自分の考えには理由を書くことだと指針を生徒に与えています。
「テキスト+自分の考え」が読むことであると読むことの定義を明確にするなどもいいと思います。その上でレター・エッセイの課題をやれば、テキストがない自分の考えだけでは読めたことになりませんし、逆にテキストから自分の考えや意味が出てこなければそれも読めたことにならないと自分で自分を評価できるのでないでしょうか。
レター・エッセイは先生に書く場合と、クラスメイトに書く場合があり、読んでいる相手がいるので、その気になりやすいかもしれないです。

書くことで思い出したのは、一枚文集という実践です。子どものよく出来ている作品一つをとりあげて印刷して読み合う実践です。
ミニ・レッスンなどで扱った内容でよくできているもの選んで、読み合います。いいと思ったところに線をひかせたりします。ひかせないこともあると思います。どこかよかったかなど問いかけて作文を共有します。
引用からはじまる書き出しがよかったとか、五感を効果的に使って書けているとか、いろいろ な意見が出てくると思います。
モデルに勝る教育はなさそうですし、とても効果的ではないかと思っています。意欲の面でもクラスの子の作品を使うのは効果があると思っています。
生活綴り方などの流れの先生がよくされている実践です。

→ ③ shinlearn
単純に、その子たちに聞いてみる/問いかけてみるというアプローチはいかがでしょうか?
人数によりますが、口頭で聞いてもいいし、アンケート的な形で書いてもらってもいいし。そこからやり取りがスタートです。
さらに単純で効果的なのは、ペアないし三人で話し合ってもらう方法かもしれません。




2012年9月14日金曜日

読者アンケート


ぜひ、下のアンケートにお答えください。
全部でなくとも、答えられるもの/答えやすいものに。
(回答は、下のコメント欄か pro.workshop@gmail.comにお願いします。)

1)読み・書き、聞く・話すのご自分の実践で自慢できることを、ぜひ教えてください。
2)WW&RW絡みで解決したい課題がありましたら、お知らせください。
3)前回まで「WW&RW便り」でおもしろかった/参考になったものがありましたら、教えてください。
4)他の学校の先生と一緒にやってみたい読み書きについてのプロジェクトがあったら教えてください。
5)本について教えてください。
  ① 最近読んで面白かった児童文学の本
②     最近読んで面白かった読み書きに関する本
③      教室の中でつかってみて、とてもうまくいった本
④      今、クラスで人気のある作家たち


私の5)の①は、『海にはワニがいる』(ファビオ・ジェーダ著、早川書房)
文学ではありませんが、『ミイラになったブタ』(スーザン・クインラン著、さえら書房)
ノンフィクションは、フィクションと同じぐらいに大事です!! というか、おもしろいです。(いま~9月28日現在~読んでいるのは、『1421 中国が新大陸を発見した年』ギャヴィン・メンジーズ著)です。★

②は、『せんせい、あのね ~ ダックス先生のあのねちょう教育』(鹿島和夫著、ミネルヴァ書房)

④(クラスではなく、私個人の今、人気の作家)は、アーサー・ビナード。
『さがしています』(童心社)、『くうきのかお』(福音館書店)など、です。


★ これを読んでしまうと、いったいバスコ・ダ・ガマやコロンブスやマゼランなどの「新大陸発見」と教えられた私たちの歴史教育は何だったのか? と思わされてしまいます。