*時々、投稿をお願いしている吉沢先生に、今回の投稿をお願いしました。
これまでに何回か、RW/WW便りで日本の現代詩を紹介してきました。
今回は、「え、これが詩なの?」と言いたくなるような、ちょっと変わった詩、学校で先生から教わるような感じとは異なった詩を紹介したいと思います。
中江俊夫「語彙集」★1
語彙を集めた本、というまさにその名の通りの詩集です。収められた作品の書き出しの部分を見ていきましょう。★2
第一章
儀式。集り。
非常に。
悪い男。
縛る。
唇。口。呪い。
おきる。
股。脚。影。
狭い。
中庭。
・・・
→ これ何? と思いました。儀式が集りであることは、まあ、わかります。それが、「非常に。悪い男。」とどう関係があるのでしょう? 縛る、って何を? 唇を? わからないことだらけです。
第二章
おとなう
音
戸弟
うとうと
問う
訪う
とおとお
遠い
追い
かけっこ
結婚
・・・
→ 単語の音を手掛かりに、連想される言葉が連なっています。
第十二章
鯉
こいこい
来い
恋
来い
故意
行為
好意
鵜呑みだ
鷲捉みだ
千鳥足だ
ねこばばだ
たぬきねいりだ
・・・・
→ 書き出しは、語呂合わせです。「来い/恋」というふうに並んでいると、恋がやってきてほしい、というイメージが浮かんだりします。「故意/行為/好意」の3つの言葉は、何となく関連する場面が浮かぶかもしれません。第二連は、生き物の名前を含んだ表現が並びます。
第六十一章
べたつく
いちゃつく
にちゃつく
じゃらつく
でれつく
ほれつく
べちゃつく
くっつく
せっつく
はりつく
・・・
→「べたつく」も「いちゃつく」もわかる気がします。場面が思い浮かびます。でも、「にちゃつく」って何? わかるような、わからないような。第二連の「じゃらつく」はどうでしょう? 「でれつく」は私にはわかりません。詩人の造語でしょうか。
こんな感じで、言葉が延々と並んでいるのです。私がこの詩集に出会ったのは十代の後半でした。「わからない! 何だ、これは?」とつぶやきながらも、その言葉のイメージの連なり、言葉の音の重なりに圧倒されたことを覚えています。
和合亮一「詩の礫」★3
2011年3月、東日本大震災の時、高校教師で詩人の和合亮一さんは43歳。福島市に住んでいました。津波で原子力発電所が被災し、爆発。放射能漏れが報道されます。
和合さんは書いています。「ラジオからは、新潟や山形へと避難する人々へ、慌てないで下さいという呼びかけ。アナウンサーも時々、涙声になる。人は減っていく。放射能の恐怖。食料・水・ガソリンは手に入る見込みがない。気力が失われた時、詩を書く欲望だけが浮かんだ。」★4
和合さんは、ツイッターに投稿を始めます。それが反響を呼び、多くの人に読まれました。それをまとめたのが、『詩の礫(つぶて)』という詩集です。
次のように始まります。
震災に遭いました。避難所に居ましたが、落ち着いたので、仕事をするために戻りました。皆さんにいろいろとご心配をおかけいたしました。励ましをありがとうございました。
2011年3月16日 4:23
本日で被災六日目になります。物の見方や考え方が変わりました。
2011年3月16日 4:29
これが最初の2編です。身辺のことを書き連ねた文章です。次のように続きます。
行き着くところは涙しかありません。私は作品を修羅のように書きたいと思います。
2011年3月16日 4:30
放射能が降っています。静かな夜です。
2011年3月16日 4:30
ここまで私たちを痛めつける意味はあるのでしょうか。
2011年3月16日 4:31
4時23分から4時31分の間に、5編の投稿があるのです。刻々と言葉を書き付ける和合さんの思いが、その勢いに乗って伝わってきます。
3月20日から引用します。
馬よ、詩よ、余震よ、ヘリコプターよ、風よ、春よ、雲の切れ間よ。何を、何を、追っているの。命、命を。…だから、優しく、優しく…。また祖母の声だ。
2011年3月20日 22:46
(中略)
はるか 遠い 森の 奥の 一本の木 心の中の あなた はるかな あなた
2011年3月20日 20:49
緊急地震速報。震源地は宮城県沖。緊急地震速報。震源地は茨城県沖。緊急地震速報。震源地は岩手県沖。緊急地震速報。震源地は冷蔵庫3段目。緊急地震速報。震源地は革靴の右足。緊急地震速報。震源地は玉ねぎの箱。緊急地震速報。震源地は広辞苑。緊急地震速報。震源地は、春。
2011年3月20日 22:52
相次ぐツイッターの投稿を追いかけるように読みながら、読み手は、ある時は静けさを感じ、ある時は問いかけについて考え込み、ある時は差し出されたイメージを味わったことと想像します。
そして「緊急地震速報」で始まる一編。私は、まさに読んでいる私自身が震源地にいるような、言葉の衝撃を感じました。テレビやラジオでよく耳にする言葉です。被災者にとっては身に迫る言葉。しかし、当事者でなければ、聞き流してしまう言葉です。それが、ツイッターという形で、読み手を揺さぶったことでしょう。
私は、多くの人たちが、この言葉を「詩」として読んだのではないと思います。ただ、和合さんの発する言葉を追いかけるように、その勢いに乗り、刺激を受けた。そのような書き手と読み手の関係があったのです。
谷川俊太郎「好きリスト」★5
次のような詩です。
好きリスト
谷川俊太郎
ノルウェーの空港で買った木のトングが好きです
冬 庭に降り積もっている落ち葉が好きです
昔から使っている錆びかかったとんかち 好きです
天井裏に住んでいるネズ公も困るけど好きかもしれない
あ ジョニー・デップ好きです
もちろん夕焼けどんなのでも好きだし
真ん中に草が生えている田舎の一本道好きだなあ
バルトークの「子どものために」好きです
アラーキーが撮る写真おおむね好きです
山萩のたたずまい好きです 花の咲き方も
いま乗っているファイアット・プント好きです
松の実好きです イチジク好きです アボカドも
ユニクロの今年出たアンダー(黒)好きです
シェーカーの家具好きです 持ってませんけど
カニグズバーグという作家好きです
この中で好き以上に愛してるのはどれだろう
それを考えるの好きです
嫌いなもの(と人)のこと何故嫌いか考えるのも
1行目から15行目まで、自分の好きなものを並べているだけの詩です。「並べているだけ」と言いましたが、そこには、著者の生活や気持ちが織り込まれ、「あなたの好きなものって何?」って聞かれて、「そうだなあ、ええと」と言って喋り出したような、そんな趣があります。
1行目。「ああ、ヨーロッパに旅行に行ったのだろうなあ。空港の売店に立ち寄って、トングで良いものを見つけたのだろう。旅先でこういう買い物する時ってあるよねえ。」と私は想像します。
2行目。「これは自宅の庭かな。落ち葉が降り積もるのだから、木立があるんだろうなあ。」と私はイメージします。
4行目では、ネズミではなく「ネズ公」なのですね。「困るけど、好きかもしれない」という気持ちの持ちようがいいなあ、と思います。「好き」と「嫌い」の二つに分割するのではなく、その間の揺れを味わう感じが好きです。
この詩を読むと私は、「この作品のテーマは何ですか?」とか、「著者は何を言いたいのでしょう?」などという発問が野暮なものに思えてきます。
「詩を読み解こう」などと構えることなく、素朴に、「好きなものについて自分も喋ってみたい、書いてみたい。」そんな気持ちになりませんか。
実は、この詩は詩集ではなく、『すき好きノート』という書き込み式の本の冒頭に掲げられているのです。自分の好きな俳優は? 好きな音楽は? 好きな窓は? 好きな雲は? 好きな瞬間は?・・・といったいろいろな質問に自分で書き込んで、自分だけの「本」が出来上がる仕組みになっている、そんな本です。
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★1 中江俊夫『語彙集』思潮社、1972年発行。
★2 中江俊夫『現代詩文庫39 中江俊夫詩集』思潮社、1971年発行、より引用。
★3 和合亮一『詩の礫』徳間書店、2011年発行。
★4 同書、6ページ。
★5 谷川俊太郎『すき好きノート』アリス館、2012年発行。
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