2023年2月18日土曜日

「差し出し方」の探究

 大学生協の書店で平積みになっている本のなかに『差し出し方の教室』(弘文堂、2023年)という本を見つけました。著者は「幅充孝」。ブックディレクターという仕事があることを知ったのが、その幅充孝さんの『本なんて読まなくたっていいのだけれど、』(晶文社、2014年)を読んだ時でした。本棚のデザインをすることが、とてつもなく広く深い本についての知識と経験を必要とする創造的な仕事であることを知ったのもその時です。

 「でも、「差し出し方」って、何の?」という疑問を頭のなかに抱きながら、読み始めると冒頭に次のようなことが書かれています。

1冊の本に興味を持ち、手に取り、読み始めてもらうのに、今まで考えもしなかった細やかなことまで配慮しないと本は届かなくなってしまっているというのが正直な気持ちです。もっと言うなら、僕が本を届けるときに最良だと思える状況は、「読め、読め」と圧力や切迫を感じさせて読んでもらうのではなく、「気がついたら読んでいた」という状況をつくることです。

そういった無意識下にある何かに訴えかける仕掛けを含む、届きにくい「もの」や「こと」の伝達(と周辺環境の整備)について考えることを、この本では「差し出し方」の探究と定義してみました。そして、本書の意図はその「差し出し方」について、ブックディレクターとして実践してきたことを開示し記録することと、世の中に数多存在する「差し出し手」から学び、自身のそれを深めようとする試みにあります。」(viiページ)

人の「無意識下にある何かに訴えかける仕掛けを含む、届きにくい「もの」や「こと」の伝達(と周辺環境の整備)」が「差し出し方」です。この本は、幅さんと様々な領域の「差し出し手」との対談集です。対談の相手は、博物館、動物園、デジタル・コミュニケーション、ワインバー、旅館、病院、保育園と多岐にわたる専門家です。その専門家たちの「差し出し方」の特徴と共通点が幅さんの巧みな問いかけで浮かび上がる仕立てになっています。こうした「差し出し方」の探究を通して、幅さんの考えたことが、章と章のあいだにまとめられていきます。

対談の内容もじつに面白いのですが、私がとくに興味を覚えたのは、ブックディレクターとしての本の「差し出し方」を幅さん自身が述べたくだりでした。

「ともあれ、選書というものは、当てずっぽうにしている訳では決してありませんし、残念ながら自分の好きな本を一方的に持っていても、おせっかいにしかならないものです。そして、自分の「好き」を表明し、承認欲求を充たすことがブックディレクションの仕事ではありません。では、ある1冊を誰かに届けようとするとき、どういうプロセスを経ているかというと、「実際の本を眼の前に置き紹介しながら、読み手の話を聞く」ということがとても大事になります。」(175ページ)

 幅さんはこの「実際の本を眼の前に置き紹介しながら、読み手の話を聞く」ことを「インタビューワーク」と呼び、ブックディレクションの大切な仕事だと言っています。幅さんが小学校3年生から6年生までの20名~30名を前にして行った「インタビューワーク」のでは、ロバート・L・スティーブンソンの『宝島』を持参しました。幅さんの少年時代に夢中になった本の一冊です。ところが『宝島』について熱く語る幅さんの話は子どもたちは退屈そう。「みんなの好きな海賊の話を教えて」と語ると、「子どもたちは急に目を輝かせながら『ONE PIECE!!」とベストセラー・マンガのタイトルを答えます。幅さんの本領はここからで、「そもそも『宝島』もフリントという船長率いる海賊団が密かに隠した財宝を主人公のホーキンズ少年が仲間と探しに行く話です。航海上の冒険や紆余曲折、仲間の裏切りなど、『ONE PIECE』と関連づけられそうなポイントを少しずつ説明すると、先ほどまで残酷なほどに無関心だった子どもたちが、ちょっとだけ興味をひらいてい」(179ページ)くことになりました。

「ブックトーク」と似ていますが、かなり能動的な対話によって進んでいくもので、この関連づけを幅さんは「結節点をつくる」と呼びます。

「彼らは、動物的直感も駆使しながら自分に関係ないものを掻き分けて、前へ進んで以降とするのですが、そのときに彼らが両手を伸ばした範囲から溢れ落ちてしまう「関係ないこと」を、どうやって「関係あること」に変容させていくのかが、本という遅効のメディアを伝えるうえでは大切だと考えます。」(179180ページ)

 『差し出し方の教室』でのさまざまな領域の専門家たちと幅さんとの対談を一貫しているのは、この「結節点をつくる」というアイディアです。「関係ないこと」を「関係あること」に変容させていくための工夫に心を砕くことが、「差し出し方」の核心にあると読みました。

『理解するってどういうこと?』の第6章「理解のルネサンス」の後半には、選書についての原則が書かれていますが、そのなかで「子どもたちが選書能力を身につけられるようにするサポート」としてたとえば次のようなことが挙げられています。

「・一年を通して教師たちから選書について継続的にいろいろなことを教わりながら、次第に子どもたちが自分で適切な本を選べるようにします。

・教科書の教材を扱うだけではなく、ひとまとまりの本(一組の関連しあった本)を読むことによって、子どもたちは、さまざまな作者、テーマ、ジャンルの間に重要な関連づけができるようになります。

・教師がモデルで示すことは何より大切です。教師は自分が本を選んだり推薦したりするさまざまな方法をモデルで示し続ける必要があります。」(『理解するってどういうこと?』228ページ)

こうしたことを具体的にどのように実践していけばいいのか。幅さんが子どもたちとの「インタビューワーク」で実践していることは、こうした「サポート」の具体的なイメージを与えてくれます。先生の勧める本と自分の選んだ本、子どもたちがなじみの本と彼らにとって未知の本、それらの間に「結節点をつくる」ことで、「関係ないこと」が「関係あること」になっていったとき、子どもたちは「選書」するための大切な力を身につけると言うことができるでしょう。もちろんそれは大人でも同じなのですが。

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