★ 時々、投稿をお願いしている吉沢先生に、今回の投稿をお願いしました。吉沢先生は、「へー、こんな日本語に翻訳するのか」と何度も驚いたとのことですが、私も以下を読み、相当なビックリでした。
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私は英語の教員をしていて、授業で使えそうな絵本はないかと常日頃、絵本をさがしています。今回は、そんな中で出会った1冊を紹介します。トッド・パールの『しっぱい! とおもったけど』です。★1
原題は It’s Okay to Make Mistakes です。★2
私は、知人の紹介でこの本を知り、まず原作を読んでみました。その後、邦訳を読みました。邦訳は、各ページ、日本語文の脇に、元の英文も小さく書かれています。ですから、日本語文と元の英文とを比べるのに、とても便利です。
私は読みながら、「へー、こんな日本語に翻訳するのか」と何度も驚きました。そして、元の英文とのギャップについて考えてみました。
内容はいたってシンプル。タイトルの示すように、「人って誰でも失敗したり間違えたりする。でも大丈夫だよ。○○のようにすればいい。」というメッセージを、さまざまな場面での失敗や間違いをユーモラスを例にして伝えようとしています。
ミルクをこぼしてしまったら・・・
まず、冒頭の場面。
ミルク こぼしてしもた
ミルクが すきな ともだちと あっというまの おかたづけ
これを読むと、ミルクをこぼした失敗を、友達と協力して、きれいにする光景が目に浮かびます。大丈夫、一人で悩まなくてもいい、友達が助けてくれるよ、と小さな子どもに向けて語りかけている感じです。
原文(英語)はどうなっているでしょうか。
It’s okay if you spilt your milk.
You can always clean it up.
直訳すると、「あなたがミルクをこぼしてしまっても大丈夫。あなたは、いつだって、それをきれいに片付けることができるんだよ。」というふうになります。邦訳にある「友だちと」という部分は、原文にはありません。
原文は “ You can 〜 ” という表現になっています。あなたは、きれいに片付けることができる、言い換えれば、その能力があるんだよ、というメッセージとして受け取れます。
邦訳はどうか。訳者は、そこに「ともだち」という言葉を登場させます。人とのつながりで乗り越えていけるというメッセージを私は感じます。
サッカーをしているときに・・・
次は、サッカーボールを蹴りそこねた場面です。
おっと すべってしもた
ちから ぬいて もういっかい
蹴りそこねても大丈夫。落ち着いて、またやればいい、というメッセージが伝わります。
原文はどうなっているでしょう。
It’s okay to get upset.
Your friends are there to cheer you on.
直訳すると、「取り乱しても大丈夫。君の友達がいて、励ましてくれるよ。」といったところでしょう。
これは、かなり原文と日本語文とで開きがあります。その場面は、サッカーゴールの前でボールを蹴りそこねた男の子の絵です。それを、そのまま日本語で表した感じです。
先の場面では、「ともだち」という言葉をあえて日本語文に取り入れているのに対し、ここでは、原文に friends という語があるにもかかわらず、日本語文では省いた表現を採用しています。
馬から落ちたらどうする?
乗馬の場面です。
なんかい おちても やりなおし
ほらみて めっちゃ じょうずに なったやろ
原文は次のようになっています。
It’s okay to fall down.
You can always get back up.
これを比べると、日本語訳の1行目が、原文の2つの文の内容を取り込んでいることがわかります。そして、日本語訳では、「じょうずになったやろ」と友達に話しかけています。原文にはまったく書かれていない内容です。何度もやり直すことでどうなっていくか。訳者の想像力は、そうやって乗馬が上手くなっていく姿に向かいます。それが上のような日本語訳につながったのでしょう。
泥んこ遊びのあとは・・・
泥んこ遊びの場面です。
あめふりの どろんこあそび やめられへんな
しゃぼんの おふろで こんどは すっきり
原文はどうなっているでしょう。
It’s okay to get dirty.
A bubble bath is lots of fun.
原文の前半では、絵の力も借りて、泥んこ遊びが好きな子どもの様子が表されています。後半では、お風呂で、泡だててて遊ぶ子どもの姿が表されています。どちらも、子どもが面白がっている姿が伝わってきます。
それに対し、日本語訳の後半は、「おふろで こんどは すっきり」となっています。
「すっきり」というのは原文にはありません。訳者は、泥んこで遊ぶ快感に対して、おお風呂に入って清潔になる快感を対比させています。この対比を私は面白く感じます。
「しっぱい!」とおもったとき・・・
こんな感じで13の場面が取り上げられています。そして、次の場面に続きます。
うわぁ やってしもたって おもうこと
ある ある
この原文はどうなっているでしょうか。
Everyone has “uh-oh” moments.
That’s how you learn!
原文を直訳すると、「誰だって、『しまった!』という瞬間がある。そうやって、君たちは(物事を)学んでいくんだよ。」というふうになります。
日本語訳と原文はかなり離れています。何よりも、原文の “learn”(学ぶ、習う)という英語に対応する日本語がありません。
そこまでに出てきた失敗の数々に対して、「うん、そういうことって、ある、ある」と言いたくなるような読み手の心をつかむような表現だな、と感じます。
▶︎ 日本語訳が関西弁であること
さて、この本の邦訳は、関西弁になっています。なぜ? 関西弁を広めたいから?
関西弁に思い入れがあるから? 訳者の真意はわかりませんが、関西弁にすることによって、話し言葉であることが、強く印象づけられます。つまり、絵本の中で、失敗ばかりする男の子自身が口にすることばづかいになっているのです。読み聞かせてもらっている子どもは、絵本の中の男の子に自分を重ねやすくなります。「うん、そういうことってある、ある」と思いながら聞くことでしょう。
原文はどうでしょう。もちろん、男の子自身が口にする言葉として読むこともできますが、男の子に向かって話しかけている年長者のことばのようにも読めます。あるいは、客観的な説明のようにも読めます。どのように読むかは、読者にまかされている、と言ってよいでしょう。
日本語訳の本に、原文も載せてあることで、さまざまな楽しみ方ができます。絵本としては、小さな子ども向けの体裁になっていますが、大人であっても十分に楽しめる、そんな絵本です。そんな絵本に出会えたことで、トッド・パールという作者の絵本をもっと読んでみようと思います。
★1 つだゆうこ訳、解放出版社刊、2014年
★2 Todd Parr, It’s Okay to Make Mistakes, Little Brown and Company, 2014.
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