2018年8月3日金曜日

スゴイ文章と実践が散りばめられている『イン・ザ・ミドル』



 強烈に暑いです! この本を読んだからといって、涼しくなるわけではありません。でも、熱い内容が一杯盛り込まれているので、頭の回転が速くなり、相対的にからだの涼しさを感じられるかもしれません。(単純に、暑いことを忘れさせてくれるだけかもしれません!)

 『イン・ザ・ミドル』(ナンシー・アトウェル著、三省堂)の中には、宝物のような文章が数限りなく散りばめられています。今回は、その中の3つを紹介します。(●は引用で、◆は私のコメントです。)

● 書くこととは、意味を見出し、それを良い形に練り上げるプロセスである。そうわかったときに、私は教えることもまたプロセスなのだと気づきました。経験上、今のやり方を変えたほうが生徒の成長にプラスになると気づいた時には、それを改めて修正するだけの勇気と謙虚さをもてるようにもなりました。教師という職業はまさにライフワークなのだ、と実感もしました。同時に、私の教え方は、教師として、また一人の人間としての私を映しだす鏡なのだということも。(32ページ)
◆とても大事なポイント。教えることを、このように捉えられていない人が、なんと多いことか! あまりにも、イベントとしてしか捉えていない人が多すぎます。教員研修は、その典型。教員研修で、イベントをやり続けるということは、授業もそれでおやりなさい、というメッセージを発信しているのと同じです。それを教員研修(今夏にたくさん行われている免許更新制の講座も含めて!)を提供する側や講師が残念ながら理解していません。
「プロセス」よりは「サイクル」と言いたいぐらいです。いずれにしても、イベントである限りは、乏しい学びしかつくり出せないことが約束されています。
「私の教え方は、私を映し出す鏡」 ~ まったくその通りです。何を大切にしていて、何を大切にしていないかが、透けて見えてしまいます。(授業だけでなく、研修や会議、さらには学校自体にも、言えてしまうことですが!)それほど、サイクルを回し続ける=学び続けることは大事です。ちなみに、このサイクルを回し続けることと、教材研究/指導案/研究授業+協議的なものをすることとは混同するべきではありません。まったくの別物で、後者にいくら時間を費やしても、授業の改善は期待できませんから。

● 今の私が心がけているのは、生徒に接する時のバランスです。聞き手である私と語り手である私のバランス。観察する私と働きかける私のバランス。協力する人、批評する人、そして、いつも生徒を応援する人としてのバランス。それが固定化せず、最適のものになるように、日々模索しています。(36~7ページ)
◆これもまた、とてつもなく大事なことです。このバランスが悪い人が日本の教室には多すぎます。(研修会等の講師も! バランスのいい人にお目にかかったことはありますか?) 成長し続けることと、このバランス(「模索」ないし「もがき」と言い換えてもいい!)は、比例関係にある気がします。そして、両方を阻むのが教科書であり、指導案である気がします。それらによって、生徒の側を向けないことがほぼ約束されるわけですから。http://projectbetterschool.blogspot.jp/2017/12/blog-post_31.html に代表されるように。
教師と生徒たちとのやり取りなしで、学び★はつくり出せるのでしょうか?

● ライティング・ワークショップの両輪は、教師の知識と、生徒の自己決定です。私は、自分が教える書き手たちの選択、意図、必要を尊重しながら、同時に彼らに対応し、導き、成長する方法を示しています。日々探究しているのは、このちょうどよいバランスです。(37ページ)
◆「両輪」は、「主体的・対話的で、深い学び」を実現するための方法でもある気がします。日本の先生たちには前者はそれなりにあると仮定して★★、後者をどう身につけていくかは大きな課題です。学びの主役が誰かを考えれば、その答えは明らかだと思うのですが・・・生徒たちを「子ども」と捉え続けるのか、それとも「書き手」と捉えて接したり、会話をしたりすることから生じる違いを考えてみたことはありますか? 生徒や子どもで捉える限りは上下関係を前提にし、彼らは自己決定できない存在なので、教師である自分がすべて/ほとんどを決めてあげるという発想にならざるを得ません。それに対して「書き手」(や「読み手」)と捉えられると、主体性を委ねられるような会話や接し方が可能になります。★★★
http://projectbetterschool.blogspot.com/2018/01/blog-post.htmlで紹介した「子どもが実際に学ぶ方法と教師が教える方法との間にはギャップがある」ことを認識し、「私たちが教える論理が、子どもたちが学ぶ論理と同じとは限らない」ことを踏まえた実践に切り替えることだと思います。その切り替えについては、本書が詳しく紹介してくれています。著者のアトウェルさん自身も読み・書きの指導を一斉指導からはじめたのです。彼女も最初の数年間は「書き手=生徒たちの選択、意図、必要」に目を向けることはできていなかったのです。バランスを欠いて、教える内容にばかり目が行っていて。
なお、ライティング・ワークショップは、リーディング・ワークショップにそのまま置き換えられますし、すべての教科にも置き換えられます。

 ぜひ夏休みの間に、あなたの宝物探しをしてください!


★ この学びには、生徒の学びはもちろん、教師の学びも含まれています。後者の学びが確保されない限り、授業が改善され続けることはありませんから。

★★ このように書かなければならない理由は、本書や『最高の授業』で紹介されている「書くこと」「読むこと」「聞くこと」「話すこと」と、たとえば『国語科授業づくりの10の原理、100の言語技術』で紹介されている中身があまりにも違い過ぎるからです。

★★★ 『言葉を選ぶ、授業が変わる!』(特に、第8章の「あなたは、『誰と話している』と思っていますか?」)を参照してください。


2018年7月27日金曜日

ナンシー・アトウェルの『イン・ザ・ミドル』邦訳の出版  ~教師の成長物語、等身大の教師像の先に見える凄みと可能性

  教育界のノーベル賞とも呼ばれ、日本円にして1億円を超す賞金でも話題になったグローバル・ティーチャー賞。その初代受賞者ナンシー・アトウェルの主著であり、彼女のライティング/リーディング・ワークショップの実際を具体的に記したのが『イン・ザ・ミドル』です。

 アトウェルの著作はこれまで邦訳がでていませんでしたが、この夏、『イン・ザ・ミドル』第3版の邦訳が三省堂より出版されました。

  私は1998年に出た第2版で、初めてこの本を読み、その後、何度読み直したかわかりません。第2版は書き込みだらけで読みにくくなり、同じ本の2冊目を購入しました。生涯で10冊しか本が読めないとすると、私にとっては、必ずその10冊に入るぐらい、何度も何度も読んでいる本です。

 今回、出版された『イン・ザ・ミドル』第3版の邦訳は、3名による共訳です。その訳者の一人として、この本の出版に関われて嬉しいです。今日は『イン・ザ・ミドル』を、私なりに紹介します。

  初めて読んで以来、どうしてこんなに何度も何度も読み直したのだろうかと考えました。

◆ 読み直すときは、授業のことを考えているときです。自分の教えることがうまくいかないとき、迷うとき、『イン・ザ・ミドル』での様々な場面を思い出します。この本の中で、アトウェル自身、紆余曲折を経て、学び続け、よりよい教育を追及してきた様子が、失敗も含めて具体的に紹介されているからです。そして、その結果、どういう改善をしたかも、ひたすら具体的に描かれています。それを読み直していると、対象となる生徒が異なるので、アトウェルの改善策をそのまま真似はできないものの、そこから自分ができることの方向性が見えてきたことが何度もあります。

➡ 例えば、読んだものについての生徒とのノートのやりとりについて、「全員の生徒と毎週やりとりをしようとすると、その用紙が山のようになり、疲れきってしまいます。私も疲労困憊し、ある時点で、この量を半分にすることにしました」(291ページ)とあり、その後、アトウェルは、より効果的でよりよい方法を考えだします。私も、提出物の量に疲れ切ってくると、この箇所を思い出し、もっと現実的かつ効果のあることは?と考えたりするわけです。

◆ 失敗があっても、よりよいものを追求していくアトウェルの教室は、教える教科や学年が異なっても、「こうありたい学びの姿」を見せてくれます。ちょっとした描写に、教師はこんな教室をつくりたいのだ、そしてそれは可能なのだ、と励まされることが多々あります。

➡ 例えば1章、最初は「グレイヴスたちの研究成果は私の現場では役にたたない、と周囲に息巻いていました。ニュー・ハンプシャーから来た研究者は、現場を何も分かっていない人たち。あんな人たちが推奨する無秩序な状態なんで、7・8年生の国語教師の経験があれば賛成できるはずがないのです」(28ページ)と批判的に見ていたアトウェルです。

 でも、批判しながらもライティング・ワークショップに取り組み始めた頃について、「クラスの中によく書ける生徒がポツポツいる、という状況が一変しました。全員の生徒がクラスメイトや私とのカンファランスで助言を求め、集中して長い時間、創作に取り組むことができるようになったのです」(30ページ)とか、「しかし、こうした問題があっても、私は毎朝教室に行くのが待ち遠しくなりました。次に生徒が何をするのかを見るのが楽しみだったからです」(30ページ)等々を読むと、目指したい教室のあり方が具体的に見えてきます。

◆ 授業開きの準備、ミニ・レッスンを考えるときやカンファランスを行うときのヒント、評価の方法など、具体的な情報が多いです。

◆ 生徒が書いた作品もあります。生徒の書いた回想録や詩は、思わず引き込まれます。この本に生徒が大きく貢献していることも、アトウェルの授業を雄弁に語っている気がします。

◆ アトウェル自身、考え続けることを、よりよいものを求めるのをやめない教師です。そして、自分自身がよりよい読み手、書き手であり続け、そこから得たことを生徒に「譲り渡し」ていきます。これも、私の目指したい教師像です。そして「譲り渡し」をするために、教師自身がよりよい書き手、読み手になっていけるような本です。

  なお、原書は600ページを越しますが、今回は著者の了承を得て前半の抄訳で380ページ強、8章構成の本となり、章のタイトルは以下のようになっています。(詳しくは、出版社からのプレスリリースもご参照ください。(https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000048.000014647.html)

1章 教えることを学ぶ
2章 ワークショップの準備
3章 ワークショップ開始
4章 書き手を育てるミニ・レッスン
5章 読み手を育てるミニ・レッスン
6章 一人ひとりの書き手を教える
7章 一人ひとりの読み手を教える
8章 価値を認める・評価する
 巻末資料には日本の教室で使えそうな資料も掲載しました。


 訳者3名のうち、訳者前書きを書いた、現役の国語教員でもある澤田にとっては、『イン・ザ・ミドル』は「教師人生の羅針盤」(11ページ)とのことです。実感として、分かります。そして、私にとっても、この本は、羅針盤であり、かつ、航海を続ける(模索を続ける)力をくれる本でもあります。


 皆様の夏の読書リストにぜひ加えてください! 

2018年7月21日土曜日

起こっていること と同じくらいに たいせつなのは 起こっていないこと。

 
 これは、エリンさんの『理解するってどういうこと?』第4章「アイディアをじっくり考える」の冒頭に掲げられた、ジョン・ストーンの「早朝の日曜日」という詩の一節です(111ページ)。この詩は、アメリカの画家エドワード・ホッパーによる同名の絵に捧げられた詩でもあります(ストーンという詩人の詩の既訳はないので、共訳者の吉田さんと二人で訳詩をつくりました)。

  「起こっていないこと」に捉える? どうすればいいのでしょうね? むずかしいことにように思えます。日々、テレビや新聞の報道で知り得ることは「起こっていること」でしょう。情報として私たちの目や耳に飛び込んできます。しかし、「起こっていないこと」は捉えようがありません。「わからない」と言ってしまえば、それで済んでしまいそうです。
  しかし、エリンさんは、何事も起こらないアメリカの日常の一コマを描いたホッパーの絵を読み解きながら、ストーンが言うように「起こっていないこと」が「起こっていること」と同じかそれ以上に「たいせつ」だと言うのです。「起こっていないこと」を捉えようとすることも理解の種類の一つで、それを「沈黙を使う、深く耳をすます」と名づけています。
  ジャーナリストの松原耕二さんの『本質をつかむ聞く力―ニュースの現場から―』(ちくまプリマー新書、2018年)は報道の現場で長くつとめた知見をもとにわかりやすい筆致で、まさにこの「沈黙を使う、深く耳をすます」理解のありようを具体的に伝えるものです。
 
   手に負えないほど膨大な情報に囲まれているうえに、フェイクニュースがひっそり と、  でも大量に紛れ込む。大統領は併記でデマをいい、官僚たちはせっせと公文書を隠したり、改ざんしたりする。何が本当で、何がデマなのか、もうわけが分からなくなってしまう。
  でもだからといって、呆然と立ち尽くしているわけにはいかない。見通しの悪い森の中で枝を払いのけながら歩くように、ひとつひとつ情報をさばきながら前に進むしかないのだ。
  そんなとき、出来るだけ道に迷わないようにするためには何が必要なのか。
  まずは静かに耳を澄ますことだと、ぼくは思う。(『本質をつかむ聞く力』13ページ)
 
 この本の「はじめに」の一節ですが、日々の報道ニュースに接しながら、多くの人が同じようなことを考えているのではないでしょうか。そして最後の一文に「静かに耳を澄ます」という言葉が使われています。エリンさんの言葉と同じですね。
一方、この本には人間の歴史のなかで「ジェノサイド(大量殺害)」がどうして起こったのかということについての考察もあります。その理由は一つに絞ることなどできないでしょうが、松原さんは、多くの人が「聞くことで傍観者になってしまう」ことが「ジェノサイド(大量殺害)」を間接的に導いたのだと言っています。それは「起こっている」ことを黙認して傍観者になることだとも解釈することができます。
  これに対して、松原さんが大切だと言う「静かに耳を澄ますこと」は、「起こっている」ことを黙認するのではなく、むしろ「起こっていないこと」すなわち「起こっている」ことの裏側で起こっているかもしれないことを想像し、そのことが表にあらわれないわけについて、深く考える行為を指していると考えることができるでしょう。それは表面的に聞こえていることを受け止めるだけでは済まされない行為です。ですから、次のようなとても重要なメッセージがこの本には盛り込まれています。
 
   起きた事実だけでは、人間の心は収まらない。
   頭では納得できても、心では納得できないことなど、いくらでもある。だから詩や小説とった芸術が生まれるのだと思う。
   人はいろいろな思いから、問いを発する。表面的な言葉ではなく、その問いの奧にあるものにぜひ耳を澄ましてほしい。(『本質をつかむ聞く力』128ページ)
 
  新しい刺激に対して反射的に反応する能力はついているのかもしれない。しかしその一方で、ぼくたちは複雑なものごとを聞く忍耐力と能力を失いつつあるのではないだろうか。(『本質をつかむ聞く力』138ページ)
 
  発された言葉や問いの「奧にあるもの」に「耳を澄ます」とは、言葉や問いを発した存在の意図や思いを理解しようとする行為です。そうした行為を一人ひとりが重ねることによって、お互いを理解しようとするコミュニティが生まれるのだと、松原さんは言っているのではないでしょうか。こうした松原さんの言葉には、「沈黙を使う、耳を澄ます」ことを大切な理解の種類の一つであるとしたエリンさんの考えと共通するものを認めることができるのです。

2018年7月13日金曜日

絵本ガイドも何度も美味しい

 6月2日のWW/RW便りに続き、今日も本を紹介する本、つまりブックガイドについて書きます。今日は、最近、入手した『13歳からの絵本ガイド YAのための100冊』(金原瑞人、ひこ・田中監修、西村書店、2018年)です。最初は町の図書館で借りたのですが、自分の手元に置いておきたくて、自分用に改めて購入しました。

 このWW/RW便りを書きながら、私はブックガイドというジャンルが好きなことに気付きました。その理由も考えながら、この絵本ガイドを紹介します。

1.絵本大好きの私は、もちろんいい絵本を知ること自体楽しいです。英語を教えていることもあり、ある本に書かれていたことをきっかけに、ここ10年ぐらいずっと、月に2000円、英語の絵本を買うことにしています。それで、さっそくこの絵本ガイドからも、原作が英語のものをチェックしました。ついでに職場の図書館にリクエストする本のリストも作成しました。

2.小さい時から書店が大好きでした。 中学や高校のときは、定期試験が終わった日に予算を決めて、本屋さんに行って、買う本を考えるのが楽しみでしたし、図書館でバラバラ本を見るのも好きです。ブックガイドは、書店や図書館に行く時間がないときは、その大好きな時間の疑似体験ができます。

3. この絵本ガイドからも、RWやWWへのアイディアがたくさん得られました。以下にいくつか紹介します。

3-1.ジャンルについての一つの視点が得られました。
➡ 今回、特に目にとまったのが、この本に書いてある「ジャンル」です。以下のジャンルに分けられていて、これらのジャンル別に、それぞれ複数の本が紹介されています。
「アート」「ナンセンス」「私は私」「恋愛と友情」「家族」「生と死」「平和と戦争 「歴史」「自然」「物語」

 「ジャンル」って、正直なところ、いろいろな説明方法があって扱いにくい概念だ、という印象をもつときもあります。でも、もし、教室に図書コーナーがあれば、こういうジャンル別に本が分けてあれば、選びやすいだろう と思いました。

3-2.キーワードという切り口で本を紹介することも学びました。
➡ この絵本ガイドでは、ジャンルの横には「キーワード」が書いてあります。 
 例えば『ゴールディ―のお人形』であれば、ジャンルは「私は私」、キーワードは「芸術、仕事、ものづくり」です。『百年の家』であれば、ジャンルは「歴史」で、キーワードが「変化、喪失、受容」。

3-3.曲者?「テーマ」がイメージしやすくなりました。
 この本のジャンルとキーワードを見ながら、「テーマ」という概念を思い出しました。「テーマ」は曲者です。抽象的な概念ですし、本のどこをさがしても、「この本のテーマは友情です」みたいには書かれていません。WWで教えている友人も、生徒が作品を書くとき、「どういうテーマで書いているの?(つまり、何を伝えたくて書いているの?)」という、テーマという概念の導入に苦労しています。でも、これらのキーワードやジャンルの例を見ていると、テーマという概念もイメージしやすくなる気がしました。

4.RWを実践している先生の教室には、 ポップカード風の本の紹介があったり(『読書家の時間』(新評論)の39~40ページ参照)、生徒によるお薦め本を置く場所があったりします。また、本を他の人にお薦めする本の紹介(『読書家の時間』(新評論)133~137ページ参照)もよく行われます。その教室ならではの本の紹介方法がたくさんあり、その教室で「ブームになる本」が生まれたりもします。そう思うと、市販のブックガイドは不必要???に見えてきます。でも、こういう読者に優しい仕立てのブックガイド★が数冊、教室にあるだけで、読みたくなる本の範囲が随分広がる気がします。

(★この絵本ガイドの場合、 本の構成としては、基本的には2ページで1冊紹介。最初のページが絵本の表紙と本情報。一番上に1~2行で絵本についてのまとめ?的な文があり、そして一番下にキーワードとジャンルが書かれています。2ページ目は絵本の紹介文です。2ページ目は本によっては本の中のページが紹介されていることもあります。見やすいです。)

➡学年が上がって、RWが行われている教室からそうでない教室で学ぶことになることもあります。本の紹介をしてくれる人がクラスにいなくなるとき、ブックガイドというジャンルの本とあらかじめ仲良くなっておくけば、本から離れてしまう一つの防止策?にもなります。

 ということで、今回の絵本ガイドも、何度も美味しいなと思いながら、バラバラ、楽しく読んでいます。

2018年7月6日金曜日

『作家の時間』の増補版



初版が出たのは、ちょうど10年前でした。
『ライティング・ワークショップ』(ラフル・フレッチャー&ジョアン・ポータルピ)を参考にして、書くことを好きにするだけでなく、自立した書き手を育てるための教え方・学び方を日本の先生たちが実践してまとめました。

 今回、中学高校での実践を加える形での増補版を考えたいという話を編集担当の方からもらったので、ちょうど10年前にスタートさせた「作家の時間」の中高チームで実践・研究をしていたメンバーと、英語チームのメンバーに声を掛けて、原稿を追加する形で増補版が実現します。(小学校での実践の部分は、変更なしです。)

 『作家の時間』の後の『読書家の時間』(すでに、4年前に出版済み)、そして4年前にスタートした算数・数学への応用チームの「数学者の時間」と社会科への応用チームの「市民・歴史家の時間」の実践に加えて、今年の3月には、理科への応用プロジェクトの「科学者の時間」がスタートしました。理科チームが最初にしたことは、本書をブッククラブ形式で読み合うことでした。結果は、ほとんど「そのまま使える」ということで、4月の新学期から「科学者の時間」がスタートしています。(この成果も、数年後にご期待ください!)それほど汎用性のあるアプローチということです。
 そのポイントは何か? 付け足された二つの章から言えることは、(添削という不毛の実践に終止符を打てること以外に、)何よりも生徒への寄り添える度合いが格段にアップすることです。それを可能にするのがカンファランスという教え方です。(「PLC便り」のブログを開いて、2015年3月1日の記事をご覧ください。分かりやすい表が掲載されています。また「WW便り」のブログの左上で「カンファランス」で検索して見てください。)
 他には、①「読者の権利」を参考に作られた「書き手の権利10か条」、②教師も一緒に書くこと、③生徒相互のピア・カンファランス(教え合い)をしっかり押さえた実践であるということです。(「WW便り」で「読者の権利」や「教師も書く」を検索してください。)

◆ 割引情報
1冊(書店およびネット価格)2376円のところ、
WW&RW便り割引だと   1冊=2000円(送料・税込み)です。
5冊以上の注文は     1冊=1800円(送料・税込み)です。

ご希望の方は、①冊数、②名前、③住所(〒)、④電話番号を 
pro.workshop@gmail.com  宛にお知らせください。

※ なお、送料を抑えるために割安宅配便を使っているため、到着に若干の遅れが出ることがありますので、予めご理解ください。

2018年6月29日金曜日

2冊の本の感想/紹介


 広島のTさんが感想を送ってくれましたので、紹介します。

● 子どもたちの成長のために、ほんとうに大切な変化とは?

 今本屋さんに行くと、たくさんの授業改善の本を目にします。そんな中、私の目に留まったのは、『言葉を選ぶ、授業が変わる!』です。

この本を読む中で、何度も「なるほど」となりました。本書のねらいについて、著者のピーター・ジョンストンさんは、「教師と子どもの会話に現れた単語やフレーズを探ることで、それがどのような力をもっているかを明らかにすることです」と述べています。そうです。「言葉」にはパワーがあります。とてつもなく大きなパワーです。
「言葉」によって、子どもたちが成長したり、反対に成長が妨げられたりもします。教育に携わる者として、子どもたちが「自立した学び手」になるように、と願い、「子どもたちのためになることを」と考え、子どもたちと関わるために何をすればよいのか、この本の中にあるたくさんの言葉が教えてくれます。
それは、私たちが何気なく使っている(使ってしまっている)「言葉」を見つめ直し、変えていくことなのだと感じました。
たとえば、「他に方法がありますか?」や「何か他の方法で試してみたいことはありますか?」(119-120ページ)という言葉です。この言葉により、常にチャレンジする機会、選択する機会の扉が開かれているというメッセージを送ることになります。
さらに、この本を読み進めていくと、「私たちは何をしているところですか?」という質問の中にある「私たち」という言葉は、「連帯感」や「一体感」をもつきっかけであり、「互いを尊重する学びのコミュニティーをつくる言葉」として示されています(172ページ)。ジョンストンさんが本書で示す例は、ちょっとしたフレーズや単語の中にも、私たちの子どもへの見方やものの見方が反映されていることに改めて気づかせてくれるものばかりです。
さりげなくとも、とても力強いパワーをもった「言葉」。「言葉」に目を向け、変えていくことが、子どもたちの成長にとって何よりも大切なのだと思います。そして、それは、明日から授業を改善したり、子どもとの関わり方をよりよくしたりしていくために、今私たちに求められている力強い方法です。


● 選択することの大切さ

『読み聞かせは魔法!』の表紙には「読み聞かせは日本と欧米でこんなに違う!」という言葉があります。日本では、多くの場合、読み手が自分の考えを提示することはありません。また、途中で立ち止まって子どもたちの考えを聞くこともありません。

「でも…、それだけでは何だか…」十年以上前に教育実習で子どもたちの前で初めて「読み聞かせ」をやった後、私は思わずこう思いました。当時行った「読み聞かせ」は、おそらくたどたどしく、人から見るとひどいと言われるものだったかもしれません。しかし、読んでいる途中、ただ聞き浸るだけではなく、さまざまな反応を見せてくれた子どもたちを前に、思ったことです。
『読み聞かせは魔法!』にはさまざまなバリエーションの「読み聞かせ」が紹介されています。「読み聞かせ」に限らず、「子どもたちのために」と考える時、方法(道)が一つしかないということはありえないはずです。
本書で紹介されている「考え聞かせ」を子どもたちの前でやってみたことがあります。ある子どもは終わった後、「先生、私はあそこの方がわからなかったよ」と話してくれました。モデルを示すことのパワーと、本を通して子どもたちと語り合うことの楽しさを実感しました。
しかし、これは「考え聞かせ」を繰り返しやればいいということではありません。子どもたちだけではなく、大人であっても、何の意味もなく、繰り返しやると飽きてしまいます。本書の中には、次のような言葉があります。
あなたは、これに費やす時間を無駄な時間だと捉えますか?それとも価値ある時間だと思いますか?あなたには常に選択があります。(75ページ)

 おそらく、教育実習の時の私の戸惑いは、子どもたちの反応を前に、選択があるかないかがわからなかったことによるのではないかと思います。しかし、『読み聞かせは魔法!』を読んだ今、自分がやっていることの意味を改めて考え、時には別の方法を選択することができます。それは、『読み聞かせは魔法!』が、これまでの「読み聞かせ」に関連する本とは異なり、私たちの「読み聞かせ」の捉え方を広げてくれ、実践の選択肢を多様に提示してくれているからです。
 「さあ、明日やるとしたらどの方法かな?」読み終えてつい考えてしまいました。


2018年6月22日金曜日

さよなら成績さん、こんにちは成長さん



新刊情報です。

成績をハックする ~ 評価を学びにいかす10の方法  スター・サックシュタイン著


以下は、著者の「まえがき」より掲載します。
日本の多くの教師が抱えている悩み、不満、あるいは想いや期待と似ていないでしょうか?

私たち教師は、ストレスを抱えています。通知表を書くときはいつも、怒りに近いフラストレーションも感じます。個々の生徒の学びは同じでないことを示しつつ、数字や文字で表される成績で学んだことをどうやって知らせることができるというのでしょうか! 平均点だけで実際に学んだことを表すことはできません。生徒たちも、多様な理由で、「B」という成績を取ることができます。優秀なのに学ぼうとしない生徒と、出来はあまりよくないが学びを持続できた生徒とが同じ成績を修めることもあります。あるいは、学期の初めはいいスタートを切ったのに、終わりが悲惨だった生徒と同じ成績かもしれません。不幸にも、通知表のたった一つの数字や文字で表される成績は、あまりにもたくさんの重要な情報を伝えようとしています。
成績処理の期間が終わろうとする時はいつも、意味のある形で生徒を評価するのに私は苦労します。そして、制度が私にさせていることに対してますます不満を募らせることになります。何かが変わらなければなりません! たとえ、生徒たちがその事実を知らなかったとしても、私は彼らに害を与えているのです。
 評価は、双方向のやり取りでなければなりません。そして、生徒が知っていること、できること、まだ(これから)やらなければいけないことについて、生徒自身の理解を促進する一つの物語でなければなりません。さらに、「自分自身で改善できる」「自分の成長を自分で実感する」方法をもてるようになることも重要です。
 2年ほど前から、私は成績をなくすことに取り組み始めました。最初は、選択科目の一つで試してみました。それは、卒業するのに不可欠なコースではなかったので、試してみるには好都合でした。私自身がまだ成績なしの授業に関して初級レベルの知識しかもっていなかったにもかかわらず、生徒たちの反応はとても肯定的だったので、2年目は正式にやることにしました。年度当初から動くことにしたのです。多少混乱することは予想されましたが、進む過程で改善していくことで対処しようと思いました。★ 新学期が始まる前の夏休みの間に校長の許可を得て、私は早速保護者に手紙を書き、生徒が教室に現れたときは、早速「学ぶこと」について話し始めました。
 私は、慣例にとらわれないプログラムを実施しているニューヨーク・シティーにある小さな高校の国語教師です。私が成績なしのクラスを実験し始めた年に、私が担当していたのは5つの授業でした(合計の生徒数は、152人)。・・・(続く)

★ この発想なくして、物事をよくしていくことはできるでしょうか! そして、このように考え行動することこそが「ハック(巧妙に改造し続けること)」の神髄です。

そうなんです、この本は自分がおかしいと思ったことに果敢に挑戦した先生の実践記録です。とても刺激的なので、ぜひご一読を! と同時に、成績は最後だけですが、意味のある成績をつけるためにも、評価は、授業がはじまる前、そして間(場合によって教え終わっても)継続するのが大切であることが、この本を通して分かります。
また、協力者として下訳段階で原稿を読んでくれた先生の中には、成績以外にも、すぐにでも実践できるアイディアが満載、と言った人もいました。(私たちは、そこに書かれているものを読むのではなくて、自分が「読みたいもの」や「読めるもの」を読むのだと、改めて再確認した次第です! 協力者によって、あまりにも反応が違いすぎだったのです。)

◆この本の、割引注文を受け付けます。◆

1冊(書店およびネット価格)2160円のところ、
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※ なお、送料を抑えるために割安宅配便を使っているため、到着に若干の遅れが出ることがありますので、予めご理解ください。