元々は国語教師で、昨年度までは教頭を務め、今年度からは宮城教育大学教職大学院で教えている飯村寧史さんが送ってくれた最近読んだ本の推薦文を紹介します。
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ローレン・ポロソフ著 山元隆春・竜田徹・吉田新一郎訳『ほんものの学びに夢中になる 関わりあい高めあう授業づくり』(北大路書房、2025)を紹介します。
ローレン・ポロソフ著『ほんものの学びに夢中になる』の中に、こんな問いかけがあります。
「成功できる生徒の定義を、学校での学習、取り組み、人間関係に自分自身の価値観を持ち込める生徒と再定義したらどうなるでしょうか? 教師の期待に応え、スキルや知識の評価を受けることに加えて、自分にとって何を達成することが重要か、そしてどの程度達成できたかを生徒が自分で決めることができたらどうなるでしょうか?」(p.129)
この問いかけに、あなたはどう答えるでしょうか?
私たちはこれまで、学校で学ぶ内容を「外から与えられるもの」として扱ってきました。教科書に書かれていることを理解し、覚え、できるようにすること。それが「学習」だとされてきました。もちろん、優れた授業実践では、学びの内容を生徒の生活や関心に結びつける工夫も多くなされてきました。
しかし、ポロソフのこの問いかけは、そうした前提そのものを揺さぶります。学びの中心に置くのは「内容」ではなく「生徒」。内容は、学ぶ人の価値観や経験によって、異なる意味をもってよいのではないか。この発想は、内容は自分の「中」にこそ生まれるものだという新しい視点を私たちに与えてくれます。
とはいえ、「理想的だけれど、現実には難しい」と感じる先生も多いでしょう。生徒は必ずしも熱心ではなく、教師がどれほど工夫しても思うようにいかないことがあります。私自身、これまで教職に携わってきた経験の中でも往々にしてそういうことがありました。しかし、この本をよく読むと、ポロソフ自身もまた、そうした悩みを体験し、その難しさをよく理解している一人であることがわかります。決してただの理想を言っているわけではなく、彼女自身の教室での試行錯誤から生まれた提案なのです。教師としてどうありたいかを問い直しつつ、生徒の現実を理解したうえで語られている点に、同じ教師として深い信頼を感じます。
たとえば第4章では、単元の構想と学習課題の設計が取り上げられています。教科書の順序に縛られず、教師が単元テーマを立て、複数の課題を用意する、いわばカリキュラム・マネジメントの実践です。注目したいのは、生徒が自分に合った課題を選択できる「チョイス・ボード」の方法です。教師の意図や学習目標を踏まえながら、生徒が自分の価値観に沿って選択し、取り組む。しかも、安易に楽な課題に流れないような設計も工夫されています。
かつて、私は、中学校の国語教師として、多くの生徒が夢中になって、一生懸命取り組めるような発問や課題を作りたいと願っていました。しかし、教室で全員共通の発問、全員共通の課題を一つだけ出す一斉授業を行うならば、どんなに工夫しても、全員がそれに適応するということは不可能であるということを痛感していました。だから、上記の「チョイス・ボード」には非常に魅力を感じました。これなら、教師の側で取り組んでほしいことや身につけてほしいことを提示しつつ、生徒が自分の価値観でそれを選んで行うことができます。まさに、私が困難を感じていた部分に新たな光を当ててくれるものでした。
まもなく改訂される学習指導要領では、学校や教師の裁量がより広がるといわれています。そのとき、生徒にももっと裁量があってよいはずです。こういった議論には、学力低下やテスト結果への不安が必ずつきまとうものですが、それでも、先生や生徒がのびのびと工夫しながら学びに向かう方が健全だと思います。教室には、学校の学びに意味を見いだせない生徒、生活背景から授業に集中できない生徒がいます。そんな生徒たちにとって、「自分で価値を感じ、やってみたいと思える学び」を取り戻すことこそ、教育の原点だと感じます。
例えるなら、これまでの学校教育は「制服を着せられ、それに自分を合わせる」ようなものでした。そこから、「自分の好みや目的に合ったデザインや色、素材の服を選び、責任と自覚をもって着ていこうとする」段階へ。本書は、そんな変化を私たちに促しています。これからの時代の学びにおいて、どちらが求められるでしょうか?
本書には上記以外にも、たくさんの実践アイディアが紹介されています。もちろん、日本の学校事情を考慮して、工夫する必要はあるでしょう。それでも、読み終えたあとに「もう一度授業を考えてみたい」と思わせてくれる本です。それは「明日の1時間」ではなく、もっと長い目で見た授業づくりです。「この単元で」「この一年で」「卒業までに」という時間の広がりをもつ授業です。その究極のねらいは、生徒が卒業後も自ら学び続け、生き生きと生活していくことにあります。
最初の問いかけに立ち戻ってみます。
「成功できる生徒の定義を、学校での学習、取り組み、人間関係に自分自身の価値観を持ち込める生徒と再定義したらどうなるでしょうか?」(p.129)
私は、この問いに対して「生徒はきっと自信とやりがいを取り戻すに違いない」と答えたいと思います。不確実な時代だからこそ、生徒が自分の軸をもち、歩み続けられるように支える。その思いを共有する先生なら、この本の中に多くのヒントを見つけるはずです。きっと多くの先生が共感し、自分の授業を見つめ直したくなるでしょう。そして、この本を通して、自分の授業を変え、学校を変え、教育を少しずつ前に進めていく力になってくれると思います。そのような期待をこめて、本書をぜひお勧めしたいと思います。
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「チョイス・ボード」以外にも、教師と生徒に選択する学びを提供する教え方が紹介されている本には、『ようこそ、一人ひとりをいかす教室へ』『一斉授業をハックする』『教育のプロがすすめる選択する学び』『教科書をハックする』などがあります。
飯村さんが書いているように、あまりにも、「明日の1時間」の授業づくりに目が行きすぎているなかで、「この単元で」「この一年で」「卒業までに」という時間の広がりをもつ授業こそが求められています。その究極のねらいは、生徒が卒業後も自ら学び続け、生き生きと生活していくことにあります。それを体現している授業の一つが、ライティング・ワークショップ(https://wwletter.blogspot.com/2025/11/blog-post.html)とリーディング・ワークショップ(https://wwletter.blogspot.com/2025/12/blog-post.html)です。これらは、生涯にわたって自立した書き手/読み手/考え手/学び手を育てることを最初から目標にしています。そのために最も大切にしていることが、自分が書きたい題材を選ぶことと選書能力を身につけること(それと並行して「読み手意識」と「書き手意識」をもつこと)です。これらはすべて日本の国語教育が、ほぼ無視し続けていること!?
これらの算数・数学、社会科、理科版の実践が、『教科書では学べない数学的思考』『社会科ワークショップ』『だれもが科学者になれる!』で読むことができます。
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