2010年12月24日金曜日

書かない子をどうサポートするか (5) ~ 自伝風

私(吉田)自身、書けない子/書かない子でした。

ライティング・ワークショップ(WW)を紹介したいと思った最大の理由は、まさにそのことがあったからです。小中学校の国語の時間を通して書くことが嫌いになり、30歳ぐらいまで書けなかったからです。★
WWの本を読み始めたら、自分もこんな授業を受けていたら嫌いにならないですんだろうし、もっと書くことをいろいろ使いこなせていただろうに、と思いました。そして、私を書くこと嫌いにした指導法がいまでも主流であり続けていますから、先生たちに「子どもたちが書くのが好きになり、かつ書く力を身につけられる教え方」を知ってもらいと強く思う次第です。

30歳を過ぎて、何が私を書けるようにしてくれたのか? ワープロです。というか、キーボードです。いまでも、原稿用紙には書けません。1986年にワープロで報告書と事例集を「出版」してしまったことが大きなはずみをつけてくれました。自信になりました。(今思うと、「出版」の威力です。ちなみに、タイトルは『ワン・ワールド・ワークショップ報告書』と『“楽しく”世界とつながるイベントの事例集』でした。そのころから、ワークショップをやっていたことになります。両方とも、義務で書かされたものではありません。やりたくてやったことです。前者は、実際にやったことを紹介し、普及するために。後者は、イギリスでOne World Weekという世界とのつながりを感じるイベントを1978年から毎年実施しているのですが、それを参考にしながら、日本のも踏まえつつ作った事例集です。)
キーボードは、ハード面で私に書くことを可能にしてくれたわけですが、ソフト面では「これは(ぜひ出版して)伝えたいと思える内容」があったからだと思います。後者がなければ、たとえキーボードがあったところで、宝の持ち腐れだったことでしょう。それほど、誰かに伝えたいと思える内容(=書く題材)は大事だということだと思います。

ということで、ぜひ子どもたちに「これは伝えずにはいられない」という内容を見つけ出すのをサポートしてあげてください。(それは、「書くこと自体」が目的になっていては、難しいことかもしれません。社会科とか理科(生活科)とか、総合学習とか、その他の教科とか、さらには学校以外のさまざまな体験から浮かび上がってくるような気がします。)


★ つい最近、私が書けなかったことをある出版社の編集者に話したら、「実は、私も書けませんでした」と言っていました。書けるようになったのは、芥川龍之介の短編「蜜柑」を読んだからだそうです。「こんなのなら、自分にも書けるかな」と。この編集者の事例は、メンター・テキストの大切さを証明してくれていると思います。でも、メンターとなり得る作品は一人ひとりの子どもにとって違います。(教科書は、そのことが理解できないので、常に“古典”を掲載し続けます。結果的に読む力も、書く力もつけない結果を招き続けています。)その意味で、読み聞かせや教室の中の図書コーナー等を通して、たくさんの本に触れさせてあげることは、とても大切です。

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