2024年8月9日金曜日

読み手には、書き手が必要

 今回の投稿タイトルは、前回(2024年8月2日)の投稿タイトル「書き手には、読み手が必要」から、「読み手」「書き手」が入れ替わっています。前回の投稿の中に「読み手には、書き手は必要でしょうか?」という問いがあり、それについて私なりに考えました。

 「もちろん!」必要だと思います。そして、「読み手には[広範囲の]書き手が必要!」と、[広範囲の] を強調したいです。

 この[広範囲の]ということは、オハイオ州立大学名誉教授のビショップ氏が、1990年に多文化児童文学にかかわり述べた有名な比喩、[鏡]と[窓]と[ガラスの引き戸](★1)から、考えています。つまり、(1) 自分とつながりの見出せる[鏡]となる本があること、 (2) 自分の外の世界を見せてくれる、[窓]と[ガラスの引き戸]が、「広く」開いていること、この二つを含みます。

 (2024年3月9日の投稿「共同授業者としての本 〜[鏡]と[窓]と[ガラスの引き戸](★1)」では、繰り返しになりますが、以下のように記しています。「ビショップ氏は、本は世界を見せてくれる[窓]であり、読者が想像力を働かせて[ガラスの引き戸]を通り抜けて本の中に入るとその世界の一部になることができる。[窓]である本は光線のあたりかたによって、[鏡]にもなり、読者の人生や経験の一部を映し出してくれると、説明してくれました」

 読み手が自分を人生や経験の一部を見出せる[鏡]を提供してくれる書き手がいない場合、どうなるのかは、アディーチェ(Chimamanda Ngozi Adichie)氏のTEDトーク「シングルストーリーの危険性」(The danger of a single story)(★2)で、はっきり語られています。東ナイジェリアで育ったアディーチェ氏は、イギリスやアメリカの子ども向けの本をたくさん読んで育ちました。雪も降らない国で、マンゴを食べていたのですが、7歳で物語を書き始めた時は、「登場人物はみな青い目をした白人で、雪遊びをしてリンゴを食べていた」そうです。 

 同じような例は、ダガー氏(Akhand Dugar)による2020年のTEDトーク "Mirrors, Windows, & Sliding Doors"(★3)でも登場します。(このTEDトークの題名は、ビショップ氏の比喩、[鏡]と[窓]と[ガラスの引き戸]を使っています。)ダガー氏は5歳からインドに住み、11歳でアメリカに戻っています。5年生の時に学校での作文コンテストに参加した時に書いた作品は、場面設定はイギリスで、登場人物はイギリス人の子どもたちだったそうです。

 ダガー氏のTEDトークは、彼自身の子ども時代からの読書歴を織り込みながら進みます。インドに居た頃に、好んで読んでいたのは、『ハリー・ポッター』『ハンガー・ゲーム』『パーシー・ジャクソンとオリンポスの神々』『グレッグのダメ日記』。お母さんも『シャーロットのおくりもの』『メアリー・ポピンズ』のような定番?を勧めてくれたり、そして図書館に行くと、ロアルド・ダールやイーニッド・ブライトンなどの英国の有名な作家の本などにも触れていたようです。

 ダガー氏は、これらの本は自分にとっては、外の世界を知る、最初の[窓]や[引き戸]になったと言います。つまり、自分とは異なる時代や文化に触れることで、自分の外の世界を知ることができたのです。でも、その時に接した書き手たちの世界は、欧米中心という、とても狭い世界だったと振り返っています。

 ダガー氏は、TEDトークの後半で、自分が初めて読んだ[鏡]の本や、欧米中心の白人の世界だけに限定されない[広範囲の]外の世界を開いてくれた[窓]や[ガラスの引き戸]の本を具体的に紹介し、それらの本が、現在の自分に大きく貢献してくれたと言います。最後に彼が書いた絵本(★4)について説明しています。その絵本の主人公はインド人の耳が聞こえない少女です。

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 ダガー氏のTEDトークは、今年、出版されたリーディング関係の本『A Year for the Books』(★5)の中で、見つけました。この本の中で、ビショップ氏の比喩も引用されています。35年近く前にビショップ氏が語った比喩が、ここ数年の間に出版されているリーディング関係の本を読んでいると、度々、引用されていることに気づき、長年に渡り、子どもたちのための本の「書き手」を選択するときの指針の一つになっているように感じます。

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 2023年8月11日金曜日の投稿「選択という扉の向こう側にある世界〜[鏡]と[窓]と[ガラスの引き戸]」でも、ビショップ氏の比喩を紹介し、その時には、以下の2点も記しました。

・多文化児童文学の観点から、ビショップ氏は少数民族と呼ばれる人たちが主人公になっている本の少なさや、その人たちが本の中で歪められた、否定的なイメージで描かれることのマイナス面に警鐘を鳴らしています。

・ビショップ氏はさらに、少数民族の人たちにとっての「鏡」の不足は、多数派の人たちについても、大きなマイナスになっていると言います。この指摘は私はとても大切だと思います。

→ 今回の投稿を書きつつ、日本の教室での少数派の人たちの「鏡」となるお薦め本は? 欧米の白人社会や日本社会以外に、広く開かれている[窓]と[ガラスの引き戸]」のお薦め本は?と考えてしまいます。というのは、私には、さっと何冊もタイトルが浮かばないからです。

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 私自身、子ども時代は欧米の児童文学をたくさん読んできました。教員になってからリーディング・ワークショップを学び始め、リーディング関係の本を読むようになって、それらの本の中で使われている絵本や児童文学を読む中で、ようやく、少しずつ[窓]と[ガラスの引き戸]の外の世界が広がりつつあります。

 その中で最近読んだ一冊は、タリバン政権下のアフガニスタンで逞しく家族を支える女の子の物語でした。今回、検索すると『生きのびるために』(さ・え・ら書房、2002年)という題で邦訳も出ていました(★6)。著者のデボラ・エリスはカナダ在住で、難民キャンプでアフガニスタンの女性や子どもたちから、聞いたことをもとにこの本を書いています。『生きのびるために』の続編も含めて、数冊の邦訳が出ていますが、リーディング関係の本で紹介されるまでは、全く知りませんでした。そして、同じ著者の他の本を検索して見ると、『九時の月』(★7)は「革命後のイランを舞台とした、愛し合う二人の少女たちの悲しい運命を描く実話を基にした物語」と説明が出ていました。今度、図書館でチェックしてみようと思います。

 自分自身にとって、[窓]と[ガラスの引き戸]が開いてくれる世界を、一歩一歩(一冊一冊)広げていく、ゆっくりでも、その歩みを止めないように、と思います。

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★1

[鏡]と[窓]と[ガラスの引き戸]については、ビショップ氏の比喩で、以下のURLでPDFが読めます。PDFの最後には次のように出典が記されています。

Source: By Rudine Sims Bishop, The Ohio State University. "Mirrors, Windows, and Sliding Glass Doors" originally appeared in Perspectives: Choosing and Using Books for the Classroom. Vo. 6, no. 3. Summer 1990. 

http://www.rif.org/us/literacy-resources/multicultural/mirrors-windows-and-sliding-glass-doors.htm

また英語ですが、著者が語っている90秒ぐらいの動画を見つけました。

https://www.youtube.com/watch?v=_AAu58SNSyc

2023年8月11日の投稿「「選択という扉の向こう側にある世界〜[鏡]と[窓]と[ガラスの引き戸]」と2024年3月9日の投稿「共同授業者としての本 〜[鏡]と[窓]と[ガラスの引き戸]」で、上記の情報も含めて、紹介しています。

★2

https://www.ted.com/talks/chimamanda_ngozi_adichie_the_danger_of_a_single_story

★3

"Mirrors, Windows, & Sliding Doors." Akhand Dugar. TEDxMountainViewHighSchool, January 2020.

https://www.ted.com/talks/akhand_dugar_mirrors_windows_sliding_doors?subtitle=en

(日本語の字幕はありません。また、英語字幕も「自動生成」しかないようで、表示される字幕の一部は不正確です。)

★4

Akhand Dugar著、Making a New Friend (Stories of Maya and Sid), Listening Togetherより2019年に出版

★5 Katie Walther, Maria Walther著 A Year for the Books: Routines and Mindsets for Creating Student Centered Reading Communities、Routledgeより 2024年出版

なお、この本の共著者の一人 Maria Walther は、読み書きのワークショップを統合しているThe Literacy Workshop(Routledge、2020年)の共著者でもあります。

★6

デボラ・エリス 『生きのびるために』(もりうちすみこ訳、さ・え・ら書房、2002年)は3部作。私はまだ一冊目しか読んでいません。続編として『さすらいの旅: 続・生きのびるために』(もりうちすみこ訳、さ・え・ら書房、2003年)、『泥かべの町』(もりうちすみこ訳、さ・え・ら書房、2004年)。なお、『希望の学校: 新・生きのびるために』(もりうちすみこ訳、さ・え・ら書房、2013年)は、アマゾンのレビューによると3部作の後日談らしいです。

★7

デボラ・エリス『九時の月』 もりうちすみこ訳、さ・え・ら書房、2017年

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