2023年7月15日土曜日

書き方、読み方のレパートリーを少しずつ広げてくれる本たち

 5月27日と6月10日の投稿(★1)で森絵都氏の本を紹介しましたが、先日、同氏の『君と一緒に生きよう』(毎日新聞社、2009年)というノンフィクションを読みました。それぞれの章で、恵まれない境遇にいた犬たちの具体例が出てきます。この本の「あとがき」で、「ハクの話は単行本化にあたって書き下ろした。『普通に書いたらぜんぜん面白くなかったので、ほかの章と同じ聞き書き風にしてみたんです。えへ』と、森さん」(187ページ)という文に出合いました。

 ハクという犬は、森絵都氏の飼い犬となった犬の話です。その経緯を普通に書いてみたところ面白くなかったので、「森さん」という自分を登場させ、それが自分であることを明記した上で、「森さん」から話を聞くという書き方に書き直したということです。作家の引き出しには、いろいろな技法が入っているんだなあ、と思いました。(そして、「あとがき」にも同じノリで「森さん」と書いているところには、思わずクスッと笑ってしまいました。)

 こういう具体的な実例が果たす役割は大きいと思います。

 『作家の時間 増補版』では、子どもたちが書き直しの時に行った項目のリストがあり、その中に「視点を変える(他の人や他の物の視点や立場で書く)」という方法も含まれています。(プロジェクト・ワークショップ編、2018年、125ページ)

 「視点を変えて書いてみる」ことは、文全体を見直して書き直すことになりますから、書き直す「量」を考えると、踏み出すのに少し勇気が入りそうです。

 「普通に書いたらぜんぜん面白くなかったので、ほかの章と同じ聞き書き風にしてみた」という、プロの作家の一言は、「そんな方法がある」ことを思い出させてくれるだけでなく、迷った時にトライしてみよう、と背中を押してくれそうです。

 「方法を知っていること」と「それが実際に使用されてうまく行ったという実例を知ること」の差は大きい気がします。そして、こういう小さな積み重ねで、書くことのレパートリーが広がっていくのだなあとも思います。

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 同様に、読み方のレパートリーを広げてくれるような本もあります。最近、私の読み方のレパートリーを広げてくれたのは、エズラ・ジャック・キーツ(Ezra Jack Keats)の絵本『Hi, Cat!』(★2)(邦訳『やあ、ねこくん!』偕成社、1978年)です。著者は1916年生まれですから、長く読み継がれている作家の一人です。氏の作品には、コルデコット賞を受賞している絵本もあり、アフリカ系アメリカ人の子どもたちの日常を豊かに描いたことでもよく知られています。

 「ゆっくり、絵に注意しながら、戻りつつ読もう」なんて思ってもいないのに、この絵本には、そのように読まされてしまいました。まさに絵本自体が持っている力だと思います。

 『Hi, Cat!』(邦訳『やあ、ねこくん!』)を読んでいて、思い出したTEDトークがあります。音楽家ベンジャミン・ザンダーが、ピアノを弾いている時に、知らないうちに姿勢が傾いていることについて、お尻一つに体重が乗っていると、ユーモアも交えながらTEDトークで、以下のように語ったことです。

 「私は、なんで自分がこんな姿勢になるかわからない (笑) 別に肩を寄せようとか、身体を動かそうとか思ってはいない、いや、音楽がそうさせるわけで、だからそれを『お尻一つ』奏法と呼んでいます」(★3)

 自分で意識的に何かしようとするのではなく「音楽がそうさせる」。

 『やあ、ねこくん!』も同じです。自分でそんなふうに読もうとか、自分の読み方のレパートリーを広げようという意識は全くないのに、絵本がそうさせるのです。

 「ある読み方の方法を知っている」ことと、「その方法を、その本に使わされて、それがうまくいくことを経験する」こと、その差は大きいように思います。 

 こういう積み重ねで、いろいろな読み方ができるようになる、読み方のレパートリーが広がるような気がします。

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 『やあ、ねこくん!』から、1箇所、具体的に紹介します。(なおページ番号が書かれていない絵本ですので、本文が始まるページを1ページ目として数えています。)

 この本はアーチーというアフリカ系アメリカ人の男の子を中心に、ニューヨークの下町の子どもたちのやりとりが描かれています。

 「アーチーはおいしかったんだね」(7ページ)という文が出てきます。ウイリーという犬がアーチーの顔をペロペロ舐めている場面です。

 後半になって「じいさん、あんた くちひげ だれに たべられたんだ?」(27ページ)という場面があります。

 最初、読んだ時は、この二つの点が、私にはうまくつながりませんでした。

 アーチーがアイスクリームを持っている絵(1ページ)、アーチーがアイスクリームを食べた後に、鼻の下や口の周りにアイスクリームがヒゲのようにひっついている絵(4ページ)を見て、初めて「(犬のウイリーにとって)アーチーはおいしかった」ことが納得できます。

 どこにも、アーチーが「アイスクリームを食べた」ことに関わる文章は出てきません。

 アイスクリームがヒゲのようにひっついている絵の見開きのページ(3ページ)には、「アーチーは おみせの まどに すがたを うつしてみた」という文があるだけです。

 アーチーがおじいさんの真似をしている場面があります。アーチーがお店の窓に映った、アイスクリームがヒゲのようにひっついている自分の姿を確認してから起こっています。これも、急いで文だけ追うような読み方では、点は点のままです。なぜ、アーチーがおじいさんの真似をしているのかもわからず、単に「唐突だなあ」と思って、終わってしまいます。

  でも、点がつながり始めると、それがまた他の箇所に繋がる。気がつくと、なんとか理解しようと、戻ったり、絵を見たりして、あっちこっちのページを確認していました。そういう読み方で理解できることが増えます。この経験があると、読んでいて「つながらない点」が多いと思う本に次に出合った時に、この読み方を思い出して、使えそうに思います。

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(★1)

2023年5月27日「多彩な作品のある作家が惹きつける、多様な読者たち 〜作家についての学びの可能性」

2023年6月10日「読書生活がもっと楽しくなる 多彩な作品のある作家、お薦めリスト」

(★2)

Ezra Jack Keats, Viking Books for Young Readers; Illustrated版、1999年

(★3)

ベンジャミン・ザンダー「音楽と情熱」(Benjamin Zander, "The transformative power of classical music") TED 2008, 引用した箇所は開始から3分8秒ぐらいで出てきます。

https://www.ted.com/talks/benjamin_zander_the_transformative_power_of_classical_music

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