2020年10月3日土曜日

多様な学びの例を省略しないことの価値

 「一人ひとりの読み手を教える」という題名の章が、『イン・ザ・ミドル』(三省堂、2018年)の中にあります。この章を開くと、まず目に入るのが、ライティング/リーディング・ワークショップの優れた実践者ナンシー・アトウェルが、ある月曜日のリーディング・ワークショップ開始時に、一人ひとりの生徒とかわした短いやりとりが、「そのまま」記述されている箇所です。  

  このやりとりは、アトウェル がリーディング・ワークショップの最初に、クラス全員(と言っても18名の少人数クラスです)に対して行う「チェック・イン」と呼ばれる活動です。私が口に出して読んでみると、最も短いものが30秒ぐらい、最も長いものでも90秒ぐらいです。この短時間のやりとりが18名分続けて、記述されています。 

 最初にこの箇所を見たときに、「どうして18名全員分を記載することが必要なのか?」と思いました。「代表的な」(あるいは模範となるような)例を5、6挙げれば、十分ではないかと思ったのです。  

 『イン・ザ・ミドル』には、この「チェック・イン」と呼ばれる時間の描写以外にも、「えっ? こんなにあるの?」と思えるような「例」の記述が、他にもいくつもあります。  

 例えば、「第8章 価値を認める・評価する」という章では、次に向けての目標を考える箇所が出てきます。そして、アトウェル は、過去数年の生徒の成長記録に「書き手の目標」、「読み手の目標」として実際に記入したことから、目標として書けそうな例をリストにして提示しています。

  このリストの長いこと! 「え? まだあるの?」と続き、「書き手の目標」、「読み手の目標」共に、それぞれ50項目ぐらいはあり、それぞれ3ページに渡っています(『イン・ザ・ミドル』334~339ページ)。  

 実は初めて見たときは、このリストは「あ、こんなものがリストされているんだ」ぐらいの印象で、ザクッと飛ばしてしまいました。

  しかし、18名分のチェック・インのやりとりにしても、いろいろな項目のリストにしても、実際に授業をイメージしようとすると、これらの「具体的な多様な例」のページを開くことが多いです。

 どうやって「チェック・イン」をすればいいのだろうか、「チェック・イン」で何ができるのだろうか、次の目標を考える場合どんな例があるのだろうか…等々と考える時に、これらの例の価値に気づきます。具体的な多様な例を提示されることで初めて、学びを見る物差しというか、見方のレパートリーが、少し広くなる気がします。

  一人ひとりの生徒を、書き手、読み手として、個々に見ると(たった18名の少人数クラスでも)、これだけ多様な例が出てくる、これが学びの現実なんだろうとも思います。

  アトウェル が書いた『In the Middle』★は、アメリカでは、初版から第3版まで、合計50万部以上売れたというロングセラーですが、初版、第2版、第3版と版を重なるごとに新しい内容が加わり、そこからアトウェル の教師としての変容も伺えます。版を追うごとに量も増えていきます。その増えている理由の一つに、多様な例を省略しないでできる限り提供することで、教師に役立つ本にしようという点があるようにも思います。教師が思っているよりも、生徒たちの学びはずっと多様であり、それに気づけるように後押しされているようにも感じます。

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★邦訳『イン・ザ・ミドル』は第3版パート1からの抄訳です。
 

 
 
 




  

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