2018年6月15日金曜日

理解するための「心のバリア」を除く法

 
 わたくしは勤務先の大学で「国語教育学」を教えています。高校では「文型」クラスに所属し、大学では「教育学部国語科」に進学したので、国語の先生の知り合いはたくさんいます。その知り合いのなかに、高校時代に「理系」クラスに所属していた、という人が案外たくさんいます(ちなみに、大学・大学院で論文指導をしていただいた先生は数学がとても得意でした)。今指導している国語科の大学院生に尋ねてみたところ、全員が高校の頃に数学や理科が得意だったそうで、すばらしい!!

 ですから、『理科系の読書術』(中公新書、2018年)という本を書店で見かけて、「理科系」で読書が不得意とは限らないのになぁ、いったいどういうことが書かれているのだろうと思いながら、ページを繰りました。著者は鎌田浩毅さん。ファッショナブルなスーツに身を包む姿を時折テレビで見かける京都大学の先生で、火山学者です。
 とても歯切れのいい、わかりやすい文章で書かれた本です。どうしてわかりやすいのかというその理由を考えてみました。鎌田さんは「読書」を「著者と読者のコミュニケーション」と捉えて、次のように書いています。

  本が難解なのは、著者と「フレームワーク」が合わないからではないかと、あるとき気がついた。フレームワークとは「考え方の枠組み」「思考パターン」「固定観念」のことである。(中略)よいコミュニケーションのキーポイントは、このフレームワークにある。自分と他人のフレームワークの違いを意識することが、人づきあい上達法の秘訣なのである。自分のフレームワークを相手へ上手に橋わたしできたときに、意思の疎通がはじめてうまくいく。私はこの方法を「フレームワーク法」と名づけた。(『理科系の読書術』49~51ページ)
 
 つまり、著者の「フレームワーク」を知ることが、「難解な本」をわかるための秘訣だとういうのです。そしてそれは、人とのコミュケーションをはかることと同じだというのです。
 
 世のなかには、なぜか自分には理解しづらい文章がある。しかし、内容に興味が持てないが、読まなければならないレポートや本があるときは、どうすればよいか。
 ここでは「相手の関心に関心を持つ」というテクニックを使う。「相手の関心に関心を持つ」とは、相手の置かれた立場や状況に関心を持ってから、考えの中身に迫ることを言う。どんな著者も何らかの意図や関心があって外部へ意思表示しているのだが、著者の関心にこちらの関心を寄せるのである。ここでは短く「関心法」と呼んでみよう。(51~52ページ)
 
 「相手の関心に関心を持つ」というフレーズは『理科系の読書術』のなかで繰り返し使われるフレーズです。キーンさんの『理解するってどういうこと?』で使われている用語を使って言えば、「相手の関心に関心を持つ」ということは、鎌田さんが編み出した「理解の種類」と言ってもいいでしょう。この本には、この「相手の関心に関心を持つ」という「理解の種類」の「成果」が具体的に示されていきます。「フレームワーク法」も「関心法」も「相手の関心に関心を持つ」という理解の種類とその成果を生み出す「読書術」なのです。
 タイトルに「理科系」とありますが、「理科系」の人向けの本というよりも、読書が苦手だと思い込んでいる人に向けて書かれています。またたくさんの「○○法」が出てくるので、ハウツー本のように思われるかもしれませんが、けっしてそうではありません。むしろ読者の心理に目を向けているところにこの本の神髄があります。鎌田さんは「あとがき」で次のように言っています。
 
 実は、読書の初心者にとって、読書を苦行にしているのは、本人の「実力不足」ではない。すなわち、難しい話は苦手だから、漢字を知らないから、といったことではない。また、活字を目で追うのが遅いからとか、というような「技術不足」でもない。一番大きな原因は「心のバリア」にあることを、私はうすうす感じていたのだが、本書を書くにあたってその思いを再び強くした。(202ページ)
 
 「速読とは自分を取り戻す読み方」(83ページ)のような魅力的なフレーズも、読書を苦手だと思い込む「心のバリア」を少しずつ取り除いていくための工夫です。「心のバリア」を取り除いて、本と自分との間に生きた回路をつくることができれば、読書は「苦行」ではなくなるという考え方を示した本であると言うことができるでしょう。「理科系」の人の読書どころか、あらゆる読書にあてはまる「法」ですね。
 鎌田さんはこの本のことを「心のモヤモヤを減らすテクニック集」とも言っています。『理解するってどういうこと?』をエリンさんに書かせた、あの小学校2年生のジャミカの問いに対する別解を、鎌田さんはわたくしたちにプレゼントしてくれたのです。

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