2018年4月20日金曜日

知らないことは素晴らしい


 東京・神田の大きめの新刊書店の文庫本コーナーで、平積みなのにひっそりと置かれた本を見つけました。ひっそりと置かれているのに、残りが3冊。タイトルが気になったので手に取ってみました。『考え方のコツ』(朝日文庫、2014年、もともと朝日出版社から2012年に刊行されています)という本。2006年から2015年まで『暮しの手帖』誌の編集長だった松浦弥太郎さんの本で、奥付に20176月で文庫版11刷とありますから、愛読書の一つだと言う人がいるかもしれません。

第1章       思考術:なんでも知っている人ではなく、なんでも考える人になる

第2章       想像術:面ではなく、たくさんの点をイメージする

第3章       コミュニケーション術:群れの中で群れにのみ混まれない泳ぎ方とは

第4章       時間管理術:時間に好かれ、時間を味方につける

第5章       グローバル術:メンバーではなくプレーヤーとして働く力

 章タイトルと副題を眺めるだけでも、読みたくなる本ですが、実は目次には章内の見出しも掲げられていて、その見出しの一つひとつが、モットーとして、頭のなかのどこかに刻みつけておきたい魅力的な文になっています。

 たとえば第1章の見出しは「一日二回「思考の時間」を確保する」「考えることをあきらめない」「知らないことを調べない」「思考を「書くこと」で視覚化する」・・・と続きます。もちろん、これだけでは行動リストのようで、そうした行動をどうしてしなければならないかはわかりません。「どうしてなのかな?」と思って、本文を読むと、松浦さんの体験に根ざした納得の説明がある、という仕組みです。

 たとえば、「知らないことを調べない」の節で言われているのは、知らないことを調べることを仕事の中心にすると、当然のことながら知識が増えて、それはそれで悪いことはないけれども、「何も知らない自分」を忘れてしまい、「考える」ことをしなくなってしまう、というドキッとするようなことが書いてありました。次のような文が続きます。



 知らないことは素晴らしい。最近あらためて感動したのは、『暮しの手帖』の新入社員が書いた、初めての原稿を読んだときのことでした。編集者としての経験も知識もないから、自分の内側を探るしかない。自分の心と向き合って、答えを見つけるしかない。そんな彼女の文章は、技術的には稚拙ですが、素直で見事なものでした。どんなベテランにもかなわない、思考の果ての輝かしい発明がありました。

 調べることをやめて、知らないことの素晴らしさを思い出そうではありませんか。(『考え方のコツ』30ページ)



 「グーグル化」する世界への警鐘ともとれる文章です。あるいは「無知の知」を、松浦流に言い換えたものと考えることもできます。「考える」ということが、自分の頭でじっくり考えて発見することだということを教えてくれます。

 考えながらじっくり考えて発見することは、他者を理解するための大切な方法ですが、松浦さんは、ほかにも、「自分が人と人をつなぐハブになること」という方法を提案し、そのためには「人の話をよく聞くこと」が大切だとして、次のように言っています。



自分の話やアピールは全部忘れ、ひたすらじっくり聞くことです。最後まで聞いて、そこで学んだことを実行に移せば、人と人とのハブになる一助となります。(『考え方のコツ』146147ページ)



 このあたりまで読み進めたときに、『理解するってどういうこと?』の最終章にある、「わかる(理解する)ってどういうこと?」というかつてのジャミカの問い対するエリンさんの答えを思い出しました。



私たちが子どもたちに根気よく問いかけをし、彼らが答えてくれることに信頼を寄せてさえいれば、より深い、表面のレベルを超える考えがいつもあるのです。そして、ジャミカ、理解しようとするあなたを支えることは、私たち大人たちがあなたの果てしない知性を損じて、あなたが世界に対してしっかりと考えて手に入れたすばらしい発見を共有しようとすることなのです。ジャミカ、あなたが理解するのを手助けするために、私たちは問いかけるだけでなくて、しっかり聞くことを約束します。(『理解するってどういうこと?』358ページ)



「ひたすらじっくり聞くこと」は、エリンさんが言うように、話す相手の「発見」を共有して、理解しようとする営みなのです。理解しようとする営みだからこそ、人と人とをつなぐ「ハブ」になれるのです。裏返せば、人と人とをつなぐ「ハブ」になろうとするからこそ、「自分のため」を離れることができるので、相手を深く理解することができるということになるのではないでしょうか。


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