2016年1月15日金曜日

『学力をのばす美術鑑賞』と『理解するってどういうこと?』


 
『理解するってどういうこと?』の第3章「理解に駆られて」には、エリンさんが娘のエリザベスさんと一緒に、ワシントンDCの国立美術館でヴァン・ゴッホ展に行った時のことが書かれています。その帰り道、地下鉄に乗ってから、ノートに書いたその日の収穫を、もう少しで最寄り駅を乗り過ごすぐらい夢中で話し合って母子で見せ合うシーンがあります。そこで、ゴッホの「アルルの老女」という絵を見て文章を書くことについて、母が娘に言った言葉。

時々、私が書いていると、心のなかに言葉が自然に生まれて、紙に書き出され、そして私はにっこりして、こう言うの。「そう、これがあの絵の意味なのか」って。文章にすることはみんなそれだけの価値があるのよ、だってそうすることで、もっとよくわかるようになるもの。そう思うわ。あの老女の頬の色が彼女の死すべき運命と闘っているのだということについて書いたことを、本当に刻み付けたかったの。だって、あの絵のなかの葛藤は彼女に迫っている死についての葛藤だと思うから。でも彼女にはまだ気力があって、話したいこともたくさんあるのよ。(『理解するってどういうこと?』70ページ)

 その国立美術館ではなく、ニューヨーク近代美術館(MoMA)の教育部長だったフィリップ・ヤノウィンの『学力をのばす美術鑑賞』(京都造形芸術大学アート・コミュニケーション研究センター訳、淡交社、2015年)には、認知心理学者アビゲイル・ハウゼンとともにヤノウィンらがつくり上げたVTS(ビジュアル・シンキング・ストラテジーズ)のプログラムが、豊富な事例をもとにわかりやすく示されています。その基本的な過程は、静かにじっくりみること、3つの問いかけ、ファシリテーション:児童の発言に応える、授業の終わり、という四つのステップからなっています。

「対象を深く捉えるためには、まずはじっくりと観察する必要がある」という考えから、VTSは「静かにじっくりみること」から始められます。それに続くのが次の「3つの問いかけ」に応えていくことです。


①この作品の中で、どんな出来事が起きているでしょうか?

②作品のどこからそう思いましたか?

③もっと発見はありますか?

(『学力をのばす美術鑑賞』43ページ)


ヤノウィンによれば、①の問いかけは「みえたことの描写に留まるのではなく、それが意味することや考えたことを付け加えることを促し」、「描かれていることから物語を見出すという、アート作品ならではの意味生成のプロセスを喚起する」ものだと言う。②は「論理的な思考を自然に促す問いかけ」で「自分の解釈の根拠を作品に基づいて示すこと」を子どもたちに求めるもの、さらに、③は「意味生成のプロセスを深める役割」を持ちます。そしてこれらの質問を繰り返し使うことで、「『わかった』と思っても、もっとよく見て検討すると考えが深まったり、最初の考えが変わることもあるという気づき」が生まれ、話し合いで発言をしやすくなるとヤノウィンらは言うのです(『学力をのばす美術鑑賞』45ページ)。

とてもシンプルなのに、子どもの発見を促してくれるVTSの、いわば心臓部がこの「3つの問いかけ」です。ヤノウィンも書いていますが、これは美術鑑賞だけに限らず、未知のことがらを理解しようとするすべての場合に有効な問いかけです。実際、『学力をのばす美術鑑賞』では、VTSを詩の読みに応用した例がたくさん示されていますし、多くの教科学習への応用についても書かれています。いや、学校の学びだけに限らない、発見のためのプロセスがここには示されていると思いました。

そして、『学力をのばす美術鑑賞』の「第5章 VTSと言語発達」には「あれっ!?美術鑑賞の本だったのではないの?」という疑問が口をついて出るほど、言語と書くこと(筆記)について書かれています。たとえば、この本の157ページ以下には「文学作品について」書くために、本の各章ごとの課題や、子どもの文章例が示されていて、国語教育の本と見間違えそうです。が、これもVTSの大切な特徴なのでしょう。VTSは、人が理解のための言葉を見つけるための教育であり、重要な方法なのです。最初に引用したエリンさんの言葉と強く響き合います。

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