2011年12月2日金曜日

「順調に進んでいないのですが……」

 「RW・WWが順調に進んでいますか?」と問われると、現在の私は「いいえ」と答えざるを得ません。

 うまくいっていません。

 『リーディング・ワークショップ』(新評論、2010年)の第7章は、「評価を授業に組み込む」という章です。



 その章の注に「この章で扱っている評価とは、成績や評定をつけるための評価ではなく、教師の教え方と子どもたちの学び方を改善するための評価です」(115ページ)と書かれています。

 まさにそういう、教え方と学び方の改善のための「評価」の必要を、ここ2週間ぐらい、痛切に感じています。

 さて、WWの方を例にとり、私の今学期のWWで、現在、どんな問題が発生しているかというと。。。

○ 作家ノートを集めてみると、宿題で行うように言ったことしか、書いていない学習者がいる。これでは、作家ノートの本来の意味がかなり失われている。(要は最低限しか書いていない、ということです。)

○ (私の担当科目は英語ですが、)この時点になっても、まだ、英語の基本的な書き方が分かっていなくて、翻訳ソフトを使ってその場をしのごうとする学習者がいる(→ ミニ・レッスンを聞いていない? 教えたことが定着していない)。

○ 修正には興味がもてない、あるいは自分で修正できるようになることに意欲のもてない学習者もいる。

○ 校正の個別のチェックリストをつくれるような方向に、もっていけていない。

○ 校正は私が手を出しすぎている。自分で読み直すことがうまく教えれていない。

○ ピア・カンファランスができていない。


 

 少し考えるだけでも、どんどん出てきます。問題が山積みですね。

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 ここまで読んでくださった人の中には、「RW,WWって、タイヘンな教え方なのでは?」と思われた方もいらっしゃるかもしれません。

 たしかに、RWとWWをはじめた途端にすべてがバラ色になるわけではありません。

 準備の量も、授業をどう組み立て、どう修正しようかと悩む量も、「量的にみると」従来型の教え方と同じぐらい、あるいはそれ以上にあるように思います。

 しかし、「この教え方を続けたいですか?」と尋ねられると、答えは「はい」です。

 それは、授業の準備も、悩む内容も、従来型の教え方と「質」的にまったく違うからです。



 質的な違いは、簡単には説明できないのですが、RWとWWに出合う前は、「今読んでいるものを読める」とか「今書いているものがよくなる」に終始していた気がします。この場合、もちろん、教師が正解を提供するのが一番早い解決法となります。



 RWとWWに出合った後は、明日以降も使えることを教えたいと思いますし、全体に教えることと個人に教えることを分けたいとも思い、その方向で準備をします。



 もちろん、カリキュラムの制限、人数の問題、教室内に物理的にあるものやないもの等々の問題ともあいまって、なかなかうまくはいかないときもあります。それでも、そのろいろな制限や問題のなかで、その手立てを考えようとしています。


 それだけでなくて、授業から受けとるものも違う気がします。RWやWWで教えていると、書き手、読み手としての個性が出てく るので、それは教室の学びを豊かにしてくれています。学習者が読んだ本について、学習者と語るのは、とても楽しいですし、誰かが他の人に、自分が読んだ本について語っているのを聞くこともよくあります(特にうまくいっているときは)。



 また、学習者の方から「次は○○さんが読んでいたような詩集を読みたい」等々、学習者から、何を学びたいかという声を聞くこともあります。これ も従来型の学びでは、あまり聞けなかった声ですし、教えているほうにしても、とても楽しいし、嬉しいことです。

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 さて、山積みの問題に目を戻します。

 『リーディング・ワークショップ』の中には以下のような文もでてきます。

 「事実、問題が起こるのです。<中略> 私たちが今までに読んできた多くの物語と同じように、教室を舞台にしてこれからはじまる物語も、問題が生じるところから旅がはじまるということなのです」(80-81ページ)。

 この文、納得です。



 そして、『リーディング・ワークショップ』の中では、問題解決の一つの方法として、ミニ・レッスンを挙げています。「ミニ・レッスンは、子どもたちを集めて問題解決に向けて取り組む最良の場を提供してくれます」(82ページ)とも書かれています。

 この週末は、次回のミニ・レッスンを慎重に考えようと思っています。

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