『一斉授業をハックする ~ 学校と社会をつなぐ「学習センター」を教室につくる』の巻末に掲載されている、竜田徹さん(佐賀大学)の「訳者から読者へのメッセージ」を紹介します。
読者の一人として本書を読み終えると、学習センターの設置を楽しみながら試行錯誤する教師の姿や、そこでオウナーシップをもって(自分事として)学んでいる生徒の様子が想像され、ワクワクしました。頭に中に、教師と生徒が空間をともにしながらカリキュラムを共創する姿が描き出されており、まるでその現場を実際に見ているかのように感じたのです。それほどまでイメージできる学習センターが、なぜ日本ではほとんど紹介されてこなかったのでしょうか。
やはり、教科書ベースの一斉授業があまりにも多いのでしょう。また、そのことに疑問を抱く人が少ないという現実もあるでしょう。さらに、教科担任ごとの専用の教室が割り当てられているわけではないので、教室のレイアウト変更といった工夫もなかなかできません。どうやら、日本の学校教育は学習センターの教え方とはかならずしも相性がよくないようです。
また、大学での教え方と学び方にも問題がありそうです。現在、私は大学の教育学部において、幼児期におけることばの保育と、小学校、中学校、高等学校の国語科教育法に関する講義科目を担当しています。講義のなかでは実践事例の紹介や模擬授業の指導などを行っていますが、その際に陥りがちなのは、「学校教員の基本はあくまで一斉授業をできるようになること」であって、小グループ学習や学びの個別化はその補助手段であるという思い込みです。要するに、「発問応答型あるいは例題解説型の授業ができれば一人前」という考え方がどこの大学でも根強いのです。
このような考え方をいかにして脱していくのか、現職教師だけでなく、教員養成に携わっている人たちも考えなければならない重大な問題です。
さらにいうと、幼小連携という発想に乏しいことが挙げられます。幼児教育に造詣の深い方であれば、本書を読んだ際、学習センターは保育計画の考え方との間に存在する「親和性の高さ」に気づいたことでしょう。保育の現場では、同じ活動(遊び)をしても同じ経験が得られる(同じねらいを達成できる)わけではないという考え方が大切にされています。
すべての子どもがこのような経験をしてきたにもかかわらず、この考え方が小学校以降の教育にいかされていないのです。すべての教育関係者が、幼児教育の現場から、小学校以降の教室に学習センターを設置するためのヒントを学び取らなければなりません。
本書を翻訳した目的は、一斉授業がもつ問題点を多くの人に理解してもらうとともに、そのオルタナティブとなる学習センターの教え方を紹介し、これからの時代を生きてゆく生徒たちにふさわしい学習方法の一つとして日本の学校教育に取り入れてもらうことです。
原書のタイトル『Hacking
Learning Centers in Grades 6-12』を直訳すると「6~12年生で学習センターをハックする(修理する/改善する)」となりますが、日本には学習センターの歴史がほぼありませんので、そもそもハックのしようがありません。それでは、日本の読者が本書から受け取るべきメッセージは何でしょうか。それは、「日本の教室空間=授業の発想を規定し、一斉授業を導きやすくしてしまっている構造を考え直そう」ということになります。
私たち教育者ができるのは、学習センターの教え方が学校に浸透している未来を目指して、まずは一斉授業を一つでも少なくするように努力することです。これが本書のタイトルを『一斉授業をハックする』とした理由です。本書を読まれてお分かりのように、注目すべきポイントは数多くありますが、ここでは二つに絞って私なりに再掲させていただきます。
まずは、学習センターの基盤にある、カリキュラムと学習環境をつなぐ発想に注目します。日本の学校では、カリキュラムを表すのに教科書教材の「時間的な配分」を用いる場合がほとんどですが、学習センターの教え方では、各コーナーの「空間的な配置」によってカリキュラムを表しています。
日本における国語の授業で例示してみましょう。
4月と5月の高校一年生の授業では、「羅生門」(芥川龍之介の小説)、「水の東西」(山崎正和の評論)、「絵仏師良秀」(宇治拾遺物語・古文)、「助長」(孟子・漢文)を一斉授業で順に教え、これらを試験範囲として定期試験を行うというのが一般的です(教材はあくまで例です)。同じ教材を学習センターで教えるとすればどうなるでしょうか。そのプランを想像してみましょう。
4月と5月の期間中、教室内に「羅生門コーナー」「水の東西コーナー」「絵仏師良秀コーナー」「助長コーナー」の4つが設置されます。これらに、「漢字コーナー」「古典文法コーナー」「スピーチコーナー」を加えることもできるでしょうし、たまってしまった課題を終わらせるための「埋めあわせコーナー」(99ページ参照)を設けてもいいでしょう。
生徒たちは、興味関心、必要性、教師の助言をもとにしてこれらのコーナーを回っていくことになります。すでに本書を読了されている人であれば、それぞれのコーナーで、各テーマに関して得意としている生徒がそうでない生徒に向けてアドバイスをしている様子が浮かんでくることでしょう。簡単にイメージしましたが、各コーナーで取り組む学習を練り上げてローテーションの工夫などをすれば、想像以上の光景が見られるかもしれません。
文部科学省が公表した『「新しい時代の学びを実現する学校施設の在り方について」最終報告』(二〇二二年三月)においては、可変性に富んだ学びのスペースの創造などが提言されましたが、学習センターはまさにこの提言を先取りした学習の仕組みであるといえます。この報告をふまえるのであれば、一つ一つの教材や指導事項を一時間の授業ごとに並べるという発想から、一つの教室のなかで同時に併置する発想に切り替える必要があります。生徒が学んでいる「スペース(空間)」に焦点を当てて、学校教育のあり方を再考したいものです。
もう一つ注目したいのは、学習センターでの学びを通して身につけられる「セルフ・アドヴォカシー」と呼ばれる概念です(155ページの注参照)。学習センターの教え方は、一斉授業のなかで行われる小グループ学習とは大きく異なっており、それがセルフ・アドヴォカシーの育成を可能にしています。その特徴とは次のようなものです。
・基本的に、生徒が学びたいグループを自分で選択している。
・各グループの学習が一つの教室内で同時に進行している。
・各グループの学習(グループ内の個人の学習)では自立性が重視されている。
とくに「自立性」に深く関わるのが、セルフ・アドヴォカシーです。
学習センターでは、どのコーナーを選択するか、そう判断した理由は何かと考えながら学習に取り組み、コーナーの選択は適切だったか、次はどのコーナーで学ぶかを振り返るというサイクルが繰り返されるため、「どのコーナーでどのように学べば、自分の目標がより達成できるのか」について考える機会が常に生まれます。これによって、生徒の自己学習力が高まるだけでなく、自己理解や他者理解が深まり、お互いの学び方を認めあって協力する姿勢が育まれるのです。
これは、一般的な小グループ学習では生じにくい効果です。セルフ・アドヴォカシーは今後「エイジェンシー」や「アカウンタビリティー」(結果責任)とともに、生徒の「学びに向かう力」をとらえるための大切なキーワードになると私は考えています。
「学校はいま、生徒を引きつけるだけでなく、予測不可能で変化し続ける未来に備えることのできる新しい方法を見つけ出すことに追い立てられ、混乱しています」(274ページ)と本文に書かれていましたが、日本も同じです。本書が日本の読者にもたらす恩恵は、アメリカの読者以上に大きいといえます。本書が多くの学校教育関係者、地域の方々や保護者のもとに届き、一斉指導の問題点や学習センターの可能性をめぐって活発な議論が行われ、実際に実践される日が訪れることを願っています。
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