2020年11月7日土曜日

「事物に観念を語らせる」 〜そして『あの犬が好き』

  10月30日の投稿「いかに書くか 〜事実を描写するということ〜」を読んで、優れた実践者アトウェルが、「ある特定の瞬間や、手に取れる具体的なものから、思考、態度、そして人生そのものを明らかにできる」ので、「見たものを書こう、事物に観念を語らせよう」と、中学生たちに教えている場面を思い出しました。

 「事物に観念を語らせる」は、アトウェルが「生徒に教える詩人のなかで、最も影響力がある」というウィリアム・カーロス・ウィリアムズの概念です。

 この考え方は、「愛、詩、戦争、偏見、正義といった大きく深淵な題材を書きたがる生徒たちを教える私には、良い指針」だとアトウェルは言います(『イン・ザ・ミドル』226ページ)。

 そして、続けて次のように説明しています。「大きく深淵な題材を扱う詩は、日常のささいな瞬間をとらえています。ウィリアムズの詩を使うと、そのことを生徒が理解しやすくなります。書き手の日々の経験の中にある具体的なことがらや、目にしたこと、それが読み手の想像力や共感をかきたて、そういう『事物』が、読み手が感じたり、共有したりできるような、大きな意味をつくり出してくれるのです」(『イン・ザ・ミドル』226〜227ページ)。

 ウィリアムズの詩を生徒たちにいくつか紹介し、「これらの詩で使われているのは、日常使われる言葉ばかりですが、その選択は骨まで削ぎ落とされて」いることを指摘したあと、アトウェル は、次のように話します。

「あなたたちにウィリアムズっぽく書くように言っているわけではありません。それは彼独自のものです。でもウィリアムズが言う詩の書き方を受け止めてください。詩人が描くことは、詩人が実際に見たことから始まるということ。きらびやかに飾ったり、仰々しい理屈をぶったり、夢のような幻想を描くことではないのです。具体的な細部に注意を払い、そこに意味を見出そうとすることから、詩は始まります」(『イン・ザ・ミドル』230ページ)。

*****

 アトウェル は、『イン・ザ・ミドル』では、ウィリアムズの代表的な詩「赤い手押し車」も含め、いくつかの詩を提示して教えています。「赤い手押し車」から思い出したのが、『あの犬が好き』(シャロン・クリーチ著、金原瑞人訳、偕成社)と言う、クスッと笑える、でも主人公のジャック君の思いがしっかり、そして時には切々と伝わってくる、詩の本です。

 著者は『めぐりめぐる月』(偕成社)でニューベリー賞を、『ルビーの谷』(早川書房)でカーネギー賞を受賞しているシャロン・クリーチです。シャロン・クリーチの作品をいろいろ読んでいる中で、『あの犬が好き』に出合い、今回、この本を思い出して読み直し、紹介したくなりました。そこで今日の投稿の後半はこの本の紹介です。

 『あの犬が好き』の「訳者あとがき」では、金原瑞人氏が以下のように紹介しています。

 「さて、この本は、ふとしたことから詩にはまっちゃった男の子の詩だ。詩なんて、女の子のもんだよ、そんなもの書けない……なんていってた男の子が少しずつ、詩を書くようになっていく。昔の人の詩を読んで、わかんないよ、どう言う意味? とかいいながら、そんな詩をかりて、自分の詩を作っていく」(139ページ)

 『あの犬が好き』では、ウィリアムズの代表的な詩「赤い手押し車」は巻末(124〜125ページ)に以下の訳で紹介されています。 

*****

「赤い手押し車」


問題なの


赤い手押し車


雨にぬれ


そばには白いニワトリ

が                                     

*****

 この詩を読んだジャック君は、次のように記しています。

問題なの

青い車。

どろだらけで

道をびゅんと走ってきた。

(13ページ)

* この青い車は、あとでも出てきます。詳しくはジャック君の書いた「僕のスカイ」(97ページ〜103ページ)をぜひ!

 このように、主人公のジャック君は、授業で紹介された「赤い手押し車」をはじめ、ロバート・フロストやウィリアム・ブレイク、そしてウォルター・ディーン・マイヤーズの詩などへの反応も含めて、詩を書くようになっていきます。改行の仕方などを見ても、まさに「詩」を綴りながら、話が進んでいく感じです。

 例えば、以下のような感じです。

<略>

先生はいったよね。

ロバート・フローストさんは

牧場の詩を書いた人で

雪の森の詩を書いた人だって。

ほら、まだ何キロもいかなくっちゃいけないから

のんびり

眠れないってやつ。


ぼく思うんだけど、

ロバート・フローストさんて

ちょっと

暇すぎるんじゃない

かなあ。

(32〜33ページ)

  巻末には、ロバート・フロストの「牧場」(131ページ)、「雪の夜 森のはずれで立ち止まった」(126-127ページ)など、先生が紹介してくれた詩も掲載されています。ですから、上記のようなジャック君の反応は、巻末に紹介されている詩のいいガイドにもなっているように思います。

 でも、何よりも、この本の魅力は、巻末で紹介されている詩を、ジャック君が自分の中に取り込みながら、自分の言いたいことをはっきりさせ、言葉にしていく、そのプロセスです。

 この本の最後では、ウォルター・ディーン・マイヤーズの「あの男の子が好き」という詩(136ページ)に感動して、ジャック君は「あの犬が好き」と言う題名の詩を書いています(121ページ)。ジャック君の思いが伝わります。でも、そこで使われている言葉は、アトウェル が上で言っているように、「きらびやかに飾ったり、仰々しい理屈をぶったり、夢のような幻想を描くことではない」というのがよくわかります。

 ジャック君が通っていく過程自体を楽しく読ませてしまうところも、この本の魅力の一つです。


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