★時々投稿をお願いしている吉沢先生に、今回も投稿をお願いしました。★
私立の女子中高一貫校で英語を教えています。高校2年生のクラスで「読むこと」についてのアンケートをとってみました。今どきの高校生はほとんど本を読まないようです。「家ではまったく読みません」「学校の朝の読書タイムに読むだけ」「年に1〜2冊」。その理由は、「読むのに時間がかかる」「字を見ると疲れてしまう」といったものでした。
そんな生徒に、少しでも本を読む楽しみを体験してほしいと思い、いろいろな工夫を始めています。教室に英語の絵本を持ち込み、好きな絵本を選んで読ませる。授業の中で読み聞かせをする。かんたんな英語の物語を使ってブッククラブをする。そして1学期の最後に、それまでに読んだ中から1冊を選んで「レター・エッセイ」を書いてもらうことにしました。
「レター・エッセイ」とは、手紙の形式を使って、読んだ作品について、テーマ・登場人物・書き手の技法などについて気づいたことを書くものです。ナンシー・アトウェルは、リーディング・ワークショップでの本をめぐるやり取りを、このレター・エッセイの形式で行っているそうです。★
しかし、いきなり「レター・エッセイ」と言われても、生徒たちはピンと来ないでしょう。そこで、私がモデルを示すことにしました。
まず、「レター」というからには、誰に宛てて書くかを決めなければなりません。私は、知人の荒井先生という方に宛てて書くことにしました。東京の私立の女子中高で長年に渡って英語を教えた後、今は大学で英語を教えておられます。
次に、「エッセイ」の中身です。これは読書の感想をつらつら述べるものとは違います。中身を分析するというスタンスが求められます。かと言って、あまりかた苦しくては、生徒たちのモデルにふさわしくありません。私が考えたのは、以下のようなことです。
・まず、本を読んでの第一印象を書く。
・あらすじは書かないけれども、大まかな構成上の特徴にふれる。
・登場するヒト、モノにふれる。
・疑問に思ったことを書く。
・絵についての気づきを書く。
・一箇所、印象に残る文を引用する。
・テーマにふれたことを書く。
さて、できあがった文章は、以下のようなものです。
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荒井 先生
Margaret Wise Brown と Clement Hurdによる絵本 Goodnight Moonを読みました。ずっと以前に、あなたの英語の絵本の講座で紹介してくださった本です。
久しぶりに読みかえして、不思議で魅力的な本だなあと思いました。
構成は、まず前半で、部屋にあるものの名前があげられていきます。赤い風船、壁にかかった絵、電話、おもちゃの家、小ネズミ、くし、ブラシ、などなど。そして後半で、その一つ一つに「Goodnight」(おやすみ)と呼びかけていく。それだけの内容です。それなのに、その世界に私は引きこまれます。
いくつか謎があります。「おやすみ」と呼びかけているのは誰なのか、ということがあります。絵の中には登場しません。また、主人公は何なのでしょう。それも謎です。もしかすると、部屋の中にあるさまざまなものすべてなのでしょうか。
この絵本は、絵に工夫がこらされていて、それが好きです。ページをめくるにつれて、月がだんだん高く上がっていきます。時計の針は進みます。暖炉の火は小さくなります。そして、部屋全体が暗くなります。
私がこの本の中で一番印象に残ったのは、最後の次の文です。
Goodnight noises everywhere
最初にこの一文を目にしたとき、「物音(noises)ってどこにあるの?」と思いました。静かに物語が終わるように感じたからです。しかしよく考えてみれば、かすかな物音があります。暖炉で火が燃える音。ベッドで眠っているウサギの寝息。あと何があるだろう、って探したくなります。そして、さらにこの本の世界に引き込まれていきます。
部屋のなかにある物の一つ一つに、「Goodnight(おやすみ)」というコトバをかけていく。そのことで、その日のその物とのかかわりが思い起こされるようですね。それはとてもささやかな物。でもそれはとても大切なもの。それをていねいに感じることの幸せ。読みながら、そのようなことを感じました。
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7月19日の朝、送信。夜帰宅すると、早くも荒井先生から返信メールが届いていました。そして、私のレター・エッセイに対する返信の文章が添付されていました。それを読んで、私は大変感動しました。見よう見まねで書いた私の文章をていねいに読んで、私の思いや疑問にしっかり応えようとしている内容だったからです。
荒井先生の許可をいただいて、以下に紹介します。
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吉沢 先生
以前ご紹介したGoodnight Moon を気に入ってくださって、とても嬉しく思っております。ご存じのように、絵本は大人がこども(たち)に声に出して読んでやるもの。子供はそれを聴いて、絵を読みます。Goodnight Moon を声に出してみると、心地よいリズムに、ざわついていた心が撫でられるような感じがします。このリズム、何かに似ていませんか。私は、お母さんが赤ちゃんを腕に抱いて寝かしつけるときに、優しく揺らすリズム、子守歌のリズムに似ていると思います。
「おやすみ」と呼び掛けているのは、a quiet old lady ではないですよね。だって彼女はwho was whispering “hush” (「シー」と言っている)わけですから。呼びかけているのは、早く寝て欲しいと願ってこの絵本を読んでいる大人(たぶん親)ではないかと思います。赤ちゃんの頃は、きっと腕に抱いて、♪Rock a bye baby on the tree topなんて歌っていたはず。元気にやんちゃに育った今は、抱っこするわけにもいきません。でも、このリズムは、こどもの中に刻み込まれているはずです。
主人公はうさぎのこどもかもしれませんが、寝かしつけられているこども、絵本を読んでもらっているこどもではないかと、私は考えます。こどもは眠いけど眠りたくない、眠るのが怖い、と思っているのか、なかなか寝てくれません。目をつむると、何も見えなくなって、別の世界へ行き、戻ってこれなくなると感じているのでしょうか。眠るまで抱っこしてくれた人はいなくて、ひとり、ベッドで眠りに落ちるのは怖いのでしょう。そんなこどもの、ちょっと落ち着かない、ぞわぞわした気持ちが、うさぎの子がベッドの上で膝を抱えたり、起き上がってみたり、もぞもぞする仕草や、子猫がじゃれあっていたり、ねずみがちょろちょろ動き回っている様子で、表されている気がします。
そんなとき、あの懐かしい、子守歌のリズムで、身近のもの、ひとつひとつに、Goodnightと呼び掛けるのは、一緒に眠りの国へ行こうね、と言っているようです。こどもの不安な気持ちも少し穏やかになるのではないでしょうか。ざわついていたこどもの心も、最後は静かになり、Goodnight noises everywhere で終わるのは、さすがだなと思います。
部屋もだんだん暗くなり、最後のシーンでカメラのレンズを広角にしてぐーと引いていく感じが、「やれやれ」とほっとして部屋を出ていく親の気持ちと重なります。やんちゃなこどもに一日つきあって疲れ果てた親ですが、きっと幸せな充足感に満ちているでしょう。
この本は、1947年に出版されましたが、Brownが原稿を書いたのは、もう少し前、第二次世界大戦が終わるか終わらないかの頃だと思います。彼女は、スペインの王子やロックフェラー家の子息などとの華やかな交友関係が話題となりましたが、結婚して子どもを持つことはなく、この本が出版されて5年後に42歳で病死しています。この絵本の成功は、画家のClement Hurdの画力によることも大きいですが、この絵本を声に出して読むとき、Brownは、柔らかい赤ちゃんのぬくもりを腕に感じて、そっと揺らしながら子守歌を歌っていたのではないかと思ってしまうのです。
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主人公は、「絵本を読んでもらっているこどもではないか」という発想は、私にはなかったものです。この荒井先生の文章を読んで、絵本のとらえ方が広がった感じがしました。つまり、絵本に描かれた世界というのは、モノとしての絵本の中で完結するものではなく、読み手と聴き手を含めた中で、生き生きしたものとして成り立つということです。
そう考えると、この絵本の聞き手はどんな子どもだろう。読み手はどんな人で、どんなふうに読んで聞かせているのだろう、というふうに想像していくことができます。
荒井先生が、絵本で使われているコトバを、「子守歌のリズム」と結びつけているものも、大いにうなずけます。
荒井先生の眼差しは、親と子の両方へ向けられています。「眠いけど眠りたくない、眠るのが怖い、と思っている」子ども。「ひとり、ベッドで眠りに落ちるのは怖い」子ども。その一方、「ほっとして部屋を出ていく」親。「やんちゃなこどもに一日つきあって疲れ果てた」親。でも「幸せな充足感に満ちている」であろう親。子育てをしてきた親としてのご自身の体験とのつながりも感じられます。
レター・エッセイを書いてみよう、と思ったことがきっかけで、とても楽しく、深い経験をすることができました。何よりも、語りかける相手がいることのありがたさを感じます。そして、しっかり相手に反応し、それをコトバで返すことの、豊かさを感じます。このようなやり取りを通して、読書家として成長していけることの喜び。それを生徒たちにも伝えたいと強く思いました。
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* 上記の本は『おやすみなさい おつきさま』という題で、評論社より翻訳が出版されています。
★レター・エッセイについては、ナンシー・アトウェル著(小坂敦子・澤田英輔・吉田新一郎訳)『イン・ザ・ミドル 〜ナンシー・アトウェルの教室』(三省堂, 2018)の290〜312ページに詳しい説明があります。
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