2020年1月18日土曜日

本当に重要なものを見極める力






 年のはじめに勤務校の生協でついタイトルに惹かれて手に取ってしまったのが、クリスチャン・マスビアウ(斎藤栄一郎訳)『センスメイキング:本当に重要なものを見極める力』(プレジデント社、2018)です。とくに副題に惹かれたのですが、本書原著副題は邦訳のそれとは若干違っています。what makes human intelligence essential in the age of the algorithm。「このアルゴリズムの時代に、人間の知性にとって必要不可欠なもの」という意味になるでしょうか。邦訳副題は原著副題のへの回答のようなものかもしれません。

 「アルゴリズム」の時代に人間の知性にとって必要不可欠なものこそが「センスメイキング」つまり理解することだと著者のマスビアウは言っています。たとえば「他の文化について何か意味のあることを語る場合、自分自身の文化の土台となっている先入観や前提をほんの少し捨て去る必要がある」(45ページ)と言っています。これは少し堅い言葉ではありますが、何かを「理解」しようとするときの私たちの心の動きを描いています。また、「自分自身の一部を本気で捨て去れば、その分、まったくもって新しい何かが取り込まれる」とも言っています。もしそのようなことになれば、対象を捉えるだけに留まらず、自己について世界について何ごとかを発見することになるのではないでしょうか。それが「洞察力」を得ることだとも筆者は言っています。以前のこのページで紹介したターシャ・ユーリック(中村竜二・樋口武志訳)『insight(インサイト)-いまの自分の正しく知り、仕事と人生を劇的に変える自己認識の力』(英治出版、2019)という本が強調していたのも、また、エリンさんの言うinsightも、「自分自身の一部」を本気で捨ててじっくり考え、「まったくもって新しい何か」を取り込むということなのかもしれません。

マスビアウの言う「センスメイキング」には、「「個人」ではなく「文化」を」「単なる「薄いデータ」ではなく「厚いデータ」を」「「動物園」ではなく「サバンナ」を」「「生産」ではなく「創造性」を」「「GPS」ではなく「北極星」」という五つの「原則」があります。この五つの原則を説明したページには、「理解」にとって大切なことがいくつも書かれています。たとえば次のように。



「薄いデータは、我々が何をするかという行動の面から我々を理解しようとするのに対して、厚いデータは我々が身を置くさまざまな世界と我々がどういう関係を築いているかという面から我々を理解しようとする。」(60ページ)



「ほとんどの人々は、いつまで続くのかわからないまま不確かな状態に置かれることをひどく嫌う。だが、不確かな状態に置かれない限り、新たな理解への道が開かれることはないのである。これこそが、創造性の真の姿なのである。」(70ページ)



 私たちの一つひとつの行動を客観的に示すばかりの「薄いデータ」ではなくて、世界と私たちとの「関係」について教えてくれる「厚いデータ」を手に入れていくことで、私たちは世界も自分も理解することができるようになります。また、「不確かな状態」に置かれることが「新たな理解への道」を開くのだという考え方は、先に引いた「自分自身の一部を本気で捨て去れば、その分、まったくもって新しい何かが取り込まれる」という考え方に通じています。

 また米国の自動車会社「フォード」の対消費者意識を批判的に検討した次のような言葉は、理解行為とは縁遠いように思われるかもしれませんが、大切です。



「だが、こうした消費者の「世界」に対するフォードの理解は乏しかった。つまり、消費者が自らの現実をどのように構築しているのか、フォードはうまく理解できていなかったのである。人間の体内には組織間をつなぐ結合組織というものがあるが、これにたとえるなら、センスメイキングは、失われた結合組織を見出すきっかけになるのだ。」(106ページ)



「失われた結合組織を見出すきっかけ」を把握すること、それはたとえば、文章理解において行間を読みながら、筆者が仕掛けた空所・空白を使って、文章の表面的なしくみの奥にある深いしくみを探っていく営みと共通しているように思われます。そのような「きっかけ」を見出すことができるかどうかは、マスビアウに従うと、経営者にとっても極めて大切なことだということになります。「センスメイキング」すなわち理解することの学びは、人生を豊かに贈っていくための力をそういうふうに育てていくのです。それが「本当に重要なものを見極める力」であることは言うまでもありません。

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