タイトルは、『ネス湖のネッシー大あばれ』。
書いた人は、テッド・ヒューズ。
訳した人は、丸谷才一。
骨のあるのは、描かれている絵やストーリーではなくて、訳者による作者の紹介と、表記の説明です。(その意味では、タイトルは間違っているかもしれません。)
テッド・ヒューズは、有名な詩人であること、その代表作のいくつかを含めた作者について、訳者の丸谷さんが、延々と5ページも(字が小さいので、普通の本なら9ページに渡って)紹介されているのです。絵本についての解説は、残り9分の4ページです。
普通に絵本を読んできて、この解説を見たときはビックリしました。
訳者の思い入れが伝わってきたからです。
(普通、作者および絵本の解説のページはあったとしても、1ページがいいところではないでしょうか?)
(普通、作者および絵本の解説のページはあったとしても、1ページがいいところではないでしょうか?)
そして、さらに「表記の説明」のページも2ページ(普通の本の分量だと3ページ分)あります。普通は、こんなページはありません!!
以下のような文章で始まります。
この絵本は表記はいまの日本の普通の絵本の表記と違ひます。真向から対立してゐる。その主な違ひは次の三点といふことになるでせう。
(1)
歴史的假名づかひを採用してゐる。(「假」を打ち出すのに苦労しました!)
(2)
漢字をちつとも遠慮しないで使ふ。
(3)
分ち書きをおこなはない。
と、ここまで読んで、絵本を見返してみると、確かに漢字と「假名づかひ」だらけでした。
大人の私が読んだときは、漢字に違和感はありませんでしたが(単に、鈍感なだけ!!)、確かに子どもたちが見たら、犬猿するかも、と思いました。ルビはついていますが、難しい漢字だらけなのですから。(でも、本当はどうなのでしょう? ぜひ小学校1年生や2年生にこの絵本を見せて、どういう反応をするか確かめて、教えてください。小学館も、もしそうならば、最初から出版していないと思うのですが・・・)
そして、いまの日本の絵本はみな、上の逆のことをしている、と指摘しています。「絵本の文章はかう書くものと、みんなが思ひ込んでゐるやうです」と続きます。さらには、「絵本の表記を漠然としかしじつに強固に支配してゐる文部省の国語政策が悪いのだと考へてゐる」とまで。
以下、上記の3点についての説明が、3分の2ページ続きます。
最後に、以上は『猫と悪魔』につけたあとがきの再録です、と断ったうえで、一つ加えています。それは、日本語は横書きはおかしい、ということです。本書も、便宜的な処置としてしかたなく左横書を使ったが、それは「積極的にみとめてゐるわけでは決してない」と釘を刺してくれています。
という意味で「骨のある」絵本と思った次第です。
ウ~ン、絵本について考えさせられました。
そして、表記の仕方(というか、文章の書き方)についても。
こんな絵本に出会ったことは、はじめてでした。
ウ~ン、絵本について考えさせられました。
そして、表記の仕方(というか、文章の書き方)についても。
こんな絵本に出会ったことは、はじめてでした。
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