2024年本屋大賞翻訳小説部門1位の『ようこそ、ヒュナム洞書店へ』(牧野美加訳、集英社、2023年)の著者ファン・ボルムさんによる『毎日読みます』(牧野美加訳、集英社、2025年)に次のような一節があります。
〈本を一冊読み終えて、次は何を読めばいいかわからないときは、「なぜこの本を良いと思ったんだろう?」と一度考えてみるのだ。そして、その「なぜ」をたどっていき、目には見えない本のつながりを頭の中に描いてみる。著者の思想が気に入ったのなら、その思想に影響を及ぼした作家は誰なのかを調べてみる。テーマが良いと思ったのなら、同じテーマのほかの本を検索してみる。引用句が特に印象的だったなら、引用された本を読んでみる。クモの巣のように稠密に張り巡らされた「読書の網」から、簡単には抜け出せなくなるはずだ。〉
(『毎日読みます』、130ページ)
ボルムさんが言うように「なぜこの本を良いと思ったんだろう?」という問いは、みなさんももったことがあるのではないでしょうか。わたくしも本を読みながら時折そういう問いを抱くことがあります。スティーグ・ラーソンの『ミレニアム―ドラゴン・タトゥーの女―』(ヘレンハルメ美穂、岩澤雅利、ハヤカワ文庫、2011年)に始まる『ミレニアム』シリーズにある時はまって読んでいたことがあります。原著者ラーソンの死後も、ダヴィド・ラーゲルクランツ、カーリン・スミルノフと他の作家が書き継いで、現在7巻目の翻訳が出ています。ヒロインのリズベット・サランデルが登場すると途端に空気の変わりハラハラしながら熱中してします小説です。熱中しながら、ある時ふと我に返って、いったいどうしてこの本を読むようになったのかということを思い返してみました。2017年9月15日にこのページで書いたように、『ミレニアム』にはまるきっかけになったのは、ジョディ・アーチャー&マシュー・ジョッカーズ著(西内啓・川添節子訳)『ベストセラー・コード―「売れる文章」を見極める驚異のアルゴリズム―』(日経BP社、2017年)という本でした。
「大ヒットする小説には規則的で力強い律動がある」(『ベストセラー・コード』147ページ)といった小説に対する魅力的な見方が示された本でしたが、そのなかに「世界的ベストセラー」として『ミレニアム』が取り上げられていました。次々に刊行される物語にすっかり夢中になっていて、いつしかそのことを忘れていたのですが、『ミレニアム』を読んでその世界観が気に入り、それにはまり込む源は『ベストセラー・コード』の読書体験があったのです。
『毎日読みます』を読んでから、遅ればせながら『ようこそ、ヒュナム洞書店へ』を読み始めた私ですが、作中の「ヒュナム洞書店」の店主「ジュナム」も毎日開店のあと閉店までずっと小説を読む店主です。そういう意味で毎日読んでいることには変わりなく、「ジュナム」にはきっとボルムさんが投影されているのだと思えてきます。この二冊の本を読んだ私の頭のなかでは、『ミレニアム』を読み始めた頃に読んだ記憶のあるガブリエル・セヴァンの『書店主フィクリーのものがたり』(姫野はやみ・小尾芙紗訳、ハヤカワepi文庫、2017年)のことも思い出されました。
ボルムさんの言う「読書の網」を張り巡らせることで、最近出かけた書店の書棚で『本と歩く人』(カルステン・ヘン著、川東雅樹訳、白水社、2025年)や『本と偶然』(キム・チョヨプ著、カン・パンファ訳、かんき出版、2025年)というタイトルの本を手に取り、気になって購入してしまいました。「読書の網」の仕業だと思います。
『毎日読みます』には、引用したくなる言葉がたくさんあるので困ってしまいますが、もう一つだけ。
〈「わたし、五六ページあたりの内容が自分の状況にぴったり当てはまってて、いいなと思った。あなたはどう?」
「ん? わたしもそこ読んだけど、全然記憶にのこってないな。どんな内容だった?
本について友人とおしゃべりしていると、一つ気づくことがある。私たちは本を読み終えると、まるで読書感想文のように全体のあらすじや中心テーマを要約することに集中しがちだが、実は、各ページに何気なく潜むちょっとしたアイデアや考えに意味を見いだし、それを自分の人生に取り込む作業も大事だという点だ。そうやって見いだした意味を友人と共有すれば、私たちの読書体験は思ってもみないほど豊かになる。わたしたちが見のがしていた五六ページの話が友人を通してわたしに届き、その話にわたしが見いだした意味が今度は友人に届けられる、その過程すべてが読書体験なのだから。〉(『毎日読みます』、141ページ)
エリンさんは『理解するってどういうこと?』の第5章で「読み・書きを学ぶ際の主要な構成要素」として「深い認識方法」に三つの領域があると言っていますが、ボルムさんの本のこのくだりは「優れた読み手・書き手になる領域」にあたることです。つまり「読み直したり、書いたり、お互いに話し合ったり、自分たちの考えたことをもとに描いたり演じたりしながら、他の人と、各自が考えて発見したことを共有することで、自分の理解を深めたり、広めたりする」ことは理解にとってほんとうに大切なことだとエリンさんは言っていますが(『理解するってどういうこと?』181-182ページ)、ボルムさんの「見いだした意味を友人と共有すれば、私たちの読書体験は思ってもみないほど豊かになる」という言葉は「優れた読み手・書き手になる領域」での「深い認識方法」が私たちにもたらすもの大きさを簡潔にしかし鋭く捉えています。これは他の読書と共に「読書の網」を広がりのある、さらに稠密なものにしていく方法でもあります。
このようにして、『毎日読みます』はボルムさんの読書体験をもとに、本や世界を理解する方法をとても具体的に伝えてくれます。それは「理解の網」をつくるものと言っていいのかもしれません。
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