エリンさんは『理解するってどういうこと?』の第5章で「深い認識方法」についていくつか考察していますが、次のように自分の「ブックラブ」体験について語ったくだりがあります。
年齢も、背景も、人生経験のもさまざまに異なった女性たちは、一緒に読む本のページに極めて多彩な色彩を加え、私なら絶対に想像しなかったようなものの見方や、考えや、解釈を持ち込むのです。その本のなかで、もう自分がすっかり理解していると思っていた部分を意外な新しいレンズを通して読み直すことになります。そうすることによって、私がそれまでは少しも気づかなかった意味を発見するきっかけを、他のメンバーは私に与えてくれるのです。みんなで読んでいる本について彼女たちがしっかり考えて発見したことの質と深さ、思いがけない解釈に私が驚いていることを話すと、彼女たちはあなただってまったく同じことをしてくれているのよと教えてくれます。(『理解するってどういうこと?』180ページ)
安斎勇樹・塩瀬隆之著『問いのデザイン―創造的対話のファシリテーション―』(学芸出版社、2020年)で語られる、「ワークショップ」と「ファシリテーション」の技術、「関係性が時々刻々と変化していく創造的対話のなかで、リアルタイムに出し入れする問いの技法」の成果と重なるところが少なくありません。安斎さんと塩瀬さんが重視するのは「問いの立て方」です。
『問いのデザイン』では「問いの基本性質」が次のように七つ指摘されています。
(1)問いの設定によって、導かれる答えは変わりうる
(2)問いは、思考と感情を刺激する
(3)問いは、集団のコミュニケーションを誘発する
(4)対話を通して問いに向き合う過程で、個人の認識は内省される
(5)対話を通して問いに向き合う過程で、集団の関係性は再構築される
(6)問いは、創造的対話のトリガーとなる
(7)問いは、創造的対話を通して、新たな別の問いを生みだす
(6)(7)に使われている「創造的対話」とは、安斎さんたちによれば「対話の参加者の思考と感情が揺さぶられながら、対話に参加する以前には保持していなかった共通認識が新たに「創発」する対話のこと」(『問いのデザイン』33ページ)です。エリンさんの「私がそれまでは少しも気づかなかった意味を発見するきっかけを、他のメンバーは私に与えてくれるのです」という言葉と重なります。「深い認識方法」の「優れた読み手・書き手になる領域」とは、安斎さんたちの事を使えば「創発的対話」が生じる「領域」であると言い換えることができるのかもしれません。
この点をわかりやすく示しているのが「よい漫画とは何か?」をめぐる、物心ついたときから漫画をよく読んでいたAさんと、成人してから漫画を読むようになったBさんの二人の対話についての次のような説明です。
AさんとBさんの漫画を捉える暗黙の前提となっている認識は、まったくの別物です。Aさんは漫画を「非日常の体験」として捉えており、Bさんは「日常に役立つ道具」として捉えているからです。この背後にある価値観は、問いに対峙している時点では、本人には必ずしも客観視されているとは限りません。自分にとって「当たり前」すぎることは、日常においてはっきりと「メタ認知」(自分の思考についての客観的な思考)をすることは、簡単なことではないからです。/ところが、この2人が対話の機会を持つと、それぞれの暗黙の前提は、始めてメタ認知の対象となります。異なる前提から話されるそれぞれの経験や意見は、最初はお互いにとってどこか「違和感のある意見」として認識されるかもしれません。けれども対話的なコミュニケーションでは、そうした異なる意見に対して早急な判断や評価を下さずに、どのような前提からそれが話されているのか、背景を理解することが奨励されます。その過程において、自分とは異なる前提に立つ他者への理解を深めるととともに、自分自身の前提がどのようなものなのかが相対的に認識され、これがメタ認知につながるのです。(28~29ページ)
「認識と関係性を編み直す」ために何が必要か。エリンさんはこう書いています。
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